最近の戦況ニュースといえば、やはりHIMARSの供与・戦線投入でしょう。とはいえ、それほど盛り上がっているようには見えません。西側諸国からの兵器供与のなかでも特にインパクトの大きいニュースではあるものの、HIMARSについては早くからその効果と限界が指摘されています。たとえばフランスF2は7月12日づけ放送(日本ではNHK「キャッチ! 世界のトップニュース」7月13日午前で放送)は次のように指摘していました。
ロシア軍はこれまでウクライナ軍の手の届かない場所で大きな弾薬庫を管理することができていましたが、今後は弾薬をひとつの場所に置いておけず、分散させなくてはなりません。ロシア軍にとって兵站面では非常に困難な状況になるでしょう(中略)これにより力の均衡が取り戻され、ウクライナ側の反撃が決定的なものになるでしょう。しかしこれだけで勝利をもたらすことは難しく、多くの軍事専門家はウクライナとロシアが将来的に交渉せざるを得ないだろうと見ています。より分かりやすい解説が、ヤフコメではありますが「ロシアの進軍を止める?最強兵器「ハイマース」」(7/26(火) 19:22配信 ニューズウィーク日本版)でツッコミ的に、次のように投稿されています。
一局面に過ぎません。もとよりHIMARSは阻止砲撃用の兵器であり、実際には長距離砲として運用されているところですが、南部奪還となればそういう戦い方だけで済むものではありません。いまロシア軍は優勢な火力でウクライナ軍を圧倒していますが、しかしながら占領地を拡大できていません。撃ち合いだけでは戦争にはならないのです。
射程が長く精密に攻撃できるという事は、攻撃のために接近する必要がないことを意味しますから、厳重に守られた重要目標を優先的に攻撃してるのでしょう。
しかし反攻ともなれば、間接射撃にばかりは頼れません。なぜなら、敵を駆逐して奪還した地点を防衛しなければならないためです。敵を蹴散らした空白地域に素早く展開して防戦するためには、歩兵の他に多数の戦車が必要になります。武器弾薬だけでなく、地形や周到に準備されたトラップなどを活かせたこれまでの戦いとは違い、ひらけた場所を反撃覚悟で突入しなければなりません。ウクライナ軍も激しく消耗することになるでしょう。
戦いはこれからが正念場です。
また、弾薬の在庫と供給の問題もあります。「撃ち合いでロシア軍を圧倒できるほど、HIMARS用のロケットに在庫はあるのかな?」という疑問です。
https://grandfleet.info/european-region/the-155th-day-of-the-battle-in-ukraine-raises-the-issue-of-ammunition-supply-for-himars/
2022.07.28HIMARSは、いままでやられっ放しだったウクライナ軍に一定の抵抗能力を与える有益な兵器であり、このことは最終的にはウクライナにとって和平交渉においてプラスに働きうるとは言えるでしょう。しかし、HIMARSの戦線投入によって戦況が劇的に変化し、戦争が終わるとまでは言い難いでしょう。
155日を迎えたウクライナでの戦い、HIMARS用弾薬の供給問題が浮上
(中略)
HIMARSで使用するGMLRS弾(GPS誘導のロケット弾)供給問題が浮上しており、南部戦線の反攻でHIMARSの役割は限定的になる可能性が出てきた。
米軍備蓄にGMLRS弾が幾らあるのか不明だが、2021会計年度以前に米軍は計5万発のHIMARS用弾薬(訓練弾のM28、GPS誘導のM31、射程拡張タイプのERを含むGMLRS弾+ATACMS弾の合計)を購入していることだけは確認されており、2022会計年度以降は年間3,000発〜5,000発の調達しか予定(2027会計年度までに約2万発)されておらず、仮にウクライナ軍が16輌のHIMARSで1日2回攻撃を実施すれば1ヶ月で5,760発(1輌6発×2回=12発×16輌=192発×30日=5,760発)のGMLRS弾を消費する。
この量は今後5年間に米軍が調達するHIMARS用弾薬の約29%に相当、さらに2021会計年度以前に受け取った計5万発のHIMARS用弾薬のうち約2万発をイラクとアフガニスタンで消費したという指摘もあり、このままのペースでウクライナ軍がGMLRS弾を消費すると中国など他の脅威に備えることが難しく、1日あたり消費量を48発(1輌のHIMARSが3発×16輌)に抑えれば「2023年までは弾薬不足に陥らない」と米ディフェンスメディアが試算している。
因みにGMLRS弾の年間最大生産量は約1万発で、ロッキード・マーティンは「要請さえあれば増産に対応する」と述べているものの直ぐに増産体制を整えるのは不可能(生産整備だけでなく構成部品の調達も課題)だと見られており、ウクライナが要求している100輌のHIMARS提供はランチャーの問題ではなくGMLRS弾の問題で(当面は)実現不可能なのだろう。
しかしながら、我らが日本世論は、HIMARSの戦線投入を「ゲームチェンジャー」などと囃し立てています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/9f6c98958276236c5d5db395bedeac42dce63527
ロシアの進軍を止める?最強兵器「ハイマース」読売新聞に至っては「南部ヘルソン奪還へ」などとかなり飛ばしています。
7/26(火) 19:22配信
ニューズウィーク日本版
<ロシア軍優勢だったウクライナ東部の戦況を一変させる「ゲームチェンジャー」の実力>
アメリカがウクライナに提供したM142高機動ロケット砲システム(HIMARS=ハイマース)は、射程の長さと、ロシア軍に深刻な打撃を与える能力の高さから、西側の軍事専門家たちからは戦況を一変させる「ゲームチェンジャー(戦況を一変させる兵器)」と呼ばれている。
(以下略)
https://news.yahoo.co.jp/articles/a0cd69f6268742b28068d054ae8bdcb0344ca08f
ロシア軍が占拠する南部ヘルソン奪還へ、ウクライナが攻勢強化かつてヒトラーはV2ミサイルの投入に固執したものでした。ヒトラーは明らかに英雄崇拝思考の持ち主でしたが、奴のゲームチェンジャー・決戦兵器待望論は、単に敗色濃厚の戦況において一発逆転を期していた以上に、そもそもそういう考え方の持ち主だったとも考えられるでしょう。
7/28(木) 23:52配信
読売新聞オンライン
【キーウ=森井雄一】ロシア軍が占拠するウクライナ南部ヘルソンを巡り、ウクライナ側が反撃を強めている。ヘルソンを含むヘルソン州など南部2州では、ロシアが9月にも住民投票を実施し、「圧倒的な民意」を演出して支配を正当化する恐れが高まっているためだ。露軍も対抗し、戦力を補強している模様だ。
(以下略)
我らが日本世論も、以前から指摘しているように、大河ドラマのような英雄豪傑物語を非常に好む傾向から言って一種の英雄崇拝があるものと考えられます。日本世論がゲームチェンジャー・決戦兵器に期待をかけ沸き立つのは、ヒトラーのV2固執と瓜二つ。ヒトラー的英雄崇拝の精神は現代日本にも脈々と受け継がれているようです。
フランスF2の7月4日づけ放送(日本ではNHK「キャッチ! 世界のトップニュース」7月5日午前で放送)によると、現在ウクライナ軍は1930年代・40年代に製造された「骨董品と言うべき」(番組の表現)銃器も使って戦っているとのこと。「ロシア兵が持つ武器とは比べ物にならない」「これでは身を守れない」「武器だけではなく当時のサイドカーも現役」という苦しい状況にあるようです。以前、ロシア軍がT62戦車を投入していることについてイギリス国防省は「近代装備が不足している現状を表している」などと「分析」しました(「ロシア軍、50年前の戦車配備か 英分析「近代装備が不足」」5/27(金) 18:51配信 共同通信)が、ウクライナ軍の苦境は「それどころではない」ということになります。
