今年の日本メディアの報道姿勢は、一般世論が徐々にウクライナ情勢への関心を低下させてゆく中、今夏の麻生太郎副総理大臣による「戦う覚悟」発言などを契機に戦時プロパガンダを新たな段階に発展させつつも、反転攻勢の停滞及び失敗が取り繕い難く明白になったことで米欧諸国でウクライナ支援への疑問や見直し論が公然と上がるようになって以降は、著しい混乱を見せた一年だったと考えます。
まず、「バフムトの戦い」を巡る日本メディア報道の混乱と醜態について振り返りたいと思います。
■「バフムトの戦い」――短期間で二転三転した日本メディア報道の混乱と醜態
昨秋のロシア軍のヘルソン市撤退以来、大きな戦線の変化がなかったところ、年明け以降、ドネツク州のバフムトでロシア軍の前進・ウクライナ軍の劣勢後退が見られるようになりました。全体として膠着状態が続く中、唯一例外的にロシア軍が攻勢を続けたのがバフムトの戦いであり注目しないわけにはいかない戦いでした。
この戦いを巡る日本メディアの報道は、自分たちにとって耳障りの良い情報・都合の良い情報に飛びついたり解釈を取り繕ったりし続けた挙句、ウクライナ軍が同地から敗退したためにすべてのストーリーが破綻し、たいへんな醜態を晒したものでした。6月10日づけ「バフムトの戦いに関する日本世論の反応を総括する」を読み返しつつ、振り返りましょう。
バフムトの戦いを日本メディアは当初どのように報じてきたかと言えば、もっぱら「バフムトに戦略的価値などない」でした。ではなぜそんな土地を巡って両軍が、開戦から約3か月となる昨年5月以来長期にわたって死闘を繰り広げてきたのかといえば、ロシアについては「指導者が戦略的価値の有無を判断できないほどに愚かだから」であり、ウクライナについては「そんな愚かなロシア軍を釘付けにできるから」とのこと。「愚かなロシア軍が『バフムト要塞』に無謀な攻撃を仕掛け、ことごとく撃退されて兵力を溶かしている」という構図です。
しかし、2月に入って戦況がますます悪化する中でゼレンスキー・ウクライナ大統領がバフムトの戦略的価値を強調して撤退を拒否するようになってからは、たとえばNHKなどは、大急ぎで前言を翻し取り繕うような「解説」を打ち出したものでした。
https://www.nhk.jp/p/catchsekai/ts/KQ2GPZPJWM/blog/bl/pK4Agvr4d1/bp/p8wm6WxqAj/
ロシア バフムトの攻略を目論む戦略的意味はこのように、「愚かなロシア軍が『バフムト要塞』に無謀な攻撃を仕掛け、ことごとく撃退されて兵力を溶かしている」という見方は静かに取り下げられ、ほとんど何の説明もないままに「交通の要衝を巡るバフムト決戦」といった具合に戦いが位置づけられるようになりました。
2023年2月16日 午前11:25 公開
ロシア国防省は13日、ウクライナ東部のドネツク州でウクライナ側の拠点のひとつバフムトの近郊にある集落を掌握したと発表。NATOのストルテンベルグ事務総長は軍事侵攻の開始から1年を前に警戒していたロシアによる大規模な攻撃はすでに始まっているという認識を示しました。別府キャスターの解説です。
(「キャッチ!世界のトップニュース」で2月14日に放送した内容です)
・ウクライナ南東部にある交通の要衝「バフムト」
東部ドネツク州にあるウクライナ側の拠点バフムト。なぜ、ロシアは執拗にこの町の攻略を目論むのでしょうか?その戦略的な意味について見ていきます。
ウクライナ南東部の前線ですが、弓のような形になっており、バフムトは中心部あたりにあります。ロシア側は、ここを突破し、ウクライナにさらに攻め込もうとしていると見られます。
こちらの地図ではご覧のように、バフムトはいくつもの幹線道路が交差するほか、鉄道も通る、交通の要衝でもあります。ロシア側は「ここを押さえれば、東部ドネツク州での支配を広げていける」との狙いがあると指摘されています。バフムトは、1年近くになるロシアのウクライナ侵攻で、最も長期にわたって攻防が続いてきた場所となっています。
またバフムトは、ウクライナの国土防衛の戦いにおいて象徴的な場所にもなっています。
12月20日、ゼレンスキー大統領自らがバフムトに入り、兵士たちを鼓舞しました。その時に、ゼレンスキー大統領は兵士たちから託されたウクライナの国旗をアメリカの首都ワシントンに持って行き、連邦議会で演説を行った際、下院議長に手渡しました。
(以下略)
しかしながら、ウクライナ軍の劣勢はどうにも取り繕い難いためでしょうか、3月ごろからは「遅滞戦術」の一種として描くむきが強くなりました。
https://www.nhk.jp/p/catchsekai/ts/KQ2GPZPJWM/blog/bl/pK4Agvr4d1/bp/pkLynzNvra/
ウクライナがバフムト防衛を続ける2つの理由「たしかにウクライナ軍は徐々に後退しているが、これは反転攻勢のためにロシア軍を消耗させているものであり、長期的・戦略的にはプラスなのだ」というわけです。「バフムト要塞へのロシア軍の無意味な攻撃」がほとんど何の説明もなく「バフムトでの両軍決戦」に描かれ直されたかと思えば、今度もまたほとんど何の説明もなく「ウクライナ軍の遅滞戦術」に描かれ直されたわけです。ウクライナ軍の劣勢を取り繕うために、なし崩し的に解釈が変更されたと見なさざるを得ないでしょう。
ウクライナ東部バフムトをめぐっては、ウクライナ軍が撤退するとの観測も一時、出ていましたが、現状では、町の中心部で抵抗を続けています。
