4月8日づけ「
中途半端な結果に終わった日本における反プーチンプロパガンダ」の関連として、引き続きロシア内政に関する日本メディアの報道について。
先般のロシア大統領選挙は現職であるプーチン氏の圧勝に終わりました。このことについては、西側諸国の「金魚のフン」として一緒になって反ロ・反プーチンプロパガンダを展開してきたNHKさえも「
かなりの部分が(プーチン氏に対する)
消極的な支持に向かったことが考えられる」と認めざるを得ない(「
【詳報】ロシア大統領選 プーチン氏圧勝 “過去最高の得票率”」2024年3月19日 3時51分)ほどの結果でした。
反ロ・反プーチンプロパガンダといえば、先日のアレクセイ・ナワリヌイ氏の死を巡っても激しく展開されたものでした。今回は遅ればせながらナワリヌイ氏の死にかかる日本メディアの報道について取り上げたいと思います。
■36都市で計401人しか拘束されなかったのに「異例の広がり」と書き立てる時事通信
https://www.jiji.com/jc/article?k=2024021800336ナワリヌイ氏追悼、拘束400人超 「抗議」異例の広がり―ロシア
2024年02月18日20時40分配信
獄死したロシアの反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏を追悼する動きは18日も続き、人権団体OVDインフォによると、16日からの拘束者は36都市の計401人に上った。北西部サンクトペテルブルクでは、祈りをささげようとした正教会の神父が17日に拘束された。
(以下略)
36都市で計401人ということは、算数の問題として、1都市あたり10人強ということになります。単純比較はできないでしょうが、日本において10人程度の政治イベントと言うと専ら、当事者と警備・誘導の警察官以外は誰一人として注目していないイベントです。騒ぎがあれば直ちに覚知できる程度の距離に交番等が配置されている場合、警察官も現地立ち合いはしていないことも十分にあり得るレベル。新聞の地方版に載るかどうかのレベルのイベントです。
その程度の出来事を「
「抗議」異例の広がり」などとする時事通信。
ソ連解体の道筋を決定づけた8月クーデター未遂直後の大衆行動と比べると、あまりにもショボい。こんなことしか書き立てられないということは、
プーチン政権の盤石さを逆に示すものであるとも言えるでしょう。
■なんだかんだで世論に多様性がある米欧諸国、非常に一面的な日本メディア
https://news.yahoo.co.jp/articles/f1cf00f5e44d2ab59e714f30384e184139c12705欧米はなぜもてはやすのか? 「ロシア反体制派のヒーロー」ナワリヌイの正体
2/28(水) 16:50配信
ニューズウィーク日本版
<非ロシア人に対する人種差別的発言を繰り返したアレクセイ・ナワリヌイが、欧米で英雄視されるフシギ。もしアメリカ人が同じような主張をしたら一発アウトなはずなのに......>
私がモスクワ以外で最後に訪れたロシアの地域はヤマロ・ネネツ自治管区だった。あまりの寒さに鼻と口が凍り、息もできないほどだった。反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイが文字どおり息絶えたのもここだ。【サム・ポトリッキオ(米ジョージタウン大学教授)】
チャーチルはロシアを「謎の中の謎に包まれた謎」と呼んだ。それが本当なら、ナワリヌイは祖国を代表する人物だったことになる。私が教えている米ジョージタウン大学の昨年の卒業式で、ナワリヌイの娘が卒業スピーチの話者に選ばれたとき、ウクライナ人から激しい抗議があった。
ナワリヌイはロシアのクリミア併合を支持し、非ロシア人に対する人種差別的な発言を繰り返し、ロシア人とベラルーシ人、ウクライナ人は同じ民族だという反歴史的な偽りの主張もした。人種差別を理由にロシアのリベラル政党から追放されたこともある。
欧米の識者は「昔の話だ」のひと言で片付けるが、もしアメリカ人が同じような主張をしたら、たとえ過去の話でも一生批判を浴び続けるはずだ。人種差別的なナショナリズムを主張していた過去がありながら、欧米ではもてはやされる――。
この矛盾について私が数年前まで教えていたロシア国家経済・公共政策大統領アカデミーの教え子たちは、チャーチルと同様のロシアに対する無理解の典型だと言った。ロシアの平均的な有権者にナワリヌイについて尋ねれば、おそらく話すのも時間の無駄だと答えるはずだ。「得票率5%がせいぜいの政治家だろう?」と。
(以下略)
かつて米欧諸国は、ビルマ民主化運動のリーダーとしてアウンサンスーチー氏を担ぎ上げて大失敗しました。8888民主化運動の終盤に彗星の如く現れまではずっと国外に拠点を置いて主に学術研究していた彼女。帰国後は早々に軍事政権によって断続的に長期間にわたって自宅軟禁されてきたため、カリスマ性ばかりが先行して政治的組織指導力はまったく未知のものでしたが、いざ政治権力を掌握するや、とりわけロヒンギャ問題において驚くほどの指導力のなさを曝け出したものでした。
当時ビルマで権力を握っていたネ・ウィン政権は、ビルマ式社会主義の名のもとに「鎖国政策」といっても過言ではない政策を執っていました。とりわけ旧宗主国であるイギリスの影響については、その排除が徹底的に図られていました。また、ネ・ウィン政権の支持基盤は、軍部という高度に組織化された団体でした。つまり、米欧諸国はビルマ政治に付け入る機会を有していなかったわけです。
ビルマ建国の父であるアウンサン将軍の娘でありイギリス・オックスフォード大学への留学歴があるアウンサンスーチー氏の経歴は、米欧諸国にしてみればリーダーとして担ぎ上げるのに打ってつけだったのでしょうが、このことは裏を返せば、「当時、担ぎ上げられる人材が著しく不足していた」ことを示していると言えます。さすがに他に人材がいれば、いくらアウンサン将軍の娘だからといって政治経験ゼロの人物を一気にリーダーとして担ぎ上げはしなかったでしょう。
これと比するに今般のナワリヌイ氏の担ぎ上げは、アウンサンスーチー氏を担ぎ上げたとき以上に人材不足が顕著であると言わざるを得ないでしょう。「
もしアメリカ人が同じような主張をしたら、たとえ過去の話でも一生批判を浴び続けるはず」である大妄言を口にした上に、「
得票率5%がせいぜいの政治家」に過ぎない人物を担ぎあげたわけですから。
ナワリヌイ氏のような人物を担ぎ上げざるを得ないほどに米欧諸国はロシアに付け入る隙を持てておらず、深刻な手詰まりに陥っているわけです。
他方、こういう記事が出てくることはポジティブに捉えてよいと思います。
米欧諸国は、なんだかんだで世論に多様性があるわけです。
これに対して日本メディアにおけるナワリヌイ氏の扱いは非常に一面的であります。
「日経スペシャル 60秒で学べるNews」という番組(テレビ東京系)がありました。「ありました」と言いますのは、今春の番組改編で3月6日を以って放送終了になったからです。他番組と比べて一足早く最終回を迎えた(打ち切り?)当該番組は、結局のところ、テレビ朝日系のいわゆる「池上解説」の真似事のような中途半端な番組だったというのが視聴者としての私の評価ですが、最終回の最後のネタがナワリヌイ氏の死についてでした。
番組は、アレクセイ・ナワリヌイという人物の人となりとその政治活動をおさらい的に紹介するところから話を始めたのですが、
彼を「正義の反体制指導者」として描写。ナワリヌイ氏にインタビュー経験がある古川英治氏(日経新聞元記者)の「信念に基づいて正義・正論を語るナワリヌイのような人物は、プーチン氏からすれば虫唾が走るような存在だ」という発言が放映されました。
単純に、自分たちが私腹を肥やしている実態を暴こうとするナワリヌイ氏の存在がプーチン政権の権力者たちにとって都合が悪いだけなのでは・・・NHKの大河ドラマや各種時代劇でさえ経済的利権をめぐる権力者の腐敗が台本に盛り込まれているというのに、
「ナワリヌイ氏はプーチン氏からすれば虫唾が走るような存在」という理由付けでは、まるで古代中国の英雄豪傑物語のレベルであると言わざるを得ません。
この番組は、ワールドビジネスサテライト(WBS)直前の放送枠を割り当てられており、かつ、「日経スペシャル」と前置きされている番組であるにもかかわらず「ガイアの夜明け」や「カンブリア宮殿」と比べるとあまりにも短命(1年半で終了)に終わりました。無理もないように思われます。WBS等の視聴者層は古代中国の英雄豪傑物語のような程度の低い解説で満足するわけがなく、英雄豪傑物語のレベルの解説で満足するような層がWBS等の経済番組を見ようとは思わないでしょう。
