>> 橋下徹氏、チケット転売を容認 「価値があるものは高く売れる」■日本音楽制作連盟の「思い」は素人制度設計で逆効果に――航空機チケットのキャンセル制度との比較
J-CASTニュース 11/30(水) 21:30配信
(中略)
「物価を一定に維持して行くのは社会主義、共産主義。何で今、転売行為が問題になっているのか、さっぱりわからない」
と、転売行為が問題視されていることを不思議がった。
(中略)
日本音楽制作連盟「金銭的に余裕がある人しかライブを楽しめない」
じつは、「チケットの転売行為」について、経済行為としては「問題がない」としている識者がいないわけではない。経済学者で、嘉悦大学の橋洋一教授もその一人。「倫理的な問題などを除けば、転売は経済的には非難されることはない」という。2016年8月29日付の現代ビジネス「ニュースの深層」で主張していた。
「橋下×羽鳥の番組」では、橋下氏も「違法行為」(各都道府県の迷惑防止条例違法違反)については、「(法律は)転売を違反行為だといっているのではなく、あれは迷惑行為を罰しているもの」とし、そのため転売行為が「社会的な批判にはあたらない」としている。
また、アーティスト側がチケットを発行して広く販売しているのだから、転売されても仕方がない状況になっているとも話し、むしろチケットの販売方法や価格などを問題視しているようだ。
2016年8月、多くのアーティストが賛同した「私たちは音楽の未来を奪うチケットの高額転売に反対します」の意見広告を目にした人は多い。J‐CASTニュースは11月30日、その共同声明を発表した音楽団体の一つ、日本音楽制作連盟に、橋下氏の主張についてどのように考えているのか、聞いた。
すると、
「たしかに、多くの識者の方がご指摘のとおり、一つひとつのライブという単位でみれば、需要と供給により、価格が決定されるべきであるということは経済学的には正しいのかもしれませんし、単純な転売行為だけをみれば、それを規制する法律がないというのも理解しております。
しかし、音楽ビジネスは単にそのライブだけで完結するものではありません。子どもから大人まで、男女を問わず、多くの方にライブに足を運んでいただく機会をつくり、応援していただける方を増やしていくことで、新たな音楽を生み出すための再投資をしていかなければなりません。
単に、『資本主義の大原則』にしたがってライブのチケットを販売し続ければ、多くの人気アーティストのライブは、金銭的に余裕がある一部の人しか楽しむことができないこととなってしまいます。それにより、金銭的に余裕がない若者などは音楽から離れていき、ひいては音楽文化の衰退にも繋がりかねません。
私たちが『資本主義の大原則』に従って、ライブのチケットを販売することは簡単で、目先の利益を考えればそれにより一時的に利益を最大化することができるかもしれません。しかし、そのような行為が音楽文化の衰退に繋がることは明白であると考えておりますので、継続して高額転売の禁止を訴えているという次第です」
とのコメントを寄せた。
最終更新:12/1(木) 19:05 <<
日本音楽制作連盟の指摘には一理あります。転売は「金銭万能」が横行することになり、社会文化的に大きな悪影響を及ぼしかねないという懸念は正しいでしょう。しかし、残念ながら彼らの願望に反して、彼らの方法は逆方向の効果をもたらすことでしょう。「金銭万能」を予防しようとするあまり、「所有権の移転」そのものを規制し過ぎています。
コメ欄に興味深い意見が寄せられているので、ご紹介しましょう。
>> tmi***** |2016/12/01 01:52
会員登録時の顏認証を取り入れて機械で本人確認、もし行けなくなっても会員同士が譲り合えるシステムがあれば解決する。もちろん転売は良くないが、アーティスト側の問題でもある。既に行っているグループもある。 <<
>> yuj***** |2016/12/01 04:22
tmiに賛成。
記名チケットにして、行けなくなったファンは主催者側が買い取り再販する。それをキャンセル待ちのファンが買う。
航空券でできているのだからイベントのチケットでもできるはず。 <<
>> 野球大好き評論家 |2016/12/01 05:34
開催側がチケット回収して、それをキャンセル待ちって…
その開催側の件費負担はアーティスト持ちでするのか。 <<
>> yuj***** |2016/12/01 05:41鋭い指摘です。航空機チケットも転売が禁じられていますが、音楽コンサートほどの問題は起きていません。航空機チケットは、キャンセル制度を通してスムーズな「所有権の移転」が可能になっているので、「急に必要なくなった人」と「急に必要になった人」「どうしても必要な人」とを柔軟にマッチングさせることができるのです。
航空券の場合は、チケット回収費用はキャンセル料として購入者が負担しているので、それに倣えばいいのでは。 <<
「金銭万能」を予防しようとする連盟の姿勢は正しいと思いますが、「所有権の移転」そのものを規制し過ぎる素人考えの雑な制度設計では、「特に予定が詰まっていない計画通りに行動できるヒマ人」ばかりが有利になるというマイナス効果をもたらしかねません。
■臨時的で柔軟な資源の融通のために
橋下氏のいう「資本主義の大原則」に強硬に反対するという一点において、20世紀の社会主義国家は、連盟にとって「同志」でしょう。20世紀の社会主義国家は、転売による私的利殖行為を禁じるため、私的な取引を原則として禁じていました(計画経済)。しかしながら、そうした計画経済においても、緊急・臨時の資材融通のために補足的ではあるものの、市場取引が存在していました。
物事は当初計画どおりには進まないものです。事前の公的なルートだけでは到底間に合わないのです。その点、市場取引は、売り手と買い手が2人いれば成立するものです。臨時的で柔軟な資源の融通には市場的方法が優れているのです。
日本音楽制作連盟は、臨時的で柔軟な資源の融通についてどういう方法論を持っているのでしょうか?
