2023年07月28日

『労働新聞』記事に掲載された「プーチン同志」「ショイグ同志」という表現が意味することについて

http://www.uriminzokkiri.com/index.php?ptype=crevo4&mtype=view&stype=4&no=10557
주체112(2023)년 7월 27일 《로동신문》
チュチェ112(2023)年7月27日『労働新聞』

경애하는 김정은동지께서
敬愛なるキム・ジョンウン同志におかれては

로씨야련방 국방상을 접견하시였다
ロシア連邦国防相に接見なされた


조선로동당 총비서이시며 조선민주주의인민공화국 국무위원장이신 경애하는 김정은동지께서는 7월 26일 당중앙위원회 본부청사에서 위대한 조국해방전쟁승리 70돐에 즈음하여 우리 나라를 축하방문하고있는 쎄르게이 쇼이구 국방상을 단장으로 하는 로씨야련방 군사대표단을 접견하시였다.
朝鮮労働総秘書であられ朝鮮民主主義人民共和国国務委員長であられる敬愛なるキム・ジョンウン同志におかれては、7月26日、党中央委員会本部庁舎において、偉大な祖国解放戦争勝利70周年に際し我が国を祝賀訪問しているセルゲイ・ショイグ国防相を団長とするロシア連邦軍事代表団に接見された。

경애하는 김정은동지께서는 쇼이구 국방상과 반갑게 상봉하시고 따뜻한 인사를 나누시였다.
敬愛なるキム・ジョンウン同志におかれては、ショイグ国防相とうれしく再会し、温かい挨拶を交わされた。

경애하는 김정은동지께서는 로씨야련방 군사대표단의 우리 나라 방문을 열렬히 환영하시고 쇼이구 국방상과 친선적인 담화를 나누시였다.
敬愛なるキム・ジョンウン同志におかれては、ロシア連邦軍事代表団の我が国への訪問を熱烈に歓迎なさり、ショイグ国防相と親善的な談話を交わした。

석상에서 쇼이구 국방상은 경애하는 김정은동지께 보내온 로씨야련방 대통령 울라지미르 울라지미로비치 뿌찐동지의 친서를 정중히 전해드리였다.
席上でショイグ国防相は、敬愛なるキム・ジョンウン同志に送ってきたロシア連邦大統領ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン同志の親書を丁重に伝えた。

경애하는 김정은동지께서는 따뜻하고 훌륭한 친서를 보내준 뿌찐대통령에게 사의를 표하시면서 우리 인민의 영광스러운 승리의 명절을 축하하기 위해 쇼이구 국방상이 이끄는 군사대표단을 평양에 보낸 대통령에게 감사의 인사를 전하시였다.
敬愛なるキム・ジョンウン同志におかれては、温かく立派な親書を送ってくれたプーチン大統領に謝意を表し、我が人民の栄光ある勝利の名節を祝うためショイグ国防相率いる軍事代表団をピョンヤンに送った大統領に感謝の言葉を伝えた。

담화에서는 뿌리깊은 조로친선의 력사를 감회깊이 추억하면서 국방안전분야에서 호상 관심사로 되는 문제들과 지역 및 국제안보환경에 대한 평가와 의견을 교환하였으며 견해일치를 보았다.
談話では、由緒深い朝ロ親善の歴史を感慨深く追憶しながら、国防安全分野で互いに関心事となる問題、並びに地域および国際安保環境に対する評価と意見を交換し、見解の一致を見た。
(中略)
중요한 계기에 이루어진 조선로동당 총비서이시며 조선민주주의인민공화국 국무위원장이신 경애하는 김정은동지와 쎄르게이 쇼이구 로씨야련방 국방상사이의 상봉은 새 세기의 요구에 맞게 전략적이며 전통적인 조로관계를 가일층 강화발전시키고 급변하는 지역 및 국제안보환경에 대처하여 국방안전분야에서 두 나라사이의 전략전술적협동과 협조를 더욱 심화발전시켜나가는데서 중요한 계기로 된다.
重要な契機になった、朝鮮労働党総書記であり朝鮮民主主義人民共和国国務委員長であられる敬愛なるキム・ジョンウン同志とセルゲイ・ショイグ ロシア連邦国防相との再会は、新世紀の要求に合った戦略的かつ伝統的な朝ロ関係を一層強化・発展させ、急変する地域および国際安保環境に対処し、国防安全分野で両国間の戦略戦術的協同と協力をさらに深化・発展させていく上で重要な契機となる。
ロシア連邦大統領ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン同志」――共和国が、ロシア連邦大統領を「同志」と呼んだ例はあまり記憶にありません。その昔≪우리 친선 영원하리≫という歌がありましたが、そこでも「同志」と呼んではいません。中国やベトナム、ラオスなどの社会主義諸国の要人を「同志」と呼びかけるのは通常のことですが、ロシアは社会主義国ではないのでプーチン大統領を「同志」扱いするのは異例的に見えます

同時に、「プーチン同志」という表現が一回だけで、それを記事中で一貫させていないところにも注目したいと思います。たとえば習近平・中国共産党総書記に関する記事の場合は一貫して「習近平同志」と呼ばれることが多いものです。些細なことに見えるかもしれませんが、共和国においては肩書や言い回しの微妙な違いに重要な意味あいが込められていることが非常に多いので、注目せざるを得ないのです。

もっとも、これが意味する真意は、今回の記事一本だけでは判断しえないでしょう。数か月単位で幾つかの記事の論調から総合的に判断する必要があります。

http://www.uriminzokkiri.com/index.php?ptype=crevo4&mtype=view&stype=4&no=10558
주체112(2023)년 7월 27일 《로동신문》
チュチェ112(2023)年7月27日『労働新聞』

경애하는 김정은동지께서
敬愛なるキム・ジョンウン同志におかれては

전승 70돐을 맞으며 로씨야련방 국방상 쎄르게이 쇼이구동지와 함께
戦勝70周年を迎え、ロシア連邦国防相 セルゲイ・ショイグ同志とともに

무장장비전시회장을 돌아보시였다
武装装備展示会場を見て回られた


위대한 조국해방전쟁승리 70돐을 맞으며 조선민주주의인민공화국 국방성의 주최로 《무장장비전시회-2023》이 진행되고있다.
偉大な祖国解放戦争勝利70周年を迎え、朝鮮民主主義人民共和国国防省の主催で《武装装備展示会-2023》が行われている。

조선로동당 총비서이시며 조선민주주의인민공화국 국무위원장이신 경애하는 김정은동지께서 7월 26일 로씨야련방 국방상 쎄르게이 쇼이구동지와 군사대표단 성원들과 함께 무장장비전시회장을 찾으시였다.
朝鮮労働党総書記であり朝鮮民主主義人民共和国国務委員長であられる敬愛なるキム・ジョンウン同志は7月26日、ロシア連邦国防相 セルゲイ・ショイグ同志と軍事代表団メンバーらとともに武装装備展示会場を訪ねられた。
(以下略)
引用の要件を満たすために記事中段以降の和訳を割愛しましたが、こちらの展示会訪問記事ではショイグ国防相を一貫して「ショイグ同志」と呼んでいます。接見報道記事の方では「ショイグ国防相」を貫いていたので、2つの記事での肩書表現の違いに注目したいと思います。

先にも述べたとおり、その真意は、数か月単位で幾つかの記事の論調から総合的に判断する必要がありますが、現時点で想像するに、必ずしも軍事的な内容だけが書かれているわけではない親書報道においては、「プーチン同志」表現が一回きり出てきた以外は一貫して「プーチン大統領」と呼び、ショイグ氏については「ショイグ国防相」を貫いたのに対して、武装装備展示会訪問という純軍事的な行事報道においては「ショイグ同志」を一貫させた点を鑑みるに、対米対決に限った「同志」ということなのだと思われます
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2023年07月25日

私有財産制度に基づく生産手段の私的支配が事実として従業員の人的支配にまで拡大してしまう例がある以上は、企業統治においても民主主義の概念を導入する必要がある

https://news.yahoo.co.jp/articles/7ba0adf288daed49a9e089256001f822cc731050
【独自】食事断ると「ボーナスカット」 終電後に「もっと飲め」泥酔状態の女性部下2人をホテルへ…暴行容疑で39歳社長逮捕
7/18(火) 11:13配信
FNNプライムオンライン