なぜ、バフムトの防衛を続けているのか。そこには、強大なロシア軍に対峙しなければならないウクライナ側の厳しい事情があります。別府キャスターの解説です。
(「キャッチ!世界のトップニュース」で3月13日に放送した内容です)
・バフムト防衛の狙い@ 人海戦術を図るロシアへの損失拡大
(中略)
その上で、ウクライナの事情ですが、「@ロシア側に少しでも多くの損失を与えたい」ことがあります。
ウクライナ軍は、川の西側を拠点にして、迫り来るロシア側を迎え撃っています。イギリス国防省は、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」が侵攻してくるのを押しとどめているとした上で、この一帯が、ロシアの兵士や戦闘員の「Killing zone(キリング・ゾーン)」になっていると分析しています。
「ワグネル」はロシアの刑務所から多くの受刑者をかき集めて、バフムトに人海戦術で投入していると見られますが、ここで兵力を削ぐことができれば、ロシア側の弱体化につなげられるとウクライナ側は期待しています。
・バフムト防衛の狙いA 春の反転攻勢に向けての時間稼ぎ
もうひとつの事情が、「Aなんとか時間を稼ぎたい」ことです。ウクライナ側は、春になれば、南部での大規模な反転攻勢に出る構えです。その作戦は、来月(4月)にも始まるとの観測もあります。それに向けて、欧米からの兵器がより多く届くのを待っている状況で、それまでは、ロシア側をバフムトに足止めさせておきたいという事情も見えます。
(以下略)
戦況認識のご都合主義的な揺れ動きは続きました。5月10日ごろからバフムトでウクライナ軍の前進が見られるようになりロシア軍を一定程度後退させることに成功しました。これにより、俄かに「ロシア軍が包囲殲滅されてウクライナ軍がバフムトを奪還する」という見立てが出てくるようになりました。「遅滞戦術」だったはずのバフムトの戦いがまたも急に、ほとんど何の説明もなく「包囲殲滅戦」に切り替わったのです。
そして訪れたロシア軍のバフムト制圧。5月20日、ロシア軍と行動をともにするワグネル・グループ代表のエフゲニー・プリゴジン氏がバフムトの完全制圧を宣言。ロシア政府もその宣言を認めました。ウクライナ軍は「まだ市内の一角に兵員が残って戦っている」とするものの、同市の主たる部分をロシア軍が掌握していることは動かし難く、また、ウクライナ軍の反撃に伴う戦闘も大規模なものは起こらなくなりました。「完全制圧」とは言えないかもしれないが「バフムトの戦いは一旦、基本的に終わった」とは言えるでしょう。
プリゴジン氏の完全制圧宣言の前日、NHKは「激戦地バフムト ウクライナ側が徐々に前進」などと書き立てたばかり。そりゃ、ウクライナ当局の「大本営発表」はそう言うでしょう。ジャーナリストたるもの、それがフェイクなのかファクトなのかを独自に検証する責務があるはずです。マリウポリ陥落2日前まで「アゾフスターリ製鉄所でウクライナ軍の反転攻勢が始まった!」と騒いでいた「悲劇」を再演してしまったNHKでした。ジャーナリズムを放棄して大本営発表を垂れ流すだけの報道機関に、いよいよなり下がったわけです。
バフムトの戦いに関する日本メディアの報道を改めて総括するに、バフムトの戦いの位置づけを「ロシア軍に消耗を強いるバフムト要塞」にしていたところ、ある日を境に突然、ほとんど何の説明もなく「バフムト決戦」そして「時間稼ぎのための遅滞戦術」へと次々に修正し、そうかと思えば急に「包囲殲滅戦」に変更したこと、制圧前日まで「ウクライナ軍の反撃が進んでいる」などと状況把握していたことは、戦況の悪化を取り繕おうとプロパガンダを重ねた結果の醜態ですが、もっと突き詰めてしまえば、自分たちにとって耳障りの良い情報・都合の良い情報に飛びついたり解釈を取り繕ったりし続けた結果の醜態と解釈することもできるでしょう。
恐るべきは、このように目まぐるしく解釈が変遷していったのが僅か3か月の間の話ということ。年単位で少しずつ解釈が摩り替って行っているのならば、バフムトの戦いに強い関心を持ち続けている人以外は気が付かないのも無理はないでしょうが、ほとんど説明もなく短期間で何度も解釈が大きく変わることに対して疑念や疑問の声がほとんど上がらなかったわけです。
このことがウクライナメディアでの話ならば「戦時下の戦意維持・高揚のためのプロパガンダの取り繕いとその破綻」として見なすことができますが、ことは日本メディアの話です。日本メディアが日本人相手にプロパガンダを取り繕ったところで戦況には何の影響もありません。語弊があるかもしれませんが「この戦争は日本の戦争ではない」ので、本来は日本メディアがプロパガンダをせっせと展開する理由がありません。「今日のウクライナは明日の台湾・沖縄」だとしても、一歩引いて冷静に戦いの推移を見る余裕があるはずなのに、のめり込むかのようにウクライナ有利・ロシア不利の構図を描き報じる日本メディア。
開戦初期の橋下・グレンコ論争を振り返るに、この戦争については「邪悪なロシアの侵略に挙国一致で対抗するウクライナの正義の戦争」という勧善懲悪的な見方がすっかり定着し切っています。また、かねてよりウクライナ軍の劣勢を指摘すると「親露派」呼ばわりされる風潮が否めないところでもあります。米欧諸国からの軍事物資の供給が戦場での需要に追いついていない以上はウクライナ軍が劣勢になるのは至極当然であり、なによりも動かし難い客観的事実であるのに、それを指摘するのはケシカランという言い分が罷り通っています。
