2017年03月15日

「ブラック研究室」の根本に存在する前近代的師弟関係・人間関係

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170315-00010001-newswitch-soci
>> 学生を追い詰める「ブラック研究室」の実態

ニュースイッチ 3/15(水) 8:30配信

不正を暴いて波風を立てることにメリットがない…

 学生や研究員を追い詰めるような「ブラック研究室」は研究不正の温床になる。学生にとってはブラック研究室の実態を暴くことにメリットはなく、目標にはなり得ない。研究室から円滑に卒業し、就職やステップアップなど次の活躍の場を得ることがゴールだ。そのためには不正を暴いて波風を立てることは合理的でない。果たして倫理教育で学んだモラルはどこまで有効なのだろうか。


(以下略) <<
■「ブラックxx」の本質を抉る「ブラック研究室」という問題提起
「ブラックxx」――ブラック企業を筆頭に、いまやあらゆる分野において見られています。それだけ自主性のの侵害が横行しているということなのでしょう。今回は「ブラック研究室」です。

ブラック研究室という問題提起は、いわゆるブラック企業以上に問題の核心を抉っている、上手い問題提起です。ブラック企業という言葉は、「労働者を酷使することによって利益を得るモデル」という意味合いで使われることが多い言葉です。たしかそういう側面は否定できませんが、必ずしも、他人を踏み台にすることを厭わない極端な利己主義・利益至上主義的なケースのみがブラック企業というわけではありません。チュチェ105(2016)年10月10日づけ「秋山木工の徒弟制度――言いたいことは分かるが洗練されていない」で取り上げた「秋山木工」という時代錯誤的な「徒弟制度」を維持している企業のように、利益至上主義とは異なる動機でブラックな振る舞いをしているケースもあります。通念とは異なり、「ブラックxx」は、権力者の利己主義の発露とは限らないのです。

学問の世界というのは、前近代的な師弟関係が未だに根強い世界です。たとえば一部経済学分野や歴史学分野では、諸外国ではまず相手にされないレベルの笑ってしまうくらい化石的・図式的なマルクス主義唯物史観による歴史的事実のコジツケ解釈が未だに連綿と受け継がれています。アカデミックでない「読み物」的な経済学・歴史学の本のほうが、実は国際標準だったりするくらいです。たとえば最近、山川出版社の高校世界史用語集が改訂されましたが、「産業革命は『革命』には当てはまらないという指摘もある」といった記述がようやく掲載されるようになりました。欧州の経済史学では遥か昔からの国際的常識で、日本国内でも「変わり者」的な歴史学者が以前より提唱してきた見方ですが、唯物史観が根強い日本の学界ではなかなか浸透しませんでした。ようやく日本にも世界標準が波及してきたわけですが、いかに日本のアカデミック界隈が時代錯誤なのかがこの一例からも分かります。

■「ブラックxx」の2類型
こんな時代錯誤な研究がいまも生き残っているのは、学者たちの目が節穴である可能性を除けば、何らかの「強制力」が働いていると見るほかありません。その点において、本記事が告発する学問世界における師弟関係の強さ、そしてそれに起因する「研究室のブラック化」という問題提起は、「ブラックxx」の構成原理には前近代的な師弟関係が横たわっているケースもあり、それゆえに「弟子」たちは、明らかにムチャクチャな指導であっても遵守しなければならない強制的圧力に晒されている現実を告発する問題提起になっています。「ブラックxx」は、権力者の自己利益至上主義型と、前近代的な師弟関係型の2つがあるわけなのです。

■何をなすべきか
こうした、前近代的な師弟関係型の「ブラック」な事例を打破するにはどうすればよいでしょうか? チュチェ105(2016)年1月19日づけ「テンプレの域に達しつつある「労働組合結成の勧め」――中世的芸能界の近代革命のために必要な組織とは?」において私は、学問世界以上に前近代的人間関係が横行している芸能界におる「SMAP解散問題」を具体例として取り上げながら論じました。その中で私は、前近代的人間関係の打破は、まさに中世から近代への歴史の変化と同様に、古い社会的人間関係の枠内で「運動」を展開するのではなく、新しいフィールドで新しい人間関係を築きなおすことによってのみ実現されると述べました。詳しくは当該記事をご参照いただきたいのですが、要するに、古い人間関係から脱出し自由を得た後に、その新しい人間関係を自主的に管理するという経路を辿るしかないのです。

「ブラック研究室」の打破もまったく同様です。前近代的な師弟関係を要求する指導教官ではなく、現代的・自主的な人間関係を前提とする指導教官に教えを乞うのです。仮に前近代的な師弟関係を要求する指導教官が学会の大権威あるいは自分の研究テーマの第一人者であるがゆえにその人に当面は師事するほかないとしても、自主化の魂だけは失ってはならず、いつか必ず来る自分の時代においては、弟子たちに対して自主的に接するべきなのです。指導教官はいつかは引退します。負の人間関係を再生産しないことを固く決意し、自分自身は茨の道を歩むことも必要であるといえます。

利益至上主義という文脈で捉えがちな「ブラック企業」という問題提起からでは、なかなか到達することができないこの結論は、前近代的師弟関係・人間関係という文脈が鮮明に浮かび上がる「ブラック研究室」という問題定期からは容易に到達できました。「ブラック研究室」、上手い論点設定です。

今日は3月15日。ロシア帝国(ロマノフ王朝)崩壊からちょうど100年になるそうです。ロシア2月革命が成就した日でした。革命100年を記念します。
posted by s19171107 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック