2016年10月11日

長谷川秀夫教授はワタミと同じレベルの「急進左翼」――「時代」ではなく「その人自身」

言いたいことは分かりますし、私も過労経験者――あれも人生の1ページでした――ですが、こんなことは絶対言いませんし、他人に要求しませんよ。むしろ「帰宅催促屋」でしたから。以下で述べます。
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1610/11/news044.html
>> 2016年10月11日 08時00分 更新

スピン経済の歩き方:
電通や東芝といった大企業が、「軍隊化」してしまうワケ

 10月7日、電通の新入社員の女性が「過労自殺」だったとして労災認定された。また、政府はこの日の閣議で「過労死等防止対策白書(2016年版)」を決定、これを受けて「残業100時間くらいで自殺なんて情けない」とコメントし、批判に晒(さら)されていた武蔵野大学の長谷川秀夫教授が自身のFacebookに謝罪文を出した。

 「不快な思いをさせてしまい申しわけございません」というお詫びの言葉の後、今回の問題の根幹をなす一文があったので引用させていただこう。

 『とてもつらい長時間労働を乗り切らないと、会社が危なくなる自分の過去の経験のみで判断し、今の時代にその働き方が今の時代に適合かの考慮が欠けていました』(長谷川教授のFacebookより)

 既に話題となっているように、長谷川教授は、MBAホルダーのビジネスエリート。東芝で23年間、経理一筋で勤め上げた後、コーエーのCFO(最高財務責任者)にヘッドハンティングされ、ニトリの取締役も歴任した「プロのCFO」(日経金融新聞 2003年9月29日)として知られている。ご自身が語る「とてもつらい長時間労働の経験」というのは、おそらく東芝時代のことだろう。

 『米商務省による二度の反ダンピング訴訟では調査・資料作成を担当して勝訴に貢献、米国の赤字子会社に上級副社長兼CFOとして赴任した際は一年で黒字化させた実績もある。プロとしての自負は強い』(同上)

 こういう会社員人生を歩んできた人が、「1日20時間とか会社にいるともはや何のために生きているのか分からなくなって笑けてくるな」(女性社員のツイート)というSOSを目にしても、単にプロ意識が欠如した「甘え」にしか映らない。「これだから最近の若いのは」というオジさん世代の憤りが、死者にムチ打つ「失言」につながった、というのは容易に想像できよう。

 ただ、一方で、長谷川教授のように「大企業の社員として成功したオジさん」が、こういう思想に執着していることこそが、今回の女性社員のような「犠牲者」を生み出す原因になっている、という現実も忘れてはいけな 長谷川教授の主張の根っこにある考え方というのは、分かりやすく言えばこうなる。

 「我々も若いときは長時間労働やらきつい目にあってきたんだから、今の若い人たちもちょっとくらいの辛さで泣き言を言うな」

 これは特にユニークな考えではなく、企業の中で長く生きてきた上の世代からすれば、「常識」ともいうか、かなりベーシックな仕事に対する考え方だ。「辛い体験」を経て成功をした企業人は、若い世代にも自分と同じような体験が必要だという考えにとりつかれる。だから、そこから逃げ出す若者は、「情けない」となる。

 このような「オレができたことをお前ら若い連中はなぜできぬ」的思想が、特に際立って強い企業が、新入社員に富士山登頂をさせるなどコテコテの体育会系文化をもつ電通だ。


(中略)

 では、なぜ電通や東芝という立派な大企業に、在籍する人たちがそろいもそろって、こういうハラスメントにつながる思想に囚(とら)われてしまうのか。

 いろいろな意見があるだろうが、個人的には、大企業に限らず、日本の組織の多くが、戦時体制下の組織を引きずっているからではないかと思っている。


(中略)

 このように日本社会全体が、戦時体制を引きずる中で、年功序列という組織に入った年次を基にした人事制度、上官の命令は絶対服従、所属組織への強い忠誠心、など旧日本軍の組織文化が、日本企業に引き継がれていったのは決して偶然ではない。「企業戦士」になんの疑問も抱かせず、「経済戦争」に没頭させるには、「軍隊」という戦争のための組織をモデルにするのが、最も理にかなっているからだ。

(以下略) <<
■「時代」ではなく「その人自身」
大炎上して慌てて「今の時代にその働き方が今の時代に適合かの考慮が欠けていました」などと弁解していますが、あいかわらずコトの本質が分かっていない点、本当の反省ではありません。問題はその働き方が今の時代に適合か」ではなく、「自殺した彼女に適合した働き方」なのです。

かつて、大阪市立桜宮高校バスケ部での自殺事件(これも体育会系ですね)に関連して私は、以下のように述べました。チュチェ102(2013)年2月14日づけ「受け手次第」から再掲します。
>> 誤解を恐れずに言えば、たしかに「特殊」だったかもしれません。なぜならば、ああいうシゴキは日本中、津々浦々で長年行われてきましたが、だからといってシゴキを受けた生徒がガンガン自殺していたかといえば、決してそんなことはなかったからです。人ひとりの死を「統計数値」として見ることに対して批判的な方も多いかと思いますが、やはり、そういわざるを得ないことも事実です。

しかし、ここで重要なのは、「深刻さの度合いは『受け手』次第である」ということです。本件における元教諭擁護者において決定的に欠如しているのは、そこでしょう。たしかに、「世間平均」からみれば「特殊」かもしれませんが、こういう問題は本質的に「深刻さの度合いは『受け手』次第である」なわけです。「ヤワすぎる」とかいったとしても、そもそもそんな主張は無意味なのです。

もちろん「スポーツマンたるもの、あの程度で音を上げるようではダメだ。もっと根性をすえるべきだ」というのは、まあそれもそれで一つの意見、理想像かもしれません。しかし、あなたの理想像だけで物事を語られてしまっては困ります。「現実がオカシイんだ、理想社会に向けて革命だ!」といって、急進的に社会を改造しようとして大失敗した「共産主義の思考・方法」となんら変わるところがありません。

もし、「スポーツマンたるもの、あの程度で音を上げるようではダメだ。もっと根性をすえるべきだ」というのであれば、それ自体は結構ですから、せめて現実、スタートラインを見据えてください。その上で、理想を実現するための方法を考えてください。「現実がオカシイ!」というのは、そうかもしれません。しかし、良くも悪くもそれが「現実」なんです。
<<
自殺問題は、「あなたがそうだからといって、他人が同じように感じるとは限らない」という厳然たる現実に立つべきです。個人によって脳回路が異なるのですから、客観世界からの刺激への反応は、ひとそれぞれです。「あんな程度で・・・」と言ったところで、受け止め方はその人次第なのだから、「あるべき」論を押し付けてはならないのです。

また、「時代」などという言葉で生身の人間を一括してサンプリングし、それを基準として個々人を論じることも「同じ穴の狢」です。「あるべき論」も「サンプルからの演繹」も、一人ひとりの現実に目を向けているわけではありません

これら、「一人ひとりのリアルを見つめるのではなく、生身の人間を一括してサンプリングし、そこに理想至上主義を付加する思考」は、結局のところ、20世紀を通じてその誤りが徹底的に暴露されつくした「急進左翼」の考え方そのものです。急進左翼政権は、失政があったとしても「あるべき」論の押し付けで生身の人間の犠牲など意にも介しません。急進左翼政権の計画経済は「統計」を元に需給を計算したものの、一人ひとりの消費者の細かいニーズには、ついに応えられませんでした。

レッテル貼りはしたくありませんが、こういわざるを得ないのです。「日本軍体質」すなわち「精神主義」などという甘っちょろいものではありません。

オヤジが「オレの若い頃は〜」などというのがバカ丸出しなのは勿論、「ジェネレーションギャップ」などと総括するのも同じくらいのバカ丸出しっぷりなのです。大切なのは、「時代」ではなく、「その人自身」なのです。

■その人自身に合わせた漸進主義は「甘やかし」でも「現実迎合」でもない
このように主張すると必ず「甘やかすことに繋がるのではないか」という懸念が表明されます。あるいは、「理想を捨てて現実に迎合する思想」という批判もあるでしょう。そうした主張と私の立場は決定的に異なります。一言で言えば、私の立場は「漸進主義」です(以前から述べているように、左翼・共産党対策部署の経験が私にはありますが、この論点は本当によく話題になりました)。

「一人ひとりに合わせる」ことと「甘やかすこと」は決定的に異なります。甘やかすことは、「現状のままでいいよ」ということであり、「停滞のススメ」です。私の立場は漸進主義、すなわち、スピードはさておき、進み続けることが大前提です。「歩きたくないよー」は原則として許しません

「理想を掲げること」と「急進主義」は全く異なります。遠大な理想を掲げつつも、足元を漸進的に固めてゆくのです。現実を無視した急スピードは単なる空想論・観念論です。

漸進主義は「現実主義的進歩主義」なのです。

■周囲の人間による配慮の必要性
「子どもじゃないんだから人事部がそこまでしてやる必要はない」という声もあるかもしれません。東芝うつ裁判の判例がそうした言説を粉砕していますが、判例を引き出すまでもなく「適材適所に配置しないと、従業員にも企業利益にもマイナスで誰も得をしない」のです。

