2017年08月01日

「生贄」を捧げる段階に突入した「タクシー同業者ムラ ジリ貧物語」の第2章

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170801-00050028-yom-bus_all
>> 大阪のタクシー、1300台削減…来春までに
8/1(火) 7:26配信

 大阪市とその周辺で営業するタクシー事業者などでつくる「大阪市域交通圏タクシー特定地域協議会」は31日、法人タクシーの台数を2018年春までに9・4%減らす計画を国に提出した。

 15年11月時点(1万3509台)から約1300台減る見込みだ。

 過当競争を抑え、タクシー運転手の給与など処遇を改善する狙いがある。国が計画を認可した後、各事業者が削減する台数や曜日ごとの営業制限を設ける。

 タクシー業界は規制緩和で競争が激化し、運転手の収入減などが問題となっている。14年には改正タクシー特措法が施行され、新規参入や増車を認めず、削減台数を協議会で計画できる制度が設けられた。


(以下略) <<
■同業者ムラの牙城
タクシー業界は、青木定雄氏のエムケイが斬り込みをかけたころから「ムラ社会的利益共同体」の体質がとりわけ強い世界です。業界人が割と声高に主張を展開するのに便乗する形で、「これ以上の成長・発展を目指す必要などない。ボチボチ現状維持を目指せば、贅沢はできなくても十分に豊かな生活を送ることができるんだ」などと口走るユートピア主義者が、「小泉改革の唾棄すべき遺産」だのとアジり始めるのも珍しくありません。タクシー業界は、「同業者ムラの牙城」の如き様相を呈しています。

そんな状況下での、本ニュース。「タクシーの供給過剰状態」に対して業界団体が計画書を提出したそうです。相変わらずの「同業者ムラ」丸出しっぷりです。

■「生贄」を捧げることで延命を図ろうとする「タクシー同業者ムラ ジリ貧物語」の第2章
いわゆる「タクシーの供給過剰状態」を是正し、需要量と供給量とを均衡させ、社会的資源を効率的に再配置することは重要な取り組みです。ビジネスを革新して需要を掘り起こすか、あるいは本来であれば競争淘汰されるべき死に損ない企業を間引く必要があります。

しかし、タクシー業界が求めて続けている「是正策」は是認できません。このことについて私は、チュチェ102(2013)年8月18日づけ「「小泉改革」を克服した新しい改革を」において次のように述べました。
>> いまは参入規制強化という「権力的保護」によって何とかなるかもしれませんが、状況がもっと悪くなったとき如何するのか。いたずらに「ゾンビ化」を促進させ、もうどうにもならなくなってから慌てて「対策」をはじめても大混乱に陥るだけでしょう。いわゆる「炭鉱争議」における、毛沢東からエールを送られるほどの激烈な「階級闘争」と、エネルギー需要の変化による「自然消滅」の歴史は、多くのことを示唆しているでしょう。 <<
この間「タクシー同業者ムラ」は、業界の利益を守るために高い参入障壁を聳え立たせ、「今いる身内どうしで仲良く利益山分け」を目指してきました。しかし、どうにも上手くいかなかったので、今度は「来年春までに9パーセント超の1300台削減」などという「口減らしの生贄」を捧げることにしたわけです。

「タクシー同業者ムラ」は、「生贄」を捧げることで何とか延命を図ろうしている新しい症状段階にあります。競争淘汰による自然な供給量の削減ではなく、ムラの「寄り合い」で決まった「競争によらない淘汰」です。革新を伴わない需給均衡の展開であり、本来であれば競争淘汰されるべき(間引かれるべき)である、人々が求めているものを提供しないビジネス、魅力に乏しいビジネスが生き残ってしまう展開です。

■「生贄」を捧げても枯死は依然として時間の問題――ビジネスの革新が御留守
タクシーの需要に大きく伸びる展望がなく、むしろ縮小を続けるトレンドにあることは、ずっと変わりのないことです。参入規制や「生贄」などで一時的に利幅を確保したところで、そもそも利潤の源泉が枯れ始めているのだから、その場しのぎでしかないのは明々白々です。

利潤の源泉を再生する新しいビジネスモデルを掘り当てない限り、枯死は依然として時間の問題です。まだ「参入規制」だった頃でさえ、新しいビジネスモデルの開拓の成果を挙げられなかった(挙げようともしなかった?)タクシー同業者ムラの村民たち。「生贄」を捧げる第二段階になったからといって、急に覚醒するとも思えません。

■「生贄」を捧げるにしても方法がある――「競争淘汰促進の方法論」
記事冒頭でも述べたように、需給の均衡には「競争淘汰促進」というアプローチがあります。タクシー同業者ムラの要望は、繰り返しになりますが、「競争によらない淘汰促進」を意味しているので賛同できませんが、では「競争淘汰促進の方法論」とは、どういったものなのでしょうか?

前掲過去ログにおいて私は、スウェーデンにおける労働政策の基本を「人は守るが、雇用は守らない」と表現した同国元財務相のペール・ヌーデル(Pär Nuder)氏の発言から、以下のくだりを引用しました。このくだりは、「競争淘汰促進の方法論」の正当性を端的に表現している重要箇所です。
>> 既に申し上げたように、ここでの考え方は、人を守るということです。雇用を守るのではありません。フランスやドイツにあるような法律は、私たちにはありません。そういった法律は、産業が消滅してしまいますと、かえってコストを高めてしまいます。一方、私たちは、その産業を生き残らせるためにお金を提供するのではなく、個人が自分の身を守るために使えるお金を提供するという考え方です。競争が激しくなることによって自分の働いている会社が例え倒産したとしても、自分の人生は揺るがないのだという自信を人々に持たせなければなりません。

つまり、ソーシャルブリッジは、古い、競争力をなくした仕事から、新しい競争力のある仕事に人々を移らせるためのインセンティブにならなければならないわけです。スウェーデン人が変化を好んでいるのかといえば、それは全くのうそになります。スウェーデン人は、変化を好んではいません。しかし、ほかの国よりも変化を受け入れる大きな土壌が多分あるでしょう。
<<
最優先すべきなのは生身の人間の生活を守ること、人々の暮らしを守るには古い競争力をなくした仕事から新しい競争力のある仕事に人々を移らせる必要があること、「人々の暮らしを守るため」と称して産業に対して延命措置を行うのは長期的に見てより大きなコストがかかってしまうということ――重要な指摘の連続です。

スウェーデンがこうした境地に至った経緯は、当ブログでも何度も触れているように、同国が経済危機を経験したところにあります。かつてはスウェーデンも産業保護に熱心だった時代が長く続きましたが、懲り懲りするような痛い目にあって以来、大きく舵を切ったのです。

この方法論を踏まえてタクシー業界における需給調整について考えるならば、タクシー業界は、早くから「参入規制強化による供給量是正」ではなく「廃業支援による供給量是正」に照準を合わせるべきだったと言えるでしょう。そうすれば、もっと穏便な形で供給過剰状態を是正できたはずです。他業種に比べて特に手厚い支援が求められるタクシー業からの足抜けにあっても、早くから対策を打っていれば、必要な職業教育や産業振興を施し、過剰な人員をスムーズに整理できたはずです。

■手遅れの域に入りつつあるのに懲りていない
タクシー業は「つぶしが利かない」業界だと言えます。前掲過去ログにおいても下記の通りに述べました。
>> そもそも、なぜ過当競争に陥っているのに供給量が自然と減らないのか。その理由の一つには「辞めるに辞められない」状況があるでしょう。タクシー業から撤退しても次の飯の種がない――そうなれば、たとえ過当競争であろうと今の業界にしがみつく他ありません。 <<
だからこそ、どんなに過当競争で苦しい台所事情であっても、いまさら他業種に鞍替えできないのでしょう。運転手は特にそうでしょう。そのことが、異常なまでの供給量の価格弾力性の乏しさ(硬直しきっている)の原因でしょう。

「つぶしが利かない」業種であるにも関わらず、「次の一手」を考えるよりも「今にしがみつく」ことを選び、自分自身で未来を閉ざしてきたタクシー業界。供給過剰がどうにもならない状態になってもなお、「生贄」を捧げるような形で懲りずに「ムラの維持」に腐心するタクシー業界。今後、自動運転技術の進歩に伴い、そもそも生身の人間が自動車を運転するということ自体が不要になる時代も近づくことでしょう。そのとき、いよいよタクシー業という職業は消滅の危機に瀕することでしょうが、そのときになってもまだ、「生贄」探しに奔走している姿が目に浮かびます。

ことココに至っても尚、ムラ社会的方法論で利幅確保に奔走するタクシー業界の現況にこそ、Nuder元財務相の指摘が鋭く突き刺さります

手遅れの域に達しつつある現在のタクシー業界にあっては、もはや「生贄」を捧げるしか道がないのは事実でしょう。早く見切りをつけるのではなく、あくまでも、しがみつこうとした結果、いよいよ、しがみつく先がなくなりつつあります。残念ながら1300台の削減に伴って少なくない人員は大海に投げ出されることでしょう(好景気だから、まだよかったですね)。早くから手を打っていれば・・・まさに「産業が消滅してしまいますと、かえってコストを高めてしまいます」という指摘の通りです。

■今からでもソーシャルブリッジの構築を急ぐべき
遅れ馳せながらではあるが、今からでもソーシャルブリッジの構築を急ぐべきです。今後もきっと、タクシー業界は「生贄」を捧げる方式でジリジリと規模的にも利幅的にも縮小してゆくことでしょうから、哀れにも「生贄」的にパージされてしまった人を支えなければなりません。

同時に、「こうやって産業というものは衰退してゆくのだ」という教科書的実例として、タクシー業界の動向は、経済学的分析を加味しつつ記録してゆくべきでしょう。

■ふしぎな おはなし(余談)
ところで、資本というものは、生身の人間(タクシー運転手)とは異なり、今まで自分が直接的経験を通して培ってきたノウハウでしか商売できないわけではなく、企業買収等でノウハウを我が物とすることができる(多角化できる)ものです。起業にあたっての資本蓄積がタクシー業によるものだからといって、「つぶしが利かない」わけではありません。資本の目的は「利殖」であり、その手段は本質的には問題ではないはず。にも関わらず、タクシー資本はタクシー業に固執しています。おかしな話です。

タクシー業というものは、「隠された旨味」があるのかもしれません。「待遇改善」に本気で取り組むのであれば、経営を多角化し全社的に収支を揃えたり、一層の労働分配率の向上に取り組む方が本筋に沿ったものです。しかし、そうした本筋ではなく「参入制限」にますます奔走しているのが現実です。国土交通省の研究会でも指摘されているように、歩合給を基本とする賃金形態の場合、増車に伴う経営リスクは乗務員に転嫁可能だといいますが、待遇問題についていえば、ここに大きなヒントがありそうです。「待遇改善」は表向きの看板に過ぎず、実際は「隠された旨味」を寡占的に維持するための口実なのかもしれませんネ。
posted by s19171107 at 23:31| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。