■「事実上の陥落」「事実上の投降」って何?
https://news.yahoo.co.jp/articles/787fb4d39a52b8cf213e5fcc76e5417b8524fd3aアゾフスタリ製鉄所から女性や子どもらの避難完了 一時停戦の最終日に
5/8(日) 10:31配信
ABEMA TIMES
ロシア軍に包囲されているウクライナ南東部マリウポリの製鉄所から、女性や子ども、高齢者の避難が完了したことがわかった。
ウクライナのベレシュチュク副首相は7日、「アゾフスタリ製鉄所からすべての女性、子ども、高齢者が避難した」と発表した。人数などの詳しい情報を明らかにしていないが、「マリウポリのこの部分の人道支援作戦は完了した」とした。7日はロシアが発表していた3日間の一時停戦の最終日だった。
(以下略)
待ち望まれていた民間人・非戦闘員の退避が完了したという吉報が飛び込んできています。本当に良かった、これ以外の感想はありません。
そしてそれから約1週間。アゾフスターリ製鉄所からウクライナ側兵士の撤退が始まりました。マリウポリの陥落ですが、日本メディアはこのことについて
妙な言い回しで報じています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/a7fc84c94bc7752066bd4d6fe304d6fb483396fdマリウポリ事実上の陥落か ウクライナ軍、製鉄所の兵士撤退を命令
5/17(火) 11:45配信
毎日新聞
ロシア軍が包囲を続けるウクライナ南東部マリウポリをめぐり、ウクライナ軍の参謀本部は17日、抗戦現場となってきたアゾフスターリ製鉄所から兵士の撤退を命じた。ゼレンスキー大統領も「兵士たちにとって、つらい一日になる」と発言した。撤退は、抗戦してきた戦闘員の投降を意味するとみられ、マリウポリが事実上、陥落した可能性が高い。
ウクライナ参謀本部は17日未明ごろ、フェイスブックに「マリウポリの守備隊は任務を完了した」と投稿した。アゾフスターリ製鉄所で防戦していた兵士に対し「人命を守るように命じた」と明記しており、すでに退避のオペレーションが進行中だと説明している。
(以下略)
https://news.yahoo.co.jp/articles/945434e242eb457441f758a70b6e0839b126768a約3カ月の攻防戦に幕 製鉄所のウクライナ兵、事実上の“投降”
5/17(火) 17:30配信
テレビ朝日系(ANN)
ロシア軍が攻勢を強めていたマリウポリの製鉄所で、ウクライナ側が戦闘の終了を発表しました。多くのウクライナ兵が、親ロシア派が支配する町などに移送され、事実上の投降とみられています。
(以下略)
ウクライナ参謀本部の「
マリウポリの守備隊は任務を完了した」という投稿はまだ理解できます。「負けました」なんて言おうものならロシア側の格好の宣伝道具になってしまうので、こういう言い回しをせざるを得ないのでしょう。
しかし、それとは無関係であるはずの
日本メディアが「事実上の陥落」や「事実上の投降」という、めったに聞かない不自然な言い回しを繰り出すのはいったいどういうことなのでしょうか? アゾフスターリ製鉄所はマウリポリ防衛の「最後の砦」と呼ばれてきた拠点ですが、
これが落ちた以上は「事実上」も何も「マウリポリ陥落」以外のなにものでもありません。日本メディアは「ウクライナ国営放送日本語版」ではないのだから、粛々と事実を伝えればよいだけです。
■「反転攻勢」ムードに水を差すマウリポリ陥落のニュース
15日夜のNHK「ニュース7」は、南部ヘルソン州の併合を巡る住民投票の動き(「
露、南部ヘルソン州併合示唆か キーウ再攻撃に警戒も」5/12(木) 23:21配信 産経新聞)など、高まり続けているウクライナ南部での「ロシア化」の動きを完全に無視しつつ、東部ハルキウ近郊でのロシア軍の撤退を「ウクライナ軍の反転攻勢」と描いたうえで、国外避難していたウクライナ人の帰国が増えつつあると報じてウクライナ情勢の報道を終えましたが、それからわずか2日後のマリウポリ陥落について次のようなtweetをしました。
https://twitter.com/nhk_news/status/1526497869779320833【マリウポリの攻防戦が節目に】
ロシア軍が投降を迫っていた東部の要衝マリウポリの製鉄所で、ウクライナ側が戦闘任務の終了を発表。マリウポリをめぐる攻防戦は大きな節目を迎えています。
#ニュース7 でお伝えします。
午後6:40 ・ 2022年5月17日