数枚の1万円札を手にして笑う男。

自身が社長を務める会社の20代の女性従業員2人を暴行するなどした疑いで逮捕された、●●●●容疑者(39)。

被害に遭った女性2人が取材に応じ、普段から社長である●●容疑者によるハラスメント行為があったことを明かした。

被害女性:
ご飯を断ると「俺、社長だぞ」とか「次のボーナスカット」みたいなことをノリなのか分かんないけど、そういうこと言われるから…

(以下略)
※実名は当方の編集判断として伏せておきます。

私有財産制度に基づく生産手段の私的支配が従業員の人的支配にまで拡大してしまった一例。もちろん、こんなものは私有財産制度の本旨ではないでしょうが、生産手段を私的に所有しているか否かに基づく立場の強弱は、悪用されると人間に対する支配の手段にもなり得、極めて危険なのです。

警察を呼ぶ・労基署に助けを求める――本件も警察沙汰になったからこそこうして私たちも知るに至ったわけですが、従業員たちは社長のやりたい放題の被害に既にあってしまっています。この社長サンには刑罰の威嚇効果は効かなかったようです。

職場やその関係の懇親会という場が基本的に密室であるという事実を重視する必要があります。密室での犯行の瞬間において自分自身の身を守ることができるのは、現実問題として自分(たち)だけです。しかし前述のとおり、生産手段を私的に所有しているか否かに基づく立場の強弱が足枷となって自らの自主性を十分には守れていないのが現実なのです。

「嫌なら辞めればいい」――たしかに、以前から述べているとおり世の中の大抵のことは関わり合いになることを止めれば問題ではなくなります。この方法は重要なものです。「自主権の問題としての労働問題」というテーマを掲げてきた当ブログでは、「嫌だから辞める」「無理だから辞める」という方法論は、一つの道として決して捨て去るべきではないと強調してきたところです。しかし、そう簡単に辞められれば苦労はないので、必ずしも常に現実的な方法論ではありません。この一件からもそのことはよくわかります。パワハラ・セクハラの僅かな時間内にすべてを計算して身のこなしを決断することは現実的ではありません。

ここにおいてこそ、協同所有・協同経営の必要性が出てくると考えます。少なくとも企業経営に労働者階級が食い込む必要性、経営に参加・参画する必要性があると考えます。社長以下全社員が相互牽制的な関係性に立つ制度を導入することで、誰か一人のワガママで他の社員が支配されないようにする必要があると考えます。

※サークルのように上下関係のないフラットな関係にしろと言っているわけではありません。あくまでも協同所有・協同経営を求めるものであり、それは後に述べるように企業統治における民主主義の概念の導入を求めるものです。社長―部長―課長―係長といった組織的な命令系統は、効果的な企業活動に欠かせないものです。

国家統治(政治)において為政者のやりたい放題は許されないという認識は、民主主義や国民主権といった概念によって既に広く浸透しています。しかし、企業統治(経済)においてはそうではありません。政治家の強権・独裁や身内びいき・世襲は批判されるが企業所有者のそれはそれほど批判されないのです。

さしづめ、「企業は私有財産だから所有者の勝手だが、国家は政治家のものではないから独裁は許されない」ということなのでしょうが、本件のように、私有財産制度の本旨ではないとはいえ、私有財産制度に基づく生産手段の私的支配が事実として従業員の人的支配にまで拡大してしまう例がある以上は、企業統治においても民主主義の概念を導入する必要があると私は考えます
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2023年07月23日

思わぬ落とし穴

https://news.yahoo.co.jp/articles/fa4a3485bc41838205b73914f4e8f7f46f08701e
戦争を逃れ、のうのうと海外のリゾート地で暮らすロシア人 ウクライナ侵攻を黙認するロシア国民に「戦争責任」はないのか?
7/12(水) 6:22配信
デイリー新潮

(中略)
 隣国トルコやペルシャ湾岸諸国のリゾート地などで暮らす富裕なロシア人も少なくない。ロシア人はビザ無しでも一定期間トルコに滞在できるのだが、そうしたロシア人たちのために現地の家賃が高騰して、地元住民が大迷惑を被っているという。

 戦争はプーチンが始めたもので、一般のロシア人に罪はないというのが欧米や日本の基本姿勢だが、もし総動員令でも出れば国外に逃れるロシア人はさらに増え、混乱は増すだろう。それでも「ロシア国民に責任はない」と言っていられるのか――。国際政治学者・鶴岡路人さんの著書『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』の一部を再編成して考えてみたい。

(中略)
 しかしEUは、この方針から一歩踏み出すことになった。2022年9月にロシアとの間のビザ円滑化協定を完全に停止する決定をおこなったのである。一般国民を明確に標的にした措置であり、従来の対象を絞った制裁とは基本的性格が異なる。

 EUによるこうした決定、さらには政権への制裁から一般国民を含む制裁への対象の変化・拡大には二つの理由が存在した。第一は、ロシアがウクライナで国土の破壊と人々の虐殺行為を続ける最中に、何事もなかったかのようにロシア人旅行者がEU諸国で休暇を楽しんでいるのはおかしい、という道徳的な反発・問題意識だった。ロシア人旅行者を受け入れ続けることへの疑問が生じたのは不思議ではないだろう。

(中略)
「集団責任」を問うのか
 加えて持ち上がったのが、動員逃れのロシア人の受け入れ問題である。9月21日に動員開始が発表された直後から、成人男性のロシア脱出が急増することになった。

 そのうえでさらに議論になったのが、動員逃れのロシア人を、原則論として受け入れるべきかという問題だった。

(中略)
 ここで問題となるのは、動員逃れのロシア人の多くも、自らの問題になる前は戦争に賛成していた人が多いだろうという事実である。各種調査で、戦争やプーチン政権への支持率は、開戦後も7割から8割で推移していた。支持していた人の多くは戦争を「他人事」とみていたのであろう。それが、動員によって突然に自らの問題になったのである。彼らは、個人の問題としての動員反対ではあっても、戦争反対であるとは限らない。そうした彼らを受け入れることのリスクや、道徳的妥当性が問われることになった。

 リトアニアのランズベルギス外相は、「リトアニアは単に責任逃れをするだけの人々に庇護は与えない。ロシア人は国に残って戦うべきである。プーチンに対してだ」とツイートした。背後には、今回の戦争においてロシア人の「集団責任」を問うべきかという論点が存在する。これは、戦争責任論では極めて困難なテーマとして長年論争の的になってきたが、ランズベルギスの議論は、突き詰めれば、集団責任を追及しているように聞こえる。

 これは一つの考え方である。しかし、具体的な戦争犯罪に関わる戦犯としてプーチン大統領などの個人の責任を問うことと、集団としてのロシア人の責任を問うこととの間には大きな断絶がある。加えて、後者の姿勢は、従来の米欧日の対露姿勢とは本質的に違う点については自覚的である必要があろう。
ロシアのウクライナ侵攻にかかる一般ロシア国民の「責任」論は、ヤフコメレベルでは以前から見かけるものですが、あまり盛り上がっているとは言えません。

犯罪加害者の子どもや兄弟(親なら、場合によっては百歩譲って理解できないこともないが・・・)まで犯罪者扱いして迫害する日本社会・日本世論が、プーチン大統領とその取り巻きたちとロシアの一般国民を冷静に峻別するとは到底思えないものです。

おそらく、ロシアの一般国民の戦争責任を問えば直ちに「じゃあ日帝の戦争責任(戦後責任)はどうなるんだ」という話が出てくるのは目に見えているので、この話題には努めて触れないようにしているのでしょう。この記事も歯切れの悪い終わり方をしています。

「戦争責任(戦後責任)は既に解決している」と言い張るのであれば、堂々と発信し議論を展開すればよいのに、それをしないから思わぬタイミングで自分たちの足枷になるのです(分が悪いことを薄々分かっているので議論から逃げているのでしょうけれども)。

戦争責任・戦後責任の問題をあいまいにしておくから、こういうときに思わぬ落とし穴に落ちるわけです。
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2023年07月22日

ロシア人はヒーローになりたがっているのか?

