共和国政府・労働党中央が関与しているのかどうかは分かりません。私は親朝派を以前から自称していますが、もし、「血の粛清」であれば、これには賛同できません。この立場は最初に鮮明にしておかなければなりません。「部下の暴走」にしても、中央の監督責任は免れ得ないでしょう。
もちろん、故人への冥福を祈願しています。
率直に言って、この事件そのものについては、これ以上も以下もありません。議論の余地のない事件だと思いますが、他方、この事件に対する「世論」や「分析」について一筆したためておきたいと思います。
まず、「開明的思考をもったキム・ジョンナム氏の死去は、『最後の砦』を失った気分だ」といった類のコメントについて。死亡の一報以上に驚かされた、まさに「観念論」と言うほかない言説です。
たしかに、人間は客観的世界を変革する力を持ちます。人間は周囲の環境に一方的に影響を受けるのではなく、周囲の環境を能動的に変革します。しかしそれは、個人レベルでの活動でとうにかなるものではなく、人間の集団的な力の賜物です。すこし小難しくいえば、客観的世界それ自体が持つ強烈なベクトルに抗するには、それ相応のベクトルが必要であり、それは多くの場合、個人レベルではカバーしきれないのです。高校数学・物理学でベクトルを学んだ方は、「大きなベクトルを合力的に打ち消すには、それ相応の逆ベクトルが必要だ」と言えばご理解いただけるでしょうか。
朝鮮労働党の「独裁」政権においても、事態は変わりありません。たとえ「独裁」的な最高指導者といえども、この法則からは逃れることは出来ません。たとえ、キム・ジョンナム氏が「後継者レース」から脱落せずに「世襲」を成功されていたとしても、現在の国内外の客観的世界の状況を踏まえるに、彼の「開明的思考」が何処まで開花したのか、はなはだ疑問であります。部下である党幹部たちは、「開明的政策」に付いて来るのでしょうか? 急に「開明的政策」を実施して政権は崩壊しないのでしょうか?
第二の論点に移りましょう。まずは引用。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170215-00000040-yonh-kr
>> エスカレートする正恩氏の恐怖政治 体制脅かす可能性もキム・ジョンナム氏「暗殺」を、他の党・政権幹部粛清と同列に扱い、「体制不安定化」というお決まりの結論に導く「韓国」メディアの分析です。いかにも彼ららしい軽薄な分析です。
聯合ニュース 2/15(水) 12:40配信
(中略)
金委員長の恐怖政治は、自らを唯一の指導者とする体制を下支えする手段として用いられているが、狂気じみた粛清と処刑が長引けば権力層の内部で不安と動揺が広がり、逆に体制を脅かす「諸刃の剣」になりかねないとの見方もある。
後継者としての教育を十分に受けておらず、父親に比べ経験もカリスマも不足していた金委員長は、父親の死後、できるだけ早く最高権力者としての地位を固める必要があった。
(中略)
16年7月には金勇進(キム・ヨンジン)副首相が最高人民会議(国会に相当)で「座る姿勢が悪かった」と指摘され、国家安全保衛部(秘密警察、現国家保衛省)の調べを受けた後に処刑された。今年1月にも、金元弘(キム・ウォンホン)国家保衛相が党組織指導部の調査を受け、大将から少将に降格された後、解任された。
13日の正男氏の殺害が金委員長の指示だったとすれば、金委員長は自らにとっての潜在的な脅威までも除去したと見なせる。韓国戦略問題研究所のムン・ソンムク統一戦略センター長は、自らを批判し続けてきた正男氏が支配体制を固める上で邪魔になると金委員長が判断し、機会をとらえて殺害したようだとの見方を示した。
海外に暮らし、自身の唯一指導体制にとっての大きな脅威と認識していなかった正男氏までも除去したのは、金委員長が自らの権力基盤に不安を感じていたせいだとの解釈もある。
最終更新:2/15(水) 14:48 <<
粛清された党・政権幹部の面々にキム・ウォンホン国家保衛相の名を挿入している聯合ニュース。秘密警察トップを粛清することの意味が理解できていないのでしょう。秘密警察は独裁政治の執行機関であり、超法規的な政治的な力と、それを実施するだけの物理的な力があります。その物理的な力は、時として最高指導部にも振るわれることがあります。
たとえばスターリンは、秘密警察をフルに活用しながらも、その力には警戒していました。スターリンは当初、必ずしも万全ではない権力を固めるために、ヤゴダやエジョフが率いるNKVDを使って1930年代に大粛清を実行しました。それによって権力を固めたスターリンは、のちに彼らを粛清・抹殺しました。しかし、70歳を越えて心身ともに衰えつつあった1950年代に新たな粛清を行おうとした矢先に、逆に秘密警察のトップであったベリヤから「奇襲攻撃」をうけて暗殺されました(近年の研究によると、スターリンの死はベリヤによる暗殺であることは、ほぼ固まりつつあるようです)。
典型的な独裁者であったスターリンの後半生は粛清の歴史といってもよいと思いますが、このように、独裁の執行機関としての秘密警察は、独裁者自身にとっても危険な存在なのです。そのトップを解任することができたというのは、最高指導者が独裁者としての万全なる地位を確立できている証拠であり、「体制は不安定」などではなく、むしろ「体制は磐石」と見なすべきです。
ハッキリ言って、キム・ジョンナム氏の死亡が暗殺だったとしても、昨今の共和国における一連の粛清劇とはまた別線の事態であると見たほうがよいでしょう。党や軍の「老害」たちの粛清と、秘密警察トップの粛清を混同しているような軽薄な「分析」に、さらに権力中枢からは遠いキム・ジョンナム氏の件を強引に「接ぎ木」している、それもその理由を「自らの権力基盤に不安を感じていたせいだとの解釈」程度にしか位置づけられていないわけです。いっそ、「脱北者のキム某氏」の口を借りて「じつはキム・ジョンウンも占いに凝っていて・・・」ということにしておいても、それほど違和感ありません。
キム・ジョンイル総書記存命の時代から、キム・ジョンナム氏には暗殺危機があったといいます。無理矢理に事象をコジツケて、お決まりの結論に導く「韓国」メディアのいつものパターンと見たほうがよいのではないかと現時点では私は考えています。