http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161109-00011693-wsj-int
>> トランプ氏の強さ、地方とブルーカラーが背景http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161109-00000073-asahi-int
ウォール・ストリート・ジャーナル 11/9(水) 15:52配信
ホワイトハウスを勝ち取るための戦いは大接戦にもつれ込んでいる。その背景には、共和党のドナルド・トランプ候補が地方やブルーカラー労働者の多い地域で大幅に勝っている一方、民主党のヒラリー・クリントン候補は同党の牙城だった都市部で弱いことがある。
出口調査と開票初期の情勢をみると、クリントン氏は4年前のオバマ大統領ほどには黒人票を獲得しておらず、そのために工業が盛んな大票田のいくつかの州での劣勢を強いられている。民主党が票を稼げるはずのペンシルベニア州フィラデルフィアでは前回の大統領選に比べ、得票数が4万6000票少ない。同州が大接戦を演じている一因がここにある。
ミシガン州デトロイトとその周辺を含む都市部でも、民主党の得票数での優位度は半減すると予想され、クリントン氏の得票数が4年前のオバマ氏より大幅に減るのは確実とみられている。
民主党はトランプ氏について、メキシコからの不法移民を誹謗(ひぼう)する発言やイスラム教徒の入国を禁止するとの提案により、マイノリティー有権者からは支持されないと見込んでいた。その思惑を裏切る形で、トランプ氏はクリントン氏を窮地に陥れている。
(以下略) <<
>> トランプ氏、民主党の地盤を次々破壊 産業廃れた各州すべてを経済に還元させる分析は不十分だとは思いますが、重要な指摘であることは間違いないでしょう。
朝日新聞デジタル 11/9(水) 17:29配信
トランプ氏は、以前からの共和党の地盤を確実に固めたほか、フロリダ州やノースカロライナ州など東部の激戦州を制した。特に、産業が廃れて「ラストベルト」と呼ばれる各州で支持を伸ばしたことが勝因となった。
トランプ氏は投票を控えた最終日に、フロリダ州など激戦州に加え、1992年から民主党が制してきたミシガン州などで相次いで遊説。選挙戦で訴え続けたスローガン「米国を再び偉大にしよう」を唱え、支持を呼びかけた。
(以下略) <<
では、トランプ氏は、労働者の「期待」に応えることはできるでしょうか?
7日づけ「十月革命記念日にヘマしたパヨクは『資本論』を学習しなおすように」でも引用したとおり、マルクスは次のように指摘しています。
>> ・・・ここで諸人格が問題になるのは、ただ彼らが経済的諸カテゴリーの人格化であり、特定の階級諸関係や利害の担い手である限りにおいてである。経済的社会構成体の発展を一つの自然史過程と捉える私の立場は、他のどの立場にもまして、個々人に諸関係の責任を負わせることはできない。個人は主観的にどんなに超越しようとも、社会的には依然として諸関係の被造物なのである。 <<マルクス『資本論』第1巻第1分冊、新日本出版社、1982年、p12
キム・ジョンイル総書記は次のように指摘されています。
>> 帝国主義の侵略と略奪政策は社会制度に基礎を置いているため、大統領が代わったからと言って何か「理性」的な帝国主義になるものではありません。誰が大統領になるかによって帝国主義が侵略的になったり、そうではなくなるなどと見てはなりません。歴代帝国主義国の大統領は、独占資本家の利益の代弁者でした。 <<キム・ジョンイル『侵略と略奪は帝国主義の変わらぬ本性である』、朝鮮労働党出版社、2002年 (引用元)
マルクス、そしてキム・ジョンイル総書記が指摘しているように、政治家は、その社会構造が生んだものに過ぎません。誰が大統領になろうとも、小手先の政策にこそ違いがあるとはいえ、本質において「飛躍」はありえないのです。現に建玉のある資本家や、そうした連中の利益を代弁する「専門家」にとっては、そうした小手先の政策が収益に直結するため、いままさにテレビ等で放映されている通りに大騒ぎしていますが、本質においては、トランプ氏もクリントン氏も大差ないのです。
だいたい、トランプ氏は、「大統領」になったに過ぎず、「皇帝」になったわけではありません。共和党組織をバックに、ブレーンと共に政治を執行してゆくことでしょう。ビジネスが本当に一人でできるわけではないのと同様、政治だってそうせざるを得ません。共和党組織は、本質において「大資本の使い走り」に過ぎません。要するに、トランプ氏は、「大資本の使い走り」の枠を越えることはないのです。仮にトランプ氏が「大資本の使い走り」から脱しようとすれば、極端にはJ.F.ケネディのような末路を辿ることになるでしょう。トランプ氏が大統領になったことによって何か大きく変わるかのような言説がかなり広範に広がっていますが、まことに観念論的な見方です。
ちなみに、トランプ氏自身、日常的な政治は「副大統領」に任せると述べていました。自他共に認める「政治の素人」であるトランプ氏に対して、マイク・ペンス副大統領候補は「政治のプロ」です。そうした「政権構想」ひとつ取っても、「トランプ氏のやりたい放題」になる可能性は低いといえるでしょう。
それはさておき、トランプ氏は、労働者の「期待」に応えることはできないでしょう。このことこそが、長期的に見て労働者階級にとって福音となります。クリントン候補のような「明らかに既得権益層」が見限られたのにつづき、数年以内に「改革のビジネスマン」が見限られるのは間違いないでしょう。「政治改革」がついに行き詰まり、それが幻想に過ぎないことが白日の下に晒されるのです。
「政治改革」などという小手先の小細工の行き詰まりこそが、「社会総体の大改革」への道を切り開きます。経済、社会、思想文化を含めた社会総体の構造こそが、いまの閉塞感の元凶であることを否応なしに認めざるを得なくなるのです。「トランプ後」こそが、いよいよ労働者階級にとって正念場になるのです。
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