そごう・西武労組のストライキ決行について取り上げたいと思います。世論及び報道の論調が、
概ねストライキに理解を示すものばかりだったのが印象的でした。そして同時に
労働者階級の立場・利益を重視する者として危機感を覚えました。
■世論及び報道の論調が、概ねストライキに理解を示すものばかりだった
たとえば8月30日(スト前日)のNHK「ニュース7」及び「ニュースウオッチ9」は、20代前半と思しき女性の「ストライキが起きるぐらいの理由があったのなら仕方がない」や、60代以上と思しき男性の「大切だと思う 労働者が声をあげることは」、そして中学生くらいの子どもを連れた母親と思しき女性の「不便はあるが それよりその結果がどうなるか」というインタビューを放映しました。スト当日(31日)の「ニュース7」は、60代夫婦の「労働者の権利なので」、70代男性の「働いている人がこういう形で意思表明した。そのことがすごく大切」という声を放映しました。同日の「ニュースウオッチ9」は、「今回の売却手続きにおいて労組の同意は不要だが、ストが起こったという事実は重く、従業員の理解を得ることの重要性を再認識させた」とか「働く人の思いや生活もある」といった
ストライキに一定の理解を示す発言が相次ぎました。
8月31日づけのNHKニュース「
【詳しく】そごう・西武労組 異例のストライキ実施も売却決議」(2023年8月31日 19時24分)は次のように報じています。
専門家「社会的な意義大きい」
労使関係に詳しい立教大学の首藤若菜教授は、今回のストライキについて、「企業再編で、労働条件が低下しても、労働者側がのんできたケースが多い中で社会的な意義は大きい」と話しています。
首藤教授によりますと、日本でも1970年代半ばまではストライキが多く実施されてきましたが、労使ともに負担が大きく、その後は、事前に話し合いで解決する協調的な労使関係が構築されてきたということです。
そごう・西武の労働組合も百貨店の経営が苦しいことを踏まえ、経営側と協議して雇用が守られることを前提に、経営側の考えを受け入れてきた協調的な労働組合だとして、今回のストライキは、売却前に組合側が納得できる形で十分な話し合いが行われてこなかった結果だとしています。
首藤教授は、「1社の事例ではあるが、十分な話し合いがされず、強引に企業再編を進めようとすると、大きなリスクになりえることを示したという意味で、ほかの企業の経営層にとってもインパクトは大きかったのではないか。労働者にとっても、労働条件に納得できない場合に声を上げて行動に移した組合の 動きに勇気づけられた人も多かったのではないか。企業再編で労働条件が低下しても労働者側がそれをのんできたケースが多い中で、社会的な意義は大きい」と話していました。
そごう・西武労組の肩を持っているといっても過言ではない解説。もちろん私は、この解説こそが事実を的確に説明している、つまり今回のストライキは非常に正当なものだと考えているので全く異論はないのですが、
クレームを恐れるあまり「両論併記」でお茶を濁しがちな昨今のメディアにしては随分とハッキリとモノを言っています。
読売新聞は「
61年ぶり大手百貨店でスト「日本でびっくり」「雇用確保してあげて」」(8/31(木) 13:02配信 読売新聞オンライン)を配信しました。日本最大の発行部数を誇る保守商業紙の論調には注目する必要があります。
■おバカ部門代表のサンケイ新聞さえも・・・
おバカ部門代表のサンケイ新聞は、表向きはストライキは労働者の権利であると報じる(「
そごう・西武 Q&A ストライキ 実施されれば、大手百貨店で約60年ぶり」8/28(月) 18:23配信 産経新聞)ものの、「
そごう西武、31日スト突入で池袋本店全館休業 セブンは売却決議」(8/30(水) 12:19配信 産経新聞)で「
消費者や取引先に迷惑をかけてまで時間稼ぎをする」などと書いてしまったり、「
そごう・西武消滅の危機、対岸の火事ではない百貨店業界」(8/31(木) 17:27配信 産経新聞)で、さしたる根拠もなく「
今回のような労働争議が頻発すれば、百貨店の業態転換のハードルは上がる」などと書いてしまい地金が出てしまいました。
サンケイの本音は思ったとおりでしたが、しかし、そんなサンケイでさえ表向きは取り繕わざるを得なかったことは特筆すべきことでしょう。
それだけ世論が今般のストライキに理解を示していたわけです。
ちなみにサンケイは、「
そごう・西武、ストでも止められない百貨店売却 「伝家の宝刀」威力に限界」(8/29(火) 14:46配信 産経新聞)なる記事を配信し、その中で今回のストライキを「米投資会社への売却阻止闘争」としてのみ描いていますが、そんな話ではないと私は考えます。スト決行によって「そごう・西武の従業員は会社の方針に唯々諾々と付き従うものではない」ことが示されました。このことは、米投資会社やそのパートナーとされるヨドバシカメラに対してのメッセージにもなります。上掲8月31日づけ「ニュースウオッチ9」などが「今回の売却手続きにおいて労組の同意は不要だが、ストが起こったという事実は重く、従業員の理解を得ることの重要性を再認識させた」などとストライキに一定の理解を示す発言を放映したのは、そういう広い視野を持ってのものだったと考えられます。やっぱりサンケイは詰めが甘いw
■日経新聞の不気味な論調転換
ブルジョア機関紙というべき日経新聞の反応についても見ておきましょう。当ブログ8月28日づけ「
そごう・西武労組、ストライキ決行へ!」で取り上げたとおり、28日の時点で日経新聞は「
ストは消費者への影響が出るほか、社会的な企業イメージの悪化にもつながる」だのと、ストライキに至った経緯を無視してその責任を労働者側に一方的に押し付けたり、木曜日一日限定のストライキについて「
池袋駅の乗降客が不便を被ったり、人流が変わったりするなど街に対する影響は避けられない」だのと、根拠薄弱でほとんど中傷と言うべきことを書き立てていました。これに対して9月1日の社説「
[社説]そごう・西武ストが投じたM&Aの課題」は打って変わって次のように主張しました。
セブンがそごう・西武を買収したのは06年。消費者が利用しやすいグループを目指したのが理由だ。しかしリストラが中心で成長させることはできなかった。このためフォートレスと事業パートナーであるヨドバシホールディングスに任せた方が百貨店にとっても最善策と判断した。今後の戦略を考えると売却は間違っていない。
しかしその後の反発は全く想定できていなかった。地元の豊島区長や池袋本店の不動産の一部を保有する西武ホールディングスが街の多様性が失われることに懸念を示した。百貨店事業は街の顔でもあり、住民にとっての価値は大きい。事前の説明などが足りず、批判を高めてしまった。
社員への配慮も不足していた。確かにそごう・西武は財務基盤が脆弱で、セブンの信用力がこれまでの事業継続を可能にした。しかし百貨店市場が縮小し、旗艦店の池袋本店が縮むことへ社員は危機感を高め、スト決行の事態を招いた。組合側も売却そのものに反対しているわけではない。早期に社員に丁寧な説明をしていれば、状況は違っていたかもしれない。
今後も小売業に限らずM&Aは増えるだろう。日本企業が活力を高めるうえでM&Aは重要な経営の選択肢であり、経済全体の活性化にもつながる。事業再編を円滑に進めるためには、人的資産やステークホルダーへの配慮が企業価値の向上に欠かせないことを改めて肝に銘じる必要がある。そごう・西武のストを教訓にしたい。
思いがけず世論がストライキに理解を示したことを受けて急遽軌道修正しつつ、後述のとおり、労働者のストライキからブルジョア的利益を引き出す糸口を目敏く見つけ出したのでしょう。
日経新聞と深い関係にあるテレビ東京系「ワールドビジネスサテライト(WBS)」は、28日以降は連日トップニュース扱いで本件を報じてきたものの、事実を端的に報じるだけで論評は避けていました。世論動向を注視し余計なことを言わないようにしていたものと思われます。29日の放送では、「ルイ・ヴィトン」などを展開するLVMHモエヘネシー・ルイヴィトン・ジャパンのノルベール・ルレ社長の独占インタビュー(「
【独自】ルイ・ヴィトン ヨドバシ改装案「承認しない」」8/29(火) 20:03配信 テレ東BIZ)を取り上げた流れで「テナントの意向も重要なポイントとなるかもしれません」と大江麻理子アナウンサーが原稿を読み上げ、コメンテーターの滝田洋一・日経新聞編集委員が頷くに留まりました。30日の放送ではノルベール・ルレ社長の独占インタビューの追補として「池袋本店だけで1日数千万円の売り上げがある。なので影響は大きい。ただ、ストには理解している。働く側が改装案の説明がないことに不満をもつことは当然のことだ。セブン&アイには、全体のプランをもう一度考え直してほしい」という追加取材内容を報じました。
ほとんど誹謗中傷レベルだった28日の日経新聞記事と比べると「日経地上波版」というべきWBSの報じ方は大きく異なり非常に慎重になっていたというべきでしょう。
とはいえ、そこはやはりWBS。原田亮介・日経新聞論説主幹は30日の放送で次のように述べていました。
会社というのは、3つのとても重要な利害関係者に支えられていて、ひとつは株主(中略)もうひとつ従業員(中略)もうひとつ、お客さんですよね。池袋の駅前の一等地で何を売るのか。家電を売るのか高級ブランドを売るのか、どうやって売るのか、見えない主役であるお客さんが最終的に決めるということになるんじゃないでしょうかね
なにやら深奥なことを言っているのかと思いその真意を探ってみたものの、それほど深みのある発言ではないようです。おそらく、本心では28日づけ日経新聞のように罵倒したかったが、思いのほか世論がストライキに理解を示しているのでそれができず、ルイヴィトン・ジャパンまでストに理解を示したので、下手なことは言わない方がいいと判断したのでしょう。
しかし、何か一言でも言わずには腹の虫が収まらないので「ヨドバシ出店反対だ何だとゴチャゴチャ言っているが、最終的には客が決めるんだよ。労働者風情がいい気になるな」というニュアンスを込めてこのように吐き捨てたのでしょう。
「最終的には客が決める」――そのとおりです。それが商売というものです。だからこそ、企業経営者は顧客動向を見極めながら利益と雇用を確保する必要があります。そして労働者は自分たちの立場と利益に基づいてストライキを含む要求活動を展開するのです。
「最終的には客が決める」のは百も承知だからこそ、顧客の動向を注視して雇用維持の方向性を加味した経営上の対策を求めて声を上げたのが今回のストライキの本質なのです。こんなことはちょっと考えれば直ちに分かること。原田論説主幹が言っていることは一見して深奥な哲学的含蓄がありそうですが、かくも薄っぺらい点を鑑みるに、何か一言でも言わずには腹の虫が収まらないので出て来た捨て台詞であると言わざるを得ないと私は考えます。
ブルジョア機関紙というべき日経新聞の論説主幹に捨て台詞を吐かせた、そごう・西武労組。時代は大きく変わったものです。感慨深い。8月31日(スト当日)は、山川龍雄・日経ビジネス編集委員が「30年来日本人の賃金が上がらなかった一つの要因が、労働側の立場があまりにも弱かった」「日本経済のためにもストライキは起こってしかるべき」などと
まるで掌を反すようなスト評価の発言を展開。ストに至った経緯についても、セブン・アンド・アイホールディングスとそごう・西武労組との間でのコミュニケーション不足としたうえで、「セブン・アンド・アイには労働組合がないので、ストライキを前にどうすればいいのか混乱している」とか「物言う株主の圧によって売却を急いでいる」などと解説。
気持ち悪いほどの転向ぶりを見せつけました。■報道論調の軌道修正はいつ起こったのか
ここからは「軌道修正」という観点から、1日単位で各社各局の報道の変遷を振り返ってみたいと思います。一体いつ論調が固まったのかということです。
先に槍玉にあげた日経新聞の中傷まがい記事は28日づけでしたが、NHKも28日深夜配信の「
そごう・西武労組 経営側にストライキの実施を通知」(2023年8月28日 23時43分)で「
60代の会社員の女性は「経営側と組合側のそれぞれに考えていることはあると思いますが、客が置いてきぼりだなという気持ちです」と話していました」と報じていました。旧国鉄のストライキに関する記憶・イメージが残っている人には訴求力のある発言です。おそらく、NHKもそれを念頭に報じていたものと思われます。しかし、上述のとおりNHKはストライキ突入前日の30日には、ストライキに理解を示す発言を集中的に報じるに至り、スト当日の31日にもストライキに一定の理解を示す発言を放映しました。どうやら、ストライキ決行の見込みが報じられた翌日の29日ごろに風向きが変わったようです。
テレ東系WBSが30日の放送で「
見えない主役であるお客さんが最終的に決める」と捨て台詞を吐いたと上述しましたが、31日には打って変わってスト評価の論調に転向しました。このことを踏まえるに、労働者の権利行使としてのストライキを好ましく思っていない手合いの一部は、ストライキ前日である30日になってもまだ割り切れず捨て台詞を吐きたくなる心理状況だったが、31日までには転向したと言えるでしょう。