■早い者勝ち経済と長蛇の行列
コンサート運営者がド素人であれば、さらに事態は酷くなります。要するに「早い者勝ち」。これはますます「ヒマ人有利」になることでしょう。「早い者勝ち経済」といえば「長蛇の行列」。「長蛇の行列」といえば「ソビエト」。橋下氏の「物価を一定に維持して行くのは社会主義、共産主義」というコメントは――たぶん彼はそこまで深く洞察して発言はしていないでしょうが――ある意味正しいのかもしれませんw
事実、一部の文化芸術イベントでは、「ダフ屋死ね」と稚拙な運営体制のために、途方もない長蛇の行列ができています。また、文化芸術ではありませんが、鉄道趣味の世界では、「特急xxラストラン、指定席券10秒で完売!」といった同様の事態がしばしば発生しています(鉄道趣味界はコンサート以上に酷いですよねぇ。ダフ屋云々以前に、公式の販売ルートそのものが酷い。ダフ屋を徹底排除したところで10秒完売が30秒完売になるくらい? こっちは仕事あるんだけど。。。)。
文化芸術界に存在する日本音楽制作連盟は、ヒマ人有利な長蛇の行列問題についてどういう方法論を持っているのでしょうか(鉄道会社にも問いたい)?
■「よりよい配給制」の探求を怠っている――経済学的にこそ考えるべき
日本音楽制作連盟の発想は、ある種の「配給制」と言っても良いでしょう。スーパーマーケットなどでたまに見られる「お一人様xx個まで」という張り紙からも分かるように、資本主義経済においても、時には「配給制」は必要です。しかし、上で述べてきたように、連盟は「金銭万能を予防する」という大義名分の下に思考停止し、「よりよい配給制」の探求を怠り、結果的に別の問題を発生させているのです。
こうした思考停止は、「経済学的には正しいのかもしれません」というくだりと、コメント全体の文脈から考えて、「我々は経済学とは異なる指針に立っている」という、ある種の「反経済学」的な立場に連盟が自らを位置づけていることも影響しているかもしれません。
経済学は本質において、「選択と分配の学問」です。その意味では、チケット転売問題の制度設計は、極めて経済学的テーマです。もし、チケットの流通を認めながらも、高額転売による私的利殖行為を禁じるというのであれば、それは経済学的に考察しなければなりません。でなければ、前述のように、必要以上の流通規制により別の問題を引き起こし、目的とは逆の結末に至ることでしょう。
ちなみに、経済学は実証的分析と規範的分析の2本立てで成立していますが、規範的分析分野においては、「より多くの人に利益を」という連盟の指針と同じ考え方もあります。なお、近代経済学=「カネ儲け至上主義」、マルクス経済学=「より多くの人に利益を」という分け方では決してありませんヨ。有効な社会政策・制度設計は近経学者から提出されたものが多いのは、最近ではマル経学者からも認める発言が出てきています(松尾匡氏など)。だいたいこの「2本立て」は近経の考え方ですw
■「価値があるものは高く売れる」のミクロ経済学的意味
橋下氏が如何考えているのかは知りませんし、あいつの考えなどはどーでもいいのですが、経済学者の橋洋一氏の「倫理的な問題などを除けば、転売は経済的には非難されることはない」の言いたいところは、だいたい次のような内容になるでしょう。
経済学(ミクロ経済学)において、需要者(買い手)の支払い申し出価格は、彼の商品に対する価値評価を反映しています。オークションを想定すれば理解し易いでしょうが、多くの買い手が支払い価格を申し出合うことによって、どうしても欲しい人はそれ相応の買い取り価格を提示し、それほどでもない人は「こんなものに、こんな額は払えない」として、オークションから退出します。
こうした買い手同士の競争によって、「なんとなく欲しい人」にではなく「どうしても欲しい人」に貴重な商品が渡ることになります。苦労して稼いだ金銭と貴重な商品とを引き替えにするからこそ、買い手側はマジになるのです。
ダフ屋から高い金銭を払ってでも購入しようとする人は、喉から手が出るほど欲しがっている人です。「高額な転売品に頼るほど、喉から手が出るほどに欲しがっている人に融通して何が悪いの?」「確かにダフ屋も儲かっちゃうけど、それは必要悪だよね」といったところなのでしょう(たぶん)。
もちろん、これは「金銭万能」をも正当化してしまう言説であり、私は支持できません。たしかに転売は「喉から手が出るほどに欲しがっている人にこそ融通できるシステム」でありますが、もっと規範的分析においてスマートな分配論があれば、そっちであることに越したことはありません。私の規範的分析は、ダフ屋に頼るよりも、航空機チケットのキャンセル制度を応用した柔軟な流通制度を構築すべきであります。
■マルクス経済学的にも興味深い転売規制問題
ちなみに、マルクス経済学的に考えるとこれは、「商品流通『W−G−W』を認めながらも、利殖行為『G−W−G』は認めない」、つまり、「『手持ちの不用品を売って貨幣を入手し、その貨幣で別の商品(コンサートのチケット)を買う』のは認めるが、『貨幣で商品(コンサートチケット)を購入し、転売によって貨幣を得る』ことは認めない」ということになります。
理屈上、商品の市場流通と市場での利殖行為とは区別できますが、実際においてはこれら2つの行為は連続的であり、実践的には片方を禁じてもう片方を許すというのは困難です。しかし、これを首尾よく実践的に区別できるようになれば、「市場交換を残しながらも『資本の暴走』に歯止めを掛ける」という未来社会像が描けることでしょう。
やはり、チケット転売問題は経済学的に極めて興味深いテーマであります。
