2018年05月26日

「寛大さ」と「アメリカの無茶の被害者としてのワタシ」を描き出すキム・ゲグァン談話の戦略性

相手方を罵倒することにかけては「世界二大巨頭」と言い得る共和国とアメリカですが、今回の朝米首脳会談中止を巡っては、双方とも不気味なまでに抑制的なコメントを発表しています。

トランプ米大統領の書簡キム・ゲグァン朝鮮外務省第一次官の談話は、双方とも「お前が悪いから今回の会談は中止だが、会談自体は両国の利益になるから、いつでも用意ができている」という点では一致しています。そして、いつもだったら相手方を罵倒しつくすところ、今回は敢えてそうしないことによって、「俺は寛大だから、お前から詫びを入れてくるなら会ってやってもいいぞ」としています。このことはすなわち、「会談中止」が、会談の主導権争いのカードとして切られていることを示しています。依然として、会談は開かれる方向性にあると見たうえで、その動向を見守るべき段階と言えます。

■「寛大さ」と「アメリカの無茶の被害者としてのワタシ」を描き出すキム・ゲグァン談話の戦略性
特に、「寛大さ」を強調しつつ、同時に行間に「哀しみ」を漂わせることによって、談話を戦略的なものに位置付けることに成功しているのが朝鮮外務省第一次官のキム・ゲグァン氏です。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2018052500637
北朝鮮第1外務次官の談話全文

(中略)

 歴史的な朝米首脳会談について言えば、われわれはトランプ氏が歴代のどの大統領も下せなかった勇断を下し、首脳会談という重大な出来事をもたらすために努力したことを内心では高く評価してきた。

 しかし、突然、一方的に会談中止を発表したことは、われわれとしては、思いがけないことで、極めて遺憾に思わざるを得ない。

 首脳会談に対する意志が不足していたのか、あるいは、自信がなかったのか、その理由については推測するのは難しいが、われわれは歴史的な朝米首脳の対面と会談それ自体が対話を通じた問題解決の第一歩であり、地域と世界の平和と安全、両国間の関係改善に意味のある出発点になるとの期待を持ち、誠意ある努力を尽くしてきた。

 また「トランプ方式」というものが双方の懸念を解消し、われわれの要求する条件にも符合し、問題解決に実質的に作用する賢明な方策になることをひそかに期待もした。

 わが国務委員長(金正恩朝鮮労働党委員長)も、トランプ氏と会えば、良いスタートが切れると述べ、そのための準備に全力を注いできた。

 にもかかわらず、一方的に発表した会談中止は、われわれの努力と、われわれが新たに選択して進むこの道が果たして正しいのかを改めて考えさせている。

 しかし、朝鮮半島と人類の平和と安定のため、全力を尽くそうとするわれわれの目標と意志には変わりはなく、われわれは常に寛大で、開かれた心で米国側に時間と機会を与える用意がある。

 一度では満足な結果を得られないが、一つずつでも段階別に解決していくなら現在より関係が良くなるはずで、より悪くなるはずはないことぐらいは米国も深く熟考すべきだろう。


(以下略)
キム・ゲグァン氏は、単に会談が設定されたことに留まらず、非核化を巡る「トランプ方式」への「密かな期待」を告白するなど、何だかんだ言ってここまでの展開に期待を寄せていたようにコメントしています。その上で、「我々としても決して悪くない展開だったのにも関わらず、この期に及んで『リビア方式』を蒸し返したり、北侵演習を強行したアメリカ側が悪い」という構図を描きつつ、「われわれは常に寛大で、開かれた心で米国側に時間と機会を与える用意がある」として「寛大さ」を描き出しています「分からず屋のトランプ坊やを諭している」と読めさえします

また、敢えて抑制的な調子を採用し、どこか「哀しみ」さえも行間に漂わせることによって、「アメリカが無茶を言ってきて困るんですよ・・・」という「被害者としての振る舞い」を取っているとも言えます。「アメリカの無茶の被害者としてのワタシ」を描き出しているわけです。ここで仮にいつもの調子で威勢の良いことを言ってしまうと、「被害者としてのワタシ」という雰囲気が台無し。敢えて抑制的であることが大切です。ほんと、どこまで行っても抜け目がありません。

