2015年10月15日

周囲の助けを借りつつ「嫌だから辞める」「無理だから辞める」べき

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20151014-00000006-jnn-soci
>> 365日連続勤務でうつ病発症、会社と社長を提訴

TBS系(JNN) 10月14日(水)0時44分配信

 365日連続で勤務させられ、うつ病を発症したとして、神奈川県に住む男性が勤めていた会社と社長を相手に慰謝料などおよそ1150万円の支払いを求める裁判を起こしました。


(中略)

 訴状などによりますと、男性は2006年に入社しましたが、会社の社員数が減り業務が増えたことなどから、2013年にはほとんど自宅に帰ることができなくなり、1日の休みもなく365日連続で勤務を続けたということです。

(中略)

 「だんだん、考える時間もなく精神的におかしくなっていったのかなと思う。許せないという気持ちが一番強く、こういう事例が、僕みたいな人を1人でも減らせればという気持ちで訴訟をしようと決断しました」(裁判を起こした男性)

 担当弁護士によりますと、男性は今年2月に労災の認定を受けているということです。一方、会社側は取材に対して、「代表が不在で、コメントできない」としています。(13日18:50).

最終更新:10月14日(水)14時4分
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だんだん、考える時間もなく精神的におかしくなっていったのかなと思う」という発言には注目すべきでしょう。

チュチェ103(2014)年8月3日づけ「ユニオンが転職支援する大きな意味――「鉄の団結」は必要ない」やチュチェ104(2015)年6月5日づけ「派遣労働問題の本質は自己決定権行使・自主権行使の問題」などで述べてきたように、ブラック企業に勤める個々の労働者は「嫌だから辞める」「無理だからやめる」路線を基本とすべきですが、それは、必ずしも「本当に自分ひとり」でそうするべきではなく、周囲の助けを借りて行うべきです。

「嫌だから辞める」「無理だから辞める」路線に対するよくある批判としては、「一人で如何にかなる問題じゃないだろう! 社会構造的な問題だ!」というものがあると思います。ごもっともです。だからこそ、周囲の助けを借りつつ「辞める」べきなのです。労働問題専門弁護士や労働組合の本分は、要求実現型闘争などではなく、このためにこそあると言っても良いでしょう。社会構造的な問題だからこそ連携・連帯して対応し、個人に降りかかる悪影響を緩和すべきです。そうした対応を展開しているうちに、社会の主体としての個々の労働者のミクロ的な対応こそが、ひいてはベクトルの合成のような形で社会構造自体を変化させてゆくことにもなります。

「嫌だから辞める」「無理だから辞める」路線の重要性は何度強調しても強調しすぎることはないというのが私の立場ですが、「周囲の助けを借りつつ行うべき」という条件を必ずセットにしなければ効果は半分以下になってしまうというのも、あわせて強調したいと思います。

個別労働者が、企業側に足許を見られず自主的立場を維持しつつ実利を得るためには、悪い環境で働かせる個別資本家に対して待遇改善を要求して勤め続けるよりも、周囲の人々からの支援を受けつつ良い環境を提供する個別資本家に乗り換えるべきです。「辞める」という選択肢を持つことでミクロ経済学でいうところの「代替財」を獲得し、資本家の「労働需要独占者」としての立場を掘り崩すのです。「資本家の利潤極大化・費用極小化行為が、労働市場で個別労働者同士を競争させ淘汰(産業予備軍化)してゆく」というマルクスの指摘を応用し「労働者の効用極大化行為が、労働市場で個別資本家同士を競争させ淘汰してゆく」流れにもってゆくのです。

「連携・連帯」は重要ですが意識的に「スクラム」を組む必要は必ずしもありません。労働者の個別的な乗り換えベクトルが社会全体レベルで合成ベクトルを形成したとき、ワタミやすき家の例を遥かに越えるインパクトで、世の中が大きく変わることでしょう。
posted by s19171107 at 02:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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