2016年10月10日

秋山木工の徒弟制度――言いたいことは分かるが洗練されていない

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161010-00000007-pseven-bus_all
>> 徒弟制度続ける企業 携帯メール禁止、恋愛発覚で即刻クビ

NEWS ポストセブン 10月10日(月)7時0分配信

 最近の企業では厳しい勤務環境となると、すぐに「ブラック」の誹りを受けがちだ。その風潮に真っ向から抗うように、古くからの「徒弟制度」を続けている企業がある。一流の職人を育てるその企業にライター・池田道大氏が迫った。


(中略)

 厳しい指導で知られる秋山木工の秋山利輝社長は、「最近は海外からの注目度が高い」と自信を見せる。

「社員1万人という中国企業の社長が、『カネは儲かるが従業員の育て方がわからない』と見学に来ます。ウチは日本一厳しい会社と言われるけど、僕は日本一優しいと思っている。自分は年に一日も休まず、弟子に付き添っていますよ。“ブラック企業”などと言いたい人は言えばいいけど、弟子をスターにしたい思いは、僕に勝てるはずがない」


 秋山木工では、1年間の「丁稚見習いコース」を終えると丁稚として正式採用される。入社した丁稚を待つのは過酷な修業の日々だ。

 全寮制で、朝5時に起床して朝食を作り、近所を1.5km走る。好き嫌い厳禁の朝食後は工場や近所を掃除し、8時の朝礼で冒頭の「職人心得30箇条」を全員で唱和して仕事が始まる。

 丁稚の主な業務は荷物運びや工場の掃除だ。職人の手助けをしながら、仕事の段取りや技術を目で学ぶ。仕事が終わると夕食を作り、夕食後はレポート作成や自主練習に励み、23時にようやく就寝。休日はなく、修業から解放されるのは盆と正月の10日間のみだ。秋山社長は、「心が一流になれば、必ず技術も一流になる」と断言する。

「厳しくするのは、一流としての基礎づくりに集中するためです。一流の職人になるには“一生懸命”や“頑張る”というレベルでは足りず、“本気”で取り組む必要がある。技術は練習すれば誰でもできるようになるけど、人を思いやり、感謝する心は直に教えないと学べない。心を磨くには徒弟制度が一番なんです」


(以下略) <<
この会社、数年間隔で取り上げられる、この道の「老舗」です。

この会社の問題点は、コメ欄に寄せられた以下のコメントが端的だと思うので、引用しましょう。
>> >だからどこが違法なんだ?
丁稚も労働者の範疇だから、労働基準法の範囲内から外れる
・労働時間
・賃金
・休暇
などを満たせてない時点でダメ。丁稚が労働でないとの言い訳も残念ながら成り立たず、労働基準法ができたいきさつというのは、こういった旧態依然とした職人の徒弟制度、強制労働、賃金の途中搾取、丁稚奉公制度をなくすための。

普通にアウト。丁稚側が違反内容を明確にして、労基に行けば、経営者はお叱りをうける。労基側はすすんで調べはしない。
<<

■「一流への育成」を装った奴隷的使役の温床になる以上は、社会的には容認できない――もっとスマートに一流になれ!
他方、秋山社長の「一流になるため」論は、一定範囲で正しさがあるとも思います。どんな業界であっても、一流と呼ばれるためには、人の上に立つためには、「休日返上」の尋常ならざる努力が必要だというのは、間違いないことなのです。「心が一流になれば、必ず技術も一流になる」という秋山社長の発言は、私も同感です。やはり、「働く」って大変なことなんですよ。

しかし、そういった「事実」と「職場での上下関係」をいいことに、「一流への育成」を装った奴隷的使役が行われる構造的な恐れがある以上は、社会としてこれを認めるわけにはいきません。記事でも紹介されているように、秋山社長はひたすらに弟子たちが一流になれるよう、ご自身も邁進しておられることと思います。しかし、世の中には悪い奴がおり、そういった連中の手口と秋山社長の方法論との線引きは困難です。「秋山式育成法」の社会的効用と「職人育成を装った奴隷労働」の社会的不効用を比べたとき、後者が著しく大きい以上は、これを認めるわけにはいかないのです。

