朝米首脳会談が「やっぱり開催」になって以来、
ようやく日本の言論空間でも「トランプ米大統領が会談を必要とする理由」についても目が向くようになりました。「強力な制裁に音を上げた北朝鮮が対話を求めて白旗を振ってきた」というストーリーが幅を利かせており、それゆえ、アメリカ側の事情への注目が低調だった日本の言論空間でしたが、
この1週間は、これが「二か国間の交渉」であるということ、朝米双方がそれぞれ対話を必要とする事情があるということが遅れ馳せながら広がったのです。
■アメリカ側の事情への注目が広まり始めた
この急な風向きの変化は、トランプ大統領の朝令暮改的な急転回ゆえのものでしょう。会談中止を述べたかと思えば、舌の根も乾かぬうちに「やっぱり開催」と宣言したトランプ大統領の振る舞いを見れば、だれしも「中止上等というわけではないんだ。実は何だかんだでアメリカも会談を必要としているの?」と思うところでしょう。
いくつか記事を取り上げておきましょう。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180604-00010000-socra-int【舛添要一の僭越ですが】 追い詰められているのはトランプかも
6/4(月) 11:50配信
ニュースソクラ
(中略)
しかしながら、外交交渉という点から考察すると、独裁制に対する民主制の弱点が目立ってしまう。とくに、世界が今注目している米朝首脳会談がそうである。
(中略)
アメリカ大統領の任期は4年であるが、任期の途中に中間選挙が行われる。様々な政策を提示したり、パフォーマンスを繰り返したりするトランプの最大の目的は、大統領選挙での再選、そのための助走として中間選挙での勝利である。
これに対して独裁者の金正恩は、選挙などないので、好きなように戦略を構築できる。彼の最大の目的は独裁の維持であり、そのためにアメリカの、できれば全世界からの体制保証を獲得することである。そして、核兵器とミサイルが、その目的達成のための最高の道具であることを熟知している。それは、祖父の金日成、父の金正日の時代から変わらない。
強大な軍事力を背景に経済制裁を課してくるアメリカは脅威ではあるが、このような独裁者から見ると、民主制には大きな弱点がある。2年半すれば選挙でトランプが政権の座から降りる可能性がある。そうなれば、トランプ自らが行ったように、次期大統領もトランプの政策を捨て去るかもしれない。
金正恩は、あと2年余り我慢すれば、非核化など反古にできる可能性が開かれてくる。要は、いかに時間稼ぎをするかである。6月12日に予定されている米朝首脳会談の準備のために、板門店、シンガポール、ニューヨークで実務者協議が行われているが、非核化をめぐって合意できなければ、会談は開かれないか、延期となる。実際、非核化をめぐって両者の溝は深く、容易には話はまとまらないであろう。
さらに、首脳会談が開かれても、その場で詳細を事務レベルに任せるという形で合意すれば、これまた金正恩にとって時間稼ぎにつながる。功を焦っているのはトランプであって、金正恩ではない。制裁も、中国などが緩和し始めており、米朝首脳会談開催のアナウンス効果はすでに出てきている。
しかも、技術的に見て、あと2年余りで北朝鮮の核兵器やICBMを完全に破棄することができるのか、またそれをIAEAが査察することができるのか、簡単な作業ではあるまい。アメリカの要求水準が高ければ高いほど、時間稼ぎが可能となる。
たとえば、核兵器のみならず、生物兵器、化学兵器も廃棄の対象となれば、廃棄する順番は核兵器を最後にする。さらに全ミサイルの廃棄を要求されれば、短・中距離ミサイルから先にしてICBMを最後にするといった交渉すら可能である。
金正恩にすれば、様々な理由をつけて、段階を踏みながら非核化をし、段階毎に経済的な見返りを要求するというシナリオが最適である。そして、アメリカ大統領が交代すれば、トランプとの約束を守らないという方針転換もありうるのである。
ところが、民主主義国アメリカでは、中間選挙や大統領選挙の日程を変更できるわけではない。時間に迫られているのはトランプのほうであり、しかも軍事的オプションは日本や韓国などの同盟国の被害を考えれば現実的ではない。
米朝交渉で追い詰められているのはトランプなのか金正恩なのか、実は定かではないのである。
(敬称略)
舛添 要一 (国際政治学者)
最終更新:6/4(月) 11:50
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180606-00010000-wedge-n_ameトランプが米朝首脳会談を急いだ本当の理由
6/6(水) 12:13配信
Wedge
トランプ大統領が当初から、早期開催にいかにこだわっていたかを示すエピソードがいくつもある。
まず最初は、金正恩朝鮮労働党委員長から出された首脳会談開催提案に対するトランプ大統領の「受諾」即断の経緯だ。
(中略)
第2は、5月24日「会談中止」にいったん踏み切った際と、その後の政権内の混乱がある。
複数の米有力紙報道によると、大統領が突然「中止」を表明した背景には、直前に北朝鮮側から南北閣僚級会談の中止、ペンス副大統領やボルトン大統領補佐官に対する激しい批判など首脳会談に冷水を浴びせるような一連の動きがあったことから、金委員長の方から「首脳会談中止」を言い出しかねないと判断し、その前に体面を保つために自ら先に「中止」を急遽表明、北朝鮮をけん制するねらいがあったという。
実際、大統領が「中止」を表明した際、ポンペオ国務長官、マティス国防長官らには何の相談もなかったばかりか、最初に米朝首脳会談の橋渡しをした文在寅韓国大統領に対しても事前連絡を怠るというあわてぶりだった。
さらにその後、双方でいったん中止になった会談を復活させるための駆け引きがあり、板門店で首脳会談への具体的な準備会議が開かれた際にも、トランプ・ホワイトハウスは、米側には詰めの話を進めるための実務経験のあるベテランがいなかったため、オバマ前政権時代に北朝鮮担当の政府特別代表を務めていたソン・キム駐フィリピン大使を急遽派遣するというドタバタぶりだった。
(中略)
では、トランプ大統領が開催を急ぐ理由は何か。
まず、米政府および連邦議会の「政治日程」がある。
とくに下院における来年度予算審議は遅々として進んでいないばかりか、「農業法案」、「連邦航空局(FAA)再編法案」、「全米水害保険法案」、「個人所得税減税法案」などの個別案件、さらには大統領が特に重視するインフラ大型投資計画などの重要法案が目白押しとなっている。ところが、7月末から8月いっぱいにかけては議会は夏季休暇に入り、休暇明けの9月にはいると議員たちが再びいっせいに自分の選挙区に戻ったりするため、実質審議めぐる与野党の攻防は、6月半ばから7月下旬がヤマ場となる。
しかも、11月中間選挙の結果いかんによっては、これらの重要案件の成立のめどがまったく立たなくなり、ひいてはトランプ氏にとって2020年再選の見通しも一層厳しくなる。つまりいったん「6月12日」を中止または延期した場合、自らのノーベル平和賞受賞も念頭に置いた首脳会談も事実上、不可能となるという、いわば“背水の陣”だった。
第2に、大詰めを迎えつつあるロシア疑惑捜査だ。
ロバート・モラー特別検察官による事件究明は、これまでにトランプ氏の側近だったポール・マナフォート元トランプ選対本部長、マイケル・コーエン顧問弁護士ら有力者が強制家宅捜索を受け膨大な証拠物品を押収されているほか、マイケル・フリン元大統領補佐官(国家安全保障担当)、ジョージ・パパドポロス元選対本部顧問らが偽証容疑について自ら罪を認め捜査に協力姿勢を見せるなど、真相究明の外堀はかなり埋められつつある。
(中略)
第3は、上記2点とも微妙にからみあう11月中間選挙が控えていることだ。
選挙の見通しについては、過去のこの欄でもすでに触れてきたとおり(「トランプ弾劾と中間選挙の密接な関係」)、435人の議員全員が改選される下院では、これまでの選挙戦を通じ、野党民主党が有利な戦いを進めてきており、結果的に同党が多数を制する公算が大きくなっている。今回3分の1の議員が改選される上院では、民主党の改選議席数が圧倒的に多いことなどから同党は苦戦を強いられており、これまで同様、共和党が多数を維持するとみられている。
(中略)
従ってこれらの事情から、トランプ大統領としては、世界の耳目を集める歴史的な米朝首脳会談をなんとしても早期に実現させ、そこから実のある成果を導き出すことで米マスコミの関心をそらし、少しでも夏休み入り前に中間選挙に向けて共和党支持層固めを急ぐ必要に迫られていたといえる。
(中略)
斎藤 彰 (ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長)
最終更新:6/6(水) 12:13
朝米関係を巡ってはあまりにも関係するベクトルが多く、どれがどう作用して全体のベクトルが合成されているのか判然としない点、上掲引用記事の見解が絶対的に正しいとは断定できないものです。
しかし、「アメリカ側も事情があって対話を必要としており、共和国が一方的に対話の席に押し込められたわけではない」という記事が出てくるようになってきたこと自体が重要です。
■共和国が一方的に追い詰められているという構図でないと困る? 人々について
これに対して、依然として「北朝鮮は追い詰められている」系の記事も書き立てられています。この手の人々は、共和国が一方的に追い詰められているという構図でないと困るんでしょうか?
https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20180604-00086019/トランプ氏は北に譲歩したのか?
