>> ハイヒール・リンゴ、不倫に社会的制裁いりますか?「一線を越える」は愚問愚答チュチェ106(2017)年3月17日づけ「軽薄な人間観に基づく経済還元論、彼我断絶的な人間関係論による無理筋の不倫批判への「批判」」でも述べたように、ヨソの家庭の不倫問題は、決して「対岸の火事」ではありません。
9/10(日) 14:00配信
芸能人から政治家まで、毎週のように不倫の話題が世間を騒がせている。多くの論調が「けしからん」という中で、ハイヒール・リンゴは、不倫はダメなのはもちろんだが、それでも昨今の不倫たたきは度を過ぎていると警鐘。世間からの色々な声が挙がるのを承知の上で、あえて「不倫の社会的制裁が必要なのか」と問うた。
(以下略) <<
我々の社会が人間同士の信頼関係を基本的紐帯としている以上は、パートナーとの関係という最も基本的な関係における信頼すらも平気で破るような人間は、社会的関係においても到底信頼に値しません(家族愛が深いからといって社会的に信用できるわけではない――身内主義者の可能性――が、家族さえも裏切る輩が社会的に信頼できるはずがない)。いかなる理屈を並べようとも、社会的存在である人間の本質に照らしたとき、信頼に対する裏切り行為を正当化することは不可能であり、そうした家族さえも裏切るような超自己中心的・反社会的性格の人物が私たちの共同社会で生活していることは、脅威以外の何者でもないのです。
また、社会学における「犯罪行動の分化的接触理論(Theory of differential association)」に基づけば、自分自身とは直ちに関係のない出来事であったとしても、「対岸の火事」として傍観してはならず、「犯罪文化(分化ではなく文化)」に旗幟鮮明に反対し、その侵入を防がなければならないと言えます。
その点、ヨソの家庭の不倫問題を「対岸の火事」だの「自分とは無関係」だのと嘯く輩について私は前掲過去ログで次のように述べました。
>> その意味で、人間同士の信頼関係を基本的紐帯としている我々の市民社会のうちにおいて、不倫という裏切り行為の最たるものが敢行された事実は、決して「ヨソの家庭内問題」「対岸の火事」では済まされません。この重大な事態を「本来ならば当事者以外には何の関係もないようなこと」などとするのは、結局、人間を「社会的集団の一員」ではなく「社会との関連性が曖昧な『個人』」として見る軽薄な人間観の発露、すなわち、他人同士のトラブルが永遠に他人同士のトラブルであり続ける、自分は他人と関連していない関係してない、要するに彼我の断絶という思い込みの発露と言わざるを得ないのです。 <<芸能界という特殊世界は、人間同士の信頼関係で成り立っているような世界なのだから、ハイヒール・リンゴさんくらいの芸歴があれば分かりそうなものですが、それでもこういう発言が飛び出してしまうというのは、現代社会において「信頼こそが社会の基本的紐帯」という事実が形骸化していることを如実に表すものでしょう。
他のどっちでもよいような不正と違って、信頼というのは社会的人間の本質であり、我々の社会の基本的紐帯なのです。ここは妥協してはならないのです。引用はしませんでしたが、信号無視だの歩きスマホだのと同列に扱うとは、バカという他ありません。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170911-00000179-sph-ent
>> マツコ、不倫について世間は「叩きすぎ。人生を終わらせてしまうくらいやってる」偉大な領導者、キムジョンイル同志は次のように仰っています。
9/11(月) 18:21配信
11日放送のTOKYO MX「5時に夢中!」(月〜金曜・後5時)で、コラムニストのマツコ・デラックス(44)が、昨今の不倫騒動に対する風潮に苦言を呈した。
「基本的に人間は悪口が楽しい。ちょっと叩きすぎだよと思う」とマツコ。「悪口を陰で言い合って楽しませてもらってるから『ありがとう』で終わりにしておけばいいのに、その人の人生を終わらせてしまうくらい根こそぎやっちゃうじゃない? だから悪口を楽しんでいるんじゃなくて人殺しを楽しんでいるようになっちゃってる」と私見を語った。
(以下略) <<
「人民の利益を侵害する者に寛容などありえない」
人間――とりわけ家族――同士の愛と信頼を基礎・基盤をみなすチュチェ思想型の社会主義革命を通して、名曲《동지애의 노래》や《세상에 부럼없어라》で歌われる世界を築かんとする共和国では、不倫には刑事罰が科される(刑法270条)のですが、このことも関係しているのかもしれません。
家族愛が社会主義祖国の基盤であることについて、キムジョンイル同志は、チュチェ84(1995)年1月1日発表の談話『党のまわりにかたく団結し、新たな勝利をめざして力強くたたかおう 朝鮮労働党中央委員会の責任幹部への談話』において、次のように指摘されています。
http://kcyosaku.web.fc2.com/kj1995010100.html
>> わたしは、『同志愛の歌』が好きです。この歌には、党の意志がよく反映されています。わたしは1970年代に文学・芸術部門の指導にあたった際、活動家たちに志をともにしようと言いましたが、その思想を盛り込んで『同志愛の歌』がつくられました。かつて、金日成同志は、同志愛によって切り開かれた朝鮮革命を同志愛によって勝利に導くべきであると述べましたが、この教えは実に名言です。
戦時歌謡『塹壕で歌う』の「愛する父母妻子を両のかいなに抱きしめたい」という一句はすばらしい歌詞です。この歌詞は、表現が非常に生き生きとしています。人は家庭への愛着がなければなりません。家庭への愛着があってこそ、社会主義祖国を愛する愛国主義も生まれるのです。我々は、人民に社会主義的愛国主義の精神と朝鮮民族第一主義の精神を植えつけるごとに深い関心を払わなければなりません。我々の社会主義祖国、わが民族は、金日成朝鮮、金日成民族です。 <<
それはさておき、ゲス不倫騒動の発端となったバンドマンのKは丸で平気な顔をしているし、タレントのBは騒動を逆手に取るかの如くLineのCMに出てきています。そのほかにも、元国民的アイドルで情事の真っ最中を押さえられて猛バッシングを受けたYは死んでいない(ときどきテレビで見かけるようになってきた)し、夫を自殺に追い込んだかもしれない歌手のUは、どうやら嵐が過ぎるのを待つ構えの模様ですが、「人殺しを楽しんでいるようになっちゃってる」とは、いつも訳の分からないことを深夜枠で駄弁っているマツコ・デラックスさん(翌朝には忘れているレベルのエンターテイメントとしては面白いけどね)ですが、いつにも増して論理が飛躍していますね(こんなこと言うと例によって大声あげて早口でまくし立てるのかな?)。
表舞台からはしばらく身を引いて禊を済ませるべし。
以上。