また、外見的には「子どもじゃない」のかもしれませんが、過労による判断力の低下を見逃すことは出来ないでしょう。チュチェ104(2015)年10月15日づけ「周囲の助けを借りつつ「嫌だから辞める」「無理だから辞める」べき」において、365日連続勤務でうつ病を発症した男性の「だんだん、考える時間もなく精神的におかしくなっていったのかなと思う」という発言を引用した上で、私は労働問題専門弁護士や労働組合による「脱出援護」を提唱しましたが、人事部以外にも弁護士や労組によるサポートというアプローチもあるでしょう。

「各部署にそんな悠長な教育をやっている余裕はない」はないという指摘もあるでしょう。そうであるならば、「担当から外す」までです。何のための人事権なのでしょうか?繰り返しになりますが、「適材適所に配置しないと、従業員にも企業利益にもマイナスで誰も得をしない」のです。

■配慮のための視点
こうした配慮――反急進の漸進主義のサポート――を組織生活において実践するためには、どういった視点が必要でしょうか? 最後に二つの過去ログの再掲します。

チュチェ102(2013)年6月3日「ワタミは「ブラック」というより「急進左翼」」で私は次のように述べました。
>> 翻って渡邉美樹氏はどうか。「『無理』というのはですね、嘘吐きの言葉なんです」というのは立派な哲学ですし、おそらく渡邉氏ご自身は、大抵のことは意志の力で乗り越えることのできる超人なんでしょう。しかし、残念ながら部下はそうではない。ワタミという企業のチュチェは誰なのか。渡邉氏が何から何まで一人で成し遂げる個人経営の居酒屋なら、「大将の哲学」ということでいいでしょう。しかし、ワタミのような巨大企業になれば、そのチュチェは、(朝鮮革命のチュチェが「首領・党・人民大衆の統一体」であるように)「渡邉氏・幹部社員・一般社員の統一体」です。決して「超人;渡邉美樹」の事情だけでは済まないのです。 <<
チュチェ102(2013)年2月14日づけ「受け手次第
>> その点では、「指導か暴力かの基準づくり」というのも、少し危ない考えかもしれません。おそらくそれは、何らかの「世間平均」の設定になることでしょう。しかし、繰り返すように、そもそもこの問題は画一的にどうこうすべき問題ではないのです。画一的な基準を設定している限り、「世間平均」からの「外れ値」が問題になる可能性はあり続けるでしょうね。 <<

「一人ひとり差異がある生身の人間」という現実をあるがままに捉え、それを基盤に「現実的なスピード」で「あるべき形」を目指すべきです。これが私の言う漸進主義であり、これこそが現実主義であると自負しています。これに外れる「急進主義」や「あるべき論」は、急進左翼に転落することでしょう。
posted by s19171107 at 22:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
長谷川秀夫は自分の教え子と同年代の子の死を侮辱した。
プロの教育者としての姿勢が問われている。この場合の氏の上司は死亡された方の名誉であると同時に世間である。氏はプロ意識があれば上司を説得できると述べていた。氏の行動では、まだ上司を説得出来てはいない。ここでこそプロ意識を発揮するところである。氏はプロ意識があれば残業なんぞいとわないとも述べられた。自身が抱えている問題に対しプロ意識を持っているのであれば、中途半端な謝罪とコメント削除のような生ぬるい対応だけではないはず。すでに1か月たっているが、世間を説得しうるプロとしての行動が見受けられない。プロの教育者として上司(世間)を説得するため100時間の残業もいとわず努力してほしい。長谷川秀夫氏の根性を見せてほしい。今のままでは貴殿の発言には何の説得力も持たない。繰り返す、長谷川秀夫氏は大学教授でプロの教育者だ、プロとしての姿勢、人の死を侮辱した罪についてきちんと考えて行動してほしい
Posted by 名無し at 2016年11月05日 13:50
長谷川秀雄は教育のプロである。プロとしての行動が必要である。自身の教え子と同年代の子の死を侮辱した行為は非常に重い罪である。氏が述べたプロフェッショナルとして、自身の罪を償う必要がある。氏はプロフェッショナルであれば100時間の残業をいとわず、上司を納得させる結果をだすのが当たり前だと述べた。今回の件の場合、氏の上司は亡くなった子の魂であり、全国で過労に苦しむ労働者であり、大学生であり、世間である。氏の発言から半年がたっている。氏は教育のプロの「教授」なのだから、300時間から400時間の残業を行い、上司を納得させることなの朝飯前のはずだ。なのにこのざまは何のだろうか?氏は中途半端にコメントを撤回しただけであり、生ぬるい対応に終始している。非常に残念である。氏の素晴らしきプロとしてのキャリアの晩節を汚さぬよう。きちんと残業してプロとして仕事をしてほしい。
Posted by プロの教育者 長谷川秀雄 at 2017年04月29日 07:46
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