>> 1人から加入できる福祉分野の労働組合を結成■発言歴から透けて見える危うい人的布陣
福祉新聞 6月30日(木)10時17分配信
介護や保育、障害など福祉分野で働く人が1人から加入できる労働組合「介護・保育ユニオン」(森進生代表)がこのほど結成された。16日に記者会見を開き、福祉分野の人手不足の背景には労働問題があるとして、業界のサービス改善に取り組みたいと訴えた。
同ユニオンは、ブラック企業問題に取り組むNPO法人POSSEが設立した総合サポートユニオンの福祉分野支部として結成。現在、約10人が加入している。スーパーバイザ
ーには、厚生労働省の審議会委員も務める藤田孝典・ほっとプラス代表理事が就任した。
同日の会見で森代表は、現場で虐待や事故が起きる背景には働き方の問題があると指摘。「企業が利益を上げるには、人件費を安くするしかない。それがサービスの質にも反映される。お金もうけ第一になるのは問題だ」と語った。 <<
チェチェ105(2016)年6月19日づけ「マクドナルドの「殿様商売」「ブラック労務」に改善を強いたのは労働組合ではなく市場メカニズムのチカラ」でも取り上げた「介護・保育ユニオン」結成の詳報です。甘っちょろい労働組合運動論で昨今のブラック企業・ブラック職場問題が解決すると思っている今野晴貴氏(当ブログでの批判記事1とその2)と藤田孝典氏(当ブログでの批判記事その1とその2)が幹部に座っている点で、まずこのユニオンの行く手が危ぶまれますが、森代表の発言がもう、典型的なマルクス経済学的な階級敵対的・ゼロサム的認識です。
■3つの認識誤り
POSSE系の方々は、介護・保育ユニオンを福祉業界での労組運動の主軸に据えようとしているようなので、その経済学的・世界観的認識の誤りについて指摘しておきたいと思います。森代表の発言を中心に、この短い記事に込められている彼らの主張の中には、認識の誤りが3つも潜んでいます。
■経済はゼロサムではない
まず、「企業が利益を上げるには、人件費を安くするしかない」というくだりについて検討しましょう。結論としては、「そんなことはありません」。森代表が、『資本論』における相対的剰余価値の議論のような「ゼロサム」でしか物事を考えられていないことを示しています。もしそうであったら、なぜ激烈な労働運動が展開されてこなかった日本資本主義が「一億総中流」の社会を作り出せたのでしょうか? 明々白々な歴史的事実にも反しています。
利益=収入−費用(π=TR-TC)です。この式からは、利益を増やすためには、「収入を所与として費用を圧縮する」という方法論のほかに、「そもそもの収入を増やす」という方法論を導出することができます。また、費用は人件費だけではありません。人件費以外の設備費用なども削減対象の費用です。
「収入を所与として費用を圧縮する」という方法論は、圧縮された労働者の人件費はそのまま資本家の利益になるので、ゼロサム的です。『資本論』の相対的剰余価値論は、そうした論理構成になっています。しかし、マルクスの予言とは異なり、歴史的事実として、利益追求型の資本主義体制下でこそ最大多数(労働者階級を含む)の経済的厚生が高まっています。特に日本では、それほど激しい労働運動が展開されたわけではないのに、世界トップクラスの経済的繁栄を実現しました。この事実は、企業の利益追求は決してゼロサム的ではなかったことを示しています。森代表の「企業が利益を上げるには、人件費を安くするしかない」という認識は、短絡的であり、歴史的事実に照らして誤っています。
■何が労働過程を荒廃させているのか――労組運動よりも業界運動
続いて、「福祉分野の人手不足の背景には労働問題がある」や「現場で虐待や事故が起きる背景には働き方の問題があると指摘」、「それがサービスの質にも反映される」といった主張について検討しましょう。「労働問題の背景」には何があるのでしょうか? 森代表の分析は、「労働問題」に突き当たるや否や、なぜかそこで止まってしまっています。「何が労働過程を荒廃させているのか」という分析が欠けています。
「何が労働過程を荒廃させているのか」というテーマについては、前掲の6月19日づけ記事でも述べましたが、そもそも介護・保育業界は、労使関係の問題以前に、業界への実入り自体が少なすぎるという角度から斬り込むべきです。サービス利用者からはべらぼうな額を徴収しているのに、大半を資本家が搾取しているという『資本論』のような状態であれば、一定程度の労働環境改善要求運動は意味があるかもしれません。しかし、業界への実入り自体が少なすぎるのであれば、資本家と闘争を展開しても意味がありません。
経済学的に見たとき、生産要素市場(労働市場)は、財・サービス市場の付属市場です。経営者・資本家は、財・サービス市場での販売価格をもとに生産要素を需要します。いまはもう、コスト積み上げ方式の時代ではありません。原材料費・労使交渉で保障した労賃額・利益希望額を積み上げて販売価格を設定するのではなく、その時々の販売価格を所与の条件として、その枠内で原材料費・労賃額・利益希望額を圧縮するのです。
そうした売価から逆算する要素需要決定原則を踏まえれば、昨今の労働過程の荒廃は、「そもそも財・サービス市場での販売価格・業界としての収入額が少なすぎる」という点に原因を追求できるでしょう。「利益=収入−費用」の式のうち、収入があまりに少なすぎるのです。であれば、介護・保育業界は、労組運動によって分配率を巡る闘争を展開するよりも、業界が団結して一定の存在感を作り上げること、業界としての収入を増やすことを優先すべきです。森代表の分析は、労働過程の分析を、全体から不当に切り出して、それ単体だけで分析しようとしているのです。
■経済はシステム、資本家と労働者は呉越同舟
そのためには、「企業が利益を上げるには、人件費を安くするしかない」などという階級敵対的・ゼロサム的思考を一旦封印する必要があります。世界観レベルでの認識の転換になりますが大丈夫でしょうかね・・・?
当ブログで何度も指摘してきているように、経済は全体としてシステムです。資本家と労働者は、一見して対決的な関係ですが、実際にはお互いに同じシステムを構成している要素同士の関係です。当人たちの感情はどうであれ、「呉越同舟」の関係にあるのは、否定できない事実なのです。
にもかかわらず、昨今の労組運動はしばしば「システムとしての経済」という見方をせず、物事をバラバラ分解して考察しようとしています。こうした世界観レベルでの認識の誤りは、結局は、かつての国労のような誤りを冒すことにつながるでしょう。介護・保育業界は、労組運動をしているフェーズではないと思うのであります。
■営利主義のせいなのか
最後に、「お金もうけ第一になるのは問題だ」というくだりについても検討しましょう。介護・保育業界を巡る労働問題は、「営利主義」のせいなのでしょうか? 社会福祉法人や公営福祉施設といった「お金もうけ第一」ではない施設も十分に危機的な状況にあるはずです。こうした短絡的な「営利主義悪玉論」を見るにつけ、事の本質が見えていない点において、「期待できないなあ」という感想を禁じえません。
■約10人・・・?
ところで、「介護・保育ユニオン」の加入者って約10人なんですね。。。今野晴貴氏が画期的出来事であるかのように言うものですから、数百人単位で発足したのかと思っていましたよ。。。