2016年01月19日

テンプレの域に達しつつある「労働組合結成の勧め」;中世的芸能界の近代革命のために必要な組織とは?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160119-00004185-bengocom-soci
>>> SMAP謝罪中継「ブラック企業の退職妨害と通じる面がある」労働弁護士が批判
弁護士ドットコム 1月19日(火)16時54分配信


(中略)

もっとも、SMAPは日本でも有数の人気グループで、収入もかなり高いでしょうし、一般の労働者とは単純に比較できません。ただ、事務所が圧力をかけるようなことがあったのだとすれば、ブラック企業と構造的には同じです。

芸能人は、労働基準法上の労働者性はケースバイケースなのですが、労働組合法上の労働者性はあると言っていいと思います。日本では、俳優の西田敏行さんが理事長を務める「協同組合日本俳優連合」という組合があります。また、最近では俳優の小栗旬さんが、「俳優にも労働組合が必要だ」と発言したことが話題になりました。海外に目を向けると、アメリカには「SAG-AFTRA」という俳優のための労働組合があり、活発に活動しています。

このように、「事務所の枠組みを超えてモノを言えるタレント」を作っていくためには、タレント間の労働組合を結成することが必要なのではないでしょうか。SMAPの「謝罪」会見を見て、そのように強く思いました。
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芸能界が「ブラック」なのは、常識だと思っていたんですが、法曹界にはそういう認識はなかったのでしょうか? 「何を今更?」という感想が第一に沸いてきました。

それはさておき、「タレント間の労働組合を結成することが必要」だそうです。労働問題があれば一言・二言目には「労働組合の結成」。もはやテンプレの域に達しつつあります。

はたして、この「タレント間の労働組合」は、従来型・要求実現型の労働組合;産別組合のタレント版を指しているのでしょうか? それとも、移籍を支援する棲み分け型労働組合を指すのでしょうか? はたまた、シガラミだらけの古い業界を刷新する自主管理・協同経営型の労働組合でしょうか?

日本の芸能界は「人と人との仁義」を極めて重視する特殊文化空間であるという事実を重視すべきです。「究極のムラ社会」であり「現代のギルド」であるというべきでしょう。いまだに中世社会が残っているとみるべきです。ムラ社会で「労働組合運動」を展開したらどうなるでしょうか? 記事では「事務所が圧力をかけるようなことがあったのだとすれば、ブラック企業と構造的には同じ」などとしていますが、一般企業社会の人間関係から単純に演繹した底の浅い分析です。

究極のムラ社会でできることは、「事務所とタレントは持ちつ持たれつ、お互い様じゃないですか」という意味での「陳情」が関の山です(江戸時代的なお代官様への直訴のようなものに留まるでしょう)。記事中で紹介されている「協同組合 日本俳優連合」も、公式HPで「「日俳連」に入っていれば守られる「最低条件」が、そこに存在します。もし、その条件が守れなかったときは、「日俳連」は皆さんとともに問題解決のために動きます。」としているように、特定の事務所・特定の現場との契約継続を前提とした要求実現のための組織です。しかし、今回SMAPが求めていたのは、「陳情」だったのでしょうか?

産別組合のタレント版だとすれば、現下の芸能界の環境においては、ただの御用組合以上のものにはなり得ませんし、SMAPのように自主的な思想意識をもったタレントを満足させることはできないでしょう。

ではどうするべきでしょうか? 芸能界が究極のムラ社会・現代のギルド・中世社会の残滓であるという前提にたち、ムラ社会とギルドの崩壊史・中世から近代への社会変動を辿るところに糸口が見えてくるものと思われます。いずれも、単純な団結ではなく、自由化の文脈の中での離合的な人間関係を基盤とし、そうした新しい人間関係の中での自立・自活の進化・発展によって、ムラ社会とギルドは崩壊の道を歩み近代化されてゆきました。人々は、ムラ社会の束縛からは農漁村共同体から都市部への人員流出によって脱し(脱中世の自由化)、ギルドの束縛からは親方−徒弟の関係性を基礎とするギルド制手工業から新進気鋭の企業家が新しく設立した工場制手工業そしてのちに工場制機械工業に産業が進化してゆくことによって脱しました(近代的な新関係での自立・自活)。決して、旧来のムラ社会・ギルドの中で闘争したから近代化したわけではありませんでした。

そうした歴史的事実を現代の日本芸能界に応用して考察すると、必要とされるのは「移籍を支援する棲み分け型労働組合+自主管理・協同経営型の労働組合」であることが見えてくるでしょう。単に移籍するだけでは「干される」可能性があるので、自主的な思想意識を一致点としてタレントたちが自主管理・協同経営型に集結する必要があります。そして、旧勢力との競争の中で勝ち残ってゆくのです。

もちろん、絶対に一筋縄ではいかない厳しい厳しい道です。要するに「中世から近代への革命」なのですから。史実の方ではおびただしい流血があったくらいです。しかし結局、自由化・自主化とはそういうことです。既得権力者に要求しているだけで社会が変わると思ったら大間違い。独立し自立するのが自主化;自らの主人になることなのです

もちろん、上記はあまりに「長期的・革命的」なものです。短期的には、円満退社の方法で移籍することが現実的でしょう。その点においては、移籍を支援する棲み分け型労働組合がまず必要とされるでしょうが、産別組合のタレント版は、役に立たないというべきでしょう。
posted by 管理者 at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
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