2017年08月02日

他人様の「想像力の無さ」を指摘する貴女は、批判者の何を知っているというのか

https://news.yahoo.co.jp/byline/osakabesayaka/20170731-00073891/
>> JAL現役社員はなぜ顔出しで会社を訴えたのか?マタハラ裁判で勝利的和解を収めた彼女に聞いた
小酒部さやか | 株式会社 natural rights 代表取締役

7/31(月) 6:08


(本文引用省略) <<
裁判自体は「よく闘い、見事に勝利した」と率直に祝辞を述べたいところですが、次のくだりについては、懸念を表明せざるを得ません。
>> ●バッシングは想像力の無さから

小酒部:誹謗する人たちだって明日は我が身なのに…。神野さんが声を上げてマタハラ問題が解決していけば、女性が仕事しようと思った時にその人も助かるはず。なぜそれが足を引っ張り合おうとするのか…。

神野:この問題について声を上げる意味を想像できないからかもしれない。想像力のある方は独身でも、男性でも分かってくれるけど、ない方は、たとえ女性であっても「私も大変だったんだからあなたも我慢しなさい」となる。

小酒部:バッシングしてくる人を単純に男女で分けられるものでもない。SNSが浸透しショートワードを投稿することによってコミュニケーションが希薄になっている。反射神経的に何も考えず安易にバッシングするようになった。行間を読むとか、一拍置くとか、そういうことをしなくなってきている。だから余計に想像力がないように見える。

神野:人と人のコミュニケーションも会ってその場の雰囲気を読んで…ということがだんだん少なくなってきている。
<<
■想像力が足りていないのはどっち?
この問題について声を上げる意味を想像できないからかもしれない」――「私の考えを理解できない人は無知蒙昧」と言っているのに等しい言いっぷりです。

妊娠・出産・子育ての経験がない人物からの発言を指しているのであれば、まだ理解できます(※)。しかし、私も大変だったんだからあなたも我慢しなさい」というのは、果たして「想像力の無さ」なのでしょうか? むしろ、今以上に孤立無援の修羅場を乗り越えてきたからこそ言える重い言葉ではないのでしょうか? 「想像力の無さ」を云々するのであれば、「相手がどうしてそういう言葉を掛けてくるのか」「その人はどういう人生を歩んできたのか」という点について、神野氏こそが想像力を働かせるべきだったのはないのでしょうか?

※仮に妊娠・出産・子育ての直接的経験がなかったとしても直ちに「想像力の無さ」と断ずることはできません。神野氏の個人的経験をはるかに凌駕する、広い視野に渡る知識にもとづく客観的論評のケースや、神野氏の境遇を遥かに下回る劣悪極まる環境でのサバイバーが「その程度で何を言っているの・・・」と呆れているケースだってあるでしょう。いくら妊娠・出産期は無給と言っても、いつかはJALに復帰できるのならば、本当の底辺生活者にしてみれば、はるかに恵まれた地位であることは間違いありませんよね。

■自己中心的視点に終始
神野氏は「私も大変だったんだからあなたも我慢しなさい」という言葉を掛けてきた先輩女性社員のリアルについて言及していません。神野氏は、「自分の視点」からしか物事を語っていないのです

神野氏は「同時期に妊娠する人がいれば、一緒に頑張ろうとなったかもしれない」と述べている点、表面上は同僚を「連帯の仲間」として見なしています。しかし、「私も大変だったんだからあなたも我慢しなさい」という言葉を掛けてきた先輩女性社員について、「相手がどうしてそういう言葉を掛けてくるのか」「その人はどういう人生を歩んできたのか」という点での考察を深めず、「想像力の無さ」などという言葉を以って相手を無知蒙昧と決めつけ、切って捨てている点を勘案するに、無意識のうちに自分自身を「正義の伝道者」として一段上に位置付けているのでしょう。無意識では仲間だと思っていないのでしょう。

