http://blog.livedoor.jp/soemon/archives/54547860.html
言わんとしていることは理解できるし、私も思っていることなんですが、理由付けを見ていると、ちょっと「悲観的」かなと思いますし、それ以上に、ちょっと危ない戦略を構想されているように見受けられました。
「今回、日共が浮上したのは、ひとえに民主党が大陥没し、維新の会が失速しただけに過ぎません。一般大衆の多くが、コミュニズムに覚醒して、日共を強く支持した訳ではなく、ワタミやユニクロが嫌いなのでそれらブラック企業を指弾している日共に何となくシンパシーを感じている、といったぐらいの代物です」とのことですが、たとえば都議選における議席倍増の大部分は、数値を見る限り、「日共に何となくシンパシーを感じている、といったぐらいの代物」ですらなく、徹頭徹尾、「民主党が大陥没し、維新の会が失速しただけに過ぎ」ません。なんたって、共産党衆議院議員の佐々木憲昭氏も認めているように、有権者全体比の得票率(絶対得票率)は、2009年都議選に対して1パーセント近く減って(相対得票率は1パーセント増=全体投票数が激減して相対的に共産組織票が浮上しただけ)いましたし、獲得議席の「内訳」を見ても、普段だった到底、当選ラインには届かないような得票数でギリギリ滑り込んでいた選挙区が幾つもあったのですから。
ちなみに、旧社会党が崩壊したあとの1997年の都議選では、共産党の得票率は、相対得票率・絶対得票率ともに上昇しました。このときは「共産党の支持が拡大した」と言えたと思います。しかし、今述べた理由から今回の都議選は、とてもそうは言えるような状況ではなく、まさに「組織票が生きた」といわざるを得ない結果だっと思います。
また、「原発にしても、護憲にしても、あくまで自分たちの勢力拡大のための方便であって、その正体はマキャベリズムとポピュリズムのキメラのようなもの」というのも、全くその通りなんですが、一般国民の多くにとって「脱原発」は二の次、三の次くらいのテーマでしかありません。この前の総選挙では、反原発を錦の御旗にしていた「日本未来の党」が見事に壊滅し、「脱原発」を掲げなかった自民党が圧勝・完勝したじゃないですか。「そもそも護憲・脱原発票なんて存在しない」というべきでしょう。
ついでにいえば、どんなに議席数がふえたって、共産党的には『しんぶん赤旗』が増えなきゃ財政的な意味で破綻してしまうんですよね。現在、必死に値上げ、合理化、そして何よりも販路拡大を推進しているようですが、それでもまだまだ苦しい台所事情。かつてのように特定政党を継続的に支持する時代ではなく、そのときの政治状況に合わせて投票先を選択する有権者が増えている時代です。また、紙媒体の新聞自体が後退している時代でもあります。そんな時代に「紙媒体の機関紙」の購読者数が増えるでしょうか? 私は、共産党は抜本的に「ビジネス・スタイル」を転換し、電子新聞を導入する時期だと考えていますが、共産党にとって機関紙は、単に「党の見解を広めるための手段」ではなく、「配達や集金の際に直接対話をすることによって支持を堅固にするための手段」という意味合いがあるそうです。ですから、改革は遅々として進んでこなかったし、これからも変化は鈍いと思います。実は、ブログ主さんがまったくタッチされていない部分においてこそ、危機的な状況があるのです。
共産党のことを買いかぶりすぎ、反共的な意味において「悲観的」過ぎるんじゃないかと思いますww共産党の実態は、ご想像以上にヤバいんですよ。
そんなことよりも懸念すべきは、「地方議会での日共の封じ込めをなるべく腐心するべきであって、場合によっては「敵の敵は味方」ということで、創価学会・公明党をも引っ張り込んで日共潰しを行うべきだと思う」という部分。消えかけのロウソクが最後の輝きを増している状態の共産党、おそらく昨今の「躍進」で慢心し、いつも以上に自己改革しないであろう共産党に対抗するために「創価学会・公明党をも引っ張り込んで日共潰しを行う」というのは、コルニーロフの反乱を恐れるあまり、ボリシェヴィキに武器を与えたケレンスキー並みの愚挙ではないでしょうか。