擁護論者は実に視野が狭い! 秋山木工のケースは「善意の親方」なので大丈夫だとしても、悪い奴は悪知恵がよく働くのです。リーダーの「善意」に依存する制度は制度として不適当、認めるわけにはいきません(関連して。日本共産党員諸君! 「レーニンは良かったがスターリンはダメ」って、「社会主義制度はリーダーによって天国にも地獄にもなる欠陥制度」と言っているのと同じだぞ!)。

「尋常ならざる努力」と「労働法の要求」を両立するため、世間一般の意欲ある労働者は「自己啓発」という形で、休日は職場の人間関係とは離れて自主的に研鑽を重ねています(私の職場にも「彼/彼女には敵わないなー」と言わざるを得ないくらいに効率的な仕事をする「期待の星」はいますが、そういうのは別として、凡庸な人間が週休2日のうち本当に2日間まるまる遊びほうけていたら、一流にはなれないと私も思いますよ)。そして、そうした自己啓発・自発的研鑽の積み重ねが次第に実力という形で結実してゆき、評価査定を通じて名実ともに一流になってゆくのです。上司の側も、口にはしないもののそれを期待しているものです。明確に要求しないからこそ、自発性や本気度も測り易く、効率的に「ふるい」に掛けることができます。

そういうスマートな方法で一流を目指せばいいものを、どうして世論の非難を浴び、労働法制を無視するような「バカ正直」な方法を秋山木工はとるのでしょうか? こうした「感性のズレ」は、秋山木工の組織内慣習に疑念を抱かせます

■規制しても密室化・地下化するだけ――どうやれば労働者を守れるか
これだけブラック企業問題が大きくクローズアップされている時代においても、時代錯誤的な「徒弟制度」を維持している事実を鑑みたとき、秋山木工関係者たちは「自分たちは正しい」と思い込んでいることでしょう。記事でも「“ブラック企業”などと言いたい人は言えばいい」などと、社会の風潮は一応はキャッチした上で、それでも堂々としています。

いま、秋山木工の公式ページが503エラーを起こしています。炎上しているんでしょうか? 仮に、ここで抗議メールを殺到させ、世論を盛り上げ、更に労基署の臨検が入ったとしましょう。おそらく、秋山木工の「徒弟制度」は密室化・地下化するだけでしょう。社長自身が体験した「徒弟制度」をそのまま自社の研修に取り入れ、それについて行ける人たちだけが弟子として集っているのが秋山木工なのですから、ある意味、需給は一致しています。「以後の取材はすべてお断り」「関係者には緘口令」による密室化・地下化で、以後もコッソリと「徒弟制度」を維持させてゆくことでしょう

労基署は警察です。犯罪は「パトロール」だけでは摘発し切れません。「被害者の被害届提出」や「地域住民の協力」が不可欠です。しかし、密室化・地下化してしまえば、「被害届」は出ず「協力」もありません。これでは検挙は不可能です。

密室化・地下化した組織は大抵、カルト化してゆきます。前述の「感性のズレ」は、その萌芽であるとも評価できるでしょう。遅かれ早かれ、何らかの悲劇が起こりかねません。それは何としてでも防ぎたいものですが、どうすればよいでしょうか?

3年前、学校教育現場での体罰やいじめ、そしてそれを苦にした学生の自殺事件が日本中を揺るがせていたとき、私は「退路の確保こそが大切」と述べました。学校教育現場というのは一種の密室であり、強い同調圧力があります。ムラ社会です。そうした環境に順応できない学生が自分自身を守るためには、脱出するほかありません。

チュチェ102(2013)年3月26日づけ「庭師のように」において私は以下のように述べました。
http://rsmp.seesaa.net/article/351906692.html
>> (前略)間違えて「魔境」に入り込まないように正確な情報を広報すること(「この学校ではシゴキ・シバキが横行していて、それに耐えられない人にはお勧めできない」など)や、一度は方法に賛同して「参入」したものの、やっぱり「退出」したい人と思った人がスムーズに「退出」できるようにすることといった「人為的」な「手入れ」は不可欠(以下略) <<
社会通念的でない秋山木工の考え方に共感する人を「思想改造」することは現実として困難です。引き止め切ることはできないでしょう。であれば、上述のような「事後の善処」を整備することのほうが現実的でしょう。

