2016年12月14日

「愛しているからこそ『死ね』」?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161213-00010000-bfj-soci&p=1
>> 「日本を愛しています」と語った俵万智さんに集まる「反日」批判 愛国とは何なのか

BuzzFeed Japan 12/13(火) 5:00配信


流行語大賞にノミネートされ、トップ10入りをした「保育園落ちた日本死ね」。「反日的だ」などとバッシングの矛先が向いた歌人がいる。【BuzzFeed Japan / 籏智広太】

「サラダ記念日」などで知られる俵万智さんだ。俵さんは流行語大賞の選考委員を務めており、Twitterなどに批判の声が集まった。
.

産経新聞がこの騒動を「『日本死ね』トップテン入りで、審査委員の俵万智さんに「残念で仕方ない』と批判・炎上 」と報じるなど、波紋は広がった。

俵さんは12月10日、「ちょっと見ないうちに、何か書かないと次に進めない雰囲気になっていました。だから一回だけ、その件について、私の思いを書きますね。お騒がせ&ご心配おかけしました」とつぶやき、下記のように思いを綴った。

“「死ね」が、いい言葉だなんて私も思わない。でも、その毒が、ハチの一刺しのように効いて、待機児童問題の深刻さを投げかけた。世の中を動かした。そこには言葉の力がありました。お母さんが、こんな言葉を遣わなくていい社会になってほしいし、日本という国も日本語も、心から愛しています“


(中略)


「日本を愛しています」と書いた俵さんは、ネットで批判されるように「反日」なのだろうか。

同じように「反国家的」だと指摘され、「私たちは愛国者だ」と反論した人がいる。
英メディア「ガーディアン」のアラン・ラスブリッジャー編集長だ。

2013年、アメリカやイギリスの国家機密に迫る報道を続けていたガーディアンは、英国会で批判に晒された。そして、ラスブリッジャー編集長はこう質問を受けた。

「あなたは国を愛しているのか?」
.

ラスブリッジャー編集長はこう答えた。

「そういう質問を受けることにちょっと驚いています」と前置きをしてから、編集長が語ったのは次のようなことだった。

「私たちは愛国者です。そして、私たちが愛国的であるためには、この国に民主主義の本質と言論の自由の本質が必要なのです。それを議論し、報じることができることも」

さらに、こうも繰り返した。

「私がこの国を愛するのは、書くこと、報じること、考えることに対して自由であるからなのです」

最終更新:12/14(水) 9:29
<<
日本の「愛国」界隈のことは良く知りません(興味もない)が、朝鮮における愛国者の例を引き出せば、俵万智氏と彼女への擁護論が相当苦しいことが分かります

朝鮮における愛国者といえば、何と言ってもキム・イルソン主席です(アン・ジュングンはただのアホ)。不滅の革命頌歌「キム・イルソン将軍の歌」で「絶世の愛国者」とうたわれています。生涯を祖国の解放と社会主義建設、敵との戦いに費やしたキム・イルソン主席は、まことに愛国的な生を送られました。

そんな絶世の愛国者キム・イルソン主席が「朝鮮死ね」と言ったことは、私は一度も聞いたことはありません。もちろん、軍人として革命指導者として、「反革命分子死ね」といった調子で流血の事態を指揮したことは事実です。しかし、それらはあくまで원쑤(憎き敵という意味の朝鮮語)に対するものでした。

そう、「死ね」という表現は원쑤に対する憎しみを込めた表現であり、愛する祖国に対して使うような単語では決してないのです。これは、日本でも基本的には同じでしょう。戦闘的革命精神がない分、日本のほうが対人関係は「ぬるい」でしょうし。

いまさら言い訳を重ねるのは無意味です。言葉というのものは対人コミュニケーションの道具です。「愛しているからこそ『死ね』」などという感性は一般的ではなく、多くの場合、相手の気分を害する表現です。伝わらなければ意味がなく、誤解されたのであれば、意図を弁解した上で表現を撤回し、別の単語で言い換えるのが常識人の対応です。

俵氏擁護のために、英「ガーディアン」のアラン・ラスブリッジャー編集長の言葉(これそのものは正しい)を引き出せるようなケースではありません。まったく違うケースなのです。「民主主義の本質と言論の自由の本質」のためには「死ね」は良いのでしょうか。「自由」「民主主義」という枕詞をつければ何でも許されるのでしょうか?

また、本件はそもそも「流行語大賞」であり「俵万智が今年気に入った単語リスト」ではありません。俵氏が日本を愛しているかどうかなど関係ありません。審査委員の好き嫌いに関わらず、客観的に見て流行した言葉を選出するのが本来的な意味での「流行語大賞」です。思わず自白してしまった?wそこも今回の反発――たいして流行っていない言葉を、政治利用のために選出する――の一因なのですよ。「日本死ね」という単語そのものではなく、その背後にある邪な思惑と、社会的影響力のある媒体を私物化していることにも非難が集まっています

私は親朝(朝鮮民主主義人民共和国)派の左翼であり、それゆえに世界各国の愛国・愛族主義精神にはシンパシーを感じています(たとえば、アメリカ愛国主義の立場に立つことはありませんが、アメリカ人が故郷を愛する、ごくごく普通の感情には共感します)が、それにしても愛国主義に対する変わり映えのないの「反論」ですね。アクロバットな言い訳と「言論の自由」。もう少しひねりはないのでしょうか?
posted by s19171107 at 20:42| Comment(1) | TrackBack(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
またネトウヨの見苦しい言い訳ですか(⌒,_ゝ⌒)
Posted by at 2016年12月15日 17:49
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック