2017年08月15日

「人に仕事をつける」日本の働き方は「ブルックスの法則」が作用し易い

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170801-00010000-fukui-l18
>> 死招くパワハラ「もう来るなや」 長時間労働など要因か
8/1(火) 8:02配信
福井新聞ONLINE

 2人きりのとき、先輩社員が切り出した。「何で(仕事が)できんの? もう(会社に)来るなや」。口調は本気だった。配置転換で職場を変わったばかりの小林進さん(福井県内在住、仮名)は「すいません」と謝った。言葉のパワハラは続き、通勤の車から会社の建物が見えると、吐き気がするようになった。

 専門職として入社し、上司に異動を告げられた。これまでとは無関係の部署で「職場に残りたい」と訴えたが、上司は「オレの立場はどうなる?」と言った。

 業務は一変。勤務時間は長引くようになった。ミスもあり、緊張で長時間いすに座っていることができなくなった。屋上から飛び降りる夢を何度も見るようになった。

 しばらくで休職した。医師からは「適応障害」と診断された。休職が長引くほど、会社は冷たくなった。結局小林さんは退職に追い込まれた。


(中略)

 5月の福井県内の有効求人倍率は2・09倍で全国トップだった。県内の長時間労働の背景には、慢性的な人手不足がある。一方、ここ数年、県内で最も多い労働相談は「いじめや嫌がらせ」だ。

 福井市の海道宏実弁護士(56)は「長時間労働の上に労働密度が高まり、社員のストレスが増え、パワハラにつながっている可能性がある」と関連性を指摘する。ある企業幹部は「人口減で市場が縮小し売り上げが減れば、まず人件費を削る。1人の負担が増し、今は管理職も現場に出る。職場をマネジメントする余裕がない」と話す。

 仕事が特定の人に集中することを危ぐするのは、県経営者協会の峠岡伸行専務理事(56)。「日本は、仕事に人を付けるのではなく、人に仕事をつける。だからワークシェアもやりにくい。1人が仕事を抱え込む傾向がある」と指摘。「働き方改革は、仕事の指示の出し方も含めた業務の見直しのきっかけにすべきだ」と訴える。


(以下略) <<
■見過ごされている論点を的確に指摘している
7月26日づけ記事でも述べたように、労働屋連中は、電通での女性新入社員自殺事件を単なる長時間労働問題に矮小化し、事件を特定の労働運動上の目的に利用していると言わざるをえない振る舞いを見せています。以前から繰り返しているように、電通の件は、決して単なる長時間労働ではなく、パワーハラスメントこそが核心であるにも関わらず、労働屋連中は不自然なまでにこの事実に触れようとしません。大手マスメディアも同様です。

そんな中で登場した福井新聞記事。「一方、ここ数年、県内で最も多い労働相談は「いじめや嫌がらせ」だ」という触れ込みで、大手メディアがどうにも触れようとしない局面にスポットライトを当てました。死招くパワハラ」というタイトルは的確。重要な問題を正しく提起している良質記事です。

■「人に仕事をつける」から「ブルックスの法則」が作用し、特定個人が負担過多になる
とりわけ以下のインタビュー・コメントは秀逸です。
>> 仕事が特定の人に集中することを危ぐするのは、県経営者協会の峠岡伸行専務理事(56)。「日本は、仕事に人を付けるのではなく、人に仕事をつける。だからワークシェアもやりにくい。1人が仕事を抱え込む傾向がある」と指摘。「働き方改革は、仕事の指示の出し方も含めた業務の見直しのきっかけにすべきだ」と訴える。 <<
この一段落は、巷では、労働屋・労働界を含めてまったく見過ごされているものの、極めて重要なポイントです。仕事をするのに掛かる労働量・労働時間は、上司や経営者の人為的な判断・指示によるものだけではなく、仕事の割り振り方、生産方法・生産技術によって自ずと規定されているケースもあります。

長時間労働・メンタルヘルス問題の代名詞的業界として「IT業界」の名を挙げることについては、ほとんどの人にとって異論はないものと思います。IT業界がこのような過酷な労働環境になりがちである一大要因として、この業界が「知識集約型産業」であり、それゆえに、「ブルックスの法則」が作用するからだと指摘されています。

「ブルックスの法則」とは、フレデリック・ブルックスという、著名なソフトウェア工学者かつ開発技術者が自身のソフトウェア開発経験をもとに提唱しているものであり、"Adding manpower to a late software project makes it later."(遅れているソフトウェアプロジェクトへの要員追加は、プロジェクトをさらに遅らせるだけだ)という逆説的な格言に集約することができます。その理由は、「1人の妊婦が9か月で赤ちゃんを出産できても、9人の妊婦が1ヶ月で赤ちゃんを出産することはできない」という喩えに端的に表れているように、知識集約型産業においては、担当業務を分割して皆で手分けして取り掛かることが困難だという特性があるためです。

「ブルックスの法則」については、2月14日づけ「増員は一人当たりの労働負荷を逆に増やす――「働き方改革」の逆効果」で詳しく論じました。すなわち、@十分な技術的・知識的習熟を要し、また、マニュアルにはない新しいアイディアをメンバー間ですり合わせる必要がある知識集約型産業の労働では、担当業務の分割・再割り当てが困難であり、特定個人に負担が集中しやすいこと、A担当業務の分割の困難性ゆえに、増援のつもりでの追加人員投入は、「新人教育」と「相互連絡(すり合わせ)」という新しいタスクを生み出すので、負担軽減という点では逆効果になり得ること、Bそしてこのことは、経営者の悪意的な経営判断の問題ではなく、産業・業界の生産方法・生産技術(仕事の進め方)によって客観的に規定されるものであることを述べました。

記事中で紹介されている福井県経営者協会の峠岡専務理事の「日本は、仕事に人を付けるのではなく、人に仕事をつける。だからワークシェアもやりにくい。1人が仕事を抱え込む傾向がある」という指摘は、まさしくこの「ブルックスの法則」を言い当てたものであると言えます。従業員に仕事を割り当て、担当従業員の習熟を頼りに仕事を進めてゆく――知識労働的な仕事の割り振り方・進め方であり、「ブルックスの法則」が発動しやすい土壌であると言えるのです。

■労働屋の「馬鹿の一つ覚え」は逆効果
労働屋は、馬鹿の一つ覚えのように「人員増」を繰り返します。おそらく彼らは、「足りないなら増やせばいい」などという子供でも思いつくような素人的発想から脱しきれていないか、あるいは、マルクスの『資本論』が前提としている産業資本主義時代の労働集約的な工場労働の枠組みから脱しきれていないかのドチラかでしょう。いまは知識労働の時代です。ワークシェアしにくい知識集約的な仕事の割り振り方・進め方が手つかずのままでは、仮に人員増したところで負担軽減にはならず、むしろ「分かっていない素人の存在」と「連絡調整会議の連続」が新たなる負担になりかねないのです。

昨今の高ストレスな労働環境を改善してゆくためには、「仕事の割り振り方」に立ち返って改善してゆく必要があると言えます。「働き方改革は、仕事の指示の出し方も含めた業務の見直しのきっかけにすべきだ」という峠岡氏の指摘は、問題の核心を抉るものです。

■福井新聞記事は、生産現場の実態を正しく認識している重要な記事
前掲過去ログの再末尾で私は「生産現場を正しく認識しなおすことから始めなければなりません」と述べましたが、福井新聞記事は、生産現場の実態を正しく認識し、その上で峠岡氏の正しい処方箋を掲載しています。重要な記事だったと思います。

■発展的論点について
なお、福井新聞記事では言及されていませんが、発展的論点として、現在の「人に仕事をつける」方式を改め、ワークシェアし易い、「仕事に人を付ける」方式に転換することは、国際比較的・文化比較的な視点に立てば、日本的な雇用・職務形態から欧米的な雇用・職務形態へのシフトを意味します。無期雇用の正社員を主軸とする日本的な雇用・職務形態は、「人に仕事をつける」からこそ成り立った形態であり、「仕事に人を付ける」形態においては、そのまま生き残るとは必ずしも言い切れるものではありません。

「ワークシェアで負担を軽くしたいけど、無期雇用の正社員形態も捨てがたい」という気持ちは分かりますが、そう上手く話が転がると思わない方がよいでしょう。その点も十分に考慮に入れたうえで、「働き方改革」を考えるべきだと申し添えておきたいと思います。

「労働問題分析の中核的視点としてのブルックスの法則について」シリーズ関連記事
1月24日づけ「「働き方改革」「残業規制」は相対的剰余価値搾取の時代の入口
2月14日づけ「増員は一人当たりの労働負荷を逆に増やす――「働き方改革」の逆効果
posted by 管理者 at 23:32| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
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