http://bylines.news.yahoo.co.jp/konnoharuki/20161225-00065868/
>> クリスマスケーキの自腹購入の強要、どう対処すればいいの?今野氏は例によって「ぜひ不当なノルマやペナルティに屈するのではなく、それらを改善させることで、良い年を迎えてほしい」という「価値観」の下、「労基署への申告」「労働審判の活用」「労組の活用」の3つをメニューとして提示しています。
今野晴貴 | NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
12/25(日) 12:51
昨日から、私が代表を務めるNPO法人POSSEには、「クリスマスケーキ」の販売ノルマやペナルティに関する相談が多数寄せられている。
「クリスマスケーキの販売ノルマを達成できなければ自腹で購入するように言われている」
「ケーキのノルマを達成できない場合、罰としてタダ働きでトイレ掃除をさせられる」
これらは昨日寄せられた相談だ。ケーキ屋やコンビニなどに勤める学生アルバイターからの相談が特に多い。
売れ残ったケーキの自腹購入の強要の被害は、今日ピークを迎えるだろう。また、年末年始には、おせち料理や年賀はがきの自腹購入の強要の被害が例年多発する。
そこで、以下では、不当なノルマや自腹購入強制の被害を少しでも減らすために、法的論点と対処法を考えていきたい。
(中略)
どのような対処法があるのか?
ここまでは法律上の論点を整理してきた。だが、違法だとわかっていても、アルバイトが経営者を正すことは簡単ではない。そこで、違法行為への対処法を次に紹介しよう。対処法の基本は、専門機関への相談という形をとる。それぞれの相談機関の管轄や特徴を押さえることが大切だ。
労働基準監督署への申告
労働基準監督署は、労働基準法違反等の取り締まりや行政指導を行う機関だ。ペナルティの一部には労働基準法に違反するものもあるが、ノルマやペナルティの多くは、民事的な問題であり、労働基準監督署の管轄外となってしまう。残念ながら、労働基準監督署では自腹購入の強要には太刀打ちできないだろう。
労働審判の申し立て
近年労使紛争が増加していることをうけて、労働審判という労働事件専門の司法制度が作られている。通常の裁判に比べると、大幅に解決までの時間が短縮されている(制度の詳細は裁判所のHPを参照してほしい。)。
だが、それでも司法制度の利用のハードルは低いとは言えない。解決まで通常半年程度の時間を要し、弁護士を雇うコストも当然かかってくる。逆に、高額な商品を買わされた場合や継続的に自腹購入を強要される場合には、労働審判の申し立てを検討したらよいだろう。
ユニオン(労働組合)で会社と話し合い
ノルマや自腹購入の強要といった問題の改善を目指すならば、ユニオン(個人加盟の労働組合)に相談することが有効だ。ユニオンが会社に話し合い(団体交渉という)を申し込んだ場合、会社は応じなければならないとされている。だから、受けた被害が法律上グレーの場合でも、話し合いによって改善する道が開かれているのだ。
また、ユニオンに加入して会社と交渉する場合、職場や会社全体の改善を求めることができるというメリットもある。自分と同じ被害を受けている人が他にもいるならば、ユニオンでの交渉をお勧めしたい。
簡単にいえば、アルバイトの法律問題は、金額が少額であるためなかなか裁判や労働審判になじまない。また、今回問題になっているノルマに関しては、労基署も有効に動きにくい。
このことから、ユニオンでの団体交渉が最善の方法になるというわけだ。幸いにも、ここ数年で各地に学生アルバイトの団体が立ち上がっている。有名なところでは、大学生や大学院生が中心となって運営し、首都圏や仙台市などを拠点として活動している「ブラックバイトユニオン」がある(末尾の相談窓口情報を参照)。
(中略)
クリスマス、お正月をたのしく迎えるために
解決事例からも分かるように、ノルマ問題を解決するために大事なことは、「証拠を残すこと」と、「専門機関への相談」に尽きる。
クリスマスから年末年始は、アルバイターにとっては、厳しい時期だ。クリスマスケーキを乗り越えても、その先におせち料理や年賀はがきが待っている。
だが、この記事を読んでくれた方には、ぜひ不当なノルマやペナルティに屈するのではなく、それらを改善させることで、良い年を迎えてほしいと思う。
すでに紹介した「ブラックバイトユニオン」の労働相談窓口は、クリスマスや年末年始も労働相談に対応している。ぜひ活用してほしい。
(以下略) <<
■ムラ社会で波風立てた人の居心地という重大関心事
今野氏の提案を受け入れて、例の3つの方法論を推進したとしましょう。相手はブラック企業、改心するはずがありません。法的には問題ないものの、「居心地悪い雰囲気」を作ってくることでしょう。日本の職場環境は、いわば「ムラ社会」です。法的闘争を勧めている労組関係者たちは、そうした「ムラ社会で波風立てた人の居心地」にも責任をもってくれるのでしょうか?
「権利を主張して何が悪い!」「元はといえば店側が不当じゃないか!」といった調子ばかり。いまだかつて労組関係者から、標準的日本人の感性に沿った説明を受けたことがありません。しかし、それこそが従業員たちにとって最も気になるところです。商品の「お買い上げ」がおかしいと言うのは、わざわざ「ご指導」頂かなくても、みんな「あれっ?」「いやだなあ」と思っていますよ。でも、波風立てたくないから黙っているものです。
■アルバイターは戦うよりも辞めたほうが早い
チュチェ103(2014)年8月3日づけ「「ブラックバイトユニオン」は逆効果――やればやるほど資本家への依存を高める」やチュチェ104(2015)年9月23日づけ「「ブラックバイト」の域を超えているのに「団体交渉」を申し込むブラックバイトユニオンの愚」においても述べたように、そもそも、アルバイトという就業形態は、正規労働者ほどは勤め先に対して依存しておらず、辞めても次の勤め先が正規雇用よりは見つけ易いという長所があります。それゆえ、アルバイターは退職した場合でも生活への影響が限定的であり、それゆえに比較的辞め易いと言えます。辞めることが可能であれば、辞めてしまったほうがよいでしょう。該当部分を再掲します。
http://rsmp.seesaa.net/article/426582325.html
>> 本来、「アルバイト」という雇用形態は、正規労働者ほどは勤め先に対して依存していません。辞めても次の勤め先が正規雇用よりは見つけ易いために生活への影響が限定的であり、それゆえに比較的辞め易いと言えます。従って、さっさと辞めて次のアルバイト先を探し、そこに全力投球したほうが「生活費を稼ぐ」という意味では得策です。しかし、ユニオンに言われるがままに団体交渉を闘いブラック企業の「改心」に期待しようものなら、貴重な生活時間の少なくない部分は闘争に傾けることになります。その分、生活費を稼ぐ時間は削られます。(中略)時間の経過とともに、そのバイト代は自分自身の生活費の不可欠な一部に組み込まれてゆき、他方で、疲労の蓄積によって「次のアルバイト探し」が困難になってゆくことでしょう。愚かにもブラック企業の「改心」などに期待したアルバイターは、こうしてさらに辞めるに辞められなくなってしまうことでしょう。 <<
■「要求実現」の長期的逆効果
仮に労組運動の結果、要求が受け入れられたとしましょう。単純な労組関係者は「要求が実現されました!」「戦えば勝てるんです!」などと大はしゃぎすることでしょう。しかし、相手はブラック企業。本心から改心するはずがなく、「巻き返し」を虎視眈々と狙っています。
労働者(アルバイターを含む)が企業側に要求を呑ませるということは、換言すれば、企業側と「利益・運命共同体」としての結びつきを強めることを意味します。虎視眈々と巻き返しを狙っているブラック企業側は、いったん獲得した「要求の成果」を労働者が自らの生活の不可欠な一部に組み込んだタイミングで、足許を見てくることでしょう。あるいは、著しい景気後退などにより労働者側のパワーが弱まったタイミングで「回収」を試みることでしょう。チュチェ104(2015)年10月8日づけ「「日本の労働組合活動の復権は始まっている」のか?――労組活動は労働者階級の立場を逆に弱め得る」を筆頭に以前から指摘しているように、労働者が真の意味で自主的になるためには、足許を見られないために特定の勤め先に対する依存度を下げることが必要です。にも関わらず、むしろ団体交渉を通して店側と強く結ばれてしまうのです。要求実現型の従来型労働運動は、労働者の自主化にとって逆効果になり得るのです(戦闘的組合の御用組合化はその典型例と言えるでしょうね)。
長いですが、重要なので再掲します。
http://rsmp.seesaa.net/article/427429066.html
>> 労働者が真の意味で自主的になるためには、企業側に足許を見られないために特定の勤め先に対する依存度を下げることが必要です。なぜ電力会社が一般電力消費者に対して殿様商売ができる(できていた)のかといえば、他に売り手がいないからです。なぜ、自動車メーカーが下請け工場の部品をふざけた値段にまで値切ることができるのかといえば、他に買い手がいないからです。他に売り手/買い手相手が居ないとき、買い手/売り手は、売り手/買い手に対して依存的立場・弱い立場に置かれます。(中略)独占市場の基本原理です。
(中略)労働者が「できればその企業で勤め続けたい」という願いを前提として団体交渉に臨んでいる限り、最終的には企業側の掌の上に居続けます。企業は需要独占者の立場に居続けます。ミクロ経済学における「価格弾力性」を思い浮かべてください。ミクロ経済学によれば、需要者に対して供給者の価格弾力性が硬直的であった場合、たとえそれがマーシャリアン・クロスが成り立つ非独占・非寡占の市場であっても、取引の主導権は需要者側にあるといいます。(中略)これはすなわち、こうした前提で臨む限り、団体交渉における労働者の立場は弱いということを示します。
■「代わり」の存在こそが依存度を下げる――辞職・転職カードが重要
価格弾力性の決定要因は「代わり」の存在の有無です。「代わり」があればその取引にこだわる必要は無いので、価格弾力性は弾力的になります。「代わり」がなければ何としてでも取引を成立させなければならないので、価格弾力性は硬直的になります。
ミクロ経済学的考察に基づけば、労働者の立場と為すべきことも見えてくるでしょう。真に交渉力を持つためには、「辞めるよ?」という脅しが必要なのです。「辞めるよ?」と言える立場は、「代わり」を確保している立場です。「辞めるよ?」と言えない立場で、団体交渉等によって企業側から「譲歩」を勝ち取りその利権を自らの生活に組み込むことは、特定の勤め先に対する依存度を上げることに繋がります。労働者階級が自主的であるためには、労働需要者としての企業を競争的な立場にしなければならないのに、「辞めるよ?」と言えない立場で、団体交渉等に臨むというのは、労働者階級自らが企業の「労働需要独占者」としての地位をさらに強化させていると言っても過言ではありません。自分から労働市場を独占化させてどうするんですか。 <<
■合理的アルバイターは、自発的に戦おうとしないだろう
もっとも、人手不足の昨今ですから、少なくない合理的なアルバイターは、面倒な「戦い」に身を投じるよりも、自発的にスパッ辞めてしまう人のほうが多いのではないかと思います。学生アルバイターの場合は特にそうでしょう。これは以前にも述べています。
http://rsmp.seesaa.net/article/403098330.html
>> つまり、学生は企業に対して依存度が低く、わざわざ労組で階級闘争に身を投じる人・投じざるを得ない人よりも、スパッと辞めてしまう人・辞めることができる人の方が多いので、運動としての広まりはブラック企業問題ほどは広まらないと考えられるのです。あらゆる場面においてもそうですが、「広まらない」というのは労働運動において特に大きな意味を持っています。 <<
■「社会的悪評」を立てず、コッソリと当事者間で収拾させる労使交渉は、ブラック企業にとって有難いことこの上なし
さらにいえば、今回今野氏が提案している3つの方法論はすべて「当事者間という狭い範囲でコッソリと紛争を収拾する」という方法論です。ブラック企業としては有難いことこの上ないでしょう。
競争的市場経済において商売人が最も恐れるのは、自社にたいする悪評です。自社に対する悪評の前には、どんなブラック企業でも対応を講じるようになるものです。チュチェ103(2014)年10月3日づけ「最後の決定的な部分は下から積み上げてゆくこと」でも述べたように、あの「すき家」のブラック労務が改善された決定打は、「アルバイト従業員たちの大量退職連鎖」であり、それが社会的に大きく報じられた結果としての「新規バイト応募者の激減」でした。今野氏が提案するような方法論では、店側の悪評が立ちません。これでは、何も知らない「産業予備軍」たちが次々と応募してしまい、結果として、決起したアルバイターに対しては「あっそ、代わりはいるから、じゃあ明日から来なくていいよ」という扱いになることでしょう。それに対して、店側の悪評が十分に立ち得る状態で辞めれば、その退職行為自体が悪評の根拠になり、じわじわと店側を締め上げることができるでしょう。「すき家」のケースだって、会社側は初めのうちは「どーぞ、明日から来なくて結構!」とタカを括っていたのでしょうが、悪評が社会全体に広がって行った結果、あるときから「やばっ」と危機感を持つに至り、ついに労務改革に取り組んだのでした。「ワタミ」もそうだと言えるでしょう。
「辞める」というインパクトある対応を一人ひとりが積み重ねることによって、労働市場に悪評を立てること――これが競争的市場経済における強力な方法論です。
■まとめ
今野氏は「ぜひ不当なノルマやペナルティに屈するのではなく、それらを改善させることで、良い年を迎えてほしい」などとしますが、上述をまとめると、
1.働き続けたいので、「ムラ社会」としての職場で人間関係に波風立てたくない人は、そもそも戦わない。
2.今の人間関係などもう如何でも良いと思っている人は辞めるので、そもそも戦わない。
3.所詮アルバイト、所詮ケーキ数個程度だから、面倒なことをするまでもない。
4.「要求実現」は、企業側との結びつきを強めるので、労働者の自主化という意味では逆効果。
5.退職者が大量に発生するということは企業にとって著しい悪評。新規採用に響きかねなので、一番効く。
ということなのです。
■労組は何をなすべきか
こうした、無理に闘争するのではなく辞めることを中心に据えた方法論における労組の立場・役割については、以下の過去ログで積極的に論じています。あわせてご参照いただければと思います。
チュチェ103(2014)年8月31日づけ「ユニオンが転職支援する大きな意味――「鉄の団結」は必要ない」
チュチェ104(2015)年10月15日づけ「周囲の助けを借りつつ「嫌だから辞める」「無理だから辞める」べき」
チュチェ105(2016)年12月16日づけ「自主的かつスマートなブラック企業訴訟の実績――辞めた上で法的責任を問う方法論」
ラベル:自主権の問題としての労働問題