このことは、一義的には世論が意外にスト容認だったことがあげられると思われますが、私はもっと疑り深く経過を見るべきと考えます。ブルジョアは非常にしたたかで災いを福に転ずる能力が非常に高いからです。■ストを好意的に報じる日経の魂胆――ますます気が抜けない時代になってきた
スト前日まで捨て台詞を吐いていた「日経地上波版」というべきWBSがスト当日には打って変わってストライキを評価する言説を放映したことが引っかかります。
労働者のストライキがブルジョアにとっての利益に繋がるという糸口を見いだせたからこそ、彼らが掌返しのようにストライキ評価の論調を張るに至ったのではないかと考えます。それだけ狡賢く恥を知らない連中ですからね、奴らは。
私は、
8月30日のフジテレビ系「FNN Live News α」がブルジョアの新たな魂胆を自白したものと考えます。当該番組ではエコノミストの崔真淑氏が登場したのですが、
彼女は、「ジョブ型雇用浸透しているアメリカでは企業が従業員を切りやすいだけではなく労組の活動が非常に活発になっている」としつつ、「日本においても雇用の流動性を高めようという動きがある中で、それに伴い労組の動きが活発になる可能性がある」としました。いまひとつ話に一貫性のない謎コメントでしたが、断片的な内容を繋ぎ合わせるとブルジョアの狙いが見えてきます。
ブルジョアたちは今、解雇規制をはじめとする労働法制を「岩盤規制」などと中傷してその破壊を目論んでいます。現行の労働法制は不十分な点が多々あるものの、ブルジョア連中のやりたい放題から労働者の立場と生活を守るにあたって重要な役割を果たしています。それゆえ、単に労働法制を破壊しただけでは労働者の立場か弱まるだけ。日本の労働者がいくら「おとなしい」とはいえ、流石にそれを唯々諾々と受け入れるほどお人好しではないでしょう。労働法制に変わる何かそれっぽいモノを形だけでも拵える必要があります。
そういった事情から、労働法制にとって代わるものとして、ある程度の労組活動を容認することで「法律ではなく自分たちで雇用を守ろう!」という風潮を形成しようとしている可能性があるのです。日本の労働市場をアメリカナイズしようとするブルジョアの蠢動において、ある程度の労組運動の活発化はプラスになり得ます。
崔真淑氏のコメントはあまりにも正直です。
もとより労働者はかつて無産階級と言われたように、生産手段を私有しておらず自身の労働力を切り売りすることによってのみ日銭を稼ぐことができる存在です。このことは、いくら仕事内容がクリエイティブなもの・知識労働化したとしても変わりありません。ハッキリ言えば、雇ってもらえなければ飢え死にするほかない立場に立っています。これに対して投資家(資本家)や企業家は、必ずしも特定の分野にこだわる必要はありません。投資家は儲かれば事業内容は何でもよく、企業家も日ごろから経営多角化に腐心しているので、不採算部門をリストラすることも吝かではないものです。
ミクロ経済学に「価格弾力性」という概念(価格変化に対する需要または供給量の変化率)がありますが、価格弾力性が高い経済主体は、価格弾力性が低い経済主体に対して弱い立場に立つことになります。価格弾力性は本質的に、その市場に対する「しがみつき度」と言い換えることが可能です。要するに、自らの生活をその業界に全賭けしている人は、ちょっとくらい市場価格が変化したくらいでは「やーめた」とは言えない(価格弾力性が低い)のに対して、どっちでもいい人は、市場価格の変化に敏感に反応して「あ、もういいや」と言える(価格弾力性が高い)のです。このことを労働市場に当てはめると、とくに現代経済は高度に知識化・専門化されているので、個々の労働者は「しがみつき度」が高いと言えます。これに対して投資家(資本家)や企業家は、必ずしも特定の分野にこだわる必要はありません。
ミクロ経済学的に考えたとき、労働者の価格弾力性は低く、投資家(資本家)や企業家は高いと言えます。労働市場において投資家(資本家)や企業家の方が立場が強いわけです。
そうした労働市場のミクロ経済的な分析を踏まえるに、無産階級たる労働者による労使交渉がブルジョア・メディアにおいて持て囃されることは、非常に不気味なものを感じ取らざるを得ません。ますます気が抜けない時代になってきたと言わざるを得ないでしょう。こうした憂いを打破するためには、やはり労働者階級が経営に食い込むことが必要だと改めて訴えたいと思います。
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そごう・西武労組、ストライキ決行へ!」