2013年05月18日

半革命右翼と反革命共産党

「半革命」は決してミスタイプではありません。また、今日に限っては、「左翼」と「共産党」は全く別の意味で使っています。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-05-15/2013051502_03_1.html
>>> 首相が橋下・高市発言を誘発
「侵略の定義」撤回せず

(中略)

地位失うことに
 そもそも第2次世界大戦後の世界秩序は、かつての日本とドイツとイタリアによる戦争が不正・不義の侵略戦争だったとの歴史認識を共通の土台としています。日本がこのまま過去の戦争を侵略戦争と認識せず、憲法9条改悪で土台をくつがえしてしまう動きを具体化することになれば、日本が世界で生きていく地位を失うことになりかねません。

 安倍首相の歴史認識とこれに呼応する自民党や日本維新の会の発言は、日本の前途に責任を負わない改憲勢力の正体をさらすとともに、古い自民党政治の「土台が腐りきっている」ことを雄弁に証明しています。

(松田繁郎)
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あれ、左翼の歴史観では、第二次世界大戦は「資本主義経済の必然の帰結としての帝国主義段階における、列強間の世界分割戦争(の第2弾)」であり、すなわち「帝国主義戦争」になるんじゃないんですか?

教科書通りの左翼史観に基づけば、第二次世界大戦は資本主義経済の必然であり、日本とドイツ、イタリアが特別に邪悪な存在だったわけではなくなります。共産党お得意の「侵略戦争に対する反省」とやらも、「歴史の必然」であるのならば、必要なくなるはずです。しいて言えば、「社会主義・共産主義に移行することが遅れた」というのは反省点になるかもしれませんが、そうすると共産党自身が、「マルクス・レーニンの理論に基づけば革命の客観的条件は熟しているはずなのに、実際には蜂起できなかったということは、それだけの主体的力量を準備できなかった」という点において、その責任をとわれることになるでしょう。あるいは、「マルクス・レーニン主義批判」に踏み込むか。どちらにしても共産党的にはアイデンティティの危機になるでしょうし、「資本主義の枠内での改革」なる綱領的展望の反革命性・インチキ臭さも見えてきてしまうでしょう。

実は、こういう教科書的な左翼史観に比較的忠実なのが、「つくる会」をはじめとする右翼の歴史観です。共産党は恐らく「つくる会」の教科書なんぞマトモに読んでいないのでしょう。もちろん「アジア解放の聖戦」という部分については、左翼と「つくる会」の間には決定的な差異があります。共産党的には、自分たち以外に「解放勢力」は存在しないはずなのですから。しかし、「第二次世界大戦は帝国主義戦争という側面がある(少なくとも欧米列強は帝国主義だったことは認めている)点においては、教科書的な左翼史観と「つくる会」の歴史観には類似性があります。「つくる会」や右翼の歴史観は、「半革命」であっても「反革命」とはいえないでしょう。

それに対して共産党は何と言っているのか。第2次世界大戦後の世界秩序は、かつての日本とドイツとイタリアによる戦争が不正・不義の侵略戦争だったとの歴史認識を共通の土台として」おり、「日本がこのまま過去の戦争を侵略戦争と認識せず、憲法9条改悪で土台をくつがえしてしまう動きを具体化することになれば、日本が世界で生きていく地位を失うことになりかねません」とのこと。換言すれば、第二次世界大戦の「帝国主義戦争」という側面を全面的に隠蔽する歴史観を否定すれば、日本が世界から孤立してしまうそうです。

もし、本当にそうならば、民主連合政府の樹立はすなわち、日本の孤立化を招くということになるんでしょう。となれば、共産党が政権を狙うとすれば、歴史の書き直しは当面棚上げになり、レーニンの革命的テーゼは抹殺されるということになるんでしょうなんという右旋回!

私としては、民主連合政府なんて出来なくても一向に構わないのですが、ぜひ共産党には永遠に野党、それも「実力のない野党」でいていただきたい。橋下市長のように、中途半端に実力のある勢力を率いていると、くだらない発言で海外からも批判されてしまいますからね。国の恥になります。
ラベル:左翼 日本共産党
posted by 管理者 at 12:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
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