https://news.yahoo.co.jp/articles/617c927ec1e11ee20ab1c6484068bd97a0126568中国で働く北朝鮮労働者が抗議行動、韓国の研究者報告
2/8(木) 18:00配信
ロイター
[ソウル 8日 ロイター] - 韓国の情報機関は、海外で働く北朝鮮労働者の劣悪な環境が「事件や事故」を引き起こしていると指摘した。研究者は、北朝鮮軍関連の貿易会社の労働者が、中国で抗議行動を起こしたと報告している。
元北朝鮮外交官を含む2人の韓国政府系研究者によると、賃金未払いやパンデミック(世界的大流行)に伴うロックダウンに苛立ち、中国で先月、3000人もの北朝鮮労働者らが抗議行動を起こしたという。
抗議行動についてロイターは独自に確認できなかった。
中国外務省報道官は8日の会見でこの件について聞かれると「承知していない」と回答。北京の北朝鮮大使館と、北朝鮮と国境を接する中国・丹東にある北朝鮮領事事務所は、ロイターの取材に応じなかった。
当ブログでもかねてより指摘してきたことですが、日本語で書かれている報道記事は同じ内容を横並びで報じるばかりです。いわゆるメディアリテラシーの入口として「新聞各紙の読み比べ」が推奨されますが、ほとんど無意味であると言わざるを得ません。ほぼ唯一の例外と言えるのが、上掲引用記事を発信したロイター通信。ロシアのウクライナ侵攻においても、ロシアの大本営発表からもウクライナの大本営発表からも一歩引いて、独自に裏を取ろうと努力しています(もちろん完全無欠ではありませんが)。
そんなロイター通信が報じた本件。ちょっと前に話題になったネタであり「なぜ今更?」と思いましたが、
「抗議行動についてロイターは独自に確認できなかった」とのことで、ロイターなりに調べてきたが結局、裏取りできなかったということなのでしょう。
本件について時系列に沿って振り返ってみたいと思います。
本件の発端は、私が調べた限りではサンケイ新聞の1月19日づけ下記記事でした。
https://www.sankei.com/article/20240119-F5K4USURTBP4HK3MCP2IJH6CPI/<独自>北朝鮮労働者が中国でスト・暴動 数千人規模を初確認…コロナ禍で賃金不払い
2024/1/19 06:00
【ソウル=桜井紀雄】北朝鮮が労働者を派遣した中国東北部・吉林省にある複数の工場で今月、長期間にわたる賃金不払いに端を発したストライキや暴動が連鎖的に拡大し、数千人規模に達したことが18日、分かった。元北朝鮮外交官の高英煥(コ・ヨンファン)氏が産経新聞に寄せた報告書で明らかにした。北朝鮮が派遣した労働者によるこの規模のスト・暴動が確認されたのは初めて。
(中略)
高氏は北朝鮮消息筋などの話を基に報告書をまとめた。(中略)高氏は、韓国政府で北朝鮮情報の分析や統一相らへ助言を行う統一相特別補佐役を務めている。
なんと、コ・ヨンファン氏が「北朝鮮消息筋」の話をまとめてサンケイ新聞に送った「報告」書がネタ元とのこと。そしてサンケイ新聞編集部は、現地に取材班を急派させるなどの裏付け取材を特にするわけでもなく、そのまま掲載したわけです。日本は共和国と鋭く対決しているので、日本メディアの「北朝鮮」報道は往々にして雑になりがちですが、
それにしても近年まれに見るレベルでの雑さであると言わざるを得ません。
要するに、
「キチンと裏取りされていない」という意味においてウワサ話と言わざるを得ないネタをサンケイは、まことしやかに報じたわけです。
この記事に対して、EU・国際関係の研究者を名乗る今井佐緒里氏がヤフコメのオーサーコメントで次のような迷投稿をしています。Yahooニュースの当該サンケイ記事は既に掲載期間が終了しているので、
彼女の個人ページからご覧ください。
今井佐緒里
1/19(金) 11:20
補足
同じ事はロシアでも行われている。北朝鮮は「露の再建」を助けるために、ウクライナ占領地に自国民を労働者として送るという。
北朝鮮の労働者は、西側のような「働く者の権利」の存在を知らない人々だ。それでもこのように怒るとは、よほど非人道的な、奴隷的労働や人身売買のような事が起こっていると考えるのが妥当だろう。妻子のいる男性が選ばれているという。
(以下略)
「
北朝鮮の労働者は、西側のような「働く者の権利」の存在を知らない人々だ」とは、
いったいどのような根拠によって言っているのでしょうか? 西側といっても広いので「
西側のような「働く者の権利」」が具体的に何を指すのかは判然としませんが、資本主義の最高段階としての帝国主義である日帝強占時期の悪辣非道な搾取の実態と、解放後の民主主義的諸改革における労働法制の整備は首領様の偉大な業績として革命歴史教育(いわゆる「思想教育」)において叩き込まれること。また、先代首領たちの労働階級への温かい配慮は、徳性実記としても頻繁に取り上げられていること。
共和国の労働者が「働く者の権利」を知らないとは言い難く、むしろ指導者は徳性を持たねばならぬという通念があるものと言えます。
「EU・国際関係の研究者」がいったいどうして極東の朝鮮民主主義人民共和国の話題でオーサーコメントをしているのか皆目見当もつきません。ちなみに彼女は、別の朝露関係の深化にかかる記事のオーサーコメントで「
北朝鮮兵士をウクライナで見る事もあるかもしれない」などと飛ばしています。夕刊紙あたりが書きそうなことで突っ込む気力もなくなります。Yahooは登録コメンテーターの投稿範囲について少し考えた方がよいのではないでしょうか。
ウワサ話の域を脱しないサンケイ記事をここまで無批判に膨らませているわけです。
「研究者は専門以外は凡人以下」。こうやってウワサ話がまことしやかな話として伝播してゆくのでしょう。
その後、26日になってから大韓民国紙『朝鮮日報』及び日本の読売新聞が本件について次のように報じました。
https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2024/01/26/2024012680074.html中国・吉林省の縫製工場に派遣された北朝鮮労働者が暴動を起こす…管理者1人死亡・3人重傷
韓国統一研究院の趙漢凡(チョ・ハンボム)先任研究委員が明らかに
中国の縫製工場に派遣され働いていた北朝鮮労働者が賃金不払いを理由に暴動を起こし、北朝鮮の管理責任者が死亡したことが分かった。
韓国統一研究院の趙漢凡(チョ・ハンボム)先任研究委員は25日「北朝鮮国防省傘下のチョンスン貿易所属で中国吉林省延吉の工場に派遣されている労働者が賃金不払いへの不満から暴動を起こした」「労働者の管理責任者だった北朝鮮管理者が死亡し、支配人など3人が重傷を負ったようだ」と伝えた。この工場は縫製工場で、北朝鮮労働者約2500人が派遣されているという。
(以下略)
https://www.yomiuri.co.jp/world/20240126-OYT1T50163/北朝鮮労働者が中国の工場で暴動…「帰国すれば処刑の可能性、よほどの覚悟がなければ起こせない」
2024/01/26 19:16
【瀋陽=出水翔太朗】韓国紙・朝鮮日報は26日、中国東北部の吉林省延辺朝鮮族自治州の縫製工場で北朝鮮労働者が暴動を起こし、北朝鮮側の管理者1人が死亡、3人が重傷を負ったと報じた。厳しい管理下に置かれている北朝鮮労働者が中国で暴動を起こすのは異例だ。
(中略)
朝鮮日報は、北朝鮮の内情に詳しい専門家の話を基に報じた。暴動は11日頃、吉林省の縫製工場で起きた。労働者に支払う給与の一部を「戦争準備資金」として北朝鮮に送金したことが原因とみられ、現地の総領事などが急行し、事態の収拾を図ったという。
(中略)
19日の中国外務省の記者会見で事実関係を尋ねる質問が出たが、 毛寧マオニン 副報道局長は「状況が分からない」と回答を避けた。
サンケイ新聞の先発記事と内容にほとんど違いがない点、及び、コ・ヨンファン氏もチョ・ハンボム氏もいずれも大韓民国政府関係者、つまり同僚であるという点において
『朝鮮日報』及び読売新聞の報道内容は、少し装いが新たになっただけで信憑性が増したとは言い難いものです。むしろ、
大手メディアが一週間かけても続報を掘り起こせない点において、そもそも胡散臭い話であるという見方も十分に可能です。にもかかわらず、確報的に報じる両紙。中国外務省の会見に言及しただけ読売はマシとは言えるでしょうが、五十歩百歩であると言わざるを得ません。
ちなみに、これら三紙とは対照的に31日に米誌ニューズウィークが≪
North Korean Official Killed in China After 'Violent Protests'≫と報じています。日本語版でも同内容の記事があるので、下記に引用します。
https://news.yahoo.co.jp/articles/97c4bc4d3932b45d9f45c4e0d387272c9a868628中国の北朝鮮労働者たちが母国からきた管理官を殺害する異常事件
1/31(水) 17:44配信
ニューズウィーク日本版
<賃金不払いの不満から中国の工場で働く北朝鮮人労働者による暴動が発生、北朝鮮人管理職が殺害される大事件が発生した>
中国の縫製工場で働く北朝鮮人労働者が賃金不払いを理由にストライキを行い、それが暴動に発展して、労働者を監視するために北朝鮮政府から派遣された役人が殺された可能性があると報じられた。【アーディル・ブラール】
韓国の英字新聞コリア・タイムスは1月29日、北朝鮮国境に近い中国東北部吉林省の和竜市で1月11日から15日にかけて発生した一連の「暴力的な抗議行動」の中で、本国から派遣された北朝鮮政府高官が殺害されたようだと伝えている。
同紙は、韓国のシンクタンク統一研究院(KINU)の趙漢凡(チョ・ハンボム)上級研究員の報告を引用。少なくとも1人の北朝鮮政府関係者が死亡し、他の3人が重傷を負ったという。趙によれば、この高官は縫製工場の労働者を監督するために本国から派遣されていた。
(中略)
繊維工場側の操業に透明性がなく、関係者の特定も困難なため、メディアも普通このような騒動をあまり報道しない。本誌は趙の主張を独自に検証することはできなかった。
(中略)
吉林省における北朝鮮労働者の暴動に関する報道は、1991年に韓国に亡命した元北朝鮮外交官高英煥(コ・ヨンファン)による報告から始まっているようだ。高は今年1月、産経新聞に対し、数千人の労働者が賃金未払いを理由に縫製工場や水産加工場でストライキを行ったことを明らかにした。
(以下略)
コ・ヨンファン氏のサンケイ新聞への寄稿が発端でありチョ・ハンボム氏の主張もその系譜に位置しているが、
ニューズウィーク誌は独自に裏取りができなかったとのこと。やはり、何処まで行っても
コ・ヨンファン氏の「北朝鮮消息筋」情報よりも深堀りできない話だというわけです。
時系列でまとめるとこうなるでしょう。「コ・ヨンファン氏によると、こういうコトが起こったそうです」に過ぎない記事だったサンケイ報道が発端となり火が付いた本件。その流れに乗る形でチョ・ハンボム氏も似たような内容の報告を上げ、大韓民国紙『朝鮮日報』や日本の読売新聞も報じるに至った。しかし、ロイターやニューズウィークをしても独自に裏取り・深堀りできない事案だというわけです。
こうして見てみると、ウワサ話に過ぎないものが如何にして真実扱いされていくのかが見えてきます。まさに「嘘も百回言えば真実となる」。まず、ほとんど無根拠ながら「こういう話があるみたいです」という体裁で報じられることで話題になり、その後少し経ってから、もう少し権威ないし社会的信用のある別の人物が、「最近話題の例の話なんだけど・・・」といった風に言及することで流れを決定づけるという手口が見えてきます。
胡散臭い話でも何度も聞いているうちに警戒心が低下してしまうもの。そのタイミングで権威ないし社会的信用のある別の人物が「例の話」に言及すると、「ああ、あれはまったく根拠のない話じゃなかったんだな」と思ってしまうわけです。よく注意して聞いてみれば、その人物は、根拠付けながら最初から話を組み立てているわけではないのですが。思い起こせば、「北朝鮮はx月x日のxx記念日までに核実験/ミサイル実験をするに違いない」とか「ロシア軍はx月x日のxx記念日までにウクライナ侵攻で戦果を挙げようとしているに違いない」という、当事者がそんなことは一言も言っていないまったく根拠のない憶測がいつの間にか既定のスケジュールとして報じられたことは、枚挙に暇がありません。
根拠のない話であっても何度も繰り返しているうちに「かねてより指摘されてきた例の話だが・・・」で通じるようになり、そして「かねてより指摘されてきた例の話だが・・・」自体が根拠に摩り替るわけです。関連記事:チュチェ113(2024)年2月20日づけ「
信憑性ロンダリング」