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230722/k10014139071000.html
CIAとMI6長官 “プーチン政権に不満抱くロシア人を工作員に”
2023年7月22日 18時33分

アメリカとイギリスの情報機関のトップは、民間軍事会社ワグネルがロシアで起こした武装反乱をきっかけにプーチン政権に不満を抱くロシア人たちを情報工作員などとして取り込みながら諜報活動に生かしたいとする考えを示しました。プーチン政権内部に関わる情報の収集や分析を強化するねらいとみられます。

(中略)
CIA「ヒーローになるということは立ち向かうこと」
CIAはプーチン政権に不満を抱くロシア人たちを情報工作員として取り込もうと、ことし5月、ロシアの今のあり方に疑問を抱かせるような動画をSNSなどに投稿しています。

このうち、「私がCIAに連絡した理由:私の決断」という2分近い動画では、「これが私の夢見た人生なのだろうか」とか「ヒーローになるということはきぜんと立ち向かうことだ」などというロシア語のナレーションが入っていて、機密情報を扱っているとみられる人たちがCIAに連絡をとるまでの様子が描かれています。

また、別の動画では、CIAに連絡をとる時には自宅や職場のパソコンを使わないなど、プーチン政権側に気づかれないよう安全に注意することが必要だと伝えています。

CIAのバーンズ長官は、20日のアメリカで開かれた安全保障フォーラムで、こうした動画が投稿されて最初の1週間で250万回もの再生回数があったと述べ、ロシア側にゆさぶりをかける狙いがあるとみられます。
戦場で圧倒できないので政情を不安定化させて戦争継続を困難にする――戦争における定石というべき手ですが、その手をいまこのタイミングで持ち出してくるあたり、アメリカの情勢分析が見えてきます。

しかしながら、「ヒーローになるということはきぜんと立ち向かうこと」? アメリカ人が「自分自身がヒーローになりたがる」というのは、たとえばハリウッド映画に顕著に現れていますが、ロシア人にそういう願望はあるんでしょうか? あまり聞いたことがないような。

アメリカ人は、世界的に見て非常に特異的な文化を身に着けているにもかかわらずその自覚がなく、世界の他の国・他の民族の人々も自分たちと同じような思考をしていると思い込んでおり、それがアメリカの情勢分析を誤らせる一因であると指摘されます。イラクやアフガニスタンにアメリカ流の「民主主義」が根付くと安易に考えたように。

ロシア人相手に「ヒーローになるということはきぜんと立ち向かうことだ」などと檄を飛ばすこの宣伝動画も、「ロシア人もヒーローになりたがっているに違いない」という思い込みの現れであるように思えてなりません

思い込みという点においては、日本人も「自分たちは普通」と思い込んでいるので、あまり他人様のことは言えないと申し添えます。日本人の「自分たちは普通」に基づく情勢分析が大きく外していることは、当ブログ読者の皆様であればよくご存じでしょう。それだけに、アメリカの思い込みにかかるこの記事での懸念もご理解いただけるものと思っています。
ラベル:国際「秩序」
posted by 管理者 at 22:35| Comment(5) | TrackBack(0) | 時事 | 更新情報をチェックする

2023年07月20日

キム・ヨジョン党中央副委員長の「大韓民国」発言は「二つのコリア政策のあらわれ」とは言い難いだろう

https://news.yahoo.co.jp/articles/39fc15b356a0e35a5cafdd84ca8d6aabab6d8826
金与正氏、談話で異例の「大韓民国」表記 別の国家と見なす?
7/11(火) 17:44配信
毎日新聞

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記の妹、金与正(キム・ヨジョン)党副部長は10、11日に発表した談話で、韓国を「大韓民国」と表記した。これまで北朝鮮の要人による声明などでは「南朝鮮」などと表記していたため、韓国国内では「韓国を別の国家として見る立場を公式に示したのでは」との見方が広がっている。

 与正氏の談話は、朝鮮半島周辺を飛行する米軍の偵察機を非難する内容。10日の談話では「『大韓民国』の合同参謀本部が米国防総省や米インド太平洋軍司令部の報道官かのように振る舞っている」と表現。11日の談話でも「『大韓民国』の軍部は直ちに口を閉ざさなければならない」などと警告した。いずれも、北朝鮮が強調する際に使うかぎかっこ付きで使用されていた。

 韓国統一省によると、北朝鮮は過去に第三者の発言やメディアの内容を引用する際に「大韓民国」と表現したことはあるが、公式に発表した声明・談話などで大韓民国と呼んだ事例はないという。同省は「北朝鮮の意図と今後の態度を引き続き注視していく」としている。

(中略)
 聯合ニュースは従来の南朝鮮という表現は「『同じ民族』または『統一の対象』と見る観点が反映されたもの」だとし、「金正恩政権が金日成政権時代から続いてきた統一戦略を放棄し、『国家対国家』として南北共存に重きを置く政権への転換を宣言したと解釈できる」との分析を伝えた。

 これに先立ち北朝鮮は、韓国・現代グループの玄貞恩(ヒョン・ジョンウン)会長が北朝鮮東部の金剛山観光地区を訪問する計画を不許可にした。その内容を北朝鮮側の南北間の窓口である祖国平和統一委員会や朝鮮アジア太平洋平和委員会ではなく、北朝鮮外務省局長の談話で発表したため、韓国では「外国のように韓国に接する意味が含まれている」との指摘が出ていた。【ソウル日下部元美】
https://news.yahoo.co.jp/articles/23db28526cde4547d5462ec7723e11951f3481c4
 
金与正氏が「大韓民国」と表現 北朝鮮は「二つのコリア」路線になったのか 澤田克己
7/18(火) 10:50配信
サンデー毎日×週刊エコノミストOnline

 北朝鮮が「大韓民国」という言葉を使ったことが、韓国で波紋を引き起こしている。北朝鮮は韓国のことを「南朝鮮」と呼んできたのに、金正恩(キム・ジョンウン)総書記の妹である金与正(キム・ヨジョン)氏が談話で「大韓民国」を使ったのだ。相手の立場を尊重して正式国名を使った、とは考えにくい。となると、自分たちは韓国とは違う国だという立場を示したのではないか、つまり統一ではなく「二つのコリア」路線なのではないかとも考えられる。韓国としては気になるところである。

 金与正氏は7月10日と11日に米軍偵察機の活動を非難する談話を発表した。その中で「『大韓民国』の合同参謀本部が米国防総省や米インド太平洋軍司令部の報道官であるかのように振る舞っている」などと表現した。

 韓国と北朝鮮は法的に互いの存在を認めておらず、韓国は北朝鮮を「北韓」、北朝鮮は韓国を「南朝鮮」と呼んできた。首脳会談の合意文などでは互いの正式国名を使うし、北朝鮮メディアも第三者の発言を引用する時などに「大韓民国」を使うことはある。ただ、北朝鮮が公式の声明や談話で「大韓民国」を使ったのは初めてだという。

 韓国メディアは「南北関係を国家対国家、それも敵対的関係だと見ていく意図を明らかにした」(東亜日報社説)とか、「現在の分断状態を恒久化し、どのような統一の議論も拒否するという意味だ。金氏王朝の永続化という意味でもありうる」(朝鮮日報社説)などと解釈している。

(以下略)
■二重山括弧で括った「大韓民国」という表現が示すこと
韓国統一省によると、(中略)公式に発表した声明・談話などで大韓民国と呼んだ事例はない」(毎日新聞記事)や「北朝鮮が公式の声明や談話で「大韓民国」を使ったのは初めてだという」(サンデー毎日×週刊エコノミストOnline記事)とのことですが、そんなことはありません。

チュチェ74(1985)年4月に最高人民会議が「大韓民国国会へ送る手紙」を発表した例があったはず(和田春樹『北朝鮮現代史』岩波新書、2012、p152)。この最高人民会議の書簡は、チュチェ69(1980)年開催の朝鮮労働党第6次大会で提案された高麗民主連邦共和国構想を底流として、チュチェ73(1984)年秋の韓「国」領域での水害に対する共和国政府による援助物資の提供や、同11月の北南経済会議及び北南赤十字予備会談の開催といった関係改善期の文脈で実現したものでした。高麗民主連邦共和国構想は、一国二制度の朝鮮半島版というべきものであり、韓「国」を国家として認めることを前提とするもの。国際的な冷戦構造のなかで少しでも国是としての祖国統一に近づけるための提案、民族和合を目指すための提案であったと位置付けることができます。もちろん、高麗民主連邦共和国構想を以って共和国が自主統一・赤化統一の国是を放棄したわけではありません。

