2016年12月16日

自主的かつスマートなブラック企業訴訟の実績――辞めた上で法的責任を問う方法論

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161216-00000012-mai-soci
>> <ブラック企業訴訟>3年闘った女性 「勇気出し声上げて」

毎日新聞 12/16(金) 10:03配信

 違法な長時間労働を強制されたなどとして、20代の元従業員の男女6人が、仙台市青葉区のマッサージ師派遣会社「REジャパン」=昨年3月に破産=の会社役員らに約3600万円の損害賠償を求めた訴訟は先月9日、仙台地裁で和解が成立した。3年間に及ぶ裁判を闘った原告の女性(27)=仙台市若林区=が毎日新聞の取材に応じ、「一人で思い悩まずに勇気を出して声を上げてほしい」と訴えた。【本橋敦子】


(中略)

 女性は13年5月ごろ、「会社を辞めたい」と申し出たが、社長は取り合わなかった。「社長は『人は宝だ』と言っていたが、大事にされたと感じたことは一度もなかった」。他人との会話を苦痛に感じるようになり、全身の倦怠(けんたい)感に苦しんだ。13年7月に退職した。

 その後、労働問題に取り組むNPO法人POSSE(ポッセ)などの支援を受け、元同僚と一緒に同11月に提訴。会社側への怒りから始めた裁判だったが、次第に「同じ思いをしている仲間の励みになれたら」との思いが強くなっていった。そして提訴から約3年後の先月、会社側からの解決金と文書による謝罪を勝ち取った。


(以下略) <<
きちんと退職した上で、なおかつ、法的に戦ったのはとても良かったと思います。以下、3つのポイントから述べてまいります。

当ブログでは以前から、「自主権の問題としての労働問題」というテーマを掲げ、労働者階級の利益を実現する立場から、「嫌だから辞める・無理だから辞める」ことの大切さを軸に、論考してきました。辞めるということは、勤め先の支配から脱することです。心身の無理をせず「退職」するのは、取り急ぎ安全地帯に脱出するという意味で最善の方法です。これは、いじめ問題においても述べてきました。第一のポイントです。

第二に、労働者が真の意味で自主的になるためには、企業側に足許を見られないために特定の勤め先に対する依存度を下げることが必要です。これについては、チュチェ104(2015)年10月8日づけ「「日本の労働組合活動の復権は始まっている」のか?――労組活動は労働者階級の立場を逆に弱め得る」で述べていますので、少し長いですが再掲します。
>> ■労組運動の危険性――企業側への依存度を下げ、企業側の労働需要独占の立場を掘り崩さなければならない
(中略)

労働者が真の意味で自主的になるためには、企業側に足許を見られないために特定の勤め先に対する依存度を下げることが必要です。なぜ電力会社が一般電力消費者に対して殿様商売ができる(できていた)のかといえば、他に売り手がいないからです。なぜ、自動車メーカーが下請け工場の部品をふざけた値段にまで値切ることができるのかといえば、他に買い手がいないからです。他に売り手/買い手相手が居ないとき、買い手/売り手は、売り手/買い手に対して依存的立場・弱い立場に置かれます。前述の競争市場の基本原理に対して独占市場の基本原理です。

労働者は同時に一企業でしか働けないのに対して、企業は同時に複数の労働者を雇用し得ます。いくら労働者が束になったところで、労働者が「できればその企業で勤め続けたい」という願いを前提として団体交渉に臨んでいる限り、最終的には企業側の掌の上に居続けます。企業は需要独占者の立場に居続けます。ミクロ経済学における「価格弾力性」を思い浮かべてください。ミクロ経済学によれば、需要者に対して供給者の価格弾力性が硬直的であった場合、たとえそれがマーシャリアン・クロスが成り立つ非独占・非寡占の市場であっても、取引の主導権は需要者側にあるといいます。分かりやすくいえば、「生活必需品でない商品は買わなくても消費者は困らないが、それしか商材のない生産者は何とかして売り切らなければならないので、結果的に値切り交渉・在庫処分安売りセールが起こりやすい」と言えばよいでしょう。これと同様に、「できればその企業で勤め続けたい」という労働者(労働供給者)の願いは、ミクロ経済学的には「需要者に対して供給者の価格弾力性が硬直的」と解釈できます。これはすなわち、こうした前提で臨む限り、団体交渉における労働者の立場は弱いということを示します。

■代替財の存在こそが依存度を下げる――辞職・転職カードが重要
価格弾力性の決定要因は代替財の存在の有無です。代替財があればその商品にこだわる必要は無いので、価格弾力性は弾力的になります。代替財がなければ何としてでも取引を成立させなければならないので、価格弾力性は硬直的になります。

ミクロ経済学的考察に基づけば、労働者の立場と為すべきことも見えてくるでしょう。真に交渉力を持つためには、「辞めるよ?」という脅しが必要なのです。「辞めるよ?」と言える立場は、代替財を確保している立場です。「辞めるよ?」と言えない立場で、団体交渉等によって企業側から「譲歩」を勝ち取りその利権を自らの生活に組み込むことは、特定の勤め先に対する依存度を上げることに繋がります
(以下略) <<

第三のポイントについて述べましょう。これも以前から述べてきましたが、勤め続けることを前提とした労使交渉によって仮に何らかの譲歩を引き出したとしても、もともと他人を踏み台として使い潰そうとしていたブラックな使用者側が真に反省するはずもないので、いつかどこかで必ず「巻き返し」があると考えて間違いありません。景気が著しく後退したり年齢を重ね家族を持つようになるなど、転職が困難になった状況下で「逆襲」をうけることでしょう。変な幻想をもたず、縁を切ることができるならばキッパリと切ったほうがよいのです。もちろん、周囲の助けを借りつつ「嫌だから辞める」「無理だから辞める」べきです。

(1)取り急ぎ退職したことによって心身の健康を守った。(2)退職したことによって、ブラックな勤め先に対する依存度をゼロにし、自主的な地位を獲得した。(3)中途半端に未練を残さず退職したことによって、将来にわたって「巻き返し」をうけることを予防した。この3点において、彼女らが「まず退職したこと」は正しい選択でした

これに対して、やや旧聞ですが、「アリさんマークの引越社」で、ヤクザまがいの恫喝に耐え、シュレッダー係に左遷されつつも、労働組合(ユニオン)とともに勤めながら階級闘争を続けている男性は、対照的な状況にいるようです。取り上げましょう。
https://www.bengo4.com/c_5/n_4624/
>> 労働 2016年05月09日 15時56分
シュレッダー係1年「ほぼ無の境地」…アリさん「引越社」労働問題、男性従業員の心境


(中略)

シュレッダー係への異動を命じられてからもうすぐ1年を迎える男性は上映後、「客観的にもひどい」と感想を述べた。また、「自分にとって、仕事は達成感や社会貢献が含まれるが、今はお金を稼ぐだけの労働だ。ほとんど無の境地でシュレッダーをやっている」と打ち明けた。このゴールデン・ウィークもほとんど休みをとれなかったそうだ。

男性の代理人をつとめる大久保修一弁護士は「シュレッダー係に異動する人事や、従業員に弁償金を支払わせることはあってはならないこと。今後の裁判で、会社の違法な部分をあぶり出していく」と語った。

プレカリアートユニオンの清水直子委員長は「引越社は、働いている人からお金を取り上げるというやり方で安い価格設定をしてダンピング競争を加速させている。その部分も含めて改めさせて、引越業界全体に変化をもたらしたい」と強調していた。
<<
従前の常識であれば、一旦退職してしまうと司法関係者から「辞められたんだったら、もういいんじゃないの?」といった扱いを受けてしまうので、どうしてもシロクロつけたい男性従業員氏としては、スゴスゴと辞めることはできなかったのでしょう。それはそれで仕方ありませんでした。他方で、限られた人員で次々に紛争を処理してゆく必要のある司法関係者が「案件の優先順位」をつけてゆくこともまた、仕方のないことでした。

しかし、それはそれとしても、「ほとんど無の境地でシュレッダーをやっている」というのは、男性従業員氏の生涯全般を見渡したとき、本当によい選択と言えるのでしょうか? 戦うこと自体は正しい選択だとは思いますが、もっとスマートな方法論があったのではないかと疑問に思わざるを得ません

先に「周囲の助けを借り」ることの必要性に触れました。弁護士や労組などがそれに当たるでしょう。しかし、この男性従業員氏を「支援」している代理人の大久保弁護士やユニオンの清水委員長のコメントを見るに、一人の生身の労働者にとっての利益を第一に考えているのか疑問に思わざるを得ない主張を展開しています。

シュレッダー係に異動する人事や、従業員に弁償金を支払わせることはあってはならないこと」というのは、法的には正しい指摘です。しかし、代理人弁護士が「会社の違法な部分」を追及しつづける傍らで、クライアントの男性従業員氏は「無の境地」で、30代半ばという働き盛りかつ転職ギリギリの年代を過ごしています。40代や50代といった今後の人生を考えたとき、どう評価すべきなのでしょうか?

その部分も含めて改めさせて、引越業界全体に変化をもたらしたい」というユニオン委員長の構想は遠大です。私もこれが突破口になればいいと思います。しかし、あくまで生身の人間、男性従業員氏が救われることが最優先・先決であるはずです。それが達成できないのであれば、たとえ「引越業界全体に変化」をもたらせそうもない方向であったとしても、戦術を変えなければなりません。その意味で、もはや男性従業員氏を支援するという本旨ではなく、単なる「階級闘争のモデルケース」になってしまっていないでしょうか?

「REジャパン」の闘争モデルと「アリさんマークの引越社」の闘争モデル――対照的かつ示唆的です。
posted by s19171107 at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
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