退路を十分に確保しておき、時代の流れに任せるほかないでしょう。参入と退出が実質的に自由に行われる環境を整備し、長期的な自然淘汰を待つほかありません。もちろんケインズが指摘したように、「長期的には我々は皆死んでいる」のですから、労基署の手入れや世論喚起も怠るべきではありません。また、精神的に追い詰められたがための判断力の低下というケースも無視できないでしょう。チュチェ104(2015)年10月15日づけ「周囲の助けを借りつつ「嫌だから辞める」「無理だから辞める」べき」において、365日連続勤務でうつ病を発症した男性の「だんだん、考える時間もなく精神的におかしくなっていったのかなと思う」という発言を引用した上で、私は労働問題専門弁護士や労働組合による「脱出援護」を提唱しました。退出を援護する手厚い体制も不可欠です。しかし、最終的な根絶は、やはり「時代の流れ」なのです。

更に言えば、「ワタミ」や「すき家」でのブラック労働に大きな転換を迫ったのは、求職応募者の減少=労働市場からの自然淘汰の傾向が見えはじめたことに対する企業側の危機感でした。「時代の流れ」は、短い時間軸においても作用することが既に知られています。労基署の手入れ(一律的な法規制の活用)、世論喚起(要求活動)、退路を十分に確保することによる自然淘汰(辞める)、これらをトータルに活用すべきでしょう

■再生産の恐れ――「組織の主体は誰なのか」という観点
秋山木工の独特の「徒弟制度」は、秋山社長自身の体験に基づくものです。つまり、これは「再生産品」です。秋山木工で修行した「将来の親方」が、この方法論を更に再生産する恐れについて考えてみましょう。

秋山社長は、「技術は練習すれば誰でもできるようになるけど、人を思いやり、感謝する心は直に教えないと学べない」などとし、「人を思いやり、感謝する心」を強調しています。ワタミの渡邉氏も同じことを連呼していました。そして、従業員が死にました。内実が問題です。

ワタミの方法論について、かつて私は以下のように述べました。チュチェ102(2013)年6月3日づけ「ワタミは「ブラック」というより「急進左翼」」より再掲します。
>> 翻って渡邉美樹氏はどうか。「『無理』というのはですね、嘘吐きの言葉なんです」というのは立派な哲学ですし、おそらく渡邉氏ご自身は、大抵のことは意志の力で乗り越えることのできる超人なんでしょう。しかし、残念ながら部下はそうではない。ワタミという企業の主体は誰なのか。渡邉氏が何から何まで一人で成し遂げる個人経営の居酒屋なら、「大将の哲学」ということでいいでしょう。しかし、ワタミのような巨大企業になれば、その主体は、(朝鮮革命のチュチェが「首領・党・人民大衆の統一体」であるように)「渡邉氏・幹部社員・一般社員の統一体」です。決して「超人;渡邉美樹」の事情だけでは済まないのです。 <<

秋山木工の関係者が独特の「徒弟制度」を維持しているという事実を、部外者が完全に根絶させ、かつ、彼らに「思想改造」を行うことは現実的に困難です。心変わりした労働者・如何見ても無理そう労働者が安全かつ迅速に脱出できる退路を確保し、手厚い脱出援護体制を確立した後は、定期的な手入れをしつつも、一種の「隔離状態」にし、自然淘汰を待つほかないでしょう。

しかし、せめて関係者各位におかれては、いまはまだ大丈夫であっても、ゆめゆめご自分の「あるべき論」ばかりを振りかざさないようにしていただきたいと願うのであります(記事では「あるべき論」が前面に出過ぎているので心配です)。そうした無茶な押し付けは、自然淘汰を自ら促進することにもなり、自分自身の首を絞めることにもなるでしょう
posted by s19171107 at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
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