翻って今回。明らかに敵対的な意味で「大韓民国」と言っているものと思われますが、共和国が自主統一・赤化統一の国是を放棄してまで韓「国」を独立国家扱いしているとは言えないでしょう。「韓国を別の国家として見る立場を公式に示した」という見方は誤りだと考えます。なぜならば、原文において「大韓民国」という単語を二重山括弧で括っているからです。東洋経済が下記記事を公開しています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/4ad96038431776c1beda3f0e181447b5c1096aee
金総書記の妹が《大韓民国》と括弧でくくった訳
7/16(日) 5:51配信
東洋経済オンライン

(中略)
■《》(二重山括弧)は「認めていない」という意味

 そして翌7月11日にも金・副部長は談話を発表し、「《大韓民国》軍部」と表記した。この《》(二重山括弧)で韓国の正式国名である大韓民国を囲った意図は何かをめぐり、韓国をはじめ世界の北朝鮮ウォッチャーの関心を引いた。

 これまで、北朝鮮による韓国の呼称は「南朝鮮」とするのが普通だった。これには「同じ民族である国家の南半分」という意味がある。では、二重山括弧は北朝鮮でどんな意味を持つのか。

 北朝鮮の教育内容に準じた教育を日本の朝鮮学校で受けた在日コリアンは、「二重山括弧はおおよそセリフや固有名詞に使うが、例外的な用法がある。それは、書き手である北朝鮮から見ると、一般的用語だけど自分たち(北朝鮮)は認めていないという意味合いを出すときだ。主に敵対する勢力が使う用語だったり、そんな勢力を卑下したり皮肉を伝えたりするときに使う」と説明する。

 また朝鮮学校の教科書でも、「この二重山括弧の部分にどんな意味があるか考えてみよう」という設問があるという。となると、金副部長ら北朝鮮指導部は、「現在の南朝鮮は同族の国ではない。同じ民族として相対することはしない」という意味にも取れる。

 7月14日にも金・副部長は談話を発表したが、ここでも「拡大抑止」「核協議グループ」といった自らが受け入れがたい用語には《》をつけて表記している。

 (以下略)
上掲毎日新聞記事を筆頭に、本件に関する日本メディアの記事のほとんどが、二重山括弧の意味合いを「強調の印」と解釈していますが、私は「書き手である北朝鮮から見ると、一般的用語だけど自分たち(北朝鮮)は認めていないという意味合いを出す」という見立てが正しいものと考えます。ちなみに私も、共和国を朝鮮半島唯一の主権国家だと考え、軍事分界線以南はアメリカ統治下にあり主権国家だとは言い難い(戦時作戦統制権を持っていないのは、やっぱりねえ)と考えているので、当ブログでは 韓「国」 という表現(国にカギカッコをつける)を常用しているところです。
 
※なお当ブログでは、キーワードであることを示すために記事内初出単語をカギカッコで括ることはありますが、その場合、二回目以降はカギカッコを外しています。 韓「国」 のように最初から最後まで一貫してカギカッコで括った単語のみ、揶揄やからかいの意味合いを込めています。

ユン・ソギョル「政権」はもはや「従米」を超えて「崇米」という域に達しています。共和国政権の同「政権」に対する非難は非常に激烈なものがあり、どう考えても関係改善期ではありません。また、国際環境を鑑みると、たとえば共和国は昨夏、ウクライナから独立を宣言している親ロシアのドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国を国家として承認しました。世界に政治的に親ロシアの国は決して少ないことはなく、対ロシア経済封鎖に協力しない国はもっと多いとはいえ、両人民共和国を国家承認する国連加盟国はロシアのほかには共和国とシリアくらいものです。これに対して韓「国」政府は、つい先日もユン・ソギョル氏がキーウを訪問するなど、ゼレンスキー政権支持の立場を明白にしています。新冷戦が始まったと考えれば、共和国の旗印は非常に鮮明だといえるでしょう。

■二重山括弧つき「大韓民国」という表現は、「所詮傀儡なのに、ひとかどの独立国家を気取っているぞ(笑)」といった具合に軽んずる意図がある
キム・ヨジョン党中央委員会副部長がいったいどのような発言をしたのか正確に確認しましょう。常に、事実から出発することが肝要です。まず10日の談話。
http://www.uriminzokkiri.com/index.php?lang=jpn&ptype=cfodoc&mtype=view&no=48017
金與正党副部長が談話発表

【平壌7月10日発朝鮮中央通信】朝鮮労働党中央委員会の金與正副部長は10日、次のような談話を発表した。

今日午前、わが国防省のスポークスマンは、最近になってわが国家の主権と安全利益を重大に侵害している米軍の憂慮すべき空中偵察行為に厳重警告を送った。

実に見ものは、南朝鮮のかいらい軍部一味がいち早く米軍の重大な主権侵害事実を否認したことである。

今や、「大韓民国」の合同参謀本部が米国防総省や米インド太平洋司令部の代弁人にもなるかのように自任している。

ややもすれば、口出しし、口出しせずにはむずむずするその悪い癖は、政治をするという連中や軍部ごろも一様に持っている「大韓民国」一族の体質的特質のようである。

天下の厳然たる事実をいかにして白昼に眉一つ動かさず否認することができるのか。

240海里以上の探知半径を持った敵対国の偵察資産がわれわれの200海里の経済水域を侵犯するのは明白に、朝鮮民主主義人民共和国の主権と安全に対する重大な侵害となる。

わが方の軍事境界線水域はもちろん、経済水域の上空も米軍偵察資産が意のままに入って来れる米国の軍事演習場ではない。

かいらい軍部は、無理押し主張を慎み、口をふさがなければならない。

(以下略)
10日の談話では「大韓民国」という語句を使いながらも、明確に「かいらい軍部は、無理押し主張を慎み、口をふさがなければならない」と言っています。韓「国」政権が傀儡政権であると言明しています。

続いて翌11日の談話。
http://www.uriminzokkiri.com/index.php?lang=jpn&ptype=cfodoc&mtype=view&no=48021
金與正党副部長が談話発表

【平壌7月11日発朝鮮中央通信】朝鮮労働党中央委員会の金與正副部長は11日、次のような談話を発表した。

「大韓民国」の軍部は、またもや米軍の挑発的行動について差し出がましく先頭に立って「『韓』米の正常な飛行活動」という厚顔無恥な主張をして、わが主権に対する侵害事実を否認した。

当該の空域に関する問題は、わが軍と米軍の問題である。

「大韓民国」の軍部ごろは差し出がましく振る舞わず、直ちに口をふさがなければならない。

10日、米空軍戦略偵察機は5時15分から13時10分まで江原道通川の東435キロから慶尚北道蔚珍の東南276キロまでの海上の上空で朝鮮東海のわが方の経済水域の上空を8回にわたって無断侵犯し、空中偵察行為を強行した。

(以下略)
当該の空域に関する問題は、わが軍と米軍の問題である」のに、「大韓民国」の軍部」が「差し出がましく先頭に立って」しゃしゃり出てきたと指摘しています。

江原道通川の東435キロ」を韓「国」が実効支配しているのかは私はよく知りませんが、少なくとも「慶尚北道蔚珍の東南276キロ」周辺は、共和国の実効支配領域から遠く離れており、韓「国」の実効支配が及んでいるものと思われます。韓「国」が主権国家であるとすれば、当該空域は同国領空であると言え、どこの国の飛行機を飛ばすかどうかは同国の勝手であるはずです。もし共和国が韓「国」を主権独立国家だと認めているのであれば、「こんなことをするとは、大韓民国はアメリカの対共和国敵視政策の片棒を担ぐのか!」と抗議するであろうところ、キム・ヨジョン副部長は、当該空域における問題を「わが軍と米軍の問題」と断言しました。このことを鑑みるに、韓「国」を主権国家として認めているとは言い難いように思われます。

また、文書が「繰り返される無断侵犯の際には、米軍が非常に危険な飛行を経験することになるであろう」などとアメリカに対する警告で終わっており韓「国」については言及していない点からは、韓「国」を添え物扱いしているような印象を受けざるを得ないものです。

二重山括弧つき「大韓民国」という表現は、「所詮傀儡なのに、ひとかどの独立国家を気取っているぞ(笑)」といった具合に軽んずる意図があるように読めます。この表現からは、共和国政府が怒りのボルテージを一段と高めたことは分かりますが、しかし、「軍事分界線以南を国として認めている」とは言えないと考えます。

■共和国の政治史及び朝鮮民族の思想史を鑑みるに、単に言及がなくなったことだけでは政策の根本的転換であるとは言い難い
その前提で、「別の国」論に立つ韓「国」・聯合ニュース記事を見ておきましょう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/9685ff35a98d42891d7a58563516853e436b2e58
金与正氏が談話で異例の「大韓民国」使用 韓国は「別の国」と強調か
7/11(火) 11:18配信
聯合ニュース

【ソウル聯合ニュース】北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長(朝鮮労働党総書記)の妹、金与正(キム・ヨジョン)党副部長が談話で韓国を従来の「南朝鮮」ではなく「大韓民国」と呼び、その背景に関心が集まっている。

(中略)
 だが、与正氏が正恩氏の「委任」を受けて発表した談話で「大韓民国」という表現を使ったことから、北朝鮮が韓国を「別の国」と見なす姿勢を鮮明にしたとの分析が出ている。朝鮮半島情勢の悪化に伴い対韓・対米交渉の見通しが暗くなり、北朝鮮の政策が協力を通じた関係変化の模索から「敵対的共存」に主眼を置く「二つのコリア(Two−Korea)」政策へ変化したとの見方だ。

 北朝鮮のこうしたスタンスの変化は、2021年の第8回朝鮮労働党大会から徐々に表れた。

 北朝鮮は同党大会で党規約を改正し、「全国的な範囲で民族解放民主主義革命の課業を遂行」という文言を削除して「共和国北半部で富強かつ文明ある社会主義社会を建設」「全国的な範囲で社会の自主的で民主的な発展を実現」といった文言を新たに加えた。このことも、金正恩政権が金日成(キム・イルソン)政権から受け継いできた北朝鮮主導の統一戦略を放棄し、「国対国」として韓国と北朝鮮の共存を図る政権への転換を宣言したと受け止められる。

 第8回党大会では、書記局で重要な地位を占めていた対南担当書記のポストが廃止された。また、対韓国業務の従事者らは19年のベトナム・ハノイでの米朝首脳会談の決裂後、「革命化教育」を受けたり公の場から姿を消したりした。

 北朝鮮の対韓国窓口機関だった祖国平和統一委員会の存在も見えない。同委員会はかつて、南北関係の重要な議題に対する北朝鮮の立場を発表してきたが、第8回党大会以降は何の発表も出していない。

 韓国・北韓大学院大の梁茂進(ヤン・ムジン)総長は、与正氏が韓国を「大韓民国」と表現したことは北朝鮮の「2国家体制」政策の表れだとし、「今回のことを北と米国の間の問題だと規定したように、この先、朝鮮半島問題について大韓民国と協議しない、相手にしないという意思がにじんでいる」と分析した。
共和国の政治史及び朝鮮民族の思想史を鑑みるに、単に言及がなくなったことだけでは政策の根本的転換であるとは言い難いように思われます。

共和国は、主張に強弱をつけたり一旦ひっこめたりすることで時機に沿った政策を展開してきました。たとえば、共産主義という国家の根本にかかわるキーワードさえも、キム・ジョンイル総書記時代の最末期には一旦ひっこめましたが、キム・ジョンウン総書記時代になってから再度言及するようになりました。

以前から指摘してきたように、ソ連などと異なり共和国では、決まった公理公式から政策を演繹して全国一斉に実施するのではなく、政策を地域的・実験的に展開して上手くいけば全国的に展開する方式を取ってきました。建国初期の土地改革に代表される大変革の例はあるものの、新しいアイディアが実験的に実践されてから全面的に導入される例も多いことに気がつかされるのです。社会主義国は一般的に「急進的な設計主義的方法論による制度建設」の路線を歩むものですが、共和国は、意外なことに、「実験的・試行錯誤的方法論による制度進化」がよく見られるのです。国家の根幹を成すチュチェ思想も、その形成史を振り返ればそうでした。

それゆえ、今回のように一回や二回の談話で珍しい表現が出て来たからといって、それが国是の変更にまで至るのかは断言し得ないのです。

朝鮮民族の思想史の射程からも述べておきましょう。小倉紀蔵先生の『朝鮮思想全史』(ちくま新書、2017)では次のように指摘されています(p22〜23)。
朝鮮思想史に特徴的な変化法則は、以下のとおりである。

まず、自国の安全保障上の理由や統治権力の安定性という理由により、朝鮮では思想の純粋性が追求される傾向が著しく強い。(中略)思想が純粋性の獲得をめざして運動している時期は、きわめて躍動的な社会が実現される。この純粋な思想によって統治がなされ、国家や共同体の成員の生命が維持され、充実している時期は、継続して純粋性が追求される。この時期には情報が統制される。だが、ある時点を境にして、純粋な思想の現実的効力が失われはじめると、統治権力の意志によって、情報の遮断など負の回転が始まり、思想の純粋性を死守しようという運動が、国家や共同体の成員の生命を劣化させる。生命の劣化が極度に進むと、あるとき電撃的・革命的に新しい思想が導入されたり発明されたりし、情報の流入・混淆は奔流のように進行し、それとともに社会の霊性的躍動性(加速度)が一気に強まる。そして新しい思想による新しい生命が社会を果敢に変革していく。

朝鮮思想史には、躍動性と静態性の両方がある。そのどちらかのみを本質として認識してはならないのである。
思想史というものは、ある一定の歴史的な社会・文化的集団に共通な考え方の様式であり、これは代々継がれてゆくものと考えます。つまり、現代朝鮮半島においても、程度の強弱こそあれ、この思考様式は引き継がれているものと考えられます。

朝鮮の思想の特徴から考えたとき私は、以前の政策の否定を言明したときにのみ根本的な転換が発生したと言い得、言及がなくなった程度ではまだ根本的な転換が起きたとは言えないのではないかと考えます。それゆえ今回のキム・ヨジョン副部長による「大韓民国」発言からは、「『二つのコリア』路線になった」といった類の路線変更が起こったとは言い難いのではないかと考えます

■階級対立を覆い隠すプロパガンダによって自家中毒を起こしている「保守」は理解できないのかもしれないが・・・
韓「国」の保守紙である朝鮮日報記事についても取り上げておきたいと思います。
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/07/12/2023071280021.html
記事入力 : 2023/07/12 10:48
北が初めて使った「大韓民国」の呼称、うかつにやり過ごしてはならない【7月12日付社説】

(中略)
 北朝鮮が「大韓民国」という表現を使ったことは、「同じ民族」として最低限の配慮も今後はしないことを意味する。「まさか同じ民族に核兵器を使うわけない」と考えるなということだ。今後は核問題・ミサイル問題における南北次元での交渉は全て拒否し、新たな挑発を敢行する可能性も考えられる。哨戒艦「天安」爆沈のように証拠の確保が難しい挑発、あるいは新たな核実験などもあるかもしれない。いずれにしても北朝鮮の意図を引き続き詳細に分析し、これに対応していかねばならない。
階級対立を覆い隠すプロパガンダによって自家中毒を起こしている「保守」は理解できないのかもしれませんが、チュチェ思想を含む社会主義・共産主義は、為政者と人民大衆とを峻別する立場を取っています。それゆえ、韓「国」の為政者に対してこの上ない罵倒を展開したとしても、それが直ちに朝鮮半島南半分の同胞たちに危害を加えるという意味にはならないでしょう。

■総括
結局、キム・ヨジョン副部長談話からは、共和国政府が怒りのボルテージを一段と高めたことは分かりますが、しかし、「軍事分界線以南を国として認めている」とは読み取れないと私は考えます。
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2023年07月10日

「クラスター爆弾の供与要請は、それだけウクライナが追い詰められていることを示している」by NHK(!)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230708/k10014122291000.html
米 バイデン政権 “ウクライナにクラスター爆弾供与” 発表
2023年7月8日 6時33分

アメリカのバイデン政権はロシアへの反転攻勢を続けるウクライナを支援するため、殺傷能力が高いクラスター爆弾を供与すると発表しました。使用を禁止する国際条約がある兵器で議論を呼びそうです。

(中略)
ホワイトハウスで安全保障政策を担当するサリバン大統領補佐官は記者会見で「供与は容易な決断ではなかった」としたうえで「民間人へのリスクは認識しているが、ロシア軍がこれ以上、ウクライナの領土や民間人を支配下におくことも大きなリスクになる」と述べて供与を正当化しました。

サリバン補佐官はまた、民間人への被害を抑えるためクラスター爆弾のなかでも不発弾になる確率が低いものを供与すると説明し、国際条約に加盟している同盟国からも理解を得たとしています。

アメリカはクラスター爆弾についてロシア軍がすでに使用し、ウクライナの反転攻勢に必要な兵器だと強調していますが国際的な人権団体はウクライナ国内で使用されるべきではないと訴えていて、今回の決定は議論を呼びそうです。

(中略)
ゼレンスキー大統領「勝利に近づける決定的な一歩」
ウクライナのゼレンスキー大統領は7日、アメリカのバイデン政権がクラスター爆弾を供与すると発表したあと、ツイッターを更新し「アメリカからの防衛支援はタイムリーかつ広範囲に及んでいて、われわれが必要としていたものだ。ウクライナを勝利に近づける決定的な一歩であり、アメリカ国民とバイデン大統領に感謝する」などと謝意をつづりました。
(中略)
国連はクラスター爆弾使用に反対の立場
アメリカがウクライナにクラスター爆弾を供与することについて、国連のハク副報道官は7日、定例の会見で、記者団から国連の立場を尋ねられたのに対し「グテーレス事務総長はクラスター爆弾の使用を禁止する国際条約を支持している。当然、戦場でのクラスター爆弾の使用は望んでいない」と述べました。

アメリカによる供与への直接の言及は避けましたが、国連としてクラスター爆弾の使用に反対するという立場を明確にした形です。

(以下略)
アメリカがウクライナにクラスター爆弾を供与するというニュースが世界を駆け巡りました。劣化ウラン弾供与に続く物議を醸す軍事支援。劣化ウラン弾の危険性については諸説ありますが、クラスター爆弾の不発弾問題については弁護が難しいものです。

「遠く離れた他国が戦場だから、戦後のことはどうでもいい」というアメリカの意図がミエミエです。こういう国が日本にとって最大の「同盟国」であることに懸念を持たざるを得ないでしょう。また、クラスター爆弾の供与はウクライナ側の要請によるものですが、このことは、ゼレンスキー政権が「勝つためにはもはや手段を選ばない、戦後のことは知らん」という姿勢を改めて鮮明にしたものであると言えるでしょう(ウクライナ軍は以前からクラスター爆弾を使っているので、このことは今に始まった話ではありません)。

興味深いことに7日放送のNHK「ニュースウオッチ9」が、「ウクライナ軍の反転攻勢に遅れ」という状況認識に続きクラスター爆弾供与(7日夜時点では「供与検討報道」)に関して、国際部の北村雄介氏の解説として「ウクライナが追い詰められている」と言明しました。ネット記事化されていないので文字起こししました。内容は次のとおりです。
ゼレンスキー政権の危機感のあらわれだと思います。前線ではいま、大量の弾薬が日々減り続ける『消耗戦』となっていまして、欧米の軍事支援を受けるウクライナとしても決して十分な弾薬が保証されているわけではありません。一定の不発弾が残るクラスター爆弾を自国内で使うのは、ウクライナ側にとっても相当リスクが高い戦術で、仮に将来、領土の一部が奪還できたとしても、その土地がすぐには使えなかったり、自国民が不発弾の犠牲となるリスクをはらむことになります。また、これまでウクライナを支援してきた国々に批判的な世論が形成される政治的なデメリットも否定できません。それでもクラスター爆弾の供与を求めるということは、それだけウクライナが追い詰められていることを示していると思います
これに続いてスタジオでは、田中正良アナウンサーと林田理沙アナウンサーが次のやりとりを展開しました。
田中「そのクラスター爆弾なんですけれども、内戦が続く中東のシリアや更にさかのぼりますと、ベトナム戦争でも使われたんですね。使われますと、長い間不発弾として残ってしまい、市民に無差別に被害をもたらす残虐な兵器なんですね

林田「もし、ウクライナでの戦争でも使われることになった場合は、将来同じ状況になる可能性がありますよね

田中「そんな危険な兵器の供与まで検討されているという現状に、エスカレートしないかどうか懸念があります
それだけウクライナが追い詰められていることを示している」――こんなセリフがNHKで放映される日が来るとは思ってもいませんでした。一方において大したことのないウクライナ軍の部分的前進を針小棒大に取り上げつつ、他方においてことあるごとに「ロシアは追い詰められている!」と捲し立ててきたNHK。いったいどういう風の吹き回しなのでしょうか?

このニュースの少し前、CIA長官がゼレンスキー大統領らキーウの政権幹部らと面会したというニュースがありました。このニュースが情勢をよく示していると考えます。
https://news.yahoo.co.jp/articles/cfbf0031577b68c14585a679740d9940591bb50c
ウクライナ側「領土奪還し年内に停戦交渉開始計画」CIA長官に伝える 米紙報道
7/2(日) 11:49配信
日テレNEWS

(中略)
アメリカの有力紙「ワシントンポスト」によりますと、複数の関係者の話として、アメリカのバーンズCIA長官が先月、極秘にウクライナの首都・キーウを訪問し、ゼレンスキー大統領や情報機関のトップと会談しました。

この際、ウクライナ側は、秋までに多くの領土を奪還し、大砲やミサイルシステムを2014年にロシアが一方的に併合したクリミア半島の境まで移動させ、東部でも攻勢を強めた上で、年内にロシアと停戦交渉を開始する計画を伝えたということです。

(以下略)
そしてこのニュースの直後から、キーウの政権幹部らが相次いで次のように補足的に主張を展開しました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/c6cf80890cb5e7d40e955140ee581d920dd89beb
ゼレンスキー氏、対露交渉は「クリミア奪還後」 原則的立場を強調
7/2(日) 17:08配信
産経新聞

ウクライナのゼレンスキー大統領は1日、同国侵略を続けるロシアとの停戦交渉について、ロシアの実効支配下にある南部クリミア半島を含む自国本来の領土を回復した後にのみ可能だとする認識を示した。中途半端な形での停戦を改めて否定した形。首都キーウ(キエフ)で同日行われたスペインのサンチェス首相との共同記者会見での発言内容をウクライナメディアが伝えた。

これに先立ち、米紙ワシントン・ポスト(電子版)は6月30日、ウクライナ側が同月にキーウを極秘訪問したバーンズ米中央情報局(CIA)長官に対し、反攻作戦で秋までに相当の領土を奪還し、クリミアを攻撃射程圏内に収めた上で年内にも対露交渉を始める計画を伝えたと報じていた。

報道が事実であれば、ゼレンスキー氏の今回の発言と矛盾する。ただ、反攻は欧米が期待したほどの成果を挙げていないとの見方も出る中、ゼレンスキー氏は原則的立場を強調することで、国際的な軍事支援の縮小や停戦圧力が強まる事態を防ぐ思惑だとみられる。

(以下略)
https://news.yahoo.co.jp/articles/ae3b34e9a7a75fb4c3cd915eeb309807100b778d
ゼレンスキー大統領の最側近“年内に停戦交渉計画は「あり得ない」”
7/4(火) 0:09配信
日テレNEWS

(中略)
また、ウクライナが年内に停戦交渉を始める計画があるとの報道については、「あり得ない」と否定しました。

ポドリャク顧問「ウクライナはこの戦争を公正な形で終結させたいのです。それは私たちの主権と領土を取り戻し、(ロシアの)罪人を処罰し、今後、何年にもわたりロシアが賠償を行うということを意味します」

ポドリャク氏はこう述べ、妥協はあり得ないと強調しました。
キーウを訪問したのがCIA長官だというのがこのニュースの肝でしょう。

ウクライナ軍の迎撃ミサイルの流れ弾がポーランド領内に着弾した事件を思い起こしましょう。第三次世界大戦の発端になりかねない危うい情報であるにも関わらず、「米情報機関」が早々に「ロシアの攻撃」と主張しました。幸いにして米軍部が即座に火消しし、バイデン大統領が軍部の分析を支持したことで事態のエスカレートは回避されましたが、この一件を見るだけでも、「米情報機関」は戦火の拡大を厭わない姿勢を取ってきたことがハッキリしています。

「米情報機関」とは、すなわちCIAのことです。今回、そのCIA長官が自らキーウを訪問し、キーウの政権幹部が「秋までに多くの領土を奪還し、大砲やミサイルシステムを2014年にロシアが一方的に併合したクリミア半島の境まで移動させ、東部でも攻勢を強めた上で、年内にロシアと停戦交渉を開始する」と述べたわけです。

アメリカはキーウ政権にとっては権力の唯一の源泉・唯一の後ろ盾です。レオパルト戦車の供与を渋るドイツには居丈高に要求するが、アメリカ様には絶対にそんな口は利かないのがキーウ政権。CIA長官の訪問においても、アメリカ様の期待どおりの回答を用意していたものと思われます。つまり、戦火の拡大を厭わないCIAさえも停戦の方向に動き始めたわけです。

国策報道機関NHKは、概ね日本政府の立場に沿った報道をしていますが、その日本政府はほとんど常にアメリカ政府の意向に沿った政策を展開しています。つまり、NHKの報道は究極的にはアメリカ政府の意向に沿っているものなのです。

アメリカは、キーウ政権が望む形での勝利を諦め、NHKはその意向に沿ったのでしょう。とはいえ、国際人権団体は間違いなく反対するし、欧州諸国からも少なくとも表向きは反対を表明すると思われるので、一応は報道機関の体裁を取っているNHKとしてはクラスター爆弾の供与に諸手を挙げて賛同することもできないのでしょう。そんなわけで、一方において「それだけウクライナが追い詰められていることを示している」などとアメリカの意向に沿いながら、他方においてクラスター爆弾反対論にも配慮して「長い間不発弾として残ってしまい、市民に無差別に被害をもたらす残虐な兵器」ともしたのでしょう。NHKの放送からは、最近の情勢の変化を見て取ることができると考えます。

このように、「ウクライナが追い詰められている」という認識がNHKで報じられた事実は非常に大きい意味があります。今度こそ「戦争の潮目が変わった」のかも知れません。
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2023年07月05日

自由と民主主義を徹底しつつ国益を重視するのであれば、思想教養を重視するべき

https://news.yahoo.co.jp/articles/4f7462d6ab6790ef4074a57b9234dc516d689e42
ベトナムで映画『バービー』上映禁止 「最近のハリウッド映画は、中国におもねる商業主義があからさま過ぎる」辛坊治郎が指摘
7/5(水) 18:30配信
ニッポン放送

(中略)
辛坊)ハリウッド映画にとって、中国は巨大市場です。このため、中国で上映できない映画は、商業的になかなか成功しません。ですから、中国という巨大市場を逃したくないという意思が配給側に働き、意図的に「九段線」を描き込んだ可能性はあると思います。

九段線を巡っては、ベトナムだけではなく、複数の国・地域が中国に反発しています。しかし、配給側にとっては、中国より人口が少なく、貧しい国・地域で上映できなくなるより、巨大市場の中国で上映できなくなるリスクのほうがはるかに大きいわけです。

とはいえ、最近のハリウッド映画には、この傾向が顕著です。ハリウッド映画はそもそも商業主義ですが、中国市場におもねる商業主義があからさま過ぎると感じます。
番組を聴取したわけではないので決めつけ的に述べるのは良くないのかもしれませんが、領土・領海問題という国益ど真ん中について自国の立場・国策に合致しないからといって、「上映禁止」という形でシャットアウトするベトナム政府のやり方は、辛坊治郎氏が平生において口を極めて罵倒する「中国共産党独裁政権」のやり方そのものなのでは・・・

本件報道については、ベトナム政府の対応を評価する風潮が強いように感じますが、結局は中国を叩ければそれで良いんでしょうか?

自由と民主主義を徹底しつつ国益を重視するのであれば、報道は自由にさせておきつつ平生から徹底的な思想教養を展開するとか、あるいは正しい情報に基づく解説と抱き合わせるとか、そういうスマートな方法で臨むべきだと考えます。
ラベル:メディア
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2023年07月03日

国内に階級対立がないことを前提とするブルジョア国家の社会歴史観は、味噌も糞も一緒している

https://news.yahoo.co.jp/articles/b6843ffd75fac9b49dc4dc32af2ff6abc17f66ef
モスクワ市内から見た“プリゴジンの乱” 民主派ナワリヌイ支持者にも広がった共感
6/28(水) 18:02配信
テレビ朝日系(ANN)

(中略)
■プリゴジン氏にロシア人が同調しやすかった理由
今回のプリゴジン氏の行動には、ロシア人が同調しやすい理由がある。

断っておくと、プリゴジン氏はソ連時代に強盗や売春斡旋などで9年間、服役している凶悪犯だ。脱走したとされる兵士の頭をハンマーで殴りつぶすなど残忍な人物として知られている。道徳的にも決して英雄視されるような人間ではない。

にもかかわらず、プリゴジン氏の蜂起のメッセージに大量の人びとが耳を傾け、テレグラムでは、ほとんどの人がハートマークやライクなど肯定的なボタンを押している。例外は“撤退宣言”の投稿だった。

それは、プリゴジン氏の訴えが、国防省や権力者の「汚職」「欺瞞」「官僚主義」にむけられていたからだろう。
ロシアの人びとは伝統的に権力の腐敗や汚職というものへの拒否感が強い。

意外かもしれないが、アレクセイ・ナワリヌイ氏の主張もほとんど同じだ。

「プーチン氏の最大の政敵」とされるナワリヌイ氏と、「プーチン氏の料理人」とされるプリゴジン氏。一見、正反対のようにみえる2人だが、主張の根っこは同じなのだ。

ナワリヌイ氏は、厳しい弾圧をはねのけて、ロシア全土で大規模なデモを引き起こした。
彼の呼びかけに多くのロシア人が賛同し、デモが大規模化したのは、ナワリヌイ氏が「民主主義」や「自由」といった崇高な理念を掲げたからではない。
プーチン政権の「不正」や「腐敗」を徹底的に暴いたからだ。
実際に2021年のデモに繰り出した人びとが手にしていたのは、トイレの掃除用ブラシだった。
プーチン氏の別荘にあるといわれる700ユーロ(およそ9万円)もするという黄金に塗られたトイレブラシへの人々の怒りが、ロシア全土を揺るがす原動力となっていたのだ。

今回のウクライナ侵攻をめぐって、プーチン氏は「欧米の脅威」やウクライナの「非ナチ化」あるいは「非武装化」を大義として掲げている。
一方で、私たち日本や欧米、ロシアのリベラル層は、ウクライナの「主権」「自由」を踏みにじることは断じて許されないとして戦争を止めようと呼びかける。
じつは、どちらもロシア人の心には響きにくい。

それよりもロシア人の心に訴えるのは「権力の腐敗」の糾弾だ。
プリゴジン氏は、ウクライナへの侵攻は「ショイグ国防相やエリートたちが私腹を肥やすために始めたものだ」という。そうした汚職や欺瞞、官僚主義を排除するのだというプリゴジン氏の主張はロシア人の心に直接訴えかける。
汚職を摘発する「世直し」にロシアの人々は共感したのだ。

(以下略)
どこまで正しいのか私には独自に検証することはできませんが、非常に興味深い記事です。思い起こせば、ソ連が短期間のうちに瓦解した一つの理由として、グラスノスチによって汚職や腐敗の事実が大衆に知られるようになり、それに対する憤怒が盛り上がり過ぎたという指摘もあります。記事にもあるとおり、ロシア人民の腐敗に対する憤りは非常に強烈であります。

※ちなみにこの点において、以前にも述べましたが、中村逸郎・筑波大学名誉教授や石川一洋・NHK専門解説委員といった少し高齢のロシア「専門」家は、1991年8月のソ連共産党保守派によるクーデターが失敗した記憶があまりにも強烈だからか、ロシアの権威主義的政権に対する反政府的な運動が起こるたびに「ロシアにおける民主主義の現れ」などと、はしゃぎまくるものですが今も昔も違うと思うんですよね。