メディアとしては、こうした世論動向を無視して番組や紙面を編成することは編集権を持つ自分たちへの批判に繋がるので、何を措いても避けようとすることでしょう。そういった事情があって、ほとんど何の説明もなく「戦いが位置づけ」がコロコロと変更されたものと思われます。このことは、不都合な現実から目を背けたい「豆腐メンタル」というべき弱い心が社会意識として広く存在しているものと思われます。
「世論の見たくないものから目を背ける習性は、そこまで酷くはないだろう」というご指摘もあるかもしれません。しかし、もしそうだとすると、これほどまでに短期間にコロコロと戦いの位置づけが変更されているのに疑念や疑問の声がほとんど上がらないということは、「人々が批判的な目で報道を見ていない」ということになります。あるいは、「ウクライナ情勢に対する一般世論の関心が非常に低下している証拠」ということになります。どれに転ぶにしても非常に問題のある状況であると言わざるを得ないでしょう。
昨年大晦日の総括記事で、日本世論が「プロパガンダに満ちた「大本営発表」からさらに都合の良い情報を「取捨選択」して独自の戦況を描き出」しているとしましたが、メディアと世論の相互作用・相乗効果でますます社会がおかしな方向、いわゆる「国際社会」から乖離した方向に向かっていると言わざるを得ません。
■「プリゴジンの乱」――ここぞというときに何も書けない日本メディア
かねてより日本メディアは、ロシア政府・正規軍とワグネル・グループ(プリゴジン氏)との確執を取り上げてきていました。たとえば、バフムトの戦いでは、補給を巡ってロシア正規軍とワグネル・グループとの間で対立と口喧嘩が起こったことを日本メディアは非常に紙幅・放送時間を割いて報じてきたものでした。この確執が拡大し内輪揉めが深刻化することでロシアの戦争継続能力が失われてゆくという筋書きなのでしょう。「悪党が内輪揉めで弱体化しその隙を突いて正義の味方が逆転勝利する」というのは、勧善懲悪物語の昔からの定番ですからね。眉唾ものも含めて数えきれないくらい書き立てられてきたものでした。
そんな最中の6月23日に発生したプリゴジンの乱(ワグネルの乱)。ロシア国防省とワグネル・グループとの確執が爆発した事件ですが、それまで確執を云々し妄想を繰り広げてきた日本メディアは、6月25日づけ「現代ロシアの二・二六事件たる「ワグネルの乱」にかかる報道について」で取り上げたとおり、不気味なまでに謙抑的に振舞いました。たとえばNHKは、いままで、嬉々としてロシア国防省とワグネル・グループとの確執を針小棒大に報じ続けてきたのにもかかわらず、今まで書き溜めてきた確執ネタを一気に大放出するのかと思えば、「プーチン政権がただちに揺らぐことはない」だの「戦況そのものへの影響はそれほど大きくない」だのと述べるに留まりました。いざホンモノの内紛が起こるや分析不能・対処不能になったわけです。
NHKに限らずメディア各社は、いままで自分たちが描いてきた構図や筋書きに則れば、曲がりなりにもそれなりの解説にはなりそうなところ、何を恐れているのか海外メディアの報道を待ち既報をまとめるに留まったのでした。昨年大晦日の総括記事では、昨秋のヘルソン市からのロシア軍撤退にいち早く反応できなかった日本メディアの醜態を取り上げて「現地を独自に取材する能力もなければスタジオで情勢を独自に分析する能力もない日本メディア」としましたが、取材力はまったく向上していないようです。
やっと何か書きだしたのかと思えば、6月29日づけ「「中国経済の崩壊が始まった」とか「北朝鮮は追い詰められている」と同じ類の「プリゴジンの乱はプーチン政権の終わりの始まり」論」で取り上げたとおり「プーチン体制の終わりの始まり」論に留まる日本メディア。当該記事でも書きましたが、「終わりの始まり」論は既にNHKが昨年11月に使っています。「終わりの始まり」が始まってから既に半年以上たっているわけです。「北朝鮮の崩壊は近い」と言われて20年以上経ちますが「プーチン政権の終わりの始まり」論も似たような与太話なのでしょう。
現実問題としてプーチン政権は安定的であり転覆の恐れは非常に低いものと考えられます。それを認めたくないので「終わりの始まり」という表現を使うことで「プーチンは少しずつではあるが、確実に着実に破滅に向かっている」と位置づけ精神を安定させようとしているのでしょう。「中国経済の崩壊が始まった」とか「北朝鮮は追い詰められている」と同じ類のものだと思われます。これもまた、前述の「豆腐メンタル」によるものと考えられます。
なおこの後、プリゴジン氏が飛行機事故で死亡しましたが、当ブログではこのニュースを取り上げませんでした。今回の年間総括記事でも取り上げません。飛行機事故なのかそれを装った暗殺・粛清なのかを論ずるつもりはありません。これは、当ブログがロシアのウクライナ侵攻を取り上げている理由は、それ自体の推移や国際関係論的な見地から考えることを目的とはしておらず、「今日のウクライナは明日の台湾・沖縄」のスローガンの下に戦時プロパガンダの予行演習を行っている日本メディアの報道姿勢・報道内容を批判的に分析・評論するためだからです。プリゴジン氏の死亡を巡る日本メディアの報道は、当方がチェックした範囲では戦時プロパガンダの予行演習としては特筆すべきものがなく、昔からよくあるロシア報道の一つという他なく、それゆえ当ブログで取り上げる対象にはなりませんでした。
■待ちに待った「反転攻勢」があっという間に停滞し、プロパガンダの自家中毒で進退窮まった