「東部の要衝マリウポリ」――「東部」ではウクライナ軍が反転攻勢していたんじゃなかったのか、だからウクライナ人が帰国し始めていたんじゃなかったのか。日曜日に見た放送はいったい何だったのか疑問がわいてきます。
ここ最近の「反転攻勢」ムードに水を差すマウリポリ陥落のニュース。
いつも賑やかなヤフコメも心なしか「静か」です。もちろん現実は、ウクライナ軍のハルキウ奪還とロシア軍のマリウポリ制圧は同時に展開されていたものです。
単に日本人がハルキウばかり注目していただけに過ぎません。
この「静けさ」は、いかに日本人の目が一つの視点に凝り固まっているのかを示していると言えるでしょう。
■アゾフ大隊司令官は「シェルターに民間人が避難している」とは最近まで言っていなかった
それにしてもアゾフスターリ製鉄所からの民間人・非戦闘員退避は時間が掛かりました。いったん戦闘が始まってしまうと斯くも民間人・非戦闘員の退避は遅れてしまうものだということが、今回改めて鮮明になりました。
一点引っかかるのは、「実際に」退避が遅れるのは段取りの問題などから仕方ないとして、
退避させようという「声が上がるのが遅れた」ことです。たとえば4月17日の下記記事。すでにアゾフスターリ製鉄所では激しい戦闘が展開されていましたが、民間人・非戦闘員には触れられてさえいません。
https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000251792.htmlロ軍の降伏勧告に応じず マリウポリ製鉄所の400人徹底抗戦か
[2022/04/17 21:25]
ウクライナ南東部マリウポリで立てこもるウクライナ兵にロシア軍が投降を呼び掛けたものの、ウクライナ軍はこれを拒否し、徹底抗戦の構えをみせています。
ロシア軍はマリウポリにあるアゾフスタリ製鉄所に立てこもるウクライナ兵に対し、日本時間の17日午後7時までに武器を置けば命を保証すると投降を呼び掛けました。
CNNによりますと、これに対してウクライナ軍は降伏を拒否し、マリウポリ市の防衛を継続すると主張しているということです。
一方、ロシア国防省はウクライナ軍の通信を傍受したとして、ウクライナ軍が「投降を希望した兵士を銃殺しろと内部で命じた」と伝えています。
また、投降したウクライナ兵の情報として、アゾフスタリ製鉄所には400人のウクライナの部隊が残っているとしています。
しかし、
その2日後の19日になって急に「製鉄所の地下シェルターには、1000人以上が身を潜めている」と言い出し、にわかに民間人・非戦闘員問題が浮上するようになりました。1000人以上もの民間人が急に涌いてきたのでしょうか?
https://news.yahoo.co.jp/articles/6e88cd3b6431f02ea1b68ad78d016cf3e9745123マリウポリ“最後のとりで”製鉄所の状況は…アゾフ連隊司令官を取材「避難者は数日間太陽を浴びていない」
4/19(火) 23:58配信
日テレNEWS
陥落間近とされるウクライナ南東部マリウポリで、戦闘が激化しているのがアゾフスタリ製鉄所です。マリウポリ市議会によると、製鉄所の地下シェルターには、1000人以上が身を潜めているといいます。(以下略)
http://japan.hani.co.kr/arti/international/43209.html「徹底抗戦」マリウポリの製鉄所に民間人1千人…「ほとんどが子どもと女性、高齢者」
登録:2022-04-20 06:27 修正:2022-04-21 07:02
ウクライナ東南部の都市マリウポリを死守するため、ウクライナ軍が徹底抗戦を続けているアゾフスタリ製鉄所に民間人約1千人が避難しており、大規模な民間人被害が懸念されている。
マリウポリのミハイロ・ベルシニン警察局長は18日、ロシア軍に包囲されたアゾフスタリ製鉄所に子連れの女性など約1千人の民間人が避難していると明らかにした。同氏は同日、米CNNとの電話インタビューで、避難した民間人の中には女性や高齢者、子どもが多く含まれているとし、「ロシア軍が猛烈な勢いで製鉄所を爆撃している」と伝えた。
(以下略)
この戦争が始まってから私はNHK「ニュース7」を欠かさず視聴しています。必ずしも午後7時にテレビの前に居られるわけではないので保険として録画予約も設定しているのですが、4月15日から4月21日までの録画をこのたび見返したところ、
4月19日になって急に「製鉄所のシェルターに1000人以上の市民が避難」という話が出てきていました。
