2017年05月08日

朝中両国が「血の同盟」だったなどというのは、いまだかつて一度もない

デタラメの極みという他ありません。
https://news.yahoo.co.jp/feature/597
>> 緊迫の朝鮮半島 中国は何を考えているのか

5/8(月) 10:34 配信

北朝鮮情勢が緊迫度を増している。米国・トランプ政権は、米空母や原潜を半島近海に送り込みながら、北朝鮮に対する中国の「影響力」に期待をかける。だが、中国が本当に北朝鮮に「圧力」をかけるのかどうか、疑う見方もある。中国にとって北朝鮮はどのような存在で、両国の関係は本当のところ、どうなっているのか。中国出身の専門家の話から、中国が今後どう行動するのかを占った。
(ジャーナリスト・野嶋剛/Yahoo!ニュース 特集編集部)

中朝「血の同盟」という神話は終わった
沈志華・華東師範大学終身教授

いま中国で最も注目される北朝鮮専門家の沈志華氏に、親密にも見える中国と北朝鮮の関係が実は対立や敵意に満ちている実情を語ってもらった。

北朝鮮と中国との間に、朝鮮戦争で共に戦ったことで「血で結ばれた同盟(血盟)」という呼び方がありますが、この種の親密な中朝関係が現在まで続いている、というのは事実ではありません。

しかし、中国の指導部や中国社会では、人々の脳裏にそうしたイメージが存在し、いまも「血盟」があると思い込んでいるのです。私の著書『最後の〜』の執筆目的はこの「神話」の解体であり、「血盟」と形容されるような中朝関係は冷戦の終結でとっくに終わっていることを証明するためでした。

中国の毛沢東時代、北朝鮮の指導者・金日成(キム・イルソン)との関係は良好でしたが、中国の人々が想像しているほどではありません。毛沢東は、中国の中央王朝が朝鮮を管理する「天朝」的な考え方を持っていました。望むものは何でも与えよう、人が欲しいなら人を、土地が欲しいなら土地を与える。だが、お前は私の臣下だ、というものです。

金日成は内心、独立と自主を望んでいましたが、現実は中国の支援に依存するしかなく、北朝鮮は抑え込まれていました。1970年代に金日成が韓国に攻め込む計画を立てた時も、毛沢東は同意しませんでした。

しかし、中ソ対立の時代になり、北朝鮮には中ソと距離をとりながら付き合う外交手段が生まれ、中国の力を借りてソ連に対抗したり、ソ連の力を借りて中国に対抗したりしました。毛沢東の死後、中朝関係は一気に弱まりました。


(以下略) <<
■朝中両国が「血の同盟」だったなどというのは、いまだかつて一度もない
中朝「血の同盟」という神話は終わった」――もともとの中国共産党学者への取材メモの全容が分からないので正確・断定的なことは言えませんが、ヤフーニュース編集部の「取材メモ切り・貼り」のイイカゲンさの「賜物」かと思われます。朝鮮労働党の視点から朝中関係を振り返れば、朝中両国が「血の同盟」だったなどというのは「乾杯の挨拶」程度のリップサービス。そんなことは、いまだかつて一度もありませんでした。

記事中、「金日成は内心、独立と自主を望んでいましたが、現実は中国の支援に依存するしかなく、北朝鮮は抑え込まれていました。」というくだりがありますが、とんでもないデタラメです。たとえば八月宗派事件(1956年)朝鮮国内で要職に就いていた「毛沢東のお気に入り」(いわゆる「延安派」=中国共産党内での活動経験があり、第二次大戦後に朝鮮に帰国した朝鮮人共産主義者)のほとんどが逮捕・投獄され、主たる面々――毛沢東個人とも面識があったことでしょう――が処刑ないしは「消息不明」になった一幕がありました。

■毛沢東のお気に入りを逮捕・投獄・処刑し尽くした朝鮮政府
八月宗派事件は、ウィキペディアでも概略が記載されているほど基本的な歴史的事実です。1956年2月のフルシチョフの「スターリン批判」以降、朝鮮では、この機に乗じてキムイルソン首相(当時。1972年以降は主席)を追い落とそうとする動きが展開されました。中国共産党のバックアップをうけた延安派や、ソ連共産党のバックアップをうけたソ連派(ソ連共産党員として活動経験があり、第二次大戦後に朝鮮に帰国した朝鮮人共産主義者。一部は1950年代になっても朝ソの二重国籍だった者もいた)といった人々によるものです。1956年8月の党会議を舞台に展開された陰謀は、結果的に完全に失敗し、延安派・ソ連派が逆に失脚したのですが、このとき、ウィキペディア「8月宗派事件」の項の「延安派で駐ソ大使の李相朝がソ連共産党中央委員会に全体会議の顛末を報告し、金日成の個人崇拝を断罪するよう求めたため、ソ連・中国が共同して異例の内政干渉を行うこととなった。翌月、ソ連の第一副首相アナスタス・ミコヤンと中国の国防部長彭徳懐が朝鮮民主主義人民共和国を訪問し、再度全体会議を開催させ、8月の全体会議で党籍を剥奪されたソ連派・延安派の除名処分を撤回させた。」というくだりにもあるように、中ソ両国が政治的に介入してきたのです。

このウィキペディアの記述についてもう少し詳細に解説すれば、八月宗派事件に際する延安派粛清について毛沢東は殊のほか立腹し、キムイルソン首相を解任すべきだと声高に主張した(他国の最高指導者に対して何と言う物言い! 何様のつもりなのか?)そうです。それを受けて訪朝したミコヤン・彭一行(中ソ合同の内政干渉グループ)でしたが、ピョンヤンにつくなり、キムイルソン首相が朝鮮の党と政府を完全に掌握しており、代替となり得る実力者が不在であるという事実を突きつけられ、やむなく「除名した延安派・ソ連派の復帰」を要請するしかなかったのです。