今年は年明けから「ウクライナの春季反転攻勢」が確実視されていました。米欧諸国からはこのために莫大な額の軍事支援が施されました。そしてその期待に応え、またパトロンの関心を引き続けるためにウクライナ政府・軍当局も劇的な反転攻勢の期待を煽るような発言や雰囲気づくりに努めてきたものでした。昨夏のハルキウ方面での攻勢が直前まで攻勢意図さえも厳重に秘匿された正に奇襲攻撃であったところ、今回は随分と早くから春季攻勢がアナウンスされ、敢えて期待を膨らませているかのようでした。まるでスポーツの国際試合であるかのような盛り上げ方でした。
日本メディアも、たとえばNHKの「解説委員室」では、軍事・安保担当解説委員の津屋尚氏が昨年12月28日づけ「厳冬の戦い ウクライナが年明け大規模作戦か」を筆頭に、4月12日づけ「ウクライナ反転攻勢の大規模作戦へ」、5月16日づけ「ウクライナ 大規模反転攻勢へ」などと期待を高めるような言論を展開してました。
特に4月と5月に、1か月間という短期間の間に似たようなタイトルと似たような内容の話、期待感を高める効果以外に内容のない記事を繰り返していたことは注目すべきことです。というのも、「春季反転攻勢」と呼ばれていたように4月中には攻勢が始まるのではないかと何となくみんな予想していたところ、5月下旬になっても一向に作戦が始まらなかったからです。なかなか始まらない反転攻勢への関心を繋ぎとめるために、このような解説記事を繰り返し投稿したのでしょう。
ウクライナ軍の準備が整わなかったのが遅延原因なのだとは思いますが、米欧諸国・西側諸国世論の期待を煽りに煽ったこと、そして何よりも攻勢開始が遅れたことは、今になってみれば本当に痛いことでした。みんなすっかり昨夏のハルキウ攻勢のような劇的な展開が再現されると思っていたところ、攻勢開始が遅れたことによりロシア軍に防衛陣地構築の時間的余裕を与えてしまい、本来は1日から数日程度で奪還する予定だったロボティネなる集落に到達するのに2か月近く掛かった挙句、主たる成果と言えばその程度。ウクライナ全図レベルの縮尺地図で見る限り新たに奪還された領土はほとんど判別できません。
反転攻勢が遅々として進まないことについて、ウクライナ政府関係者などは「ハリウッド映画のような反転攻勢を期待するべきではない」と繰り返し主張していますが、そもそもそういう期待感を煽ったのは他でもない自分たち自身。プロパガンダの自家中毒で進退窮まっているというほかありません。
ロボティネ奪還のときは少し世論も沸いたものでしたが、結局「ロシアだってそれなりに構えているのがたら、あせらずウクライナの勝利を信じながらじっくり戦況を見てゆこう」という声も日を追うごとに尻すぼみに。NHKも徐々に「反転攻勢を続ける」から「反転攻勢が膠着状態にあるという指摘もある」というふうに表現を変化させてきました。そして12月16日づけ「ついに報じられた「反転攻勢は失敗」、そしていつ「交渉による戦争終結を望む世論が増え続けている」が報じられるのか」でも取り上げたとおり、近頃はついに「反転攻勢は失敗」という指摘も出てくるようになりました。
■分析の体をなしていない「プーチンはご乱心だから・・・」
反転攻勢を巡る報道についてもう少し詳しく見てゆきましょう。
先般の反転攻勢は、だいたい6月8日から10日ごろに始まったと言われていますが、厳密にいつ始まったのかはいまだに定かではありません。日頃、戦果を針小棒大に発表するウクライナ当局が、世論が待ちに待った反転攻勢の開始を華々しく宣言しなかった点、そして、ハリウッド映画のような劇的な展開を商業主義的に期待する米欧諸国・西側諸国メディアも反転攻勢の開始を大々的に報じなかった点において、当初より「嫌な予感」がする攻勢開始でありました。
攻勢開始と前後して、カホフカ水力発電所のダムが決壊するという出来事が発生しました。この原因及び事件であった場合の仕手については依然として不明ですが、特に日本メディアは早々に「ロシアに動機がある」「プーチンはもはやマトモな思考ができていないので、論理的には考えにくいが、ロシアの犯行である可能性は十分にある」という報じ方を展開しました。これらの報道については、6月7日づけ「説明になっていない「プーチンご乱心」説が開戦以来、罷り通っている:カホフカ水力発電所ダム決壊事案を巡って」において取り上げましたが、本当に酷かったものでした。
「プーチンはご乱心だから、じゅうぶんにあり得る」が罷り通るのであれば、どんなに説に飛躍があっても、まったく物証がなくても何でもありです。いかなる荒唐無稽・根拠薄弱な「分析」であっても成り立ってしまいます。こんなものは分析とは言いません。取材力・分析力が足りず真相を突き止められないならば、いっそ何も言わない・書かない方がマシ。それくらい酷いシロモノです。
そもそも、動機があることと実際に犯行に手を染めることは決定的な違いがあります。動機(犯人なりのストーリーの立証)に加えて物的証拠を上げることが犯人特定において肝要です。その点、「ロシアに動機がある」論についても、6月6日づけ「クレバ・ウクライナ外相の反応から見えること」において述べたとおり、ロシアにとってもダム決壊によって防衛陣地や地雷原が流されてしまうことに利益があるとは考えにくいところ。プーチン大統領の「歪んだ世界観」をプロファイリングして、彼独自の世界観に立ったときの合理性に照らして分析するのであれば、まだ傾聴の価値がありますが、そのレベルには至っていないので、まったく無意味・無価値というほかありません。しかし、その程度の「分析」しかできないのが日本のマス・メディアなのです。
■もはやウクライナ情勢は「基本的に用済み」? 戦時プロパガンダが強度と効果において新たな段階に入った?
反転攻勢の開始からおよそ1か月たった7月上旬。既に始まっているはずの反転攻勢で戦果が上がったという報道・発表がほとんど出てこない中、アメリカ政府がウクライナに対してクラスター爆弾の供与を決定したというニュースが報じられました。7月10日づけ「「クラスター爆弾の供与要請は、それだけウクライナが追い詰められていることを示している」by NHK(!)」で取り上げました。
当該記事で書いたとおり本件を巡っては非常に興味深い報道がみられました。7日放送のNHK「ニュースウオッチ9」が、「ウクライナ軍の反転攻勢に遅れ」という状況認識に続きクラスター爆弾供与(放送当日時点では供与検討)に関して「ウクライナが追い詰められている」と言明したのです。大したことのないウクライナ軍の部分的前進を針小棒大に取り上げつつ、他方においてことあるごとに「ロシアは追い詰められている!」と捲し立ててきたNHKがあのように報じたわけです。
当該記事では、このような報道姿勢・報道内容の変化について、この直前にCIA長官がキーウを訪問しゼレンスキー大統領らウクライナ政府幹部たちから「クリミア半島の境までウクライナ軍を移動させ東部でも攻勢を強めた上で、年内にロシアと停戦交渉を開始する計画」について説明を受けたというニュースに触れつつ考察しました。かねてよりウクライナ政府は「クリミアを含む全領土の奪還してから外交交渉のテーブルに着く」を公式的に掲げてきたところ、CIA長官には「クリミア半島の境までウクライナ軍を移動させ(=クリミア半島は軍事的には奪還しない)、外交交渉のテーブルに着く」としたのです。これは大きな後退です。
ウクライナ政府にとってアメリカは権力の唯一の源泉・唯一の後ろ盾です。レオパルト戦車の供与を渋るドイツには居丈高に要求するが、アメリカ様には絶対にそんな口は利きません。CIA長官の訪問においてもアメリカ様の期待どおりの回答を用意していたものと思われます。つまり、戦火の拡大を厭わないCIAさえも「クリミア半島は軍事的には奪還しない」という意味で停戦の方向に動き始めたものと考えられるわけです。
また、国策報道機関NHKは概ね日本政府の立場に沿った報道をしていますが、その日本政府はほとんど常にアメリカ政府の意向に沿った政策を展開しています。つまり、NHKの報道は究極的にはアメリカ政府の意向に沿っているものです(このあたりの詳細は、3月9日づけ「ウクライナ侵攻1年の日本メディア:日本は依然としてアメリカの占領下にある」及び、ウクライナ情勢そのものではありませんが、鹿児島県屋久島沖で発生した米軍輸送機オスプレイの墜落事故について「不時着水」だの「墜落」だのとブレまくったことについて取り上げた11月30日づけ「「アメリカがそう言ったから」以外に何の理由もないことだけは一貫する属国ニッポン」で論じました)。
これらの事情を総合するに、アメリカはウクライナ政府が望む形での勝利を諦め、NHKはその意向に沿ったものと考えられます。ウクライナ軍もロシア人捕虜を拷問・殺害しているという報道が出るようになってきたことを取り上げた3月26日づけ「またしても「隙間風」を感じざるを得ない」や、欧州諸国が保有する米製F-16戦闘機の中古品供与を巡って「ゲームチェンジャーだ!」などと持て囃して騒ぎ立てる日本メディアに対して当のアメリカがあまり乗り気ではない反応を見せていることを取り上げた5月29日づけ「「NATO加盟国がF-16戦闘機をウクライナへに移転する場合、アメリカはそれを妨げない」の見方:人間を中心に主体的に考えるとは一体どういうことを指すのか」などで取り上げたとおり、今年に入ってから「風向き」は明らかに変化していたところ、ついに大変化として現れたわけです。それも反転攻勢が企図どおりに進まない最中において。
アメリカ政府の意向を汲んだのか、これ以降、NHK等の日本メディアはプロパガンダの方向を切り替えように見受けられます。それまで積極的には報じようとはしなかったウクライナ軍の劣勢について徐々に報じるようになったのです。しかしながら、やはり「今日のウクライナは明日の台湾・沖縄」の原則は墨守しています。たとえば8月21日づけ「ウクライナでの徴兵・動員不正を主要報道番組で報じないNHKの真意とは」では、ウクライナでの強引な徴兵や徴兵逃れ、そしてそれらを巡る汚職を英BBCや朝日新聞等が報じるところ、NHKはなかなかこのことについて報じようとはしませんでした。
このことについては、挙国一致で侵略者と戦っている(ことになっている)ウクライナで、徴兵を巡る汚職が大規模に横行しているという報道は、「台湾・沖縄有事でも同じように徴兵を巡る汚職が起こるのでは・・・?」という日本国民の不安・懸念を呼び起こすにはあまりにも十分すぎるニュースです。「臭いものに蓋をしたい」という意識が働いてNHKは主要番組でこのニュースを取り上げたがらなかったものと推測しました。
11月13日づけ「特筆すべきウクライナ情勢報道の風向き変化について」では、ゼレンスキー政権内部で不協和音が上がっているという米欧メディアの報道を、様子見のために少し待機した形跡はあるものの、開戦以来ジャーナリズムを投げ捨てて戦時プロパガンダの伝動ベルトに成り下がってきた日本メディアが報じるようにことは特筆すべきことだと述べました。
この背景については、日本メディアが「ウクライナは不利な状況にある」などと報じるということは、アメリカの意思が停戦にほぼ固まってきたということが底流としてありつつも、もはやウクライナ情勢は日本の支配層・為政者たちにとって「基本的に用済み」となりつつあることが影響していると推測しました。
その理由について当該記事では2つの理由を指摘しました。すなわち、(1)いつまでもウクライナ情勢にばかり国民の関心が留まり続けて、肝心かなめの台湾・沖縄有事に移行しないのは大問題だから、そして(2)損失や犠牲についても一定程度注目しつつ「それでも戦う」という戦時プロパガンダの新しい段階に移行したという理由です。
詳細は当該記事を是非ともご覧いただきたいのですが、前者については、今年8月に台湾を訪問した麻生副総理大臣が「戦う覚悟」なる発言をし、それをTBSなどが肯定的に報じた例を挙げ、国民の関心を台湾・沖縄有事に移行させる時期がきたためだとしました。後者については、典型的な戦意高揚番組であったNHK総合「映像の世紀 バタフライエフェクト」の「戦場の女たち」のようなコンテンツが姿を消したことを例として挙げました。また、11月21日づけ「ババ抜きジャパン」において、「娘が戦場へ 帰りを待つ家族の思い」というタイトルで特集を組んだNHK「おはよう日本」を取り上げ、鉄砲玉に仕立て上げられて死ぬ若人だけではなくその親世代にも「戦う覚悟」を要求する戦時プロパガンダが展開されるようになったことを以って持論をさらに補充しました。一般人をその気にさせて戦地に送り込むプロパガンダの予行演習段階から、戦闘が長期化する中で傷つき疲弊した兵士たちを再び戦地に送り返すプロパガンダ、銃後の国民たちに後方支援を要求するプロパガンダの予行演習段階に移行したものと考えます。
■御用学者たちの「情勢分析」や「解説」の破綻
反転攻勢の失敗は、これまでせっせと「情勢分析」や「解説」を展開してきた御用学者たちの主張を決定的に破綻させました。11月13日づけ「特筆すべきウクライナ情勢報道の風向き変化について」で詳しく取り上げました。
NHK解説委員の津屋尚氏は先にも言及したとおり、年明けから繰り返し反転攻勢について「情勢分析」し「解説」を展開してきましたが、当の反転攻勢が早々に停滞の様相を呈すると打って変わって沈黙するようになりました。彼は昨秋、NATO関係者の言としつつも「戦力の立て直しは非常に困難で、ロシア軍は“組織的な戦闘”が難しくなっている」と演説を打ちましたが、現状はご存じのとおり。ロシア軍は依然として戦車3000両、装甲兵員輸送車1万2000両を保有し、1か月あたりの砲弾生産量は推定で150万発。これとは別に400万発の砲弾在庫もあるそう。ミサイルやドローンが枯渇する気配はなく、いまも毎日のように激しい攻撃が続いています。兵員についても、いまのところ大規模な在郷軍人の動員は必要ない状況にあります。むしろ、ウクライナ軍が男性総動員でも兵力不足で女性の動員拡大の方向に進みつつある状況にあります。つまり、津屋解説委員の言説は今日時点から振り返るに「すべて外している」のです。
高橋杉雄氏や兵頭慎治氏といった、精力的に解説を展開してきた防衛省関係者による「情勢分析」や「解説」をメディアで聞く機会も減ってきました。もともと折に触れて、素人目にも「?」な主張を展開する彼ら。兵頭氏は先般、ウクライナ軍のドニプロ川渡河について自論を展開しましたが、当該記事でも指摘したとおり効果的な反転攻勢という意味では非常に疑わしい話でした。そして、「渡河作戦は「自殺任務」 ウクライナ軍の兵士証言」(12/18(月) 9:17配信 共同通信)が報じたとおり、「功を急ぐゼレンスキー大統領によるバフムト以来の政治的固執」という結末を迎えてしまったようです。10月末になっても「ウクライナ軍がドニエプル渡河作戦、成功すればアゾフ海到達へ」なる記事で異次元の楽観論を展開していた西村金一氏(元幹部自衛官)までもが、11月半ばにもなると「正念場迎えたウクライナ軍、カギ握るドニプロ川本格渡河作戦」という記事において「正念場」という表現を使うようになったくらいです。
それにしても驚くべきは、防衛省関係者たちが悉く予測や分析を外していること。もちろん、情報収集・分析能力は国家機密なので、テレビや雑誌等で正確なそれが展開されるはずがありません。しかし、それにしても外しすぎではないでしょうか。あまりにも低レベルだと敵国に「日本はチョロい」と誤解せしめ、要らぬ軍事的リスクを背負うことになりかねません。国民を兵士として戦地に送る「戦う覚悟」ばかり先行し、戦争指導の大前提である戦況分析という「戦う覚悟」がお話にならないレベルに留まっていると言わざるを得ないでしょう。
こんな現象・事態は、「遠い異国での戦争」だから起こっていると思いたい。「本番」の台湾・沖縄有事でこの調子なら、一体どのようなことが起こるのか、どんな大本営発表になるのか・・・
■苦し紛れの情勢描写は、ささやかな抵抗のつもりか、それとも単なる自己弁護か――袋小路に追い詰められている
11月25日づけ「戦時プロパガンダの行き詰まり、袋小路に追い詰められるNHK」では、今秋以来の風向きの変化に抗するが如き日本メディアの「ささやかな抵抗」について取り上げました。
英『エコノミスト』誌等米欧メディアが報じたゼレンスキー政権内部で不協和音が上がっているという報道は、米欧諸国の国内世論がウクライナ支援に後ろ向きになりつつある中、それに拍車をかけるものです。これは、米欧諸国の為政者たちが、自国の国内世論が更にウクライナ支援に後ろ向きになっても構わないと認めているからに他なりません。米欧諸国の為政者も、いよいよ停戦の方向を歩み始めたものと考えられます。
しかし、こうした流れに逆張りするかのようにNHKが11月ごろから、独自の情勢解釈の定式化を試みる記事を報じました。11月18日放送「ニュース7」です。詳細は当該記事をご覧いただきたいのですが、理屈として筋が通っておらず印象操作の類であることがよくわかります。客観的事実やデータからどうやって「「国民は、ウクライナ国内の結束の乱れは、ロシアを利することになると分かっている。政権にとっては辛口の調査結果を出しているシンクタンクも「改善策を進めよ、という励ましでもある」とコメントしている。ロシアに勝利して戦争を終わらせるーウクライナの人たちの思いが揺らぐことはない」という結論を導き出すことができるのか・・・まったく筋が通っていません。