■偏狭な活動家マインドに転落しかねない「他人を扱き下ろす思考回路」
こうした心構えは、大変にまずい。持論を受け入れない人物を無知蒙昧だと決めつけて扱き下ろす考え方の人物は、異論や批判にとどまらず、慎重意見や懸念意見をもシャットアウトしがちです(世論を敵に回すような言説を当ブログで展開している私自身も常々気を付けなければならないと思っています・・・)。致命的な思い上がりに陥った左翼活動家なんてまさに好例。知らず知らずのうちに偏狭な活動家マインドに転落しかねない思考回路です。

偏狭な活動家は人民大衆から遊離してゆきます。働き方の問題を自己決定権の問題と位置付けるのであれば、そこにおける正義は、突き詰めれば、ひとり一人の生身の人間の「思い」の問題、どういう人生を歩んでゆきたいのかという「理想」の問題です。神野氏の見解が先輩女性社員の見解と一致しないのであれば、「ああ、この人とは考え方や理想の方向性が違うんだな」と思っておけばよろしい。理解しあえない者同士は棲み分ければよろしい。人民大衆が神野氏と同じ考え方であれば、まさにベクトルの合成の如き要領で理想が実現されるし、神野氏がいくら周囲の人間を扱き下ろしたところで、その言い分が社会的に理解されないのであれば、バカ扱いされるのは神野氏の方です。

「連帯の仲間」というのならば、他人様について「この問題について声を上げる意味を想像できないからかもしれない」などと決めつける前に、どうして相手はそういう発言をしてきたのか、相手はどういう経験をしてきたのかを厳密に研究すべきです。

■潜在的支持層を取りこぼしている「自己の無能さ」こそ猛省せよ
同僚は、構造的にその立場を分析すれば、依然として仲間に属する人物です。未開拓の潜在的支持層です。そうした人々を「無知蒙昧のバカ」呼ばわりするのはいかがなものか。本質的には支持層となりうる人物が持論に靡かない事実に対しては、相手をバカにして扱き下ろすのではなく、自分自身の教宣能力の欠如にこそ目を向けるべきです(「バカ」なんて耳障りの良いことを並べておけばフラフラと吸い寄せられてくるんだから、「正義の伝道者」ならば適当に言いくるめてオルグできるだろ!)。神野氏は、「想像力の無さ」などと偉そうに論評して他人様を扱き下ろすのではなく、潜在的支持層を取りこぼした自分自身の組織教宣能力の欠如こそ猛省すべきなのです

■心配になる思考回路
たまたま、許容できる内容での和解に至ったからと言って、すこし天狗になっているきらいがあります。繰り返しになりますが、神野氏はよく闘い、見事に勝利したと私は思います。しかし、その勝利の美酒に酔い過ぎており、人民大衆が主体として推進してゆく労働者階級の自主化運動の展開としては正しくない思考・発想に転落しているのです。

■はっきり言ってヌルい神野氏
まあ、こういうのも「労働屋」にとってはバッシング扱いになるんでしょうね。自分で言うのもなんですが、私くらいの自主管理社会主義者にもなると、神野氏はもちろん、昨今はやりの「ユニオン」とやらの、「ブルジョア博愛主義」っぷりは、本当に笑えてくるレベルなんですけどね。あんな「地主様への陳情・お代官様への直訴」の域を脱していない変革ゴッコ・革命ゴッコが「労働運動」とは、笑止千万。

「神野氏はよく闘い、見事に勝利した」とはいうのは偽りなき私の感想ですが、「こんなのまだスタートラインにも立っていないんだから、あまり調子に乗って講釈垂れるなよ」とも言いたいところです。こんな水準で満足している程度の人物が、他人を「無知蒙昧」と決めつけるとは、何かのジョークでしょうか? 「真の自主化を目指すにあたっては、あんたみたいな天狗思考は、むしろ障害」と付け加えて、本件を総括したいと思います。

お疲れさまでした。あとは我々が引き継ぐので大丈夫です。
posted by s19171107 at 23:03| Comment(8) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする