習近平氏の訪朝について。報道は溢れかえり、さまざまな分析が展開されていますが、私はあくまでも共和国の報道を出発点としつつ他国報道を加味して分析してみたいと思います。「共和国分析においてこそクレムリノロジー的分析が有効だ」というのが私の持論だからです。
■「中国共産党総書記が朝鮮労働党委員長を訪ねた」といったほうが正確――「社会主義」の強調
朝鮮中央テレビの記録映画が例によって公開されていたので確認しました(
https://www.youtube.com/watch?v=bMtumr3O6ho)。
「中国の国家主席が共和国を訪問した」というより「中国共産党総書記が朝鮮労働党委員長を訪ねた」といったほうが正確だというのが感想です(というわけで本稿では以下、党の肩書で呼称します)。
「社会主義」がとにかく頻出する点によります。
とくに象徴的だったのは、歓迎のマスゲームのタイトルが「不敗の社会主義」だったこと、そしてまた、朝中友誼塔(祖国解放戦争:朝鮮戦争で戦死した中国人民志願軍の軍人たちを顕彰する塔)を
キム・ジョンウン委員長と習近平総書記が訪問した時のBGMが「インターナショナル」だったこと(53:54〜)。習総書記は朝中友誼塔で鑑賞録に「缅怀先烈,世代友好」と残しましたが、タイミング的に意味深長です。
巷では朝中両国の「友誼」の強調に注目が集まっていますが、この「友誼」は単なる隣国同士の伝統的関係ではなく「社会主義」というイデオロギーに裏打ちされているわけです。
中国側報道からも、「社会主義」がキーワードであったことが見て取れます。朝中両党ともに「社会主義」をキーワードにしています。
http://japanese.cri.cn/20190621/57fdb8b2-5384-eb0e-7045-17ae1d0257a8.html習近平総書記と彭麗媛夫人、中朝友誼塔を訪問
2019-06-21 18:39 CRI
(中略)そして、塔の記念室で烈士の名簿や壁画を見た後、帳面に「缅怀先烈,世代友好(烈士を偲び 子々孫々友好)」と書き残しました。
習総書記は「今日の訪問は、命を捧げた烈士を偲び、両国の革命家が肩を並べて戦った歴史を振り返った。また、両国の伝統的な友情を若者に伝えた。さらに、平和維持という両国の強い決意をアピールした。われわれは、両国の友情を子々孫々に伝え、社会主義事業を強固にし発展させ、両国人民のためになり、地域の平和と安定、繁栄を進めたい」と強調しました。
これに対して、金正恩委員長は「友誼塔は両国の伝統的友情のシンボルだ。朝鮮の党、政府、人民は、侵略を防ぐ中で犠牲となった中国人民志願軍を永遠に忘れない。そして、新しい時代で両国の友情を受け継ぎ発展させていく。さらに、両国で連携を強化し両国関係に大きな成果をもたらしていく」と強調しました。(朱 森)
会談でも「社会主義」がキーワードになった模様。
http://japanese.cri.cn/20190621/93963fe8-cf7d-6d82-3b68-f5d46016bce1.html習総書記、金正恩朝鮮労働党委員長と会談
2019-06-21 18:55 CRI
習近平中国共産党中央委員会総書記・国家主席は21日、朝鮮の錦繍山迎賓館で、金正恩朝鮮労働党委員長・国務委員会委員長と会談しました。
(中略)
さらに習総書記は、「国際情勢がいかに変化しても、中国は朝鮮の社会主義事業や新たな戦略、半島問題の政治的解決や半島の長期的な安定への取り組みを強く支持する」と示しました。
これに対して金委員長は、朝鮮の党が人民を率いて社会主義の道を堅持することを中国が支持し協力することに感謝を示し、「先輩指導者の気高い意志に沿って、総書記同志とともに、新たな歴史の起点で、友好関係を受け継ぎ発展させたい」と述べ、今回の訪問成功を祝いました。
(以下略)
実際の会談ではいろいろなテーマについて意見交換されたはずですが、
中国側報道がこの点を主題として会談事実を編集して報道したことは、注目すべきことでしょう。
■対外政策と対内宣伝において課題を抱えている習総書記・中国側の思惑
いま中国は
貿易摩擦でアメリカと鋭く対立しつつ、
「特色ある社会主義」なるスローガンで国内統治を固めています。対外政策と対内宣伝において習総書記は課題を抱えています。中国側報道でも「社会主義」がキーワードとして取り扱われている事実は、
習総書記が抱えている課題と関連させると、その思惑が見えてくると思われます。
第一に、習総書記が抱える対外政策課題と今回の訪朝との関連から習総書記・中国側の思惑を推察すると、さしずめ、たとえば『ハンギョレ』が指摘しているような思惑がある考えられるでしょう。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190619-00033698-hankyoreh-kr[ニュース分析]トランプ大統領との談判控えた習主席、今後は金委員長を“後ろ盾”に
6/19(水) 17:43配信
ハンギョレ新聞
(中略)
習主席の訪朝は、何よりも米国の攻勢に対抗するテコを確保するためというのが大方の見解だ。中国は、米国の大規模な報復関税と華為(ファーウェイ)製品の不買キャンペーンにより、大きな圧迫を感じてきた。トランプ大統領は28〜29日に大阪で開かれるG20首脳会議で貿易交渉の突破口を見出せない場合は、残りの年間3000億ドル分の中国商品に高率の関税を課すと脅している。米国はまた、最近浮き彫りになった犯罪者引渡し条例に対する香港人の抵抗問題も今回の議題にすると明らかにした。金委員長の第1〜4回訪中が、米国との交渉を控えて中国という後ろ盾を誇示するためのものなら、今回は習主席が訪朝を通じて「中国は北朝鮮に対し、かなりの影響力を持っている」というメッセージを送ろうとしているわけだ。
さらに、朝米が交渉を再開する場合に備えた布石という見解もある。これまで朝米間の仲裁に消極的だった中国が、「中国パッシング」(中国排除)を防ぎ、朝鮮半島問題において積極的な役割を果たすという信号弾として、訪朝を決めたということだ。(以下略)
この朝中両国が、
単なる伝統ではなく「社会主義」をキーワードに、そして中国の指導者の訪朝時の定番コースとはいえ朝中友誼塔(それも最近キレイにしたばかり!)を訪問してコメントを残すことは、両国の対米結束の意志を推察できるところです。
第二に、習総書記が抱える対内宣伝課題と今回の訪朝との関連から習総書記・中国側の思惑については、中国政治専門家の遠藤誉・筑波大学名誉教授が以前から提唱してきた
「紅い団結」の誇示が考えられるでしょう。
遠藤氏曰く、中国共産党による一党支配体制を維持させるために「社会主義思想」の正当性を自国民に示す必要がある習総書記にとっては、
社会主義政党間の絆を堅固にさせていくことが必要であり朝中関係強化には重要な意味があるとのこと。
今回、中国側が「社会主義」をキーワードに共和国との友好・友誼関係を強調している意図は、遠藤氏の見立てを援用することで理解することできるでしょう。アメリカとの対立が深まる中での「社会主義」の連呼は、更に意味深長なものとなるでしょう。
■対外政策課題と対内政策課題を意識した
キム・ジョンウン委員長・共和国側の思惑
キム・ジョンウン委員長・共和国側の思惑は、わざわざ言うまでもなく明白ですが、触れておきましょう。
対米交渉の後ろ盾にしたいという対外政策課題と
最高指導者としてのリーダーシップを発揮し、また経済建設の支援を中国から取り付けたいという対内政策課題を意識していることでしょう。
そうした思惑は、前掲:朝鮮中央テレビ記録映画のラストシーンに強く表れているといえるでしょう。アナウンスによると、習総書記を空港で見送るシーンにおいて
キム・ジョンウン委員長は「
我々も闘争も社会主義のためのもので、朝中親善も社会主義を守るためのものだと言われながら、新時代の中国特色の社会主義建設と中華民族の偉大な復興の夢を実現させるための習近平同志の責任的な事業で大きな成果があることを宿願」されたとのこと。
キム・ジョンウン委員長が、習体制をもっともよく特徴づける「中国特色の社会主義」にわざわざ言及し支持を表明したことは、中国を自国側陣営に引き込もうとする意図がよく表れているといえるでしょう。習総書記が社会主義政党間の友好関係を強化・顕示して社会主義思想・中国共産党政権の正当性・正統性を自国民に示したがっている姿を機敏に察知し、
相手が一番喜ぶであろうキーワードを取り上げて賞賛することで機嫌を取り、中国側を味方につけようとしているわけです。
同時に、
キム・ジョンウン委員長・共和国側は、
習総書記・中国側との間に「対等な関係性」を示そうとしています。興味深いことです。このことは、習総書記歓迎の式典形式を振り返れば見えてきます。習総書記はクムスサン(錦繍山)太陽宮殿広場で歓迎を受けました。
http://japanese.cri.cn/20190621/b5f81639-6a9a-19ec-c269-5378bea56368.html習総書記の朝鮮訪問は「初めて」ばかりの最高待遇に
2019-06-21 14:47 CRI
(中略)
今回、習総書記と彭麗媛夫人は、外国の指導者としては初めてクムスサン(錦繍山)太陽宮殿広場で歓迎を受け、夜には朝鮮の三大楽団が初めて一堂に会して行った文化芸術公演が披露されました。これは、朝鮮における「最も尊重すべき中国からの貴賓」という最高の待遇であるということです。(雲、謙)
クムスサン太陽宮殿は、
キム・イルソン主席・
キム・ジョンイル総書記のご遺体が安置されている廟です。
21日づけ時事通信記事によると、「(クムスサン太陽宮殿への)
訪問は「首領様(金日成氏)を参拝したことになる」と指摘し、北朝鮮住民にとって意義深いと説明。14年ぶりの中国最高指導者の訪朝が「正恩氏の指導力強化の契機となる」と分析した。」(世界北朝鮮研究センター所長で所謂「脱北者」のアン・チャンイル氏の分析)とのこと。
共和国の「聖地」でありチュチェの「総本山」を習総書記が訪問することは、共和国にとって最も大切な空間で客人を歓迎するという点において「最高の歓迎の意思表示」という意味合いを持ちますが、同時に、
客人を自己の聖地・総本山に巡礼・参拝させるという点においては「下手に出るつもりはありまんよ」という意味合いも帯びます。「我々の対米対決の傍らには中国の同志たちがいる!」ということを、
「親分子分の関係」としてではなく「戦友同士の関係」として捉えているキム・ジョンウン委員長・共和国側の理解・認識が見て取れます。
むろん、こうした社会主義国特有の「意味付け・箔付け」は、
中国共産党一行も十分に分かっているはず(自分たちだってよくやってきたわけだし)。このことは、
中国共産党による朝鮮労働党に対する相当の配慮の様を内外に示すものとみてよさそうです。
■あくまでもドライな関係
他方、朝中関係は
あくまでもドライな関係なので、
朝中友誼強調は思惑の一致の産物であり、地獄の底まで添い遂げるということはないでしょう。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190621-00000001-jij-kr北朝鮮関係・識者談話
6/21(金) 0:19配信
時事通信
◇対米カード増やした
津上俊哉・現代中国研究家の話 中国の習近平国家主席は今回の北朝鮮訪問で金正恩朝鮮労働党委員長と会談したことで、貿易摩擦を抱える米国へのカードを増やしたと言える。中朝会談は米国へのけん制と言われることが多いが、北朝鮮と一緒になって米国に対抗することが目的ではない。
中国は北朝鮮問題で米国に「貸し」があると思っている。米中の共同歩調が北朝鮮の態度を変えさせたと自負しているからだ。米中両国の間には、貿易戦争ばかりではなく、お互いの協力なしでは解決できない問題があることをトランプ米大統領が再認識することを望んでいる。
(中略)
中国は、北朝鮮が制裁や圧力で非核化するとは考えておらず、今すぐ丸裸になれという米国のやり方は非現実的とみている。それでも、北朝鮮に運搬可能な核兵器の配備を許さないというゴールは米国と共有していると思う。
昨年6月10日づけ「
朝米関係の行方を占うならば、朝鮮民主主義人民共和国とアメリカ合衆国そのものを正面から取り扱うべき」において私は、上掲の遠藤氏による朝中関係分析、について、「
習近平にとって金正恩は、一党支配体制を維持するためのコマの一つなのだ。金正恩ははしゃいでいるが、習近平の手の上で踊っているに過ぎないのではないだろうか。」というくだりを念頭に置きつつ以下のとおり批判的に述べました。
中国共産党政権が共和国政府に対して「改革開放」を再三にわたって要求してきたことは事実です。そしてまた、中国共産党政権が「紅い団結」(あまり聞き覚えのない単語ですが・・・)を必要としているのも事実でしょう。しかし、だからといって共和国政府が「紅い団結」云々に付き合わなければならない理由など、どこにもありません。中国共産党政権が自国事情を基に「紅い団結」を必要とし、共和国政府もまた自国事情によってそれに乗っかったというのが真相であり、単に国家間の利害が一致したに過ぎないのです。
今回の習総書記訪朝ニュースは、まさに双方の思惑と利害の一致による産物であり、「お互いを利用し合いながら歩調を合わせている」朝中双方の関係性がよく現れているといえるでしょう。
■対米非核化交渉があまり触れられていないことについて
朝鮮中央テレビの記録映画の全体的論調について総括しておきましょう。
対米非核化交渉についてはほぼ触れられておらず、朝中友誼・社会主義建設の同志関係を強調する論調が全体を貫いているといえます。J-CASTニュースは、21日の記事「
首脳会談、北朝鮮メディアが沈黙した話題 中国側との「差」と「半日遅れ」の意味は」で「
「友好」の協調に留まった北朝鮮メディア」と報じています。
このことは、
共和国政府の目下の最重要政策課題は唯一経済建設であり、共和国公民たちの関心も経済等民生分野の動向であることを共和国政府も十分理解しているがゆえと考えられます。経済建設の鍵は長期的には対米関係改善ですが、まずは中国との連携強化です。
対米関係は国事の「課題」としては主要でありつつも、「関心」としては副次的扱いになっていることが推察されます。だからこそ、朝中友誼や社会主義建設の同志関係について
メディア報道上では強調しているのでしょう。