英『エコノミスト』誌のインタビュー記事をはじめとする米欧メディア報道の反響が予想外に「いよいよ停戦か?」という方向に向かってしまったので、それを修正しようとする意図があるというのは考えにくいものです。もしそうだとすれば、ほかでもない『エコノミスト』誌等がまず火消しに奔走するはずなので、NHKは外電のコタツ記事を報じるだけで足りるはず。わざわざ独自に逆張り記事を用意する必要はありません。
まず、米欧諸国に蔓延る厭戦機運・停戦機運に対するNHKの抵抗という線が考えられます。米欧諸国も日本も、ウクライナ侵攻を「ロシアによる侵略」と捉えている点には違いはありません。しかし、「確かにロシアの侵略ではあるが、ウクライナが自力で侵略者を放逐することができないだから、現状での停戦でもしょうがないんじゃないか」、つまり、「自力で何ともならないなら、ウクライナはもう諦めろ」という突き放した意見が最近の米欧諸国の世論において、ますます力をつけつつあるように見受けられます。
これに対して日本世論は、当ブログでも取り上げてきたとおり、開戦当初から「侵略を始めたロシアが悪いんだ! なぜ被害者であるウクライナから停戦を申し入れなければならないんだ! ウクライナは一寸足りとも領土を妥協するべきではなく、ロシアが音を上げるまで徹底的に戦うべきだ!」という意見で凝り固まっています。米欧流の「自力で何ともならないなら、ウクライナはもう諦めろ」は、鈴木宗男参議院議員が同じようなことを何度か口にして激しく叩かれてきましたが、日本ではとても認める訳にいかない「筋の通らない」ロジックなので逆張り記事を拵えたものと考えられるのです。
もう一つ考えられるのは、いままで愚直に「国際社会が結束してロシアの侵略に対抗している」という米欧諸国陣営のコンセンサスに則って戦時プロパガンダを展開してきたのに、盟友だったはずの米欧メディアにハシゴを外されたNHKが自己弁護を展開しているという線です。日本のマスコミ関係者は、自分自身に対する批判にとにかく弱く、少しでも矛先が向こうものならば激しく抵抗するものだからです。今まで報じてきたこととあまりにも異なる米欧メディアの報道が伝える事実は、NHKのマスコミとしての信頼性を下げるには十分過ぎるもの。NHKとしては何らかの言い訳を展開せずには居られなかったという可能性があります。
米欧諸国は急に方向転換したわけではありません。徐々にウクライナ支援の旗色は悪くなっていました。そうした風向きの変化を敏感にキャッチして徐々に報道内容を変化させてきていれば、ここにきて急に慌てることはなかったでしょう。しかし、「邪悪なロシアの侵略に挙国一致で対抗するウクライナの正義の戦争」という勧善懲悪的構図で凝り固まっていた日本においては、そのような報道はとてもできなかったでしょう。深まる現実との乖離がついに誤魔化し切れなくなったので、もはや論理無視の強引で苦し紛れの印象操作で乗り切ろうとしていると考えられるわけです。袋小路に追い詰められていると言わざるを得ません。
苦し紛れの印象操作といえば、12月6日づけ「ついに報じられた「反転攻勢は失敗」、そしていつ「交渉による戦争終結を望む世論が増え続けている」が報じられるのか」で取り上げた事象もそうでした。米紙『ワシントン・ポスト』は12月4日、「反転攻勢は失敗」と報じたところですが、NHKはその直前に「前線では、今も一進一退の攻防が続いていて、一部ではこう着状態という見方も出ています」とか「期待された成果は出ていないものの、反転攻勢を続けているからこそ、ロシアからさらに多くの国土が奪われるのを防ぐことはできています」などと、先般の反転攻勢のせめてもの意義を強調していました。苦し紛れの情勢描写という他ないものですが、それにしても本当に間が悪い。やればやるほどドツボに嵌り込んでいるように見えます。
当該記事では、ウクライナの独立系調査機関「レイティング」が実施した世論調査が交渉による戦争終結を支持するウクライナ国民が増え続けていると発表したことについて、NHKがコツコツと積み上げてきた情勢描写を根本から引っ繰り返す致命打になるが、戦時プロパガンダ機関になり下がったNHKが果たしていつどのような形でこのニュースを報じるのか注目であると述べました。私の調べ方の問題も否めませんが、いまのところNHKがこのことを報じた形跡は見つけられておりません。
■ささやかな抵抗もできなくなった12月に「人間の弱さ」があらわれた
12月に入ると、NHKが行ったような抵抗もできないほどに戦況はウクライナにとって悪化するようになりました。12月19日づけいよいよ「そのとき」が近づきつつあるのではないか」では、根こそぎ的動員が既に行われているウクライナにおいて、更なる追加動員が必要だとする「ウクルインフォルム」の記事を取り上げました。いままでプロパガンダで繕ってきた損失を遂に覆い隠すことができなくなった証左であると考えられます。それほどの戦況になっているわけです。
当該記事では、ウクライナに敗戦の可能性があるという韓「国」紙『中央日報』の記事を取り上げ、いよいよ「そのとき」が近づきつつあるのではないかとしました。また同時に、オーサーコメントを寄せた服部倫卓 北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授の「ウクライナの「敗戦」というのが、具体的に何を意味するのかが分からない」だの「来年夏ごろにそう(ウクライナ側が負けを認めて、領土の割譲を含む和平交渉に応じるということ)なっているとは、私には思えない」という根拠のないお気持ちコメントを取り上げて、「PV数がかなり少ないことが推察される記事にも、こんなコメントを寄せてしまうあたり、すぐそこまで差し迫った現実を認めたくないのでしょうか?」としました。