共産党も実態はかなり「宗教的(間近での目撃談)」だと思いますが、創価学会・公明党は「ホンモノの宗教」です。よく、「共産党は用法用量を守って、、、」とジョークで言われたりしますが、創価学会・公明党は共産党以上に「用法用量を守」らねばならないと思います。え、「創価学会・公明党は医薬品じゃなくてただの毒薬だろ!」って? あー、私はそこまでは思わないんですよね。かなりヤバいところだとは思いますが、「必要悪というか何というか」で捉えています。創価学会・公明党と共産党に対しては、「日中戦争期における中国共産党の立ち位置」をキープすべきでしょう。つまり、両者の潰しあいを見物し、ごく稀に、味方ヅラして茶々を入れる程度であるべきです。
いやそもそも、コルニーロフは侮りがたい存在でしたが、いまや共産党は脅威ですらありません。1970年代の勢いはありませんし、「農村から都市を包囲する」といった時代でもありません。共産党が比較的、得意としている生活闘争で権力を握ることは出来ないというのは、共産党の歴史が何よりも多くを物語っています。権力闘争は、要求型の生活闘争とは質的にまったく異なる闘争であり、要求型の生活闘争を積み重ねても権力には到達しません。だって、権力を握るということは、今まで要求して獲得してきたこと、言い換えれば「実現の方途を権力者に丸投げしてきたこと」を、今度からは自分たちで実現させなきゃならないわけですから。いじめ問題をめぐる全教と共産党文教担当部門の対応をご覧になってください。「与党能力」なんて皆無ですよ。その点、共産党の地方における勢力に対するブログ主さんの懸念は、「過剰反応」とまでいえるかもしれません。
ちなみに、これは安倍総理をはじめとする自民党幹部層にも一部、言えることです。さすがに自民党幹部層は、共産党に政権担当能力が無いことは分かっていると思いますが、「共産党の調査力」については、これを恐れているフシがあります。しかし、いまや昔のような調査力と気骨のある共産党ではありません。『しんぶん赤旗』は「左の聖教新聞」の道を進んでいます。「赤旗のスクープ」だって、昔は本当に感心させられたものですが、いまや放っておけばそのうち東京新聞あたりが嗅ぎ付けそうなレベルのことしか発見できなくなってきています(ところで最近、東京新聞が左翼新聞路線を驀進し、サンケイ新聞と「好一対」を成しているのが笑えますwww脱線終わり)。
「地方議会で共産党が勢力を保てているということは、それだけ地域の党組織が強く、それはすなわち、カクダイ等で非党員に迷惑をかけていることを意味する。決して『過剰反応』ではなく、共産党を甘く見ないでほしい」という声もあるでしょう。私も「諸般の体験」から、そのお気持ちはよく分かります。しかし、だからといって創価学会・公明党を引き込むのは違うと思いますし、地方議会の共産党は決して全否定するほどでも無いと思うんですよね。結構、仕事している方だと思いますよ。いろいろな「しがらみ」で何となく議員やっている「地元の名士」なんかよりはずーっとね。
社会党・社民党が未だに完全には消滅していないのを見ると、伝統的に強固な組織力を誇る共産党が地方レベルでも完全に壊滅するのは、かなり先のことになると思います。今回の都議選のような「漁夫の利」が重なれば尚更です。もし本当に共産党の存在を忌々しく思うのであれば(私はそこまでは思わないんですけどね。支持は止めましたが、「即刻、潰れて消えろ」とまでは思いません)、「共産党が必要とされない世の中」にすることでしょう。共産党の支持者を取り込みつくすような新勢力を伸ばすか、あるいは、共産党が見向きもされないような活気ある世の中にするか。
敵が自ら消滅することはありえない。中国の反動派にせよ、中国におけるアメリカ帝国主義の侵略勢力にせよ、自分からすすんで歴史の舞台をひきさがることはありえない。――毛沢東(「革命を最後まで遂行せよ」1948年12月30日、『毛沢東選集』第4巻、『毛主席語録』第2章)
2013年07月18日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック
