http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-05-11/2013051101_01_1.html
>>> 円安、暮らし・営業に打撃(上記の記事引用部分における太字化処理は当方によります)
4年ぶり101円台急落
10日の東京外国為替市場の円相場は、米国の景気回復への期待などから円売り・ドル買いが加速し、2009年4月7日以来ほぼ4年1カ月ぶりに1ドル=101円台へ急落しました。急激な円安が輸出企業に恩恵を与える一方、輸入物価の上昇による暮らし・営業への悪影響が懸念されています。
解説
輸入物価が上昇 悪影響数々
安倍晋三政権が日本銀行とともに進めている「大胆な金融政策」が円安を加速させています。金融緩和の目的は人為的に物価を引き上げることですが、投機マネーは今後の金融緩和でさらに円安が進行することを先取りして円売りに動いています。輸入物価の上昇で打撃を受けているのが国民の生活です。
燃油の高騰でイカ釣り漁船が休漁、電気・ガス料金の値上げ、輸入小麦価格の引き上げなどすでに数々の悪影響が出ています。
中小企業は資材価格の値上がりに苦しんでいます。中小企業家同友会全国協議会が行った1〜3月期の景況調査では製造業が特に厳しく、マイナス幅が拡大しました。主要な原因となったのが急激な円安による仕入れ単価の上昇です。調査報告は「アベノミクス効果、中小に及ばず、円安先行で採算伸び悩み」とまとめました。その一方、輸出大企業は円安で業績見通しが改善し、株価が上がっています。
所得が増えずに物価だけが上がって苦しめられるのは消費者や中小企業。得をするのは一部の多国籍企業、大資産家、投資家―「アベノミクス」が誰のための政策であるかが明白です。(山田俊英) <<<
1点目。「輸入物価の上昇で打撃を受けているのが国民の生活」だそうです。しかし、民主党政権時代に共産党が声高に主張していたように、円高も円高で国民生活に深刻な影響を及ぼします。
円が安すぎてもダメ、円が高すぎてもダメ。為替レートというものは、最終的には「程度の問題」であり、そうである以上、「一ドル何円くらいが全体のバランスを考えた上で最適なのか」という視点が必要になります。そして、ここに、その人の社会経済的なセンスが現れるのです。果たして共産党は、一ドルが何円程度であるべきだと見ているのでしょうか。それなくして外為問題に関する「解説記事」など書けるはずがないのですが、どうも独自見解がないまま書いているように読み取れます。
当ブログにおいて左翼を取り上げる理由のひとつとして、以前にも述べたように、「感情屋研究・批判のための左翼関係記事」があります。すなわち、「感情屋研究と批判のために、よく似た行動様式を持っている左翼を取り上げている」のであります。また、「感情屋」という定義自体が、そもそも「人権屋」を意識した位置づけですので、当ブログにおける「左翼研究」は、「感情屋研究」であると同時に「人権屋研究」にも応用できます。5月6日づけの記事では、「人権屋」とまでは行かないまでも、現行の法律や人権体系を大切にする人たちも、そろそろ戦術を考え直さないと「このままじゃ左翼みたいになりますよ」と書きました。
しかし、今回の記事の執筆を通して、「左翼研究」と「感情屋研究」に深刻な差異があることが見えてしまいました。というのも、「感情屋」の連中は、「多くの問題は『程度の問題』である」ということを直感的に理解していることが多いと思うのです、もちろん、その「程度」は、我々の眼からすればハチャメチャなシロモノ(何かといえば「死刑!死刑!死刑!」ですからね、死刑制度自体には反対ではない人でも、あの単細胞っぷりには困惑するでしょう)であり、とても実用に耐えうるものではないのですが、彼らなりのビジョンに従った「程度」を自主的に設定しているのです。
それに対して左翼はどうでしょうか。今回の記事を見ても分かるように、「極めてユニークな価値観」を持っているものの、「程度」というものが見えて来ません。「程度」が見えてこないということは、ビジョンがないのと同じことです。「どうあるべきか」という漠然としたことはいえるのですが、「とうすればいいか」という具体的なことは何一ついえないのです。
感情屋は既に述べたように、彼らなりのビジョンを持っており、「どうあるべきか」のみならず、「とうすればいいか」ということをも考え始めました。これは極めて脅威的なことです。他方で左翼は「どうあるべきか」ということを漠然と語ることは出来ても、「とうすればいいか」という具体性に欠けている。まあ今に始まったことではないので驚くに値することではありませんが、具体的なビジョンを持ち始めた感情屋の研究を、具体的なビジョンを欠いている左翼の研究から類推するのは、日に日に困難になり始めているのかもしれません。
ところで、左翼の「ビジョンの欠如」は本当に困ったものです。私の個人的経験からも言えることですが、左翼はマルクス経済学にもとづく「資本主義批判」はそれなりの水準で展開できるものの、動学分析や計量分析、財務分析(あまりマルクス的ではない分野)に疎いもんだから、「対案」になると急にヘニャヘニャになるんですよね。3月12日の記事で左翼が支持を得られない理由のひとつとして、「一般国民と価値観を共有していない」ことを挙げましたが、今回は「価値観は共有できてもビジョンが欠如している」という別の理由によるものでした。もちろん、今に始まったことではないのですが、そうであるからこそ、「何年同じ事をくりかえしているんだろう」といったところです。やっぱりこの「相変わらずさ」は、観念に深く染み付いた「前衛意識」によるんでしょうかね。
続いて2点目。以前の記事にも書きましたが、「感情屋のように都合のいい情報に飛びつくべきではありません」。以前から繰り返し述べているように、経済というものは円環状の因果関係が張り巡らされている相互依存システムであり、諸産業は相互に連関しています。アベノミクスが期待先行であることは、支持者を含めて大方が認めているところであり、実体経済への波及には時間がかかるのです。
私の知る範囲内の共産党員は、簡潔に表現すれば「堪え性のない、短期的な成果を追い求める人たち」でした。「革命家とは『승리의 길』や『신심드높이 가리라』に歌われているような覚悟があってこそのもの」「真の革命家とは主体型の革命家」という考えを持っている私にしてみれば、私の知る範囲内の共産党員なんて「革命家の見習い」にもならない連中でした。もっとも、私の知る範囲内はきっと特殊な部類であり、全党を広く見渡せば、あるいは違うのだろうと思っていました。しかし、今回の記事を見る限り、どうも全党的に結論を急ぐ性向だったようです。随分前に共産党を見限っているので、いまさらショックはないのですが、何だか変にしみじみとしてしまいましたw
まさかとは思いますが、共産党系の人たちは、「真の変革」なるものが実行されれば、瞬く間に世の中がよくなるとでも思っているのでしょうか? 「大企業が溜め込む莫大な内部留保」なるものを「収奪」すれば、日本経済はあっという間に改善されるはずだと思っているのでしょうか? もしそうだとすれば、恐るべき「観念論」です。