「国際世論」がHIMARS供与のニュースにはしゃぎ回り、実際に戦果を挙げているその瞬間、方や歩兵たちはDP28やPM1910までも持ち出して戦っています。また、少し前にウクライナ軍の損耗率が最大50パーセントに上るというニュースが世界を揺るがせました(損耗率が最大50パーセントは、正規軍としての組織的戦闘能力を失っているという意味で「全滅」レベル)が、まだその損失の穴埋めが完了したというニュースは報じられていません。武器は輸入によって比較的容易に補充できても戦闘員の補充は困難です。これで「南部ヘルソン奪還へ」は飛ばしすぎでしょう。
以前から述べているように私は「今日のウクライナ情勢は、明日の台湾・沖縄有事」という見方はある意味において正しいものと考えています。将来的な台湾・沖縄有事において展開されるであろうプロパガンダの基本的な骨格部分が既に見られているからです。その線で考えると、台湾・沖縄有事においてアメリカなどは日本に各種の大型で強力な兵器を供与し、それを受けて日本メディアは大々的な戦意高揚のプロパガンダキャンペーンを展開するでしょう。しかしその一方で、歩兵は非常に劣悪な環境に置かれるかもしれません。
また最近、ほとんど怪文書というべき「プーチン健康不安説」「プーチン政権弱体化説」が再び登場するようになってきました。
「「クレムリンの殺し屋」プーチンに相応しい最期は近付いている…MI6などが分析」(7/23(土) 17:16配信 ニューズウィーク日本版)
「プーチン政権の弱体化が始まった」(7/25(月) 17:32配信 ニューズウィーク日本版)
プーチン政権の不安定性に関する議論は、すでに5月ごろまでには「安定的」という結論で決着していたはずですが、特段新しい論点もなくまた出てきたわけです。プーチン大統領個人の健康問題については、アメリカCIA長官が「プーチン氏の健康については多くの噂があるが、我々が知る限りプーチン氏は全くもって健康だ」と述べた(「プーチン大統領は「全く健康」 米CIA長官が病気説を否定」7/22(金) 4:49配信 CNN.co.jp)ばかりです。これらは、いったいどこから出てきた情報なのでしょうか? かなり「願望込み」の見立てと言わざるを得ないものです。景気のいいことを言ってはいるものの、依然として願望に縋りたくなるような戦況ということなのでしょう。
ところで奇妙なのは、うわ言のように「ウクライナ軍の反転攻勢」を繰り返していたNHK、ルガンスク州陥落直前までウクライナ軍の一時的・局地的な前進を「反転攻勢だ!」などと願望込み込みで触れまわっていたNHKが、HIMARSの活躍に対してあまり盛り上がっていないことです。
6月26日のニュース7の時点では、ウクライナ軍の文字通り「大本営発表」を引いて「HIMARSが実戦投入されて標的に命中した」「西側の武器供給を受けて反転攻勢につなげたい」といった具合に景気の良い報道をしていました。供与されたHIMARSの台数に結局触れずじまい(たった数台のHIMARSでは広大な戦線で反転攻勢はできない)だったあたり、希望を抱かせる断片的情報に飛びついたのでしょう。
しかしその後、特に7月に入ってからというもの、そもそもウクライナ情勢に割く時間そのものが激減しています。開戦5か月になる7月24日のニュース7では、ウクライナ情勢は番組中盤以降で取り上げられるに留まりました。翌25日(月曜日)のニュースウォッチ9に至っては、ウクライナについてほとんど触れずじまい。開戦4か月の6月24日の同番組で、小泉悠氏を招いて「ウクライナ情勢に関心を持とう」「暴力による現状変更の試みに対しては、私たち自身がステークホルダーなんだ!」などと熱心に啓蒙していたのは一体何だったのかというくらいの静観でした。
ロシア国民の戦争への関心が低下しているというニュースが少し前に報じられたところ(「「現地に知人いない」ウクライナ侵攻 ロシア国民の関心低下 若者は34% 兵士死者の多くが少数民族や地方出身者」7/25(月) 18:35配信 TBS NEWS DIG Powered by JNN)ですが、日本世論の関心の低下は「それどころではない」のかもしれません。いくらニュース7やニュースウォッチ9といった「国策報道番組」でも、視聴者が関心を持っていない話題を重要ニュースとして長時間を割いて放送できなくなってきたのでしょう。