遠藤誉 | 東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士
6/4(月) 7:30
金正恩委員長の親書を受け取ったトランプ大統領は、北朝鮮が要求してきた段階的非核化を事実上認めた。これはアメリカの譲歩を意味するのだろうか。答えは「否」だ。むしろ北を追い詰めている。その理由を考察する。
(中略)
それどころか、「これはトランプ流の嫌がらせでしょう。金正恩への圧迫戦術です。複数回の会談は金正恩が耐えられないし、段階的と言ったところで、その間に何も得られないのですから、金正恩はさらに追い込まれるだけだと思います」と指摘するのは、関西大学の李英和(リ・ヨンファ)教授だ。
なぜ追い込まれるのか。理由は二つあるとのこと。
一つ目:北朝鮮の経済の疲弊が進み、制裁解除と支援獲得が急がれるから。
二つ目:軍部の不満。首脳会談を重ねても、もらえるのは朝鮮戦争の終戦協定に関するペーパーなどで、肝心の金銭は入って来ない。めぼしい大義と対価をなかなか得られないと、軍部が反発する。
筆者との個人的な学術交流の中で、李教授はさまざまな鋭い見解と北朝鮮内の速報を知らせてくれる。軍のトップ層に関しては事実、核廃棄に向けた強硬派を排除して穏健派に入れ替えるという人事がここのところ行なわれており、軍部の不満を金正恩が恐れている状況が表面化しているという。
そうだとすれば、金政権の体制を保証すると約束しているトランプ大統領としては、金体制の崩壊を招くであろうCVIDを避けて、そのために「段階的非核化」を受け入れたのではないだろうか。
(以下略)
遠藤誉氏――もともとは中国政治の専門家であるものの、最近は朝鮮半島情勢にも精力的にコメントを寄せている御方です。しかし、中国研究者にありがちな「中国の視点だけで物事を語ってしまう」典型例のような御方です。また、もともと専門ではないということもあってか、共和国側の事情に関する知識不足を、よりによってあのリ・ヨンファ(李英和)氏を相棒にすることで補強している点、わりとハチャメチャな記事を量産されている御方です。
遠藤氏ならびにリ氏は、「
むしろ北を追い詰めている」と判断する根拠の一つとして「
北朝鮮の経済の疲弊が進み、制裁解除と支援獲得が急がれるから」と指摘します。
後見人としての存在感を日増しに大きくしている中国からの支援は? まさに遠藤氏自身が、4月12日と4月23日の2回にわたって、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」の正しさを自国民に誇示したい中国共産党政権にとって共和国の存在は重要であると指摘したはず。いったい、どうしちゃったんでしょうか?
https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20180412-00083869/北朝鮮、中朝共同戦線で戦う――「紅い団結」が必要なのは誰か?
遠藤誉 | 東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士
4/12(木) 7:09
(中略)
◆「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」との整合性
昨年10月に開催された第19回党大会で「習近平思想」が党規約の冒頭に書き込まれることが決議された。具体的には「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」という名の「習近平思想」だ。この長いフレーズの最初の「習近平」と最後の「思想」が、表面的には重要だが、もっと深読みすれば、実は「社会主義思想」の部分がさらに重要だという要素が潜んでいる。
すなわち、一党支配体制を維持させるために、「社会主義思想」の正当性を中国人民に強調して示していくという目的が秘められているのである。
(中略)
この「紅さ」を強めるには、元共産主義国家の牙城であった旧ソ連が崩壊して新たに誕生したロシアと親密になり、北朝鮮という、未だに社会主義思想を堅持している国家を味方に付けておかなければならない。ロシアのプーチンは「紅い国家」の独裁的遺伝子をそこはかとなくまとっており、長期政権を狙っている。その意味で中国もロシアも北朝鮮も、「紅い」あるいは「紅みがかった」独裁的な長期政権の国家だ。
「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を党規約に盛り込んだ習近平には今、この「紅い団結」が何としても必要なのである。だから、これまで中国を「1000年の宿敵」などと罵倒する無礼の極みを続けてきた「若造」(金正恩)に百歩譲歩した。
(以下略)
https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20180423-00084340/中国、北朝鮮を「中国式改革開放」へ誘導――「核凍結」の裏で
遠藤誉 | 東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士
4/23(月) 12:32
北朝鮮が核凍結などを宣言したことに関し、中国は自国が説得し続けてきた対話路線と改革開放路線の結実と礼賛している。改革開放へと誘導してきた中国の歩みから、今後の中朝関係と北朝鮮のゆくえを考察する。
(中略)
◆それに対して中国は
中国では、中国共産党の機関紙「人民日報」をはじめ中央テレビ局CCTVなど多くの党および政府のメディアが一斉に金正恩の決断を礼賛し、さまざまな特集を組んでいる。
中国は早くから一貫して対話路線と改革開放路線を北朝鮮に要求してきただけに、ようやく中国の主張が実り始めたと、自画自賛しながら金正恩の決断を讃えている。
(中略)
◆「中国式の改革開放」に焦点
ここで重要なのは、中国は金正恩が総会で「強力な社会主義経済を建設して、人民の生活レベルを画期的に向上させる闘いに全力を注ぐ。経済発展のために有利となる国際環境を創り出し、朝鮮半島と世界の平和のために、(北)朝鮮は周辺の国家および国際社会と積極的に緊密な連携と対話を展開していく」と言ったことに焦点を当てていることだ。
(中略)
金正恩政権は2013年から経済建設と核戦力建設の並進路線を唱えてきたが、今や核戦力の建設は終えたと勝利宣言している。ようやく経済建設に全力を注ぐ状況になったにちがいない。今後の北朝鮮はまさに「中国式の改革開放」満開といったところだろう。
◆一党支配体制維持のために「紅い団結」を強化
「中国式の改革開放」とは何かというと、一党支配体制を維持したままの改革開放で、これを「特色ある社会主義思想」と称する。
習近平は昨年10月に開催された第19回党大会で、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を党規約に記入した。4月12日付のコラム<北朝鮮、中朝共同戦線で戦う――「紅い団結」が必要なのは誰か?>に書いたように、中朝両国は今後、この「紅い団結」を強化していくというのが、基本路線である。習近平にとっては、この党規約に書き込んだ「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」が如何に正しく強大であるかを中国人民に知らしめたい。
折しも関西大学の李英和(リ・ヨンファ)教授から知らせがあった。
4月23日の北朝鮮の労働新聞は「経済建設総力戦」の一色だったという。
中朝双方からの情報が一致するので、北朝鮮はきっと「紅い団結」に基づいた「中国式の改革開放路線」を全開にしていくことだろう。 今般の金正恩の動きの背後には習近平がいたことが、このことからも窺い知ることが出来る。
なお、中国政府関係者は今もなお、北朝鮮の核放棄に関して、必ずしも完全に信頼しているわけではないと、筆者に吐露した。
もし、中国共産党政権が「紅い団結」を必要としているのであれば、既に習主席は段階的非核化に賛同している点、「対米長期外交戦」になった場合の共和国に対する援助体制は整っていると見るべきでしょう。そうであるならば、「
むしろ北を追い詰めている」とは言い難いのではないでしょうか。中国政治の専門家である遠藤氏とは思えない重大な見落とし・信じられない結論と言わざるを得ません。
■朝鮮半島情勢研究者にありがちな誤謬@――中国視点への中途半端な偏り
先に私は遠藤氏について「中国研究者にありがちな「中国の視点だけで物事を語ってしまう」典型例のような御方」と述べましたが、まさに上掲の2つの引用記事はそれが如実にあらわれています。このことは遠藤氏個人に限らず、
朝鮮半島情勢分析で割と広くみられる現象なので、この機会に遠藤氏をサンプルとして言及しておきたいと思います。
中国共産党政権が共和国政府に対して「改革開放」を再三にわたって要求してきたことは事実です。そしてまた、中国共産党政権が「紅い団結」(あまり聞き覚えのない単語ですが・・・)を必要としているのも事実でしょう。
しかし、だからといって共和国政府が「紅い団結」云々に付き合わなければならない理由など、どこにもありません。中国共産党政権が自国事情を基に「紅い団結」を必要とし、共和国政府もまた自国事情によってそれに乗っかったというのが真相であり、
単に国家間の利害が一致したに過ぎないのです。
当ブログでも以前から指摘してきたように、共和国政府は以前から、慎重に市場経済との折り合いのつけ方を模索してきました。「
キム・ジョンウン体制2年目」のチュチェ102(2013)年10月に発売された『週刊東洋経済』(10月12日号)の特集「金正恩の経済学」では、共和国が改革路線への舵切りを必要とする事情について、朝鮮社会科学院研究者へのインタビューという形で掲載されています。
共和国政府は、自国の必要があって改革路線に踏み出したのであり、中国共産党政権の要求を呑んで改革路線に舵を切ったわけではないのです。
遠藤氏の言説は、あまりにも中国中心主義的視点に偏っています。
まるで中国共産党の取り組みを中心に世界が回っているとでも言いかねない認識です。
遠藤氏は「一党支配体制を維持したままの改革開放」を「中国式の改革開放」と定義します。
こんな定義では、下手するとシンガポールも「中国式の改革開放」に該当しかねないところです。コリア・レポート編集長のピョン・ジンイル(辺真一)氏は「
シンガポールは北朝鮮の「モデル国」」という記事の中で「
北朝鮮は先代の金正日総書記の時代からシンガポールに多大な関心を寄せていた。シンガポールが建国の父・リー・クアンユー首相当時、一党独裁体制下で目覚ましい経済成長を遂げていたからだ。」と指摘しています。
キム・ジョンイル総書記の遺訓教示をキム・ジョンウン委員長が守っているとすれば、共和国政府は、「紅い団結」なるものに従って改革路線を歩んでいるのではなく、
シンガポールをモデルとして独自の改革路線を歩んでいるというべきでしょう。
キム・ジョンイル総書記の遺訓教示という究極的な原典ソースが厳然と残っている点において、遠藤氏の見立てよりもピョン氏の見立ての方が真実に近いのではないでしょうか。
遠藤氏は、朝鮮半島情勢・共和国情勢を論じているにも関わらず、肝心の「朝鮮」そのものを分析できていないと言わざるを得ません。いや、
肝心の「朝鮮」そのものを分析できていないばかりか、中国でさえ分析しきれていないのが遠藤氏の今回の言説。前述のとおり、
中国共産党政権が「紅い団結」を必要としているのであれば、「対米長期外交戦」になった場合の共和国に対する援助体制は整っていると見るべきであり、「むしろ北を追い詰めている」とは言い難いと思われます。遠藤氏は、中国視点に中途半端に偏っていると言わざるを得ません。ここまで支離滅裂なことを平気で口走る点、遠藤氏においては、共和国が一方的に追い詰められているという構図でないと
精神の安定が保てないのだろうかとさえ勘ぐってしまうものです。
あまりにも中途半端です。
■朝鮮半島情勢研究者にありがちな誤謬A――原典を十分に確認しない
遠藤氏は、もともと中国政治の専門家であり朝鮮半島情勢の専門家ではないことは御本人も自覚しておられるからか、「ブレーン」の意見を取り入れています。が、よりによって頼っているのがリ・ヨンファ氏。おいおい。
リ氏ソースにもとづいて遠藤氏は、軽率にも「
4月23日の北朝鮮の労働新聞は「経済建設総力戦」の一色だったという。 中朝双方からの情報が一致するので、北朝鮮はきっと「紅い団結」に基づいた「中国式の改革開放路線」を全開にしていくことだろう。」と断じてしまっていますが、5月13日づけ「
朝鮮労働党全員会議で提起された経済建設路線を読む」でも述べたとおり、
朝鮮中央通信配信記事を読む限り、中央委員会全員会議では依然として、昔ながらの「自力更生・自給自足」という単語がキーワードとして登場している点において、とてもではないが現時点では「「中国式の改革開放路線」を全開」とは断じ得ないところです。
このことは、韓「国」紙『ハンギョレ』も、
4月23日づけ記事で、まさに”겨레”(同胞)であるからこそ原典を十分に確認した上で「
「金委員長が中国の改革開放を率いたトウ小平の道を歩こうとしている」という評価もあるが、まだ断定する状況ではない。金委員長は「新しい革命的路線の基本原則は自力更生」と強調することにより、少なくとも形式論理上では全面的改革開放と距離を置いた。」と論評している通りです。
おそらく、リ氏は遠藤氏に記事内容の詳細までは教えてやらなかったのでしょう。そして遠藤氏は、原典ソースに当たること能わず、思い込みで「
北朝鮮はきっと「紅い団結」に基づいた「中国式の改革開放路線」を全開にしていくことだろう。」などと結論付けてしまったというのが、ことの顛末なのでしょう。
原典ソースをしっかりと読み込まないと如何なるのかという失敗例を、遠藤氏の「分析」は実証しているわけです。
ちなみに、遠藤氏はリ氏について「
李教授は2016年の時点で金正恩が「いずれ核を放棄し、対話路線に転換してくる」と予測しており、朝鮮半島問題に関しては群を抜いた第一級の研究者だ」などとヨイショし、その威光を借りる形で自らの記事について「
その彼が5月29日付のコラム「トランプみごと!――金正恩がんじがらめ、習近平タジタジ」を「まさに、その通りだ!金正恩はやがてアメリカにシフトしていく」と評価してくれたので、この線は不変のまま続いていくものと判断している」と鼻を高くしていますが、
朝鮮中央通信配信記事を毎日とは言わないまでも
時折ザッと目を通しておくだけでも、この程度のことは当然に予想できることですよ。
チュチェ105(2016)年といえば「新年の辞」では「水爆実験」と並んで「内閣を中心とする経済(建設のための)作戦」=改革路線が打ち出されていましたし、第7回党大会を控えた70日戦闘における「集団主義的競争」や、党大会で提唱された「並進路線」が明々白々に示している通り、この年の共和国の最大のテーマは「経済建設」でした。2500万人あまりの人口である共和国にあって急速な経済建設を志そうとすれば、貿易は重要な手段です。「経済建設」が主要な政策課題であると当人たちが言明しているのだから、ゆくゆくは貿易のための対話路線に移るであろうというのは、朝鮮中央通信配信の記事を読むことが出来る人物であれば、誰もが到達する結論です。
■朝鮮半島情勢研究者にありがちな誤謬B――肝心の「朝鮮」を中心に据えずに中国やアメリカ、ロシアの動向ばかりに注目する
もっとも、
そもそも遠藤氏には共和国側の視点を考慮に入れるという気がないのかもしれません。前掲引用の4月12日づけ記事の以下のくだりは、そのことを強く示唆するものです。
「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を党規約に盛り込んだ習近平には今、この「紅い団結」が何としても必要なのである。だから、これまで中国を「1000年の宿敵」などと罵倒する無礼の極みを続けてきた「若造」(金正恩)に百歩譲歩した。
◆習近平の手の上ではしゃぐ金正恩
北朝鮮と中国の首脳が会談を行なわなくなったのは、中国が北朝鮮にとっての最大の敵国であるアメリカと新型大国関係などを築こうとしていたからだ。しかし北朝鮮も、そのアメリカと首脳会談を行なう方向に動こうとしているのだから、中国としては北朝鮮を手なずけやすくなってきた。
「社会主義思想」の政党間の絆を堅固にさせていくことによって、習近平思想を強化し、中国共産党による一党支配体制を、より盤石にしたい。
それが、習近平が最も高いレベルに位置付けている目標であり、戦略なのである。
その目的を果たすために、金正恩に「中朝共同戦線」を張らせた。
習近平にとって金正恩は、一党支配体制を維持するためのコマの一つなのだ。金正恩ははしゃいでいるが、習近平の手の上で踊っているに過ぎないのではないだろうか。
たしかに、中国共産党の視点、習近平主席の視点から見れば、こういう分析は成り立つのかもしれません。しかし、
共和国側の立場に立っても同様のことが言えるでしょう。
習主席が「
無礼の極みを続けてきた「若造」」というのであれば、