こうして考えてみると、6月25日(日)の「ニュース7」における兵頭慎治・防衛省防衛研究所研究員の分析がズレていたことが改めて見えてきたように思われます(「【動画解説】ワグネルの部隊はなぜ引き返した?狙いや影響は?」2023年6月25日)。兵頭氏は次のように述べていました。
戦況そのものへの影響はそれほど大きくないものと思われますが、ロシア国内に残した爪痕は小さくなかったのではないかと思います。今回ロシアの内紛という形でモスクワ近郊まで治安が乱れてゆく可能性がありました。治安を維持しながら人気を高めてきたプーチン大統領が十分にコントロールできなかったという意味において、プーチン政権にとって一定のダメージになったと思われます。そして、プリゴジン氏は、ロシア軍に反発する観点から、プーチン大統領のウクライナ侵攻の正統性であるNATOの脅威の対応、ロシア系住民の保護という戦争の大義を真正面から否定した、これもですね、ウクライナ戦争を行ううえでロシア国内に否定的な影響を与えて行く可能性もあるのではないか
プーチン大統領について「治安を維持しながら人気を高めてきた」と指摘する兵頭氏。たしかにプーチン大統領は、「破滅的」という他ないソ連崩壊後のロシアの社会・経済状況と治安状況を立て直すことで人気を高めてきました。しかし、プーチン大統領が立て直し、彼の権威の源泉となった治安とは、たとえば闇市を牛耳りあらゆる種類の犯罪行為に手を染めていたロシアン・マフィアやその手の輩を抑え込んだといった市井の民に関わる治安です。

冷静に考えてみると、ロシア軍機に若干の被害が生じたそうですが、今回の「ワグネルの乱」は、民間人には何の被害も発生しなかった点において市井の民には何の関係もない話でした。「ワグネルの乱」がトリガーとなってロシア社会が再び混沌とし始め、各地でロシアン・マフィアたちが息を吹き返してしまったとすれば、これはプーチン大統領にとって非常に大きな痛手になったでしょうが、そのような事実はありません。プーチン大統領の功績である「市井の民に関わる治安」は損なわれていないのです。

ちなみに、プーチン政権下では過去、爆弾などによるテロ事件が複数回起こり民間人に多くの犠牲者が出ていますが、それを以ってプーチン大統領の人気が低下したということは観測されていません。あの手の爆弾テロ事件に遭遇する確率って非常に低いですからね。テロ事件が複数回起こっても大統領の人気に陰りがないということは、ロシア国民のプーチン大統領に対する信頼とは、「自分たちの毎日の生活における不安や危険を取り除いてくれたこと」にあると言ってよいと思われます。

「自分たちの毎日の生活における不安や危険を取り除いてくれる力強いリーダー」を欲するのがロシアの国民性だとすれば、官僚主義批判を展開した「プリゴジンの乱」に対してロシア国民の間から好意的な反応が見られることも、「権力の腐敗」を糾弾するという共通項からナワリヌイ氏の支持層から「プリゴジンの乱」に共感が広がったことも、そして、「プリゴジンの乱」程度ではプーチン大統領の威信には大した傷がつかなかったこともすべて説明がつきます。ロシア社会においては、まだそこまで腐敗や官僚主義に対する不満が充満してはいないので、すべてが中途半端なまま済んだわけです。

防衛省防衛研究所の研究員たる兵頭氏がロシア国内の政治状況・社会状況について分析を加えることは、放映当初より私は人選ミスだと思っていました。こうして改めて考えてみると、兵頭氏が市井の民にとっての治安と国家権力にとっての治安とを混同していることが見えてきます。クーデターは国家権力にとっては大問題ですが、市井の民にとっては「雲上人の内輪揉め」に過ぎません。民衆層にとっての利害関係と支配層にとっての利害関係は必ずしも一致しないというのは、左翼の世界では当たり前過ぎることですが、そういう基本的な素養を持たないままに「防衛省防衛研究所」というブルジョア国家(国内に階級対立がないことを前提としている)の御用研究者の職にありついてしまった兵頭氏には、こういう視座は持ちえないのでしょう。そしてそうであるがゆえに、御用学者・兵頭慎治氏がまんまと陥ったように、現実の分析をし誤っているのでしょう。

私が世界観の問題としても社会歴史観の問題としてもたびたび批判している「大河ドラマ」は、社会歴史観の問題として見たとき、これは「雲上人の内輪揉め」物語に過ぎないものです。権力者がどのような経緯で内輪揉めを勝ち抜いたのかという「正統物語」に過ぎないものです。「歴史好き」を称する日本人は多いものですが、「雲上人の内輪揉め」であり「権力者の正統性を強調する政治的文書」を追いかけているに過ぎないという自覚はあるんでしょうか? こんなものを歴史と言ってしまってよいのでしょうか?

「歴史好き」を称する人たちは、多くの場合、学校「教育」における「歴史」の授業を契機に歴史に関心を持つようになったものと思われます。学校「教育」のカリキュラムに組み込まれている所謂「日本史」で取り上げられているテーマの多くは政治史ですが、これは要するに「雲上人の内輪揉め」の話でしかありません。古代中国の歴史書が、それを編纂した王朝の正統性を強調するための政治的文書であることは広く知られたこと(もちろん、そういう政治的制約の中でも文学的に価値の高い表現が盛り込まれていることもまた事実)ですが、いまも政治史というものは本質的には何も変わっていません。こんなものは歴史の一面であるとは言えても、これ自体が歴史だとは言えないでしょう。しかし、武将Aが「見事な計略」で、どこそこの戦いで武将Bを打ち破ったといった、正直どうでもいい話が歴史の重要な問題として持て囃されています。

ちなみに、学校「教育」のカリキュラムに組み込まれている所謂「世界史」は、これもまた政治史の比重が大きいものの、「日本史」ほど詳細な経緯の暗記は求められません。およそ1万年にわたる全世界の歴史についての細かい暗記が、学校「教育」において現実的ではないという事情もあるとは思いますが、日本の学校「教育」が、他国政権の正統性を教え込む義理などないのという要素もあるものと思われます。

国内に階級対立がないことを前提とするブルジョア国家の社会歴史観は、味噌も糞も一緒していると言わざるを得ないものです。そしてそうであるがゆえに、御用学者・兵頭慎治氏がまんまと陥ったように、現実の分析をし誤っているわけです。

最後に。「ナワリヌイ氏は、厳しい弾圧をはねのけて、ロシア全土で大規模なデモを引き起こした。彼の呼びかけに多くのロシア人が賛同し、デモが大規模化したのは、ナワリヌイ氏が「民主主義」や「自由」といった崇高な理念を掲げたからではない。プーチン政権の「不正」や「腐敗」を徹底的に暴いたからだ。」というくだりを見るに、ナワリヌイ氏を「民主派」と構図化することは避けておいた方がよいのではないでしょうか。割と厄介な大ロシア主義的傾向のある人物であり、米欧が期待するような自由民主主義者ではないでしょう。かつて、アウンサンスーチー氏をもち上げたところ政治実務家としては予想以上に無能だったことがありましたが、ナワリヌイ氏を民主派の旗手として持ち上げることはその比ではない失敗に終わるように思えてなりません。米欧流の「民主主義の輸出」は、ほとんどの場合において失敗していますが、ナワリヌイ氏を旗手にしている限りは対ロシアについても成功しそうにありません。
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2023年07月01日

日本社会が粗野な方向に向かっている

https://news.yahoo.co.jp/articles/70c34c8b7222cf2cc5b9c2f783e583a181182ad9
 フジテレビは24日、映画「タイタニック」の前編を午後9時から放送した。

 映画本編の始まる前に、「本日の土曜プレミアム『タイタニック』前編では潜水艇探査機のシーンが含まれています。ご懸念のある方は、ご視聴をお控え下さい」という注意書きが掲出された。

 映画は、潜水艇で海に沈んだタイタニック号を探査するシーンからスタートする。

(以下略)
「いやなら見るな」、確かにそのとおり。とはいえ、「ご懸念のある方は、ご注意ください」くらいにしておけばよいものを、直接的な表現になっています。私も「古い人間」なので、直接的な表現はどうも粗野に聞こえます

最近は「ご遠慮ください」が通じないといいますし、これくらい直接的な表現をしなければならなかったのでしょうか? それとも、日常的に責任追及し合っている癖でついつい書いてしまったのでしょうか? いずれにせよ、日本社会が粗野な方向に向かっているように感じられます。私の感覚であり現時点で確たる証拠があるわけではありませんが、研究のスタートラインは感覚的であるものです。ちょっとした話ではあるものの、こういうちょっとした傾向・兆候にも注意する必要があります。
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