続いて番組は「彼の死はロシアにどんな影響を及ぼすのか」としつつ「ナワリヌイ氏が死んでもロシアは変わらないのか?」という問いを立て、番組の核心である「60秒解説」としてテレビ東京元モスクワ支局長である豊島晋作氏のそれを放映しました(この番組は、経緯や周辺知識のおさらいに10分以上掛けた上で核心部分の解説を60秒間で行うという構成であり、本当に話題のニュースを60秒だけで学べるわけではありません)。豊島氏の解説の要点は次のとおりです――「プーチン大統領は裏切りや反抗を許さない人物であり、それゆえ今まで暗殺疑惑が絶えなかった。今回、ナワリヌイ氏が死亡したことで反プーチンのカリスマはいなくなった。なぜ暗殺疑惑が絶えないのかというと、プーチン大統領は「すぐみんな忘れる」と思っているからだ。ロシアで反体制派が怪死しても国際社会の反応が弱過ぎるので、プーチン大統領に対する歯止めになっていないのだ。
今回ナワリヌイ氏が死亡したことで、彼はプーチン氏が最も避けたがっていた「英雄」になった。20年後・30年後にもしロシアが民主国家になったときには、歴史の教科書はナワリヌイ氏を評価するかも知れない」。
ナワリヌイ氏を「正義の反体制指導者」として聖人化する点、古川英治氏のように現実の政治的出来事を個人的な好き嫌いの次元に還元して「解説」する極端な単純化(「池上解説」の真似事としての当該番組の本質をよくあらわしています)、合理的見通しに立脚しない「歴史への逃避」――典型的な手口が60秒間に詰め込まれています。
なお、「今回ナワリヌイ氏が死亡したことで、彼はプーチン氏が最も避けたがっていた「英雄」になった」という理解は、古川英治氏がナワリヌイ氏に「なぜあなたは殺されていないのか」とインタビューで質問したときに、ナワリヌイ氏が「プーチンは、オレが死んで英雄(殉教者?)になるのを嫌がっているから殺されていないのだ」と答えたことによるものだそうです。つまり、プーチン大統領が自らそう言ったり、そういう素振りを見せたり、あるいは側近が代弁したりしたわけではなく、
ナワリヌイ氏が個人的にそう思っているに過ぎないものです。これではナワリヌイ氏が「なぜか生かされてきた」ことの
理由・根拠にはならないでしょう。
そもそも、またしてもニューズウィークの記事に戻りますが、「得票率5%がせいぜいの政治家」が死して英雄になり得るのか非常に疑問です。
ちなみに、ナワリヌイ氏の死がもし暗殺によるものだとすれば、大統領選挙直前に殺すことは正にナワリヌイ氏が殉教者と化し、反プーチン勢力の結束を高めることになるように思われます。彼の死が暗殺によるものなのか否かは私にはまったく分かりませんが、少なくとも「ナワリヌイ氏を殺すことで彼が殉教者と化することを懸念したプーチン大統領が敢えて生かしている」というナワリヌイ氏の自己理解は、彼のこのタイミングでの死を以って線として消えたのではないかと考えます。
合理的見通しに立脚しない「歴史への逃避」について説明しておきたいと思います。
以前にも論じましたが、誰も未来のことを確定的に語ることはできないので、具体的な期日や期間の指定もなくただ漠然と「可能性」を述べるだけであれば、どんなことでもあり得るでしょう。己の願望に対して否定的な兆候・事実がどれだけ発生しようとも、
漠然とした「未来」について語るのであれば、「これは一時的・例外的事象に過ぎない」などと、ひたすら言い逃れることが可能になります。また、豊島氏の「20年後・30年後にもしロシアが民主国家になったときには・・・」という仮定においては、
いったいどういうキッカケがあればロシアが「民主国家」に転じ得るのか、それとナワリヌイ氏とがどのような関係があるのか、そもそもここでいう「民主国家」とは何を指すものなのかがまったく見えてきません。実現可能性の乏しい願望を「歴史」に託す
豊島氏の姿勢は「歴史への逃避」と言わざるを得ないものです。
米欧諸国の深刻な手詰まりについては前述しましたが、
日本は、とくにメディアがそれとは違う意味で深刻な手詰まりに陥っていると言わざるを得ないように思われます。