キム・ジョンウン委員長にしてみれば、習主席をはじめとする歴代の中国主席たちは、「独立国家たる我が国に対して、何の権利があるのかは知らんが偉そうに指導してくる奴」といったところでしょうし、キム・ジョンナムやチャン・ソンテクの事実上の後見役であった点に至っては、「潜在的には政権を脅かす存在」であったわけです。
共和国にとって中国共産党政権の所業は、「無礼」どころの話ではなかったにも関わらず、いまキム・ジョンウン委員長は、習主席をヨイショしまくっているわけです。
「
習近平にとって金正恩は、一党支配体制を維持するためのコマの一つなのだ」などと遠藤氏は書きますが、
「それは、お互いさま」。
利用しあっているというのが実態なのです。
朝中関係は昔からドライな独立国家同士の関係です。수령님が延安派を粛清したころからそうでした。冷戦期の朝中ソの三角関係もそう。「社会主義兄弟国」の関係は、表向きとは異なり、かなりドライな関係なのです。
そもそも、「相手国は自国利益のコマである」というのが外交というもの。その原理原則に従えば、「
習近平にとって金正恩は、(中国共産党の)
一党支配体制を維持するためのコマの一つなのだ」が成り立つというのであれば、
反対も成立するはず。「金正恩にとって習近平は、朝鮮労働党の一党支配体制を維持するためのコマの一つ」であるともいえるはず。にもかかわらず、「
習近平の手の上で踊っているに過ぎない」などと、まるで
キム・ジョンウン委員長が一方的に踊らされている・泳がされているかの如く描写する遠藤氏の言説は、
単に「中国視点に偏向している」というレベルではなく、二国間関係・国際関係を分析するにあたっての基本的なお約束事が根本的に欠落しているのではないかと疑わざるを得ないものです。
こうした
「大国中心」の分析は、日米関係の枠内における日本の政策分析や、ソ連―東欧諸国関係の枠内での東欧諸国情勢の政策分析でも往々にして見られてきたものですが、
とりわけ朝中関係では酷いものです。日本や東欧諸国の政策の行方を分析するにあたっては、米国の意向やソ連の意向を踏まえるのは必須的手続きであるとはいえ、それだけで日本や東欧諸国の政策を判断する人は、まずいません。米国の意向やソ連の意向があるとはいっても、各国にも言い分と事情があるのだから、そこにスポットライトを当てるのが当然のことです。
しかし、朝中関係ではなぜか中国政府の意向を決定的要素として共和国情勢を語る極めて不可思議な方法論が幅を利かせています。チュチェ106(2017)年5月8日づけ「
朝中両国が「血の同盟」だったなどというのは、いまだかつて一度もない」で取り上げた中国人学者(沈志華・華東師範大学終身教授)に至っては、現代の朝中関係を「天朝」という概念で説明しようと試みる始末。千年来の冊封体制の基本構造がいまも続いているとでも言わんばかりの分析手法。
異常と言うほかありませんが、これが中国研究者の脳髄に染み込んだ中華帝国主義的な発想なのでしょう。
朝鮮半島情勢において中国の影響力は大であるとはいえ、それだけで説明できるものではありません。共和国の国家指導思想であるチュチェ思想の「チュチェ」は漢字で書くと「主体」ですが、
これは、まさしく「反中国・反ソビエト・自主自立」という意味での「主体」です。共和国はチュチェを確立するために努力しており、
ここ最近の朝米関係・朝中関係を見るに、一定の成果を挙げています。
■総括――朝米関係の行方を占うならば、朝鮮民主主義人民共和国とアメリカ合衆国そのものを正面から取り扱うべき
遠藤氏の言説は、昨今の共和国情勢をめぐる日本言論界隈を如実に示すサンプルであると言えます。その特徴は次の3点に集約できるでしょう。すなわち、@「共和国が一方的に追い詰められているという構図でないと困る」と言わんばかりの無理筋を書き立ていること。A朝鮮半島情勢を分析しているにもかかわらず、朝鮮語の原典ソースを確認しようとしないこと。B肝心の「朝鮮」を中心に据えずに中国やアメリカ、ロシアの動向ばかりに注目することです。
こうした方法論がいよいよ破綻の様相を顕著に呈しているのが、ここ最近の朝米関係・朝中関係であると言えます。共和国が弱小国でありながら「チュチェ」を提唱して自力更生・自主外交に注力してきた結果、中国を上手く利用して後見人に据えることに成功し、それを背景としていよいよ朝米首脳会談が目前に迫っているのです。
いまだに中国の事情だけをもって朝鮮半島情勢を語ろうとする人々の誤謬と、どうしても「北朝鮮は追い詰められている」という構図にしがみつこうとする人々の哀れさが際立つ今日この頃。
これを教訓に、朝鮮半島情勢や朝米関係を語るというのであれば、朝鮮民主主義人民共和国とアメリカ合衆国そのものを正面から取り扱うようお勧めします。