服部倫卓教授といえば、9月22日づけ「「ここが踏ん張りどころ」とするのではなく現状否認の方向に話を持って行ってしまう「人間の弱さ」」で取り上げたとおり、国連総会でのゼレンスキー・ウクライナ大統領の演説会場に空席が目立ったことについて「ウクライナに対する支援の気運の衰えを示すものではなく、国連総会という場の軽視の表れ」なる苦し過ぎる解釈を展開したお方。
「そろそろ止めにして欲しい」という本音は日増しに強まっています。当事者以外は厭戦機運が蔓延しているのが現実なのです。「だからこそ、ウクライナ応援団としては、ここが踏ん張りどころなんだ!」という方向に話を持っていくべきところ、「ウクライナに対する支援の気運の衰えを示すものなんかじゃないもんね! ぜったい違うもんね!」という現状否認の方向に話を持って行ってしまうというのは、「人間の弱さ」というものは、こういうことを指すんでしょう。
■総括
昨年の大晦日総括記事(第1弾 第2弾)で当ブログは、「生身の人間の生活を軽視し、大義や筋論などの抽象的なものを優先する」及び「勧善懲悪・破邪顕正的な二項対立」という世論動向という2つの特徴から一年間のウクライナ情勢を総括しました。これを踏まえつつ今年を総括するに、日本メディアは、上述の2つの特徴に起因する昨年来の基本路線に立ちながら、今夏の麻生副総理大臣による「戦う覚悟」発言を受けて戦時プロパガンダの予行演習を更にブラッシュアップしようとしてきたものと捉えることができます。他方、その基本路線ゆえに、米欧諸国政府及びメディアのウクライナ支援疲れに機敏に追随することができず、特に先般の反転攻勢が停滞してからは「苦し紛れ」という他ない情勢描写を繰り返し、遂には今まで積み上げてきたものが現実との間で取り繕い切れない矛盾をきたし、破綻してしまったと言えるでしょう。
「生身の人間の生活を軽視し、大義や筋論などの抽象的なものを優先する」及び「勧善懲悪・破邪顕正的な二項対立」を基本としている限りは、ウクライナ支援への疑問や見直し論が公然と口にされるようになった米欧諸国の風向きの変化について行くことはできないはずです。しかし、これらは非常に日本的な発想。ここから外れた言論は「親露派」のレッテルを貼られかねない非常に危うい行動であるし、自分たちにとって耳障りの良い情報・都合の良い情報に飛びついたり解釈を取り繕ったりするのは人間の性といっても過言ではないので、その是正はかなり難しいと予想されます。最終的にはアメリカからの外圧で型に押し込められるとは思いますが・・・
それよりも当ブログは、防衛省関係者たちが悉く予測や分析を外してきたことを問題視しなければならないと訴えたいと思います。国民を兵士として戦地に送る「戦う覚悟」ばかり先行し、戦争指導の大前提である戦況分析という「戦う覚悟」がお話にならないレベルに留まっていると言わざるを得ないでしょう。結局、それは直接的には情報収集能力と分析力の不足ではありますが、根本的には、希望的観測に飛びつく習性でありそれは「豆腐メンタル」というべき精神的弱さに行きつくものです。
今年見られたような現象・事態は、「遠い異国での戦争」だから起こっていると思いたい。「本番」の台湾・沖縄有事だったら一体どのようなことが起こるのか、どんな大本営発表になるのか恐ろしくて仕方ありません。戦争指導者たちが的確な采配を取ることができれば、兵士として実際に戦わされる一般国民が「生身の人間の生活を軽視し、大義や筋論などの抽象的なものを優先」したり「勧善懲悪・破邪顕正的な二項対立」に立ったりしたとしても、被害は小さく抑えることができるはずです。しかし、戦争指導者たちの采配が愚劣で、その上、一般国民が「生身の人間の生活を軽視し、大義や筋論などの抽象的なものを優先」したり「勧善懲悪・破邪顕正的な二項対立」に立ったりしていれば、「非常に士気の高いインパール作戦」というべき目も当てられないことになるでしょう。
■来年の執筆方針
米欧諸国においてウクライナ支援への疑問や見直し論が公然と口にされるようになったとはいえ支援が途絶することはなく、よって戦争は今しばらく続いてしまうものと考えられます(一刻も早い停戦を、その場しのぎになったとしても、まずは一段落つけることを切に願っています)。それゆえ、来年の執筆方針を定める必要があります。
日本メディアに取材力と分析力が欠如しているのは既に十分理解したので、来年はその点を指摘する記事は減らす予定です。また、既に散々書いてきたので「生身の人間の生活を軽視し、大義や筋論などの抽象的なものを優先する」及び「勧善懲悪・破邪顕正的な二項対立」という極めて日本的な発想を個別世論などから新たに見出す記事も減らす予定です。
来年は、米欧諸国政府及び同メディアの報道姿勢に日本メディアが機敏について行けているかについて慎重に観察してゆきたいと考えています。もし機敏について行けるようになったとすれば、それは「生身の人間の生活を軽視し、大義や筋論などの抽象的なものを優先する」及び「勧善懲悪・破邪顕正的な二項対立」という日本的発想との間で何らかの折り合いがつけられたということになるでしょう。
また、「今日のウクライナは明日の台湾・沖縄」というスローガンと関連して、台湾情勢の動きに伴って「戦時プロパガンダの予行演習」にどのような変化がみられるのかについても取り上げたいと考えています。メディア論的な切り口とともに防衛省関係者たちの実力が如何ほどのものであるのかを見るという切り口で取り上げたいと思っています。
来年も引き続きロシアのウクライナ侵攻を巡る日本世論の状況、日本メディアの報道姿勢について取り上げてまいりたいと考えています。