この要請に対して、キムイルソン首相は、朝中ソの外交関係を慎重に勘案した結果、これを受け入れることにしました。しかし、その後の中ソ両国の政治環境の変化、具体的には「スターリン批判」がハンガリー(ハンガリー事件)やポーランド(ポズナン暴動)で反ソ反共運動に発展したことを受けての「軌道修正」(ハンガリー事件は1956年10月、ポズナン暴動の収拾の一環としてポーランドの党第一書記にゴムウカが復帰したのも1956年10月)に基づく両国の姿勢の変化を機敏に捉え、改めての粛清を敢行。朝鮮国内で要職に就いていた延安派・ソ連派のほとんどが逮捕・投獄され、主たる面々が「消息不明」になったのでした。

■チュチェ思想の「チュチェ」の意味は「反中国・反ソビエト」
そして、中ソ両国の直接的影響下にある反対派を粛清したキムイルソン首相は、1960年までに、いまもなお国是である「チュチェ思想」を提唱したのでした。チュチェ思想はもともと1930年以来、首相が暖め続けてきた思想体系ですが、この時期に行われたチュチェ思想を体系的思想として提唱する最初期の演説は、「ソ連式でも中国式でもない、我々式をつくる時期にきた」とまで述べていらっしゃいます。チュチェ思想の「チュチェ」は漢字で書くと「主体」ですが、まさしく「反中国・反ソビエト」という意味での「主体」なのです。

果たして、朝鮮戦争を経て「血の同盟」を結んだというのであれば、朝中両国が停戦からたった数年で、こんな緊張感あるやりとりをするでしょうか?

■最高尊厳を罵倒した紅衛兵――血盟同士ならこんなことはあり得ない
1960年代、中国では文化大革命の嵐が吹き荒れましたが、このときも朝中両国は緊張関係になりました。ことの発端は、紅衛兵の大字報(壁新聞)。キムイルソン首相の出自を持ち出して、ブルジョア修正主義者であると言わんばかりの罵詈雑言を浴びせかけました。果たして、朝鮮戦争を経て「血の同盟」を結んだというのであれば、「正統」を何よりも重視する「東アジア儒教文化圏に位置する、科学的に正しく間違っているはずがない社会主義の党」同士が、このような論調を展開するでしょうか

■日本世論が「思い込みの塊」であることが明々白々になった
以前から指摘していることですが、「イメージ」とは決定的に異なり、朝中関係は「血盟」だったことなどありませんあくまでドライな独立国同士の関係です。日本人は、日米関係、あるいはソ連−東欧諸国間における「親分・子分関係」が、朝中間においても横たわっていると「思い込んでいる」のではないでしょうか? 自分たちがアメリカに頭が上がらない属国だからと言って、また、東欧諸国がソ連に対してまったく頭が上がらない関係性にあったからといって、朝鮮−中国関係においても同じ構造だという保障は何処にもないのです。

※なお蛇足的ですが、中国共産党が国際共産主義運動で「親分」だったケースは、実はほとんどありません。カンボジアのポル・ポト政権と、アルバニアのエンヴェル・ホッジャ政権くらいしかシンパと言えるような国はなく、ほかには、センデロ・ルミノソのような共産主義標榜テロ集団や、西側の怪しげなヒッピー集団くらいにしか影響力はありませんでした。国際共産主義運動において中国共産党は「親分」としての度量はなかったのです。

おそらくヤフーニュース編集部は、「キムジョンウン政権の暴走に加えて、トランプ政権の強硬策を受けて、ついに中国指導部は北朝鮮を斬り捨てる動きを鮮明にさせた。北朝鮮の孤立化が進んでいる!!」という、日本人好みの「北朝鮮孤立」のストーリーの一環として、この記事を書きたてたのでしょう。しかし、朝中関係はいまだかつて一度も「血盟」(蜜月)だったことなどないのです。それでもなお、朝鮮労働党政権はまったくをもって磐石なのです。

トランプ政権の「圧力」を筆頭とする昨今の情勢など、1950年代の朝鮮政府の立ち位置に比べれば何てことありません。アメリカと戦火を交えたのはたった数年前、中・ソという「社会主義陣営の雄」を両方とも敵に回しても生き残ったのです。いまの朝鮮を巡る状況は、まもなく南に「親北派」政権が生まれる公算が大きく、ロシアも擁護の姿勢を示しています。そして何よりも、アメリカでさえ水面下で朝鮮政府と交渉を展開しつつあるのです。

「米朝協議といっても、アメリカ側はあくまで『元政府高官の民間人』に過ぎない!」と強弁するかもしれません。しかし、つい先週頃まで、まことしやかに「斬首作戦」が取り沙汰されていたのに比べれば、まったくをもっての「急展開」です。「斬首」が本当に展開されると思い込んでいた日本世論にとっては衝撃的な一報だったことでしょう(本件記事は、取材してしまった手前、急には引っ込められなかったのでしょうか?笑)。

もっとも、「アメリカは本気で政権転覆を目指していない」というのは以前から指摘されていましたし、米政府関係者も「体制転換など目指していない」と言明していました。それでもなお、まことしやかに「斬首作戦」を語っていた日本世論が、いかに軽薄、いかに妄想に満ちていたのかが白日の下に晒されています。

およそあらゆる分析が、ことごとく的を外しているのが、日本の「朝鮮半島情勢分析」なのです。
posted by s19171107 at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | 更新情報をチェックする