興味深いのは、その前日18日の放送ではアゾフ大隊司令官のインタビューが放映されていたのですが、「徹底抗戦の決意」こそあれシェルターに避難している民間人・非戦闘員の話は出てこなかったことです。番組はこの他、マリウポリ市長の「3月9日からの2週間で街は文字通り地表から消え去った」という発言、シュミハリ・ウクライナ首相の「マリウポリはまだ陥落していない。兵士が今もいて彼らは最後まで戦う」発言、そしてウクライナ政府関係者の「(製鉄所の)部隊にさらに多くの死者が出た場合、停戦交渉が中止されかねない」という発言を報じたのち、ハルキウやドネツク方面での戦闘に話を移してしまいました(クラマトルスクの鉄道駅にロシア軍のミサイルが着弾した事件をはじめとしてハルキウ・ドネツク方面については民間人の被害・犠牲を中心に報じていました)。
首相や市長がアゾフスターリ製鉄所の実態を把握していないのは、危機管理上どうなのかとは思いますが、現実問題としてはあり得る話です。実際に首相や市長自身が籠城しているわけではないのだから報告が上がってこなければ知る由もありません。しかし、
現地で自ら籠城しているアゾフ大隊司令官のインタビューでシェルターに避難している民間人・非戦闘員の話が出てこなかったのは奇怪なことです。
■アゾフ大隊司令官が初めから言わなかったのか、NHKがその部分をカットしたのか
アゾフ大隊司令官が初めから言わなかったのか、アゾフ大隊司令官は伝えていたがNHKがその部分をカットしたのかは分かりません。なお、19日の放送においてNHKは、米CNNを引いて「信憑性の確認は十分にはできない」と断りを入れていました。日本メディアはこの戦争についてほとんど独自取材できておらず、自ら情報を分析する能力がないので、せっかくアゾフ大隊司令官がスクープ情報を提供してくれていたのに
「疑わしいからカット」にしていたのかもしれません。
しかし、いままで未確認情報を未確認のまま垂れ流してきたことは一回や二回ではありません。流してもよかったが
「徹底抗戦の流れから外れるから編集カット」したのかもしれません。
橋下・グレンコ論争が示しているとおり、民間人・非戦闘員の退避問題は論じるにあたって非常に神経を使う問題です。NHKの番組編集部が民間人・非戦闘員避難に主張の力点を置き過ぎることに対する「恐怖」を感じていたとしても不思議ではありません。
■民間人・非戦闘員が置き去りにされるのが戦争というもの
近々改めて取り上げたいと思っている記事として「
自衛隊の元空将と元陸将が分析「ロシア軍はなぜ苦戦するのか?」」があります。予備自衛官で日本安全保障戦略研究所研究員の田上嘉一弁護士、陸上自衛隊元西部方面総監の小川清史氏、元航空自衛隊西部方面航空隊司令官の小野田治氏らがウクライナ戦争の戦況を論じている記事です。一般公表できる範囲内で現職自衛官時代に培った知識をもとに論じておられるお三方による対談ですが、メディアの戦況報道を見ているだけでは見えてこない「プロの分析」といえます。
このなかで次のくだりが目に留まりました。
ウクライナも、ロシアを見くびっていたところが多少あったと思います。でなければ、民間の人達をあれだけ・・・攻撃された市街地にまた戻ってきて瓦礫を片づけたり、国民保護を一体どうしているのかという点でちょっと疑問な部分はある。
やっぱりそう見えますよね。ロシア側が繰り返す「人間の盾にしている」とまでは言いませんが、民間人・非戦闘員の退避問題において疑問を感じざるを得ません。
ロシア側の対応にも苦言を呈しておかなければなりません。ロシアはウクライナ政府とアゾフ大隊を「ネオナチ」呼ばわりしてきましたが、本当にそうならば、「なら降伏しなさい」で降伏するはずがありません。「ウクライナは民間人を人間の盾にしている」というのであれば、それが「ネオナチ」の本質であるのならば、「特別軍事作戦」を称している以上は、小児病院を誤爆したときのような「ウクライナのせい」という言い逃れをすべきではありません。ウクライナ側が「民間人を人間の盾にしている」とすれば、ロシア側は「民間人の被害を以ってウクライナ批判のネタにしている」と言わざるを得ません。「どちらが先に手を出したのか」問題を別とすれば、この戦争は「どっちもどっち」なのです。
民間人・非戦闘員が置き去りにされるのが戦争というものですが、それが鮮明に表れたのがマリウポリの戦いであったと言えます。
■今日のまとめ
いつも賑やかなヤフコメも心なしか「静か」なマウリポリ陥落のニュース。「反転攻勢」ムードに水が差された形だが、マウリポリでのウクライナの劣勢は急に始まった話ではありません。この「静けさ」は、いかに日本人の目が一つの視点に凝り固まっているのかを示しています。
民間人・非戦闘員が置き去りにされるのが戦争というものですが、それが鮮明に表れたのがマリウポリの戦いであったと言えます。