「アメリカに無茶を言われて困っている被害者」という構図は、会談中止前から既に一定の効果を生んでいます。たとえばNews Week誌は、次のように指摘しています。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/05/post-10227_2.php
金桂冠は正しい、トランプは金正恩の術中にはまった
2018年5月23日(水)17時23分


(中略)

首脳会談が中止か物別れに終われば、金正恩は、自分は誠実な呼び掛けをし、国際的な基準に沿った手法(段階的で同期的措置)を提案したのに、トランプがむちゃを要求したと主張するだろう。

(以下略)

イギリスのBBC放送も次のように解説しています。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180524-44234471-bbc-int
北朝鮮、ペンス米副大統領を「愚か者」と非難
5/24(木) 17:12配信
BBC News


(中略)

そのため、北朝鮮とリビアを同じ文脈で語ることすら深刻な侮辱になり、米政府は自分たちにしかるべき敬意を示していないと、北朝鮮政府は感じているのかもしれない。

北朝鮮はまず一度、米国に警告した。それでもペンス氏は、またしても北朝鮮とリビアを比べてみせた。慎重な外交には慎重な情報発信と慎重な言葉遣いが必要だ。トランプ政権はこの点において規律を欠いていると、北朝鮮が感じているのは明らかだ。


(以下略)
どこか「哀しみ」さえも漂わせる今回の抑制的なキム・ゲグァン氏の談話は、ここ最近、共和国側が描き出すことに注力してきた「アメリカが無茶を言ってきて困る」という構図――News Week誌やBBC放送が既に採用している見方――を更に強調させるものです。

キム・ゲグァン氏の談話は、仮に6月12日会談が急展開的に復活したにもかかわらず、やっぱり不調に終わったとしても原則的に活用可能です。アメリカ側の譲歩に対して一定程度の配慮を見せる談話の論調が、「我々も可能な限り妥結に向けて努力してきたが、やはりアメリカは頑なだった」というストーリーの論拠になるわけです。

■会談の主導権争いは続く
その点、次の見立ては失当と言わざるを得ないところです。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180526-00010013-agora-int
トランプ大統領の「米朝首脳会談キャンセル書簡」を読み解く --- 渡瀬 裕哉
5/26(土) 8:12配信
アゴラ


(中略)

米国人の人質解放に伴う北朝鮮のジェスチャーによって明らかに油断していたトランプ政権でしたが、今回の書簡では「北朝鮮にしてやられた状況」を正しく認識し、逆に北朝鮮に対して主導権を取り戻す一撃を加えることになりました。

トランプ大統領が金正恩に送った書簡の中で解放された人質について触れた
“「In the meantime, I want to thank you for the release of the hostages who are now home with their families. That was a beautiful gesture and was very much appreciated.」”
こそが同書簡の肝です。

これは一見してトランプ大統領が金正恩に友好的な態度を示したように見えますが、金正恩にとっては最も政治的に致命的な打撃になりかねない一文でもあります。

この書簡が北朝鮮に送られたタイミングは核実験場の爆破と同日であり、そして金正恩は米国をその気にさせるために前述の通り米国の人質を既に解放してしまっています。現段階で自らの行い(直近の声明文等)が理由で米国から何も引き出せないで終わることになった場合、それらを主導した金正恩の北朝鮮における権威は失墜します。つまり、トランプ大統領が同書簡を送ったことで、金正恩にとって米国を嵌めるために使用した手札が今度は自分の政治的な立場を脅かすものに変質してしまったのです。

(中略)

トランプ大統領としては対北朝鮮交渉を選挙の手柄にするためには、北朝鮮に主導権がある状況ではなく、自分に主導権があるように見せる必要があるので、書簡一本で見事に立場を逆転して見せたということになります。筆者はトランプ大統領の絶妙な切り返しによる「芸術的なディール(取引)」に非常に感銘させられました。

(以下略)
譲歩という意味で共和国側が一歩先んじているにもかかわらずアメリカ側がイチャモンつけ的に応対しないという展開は、共和国にあっては、「金正恩の北朝鮮における権威は失墜」するというよりもむしろ、「我々の誠実の譲歩に対して不誠実な対応で応えるアメリカ帝国主義の無礼さ」に対する敵対意識が強まり、逆にその結束が固まると見るべきでしょう。共和国は特に「我々」意識が強い御国柄です。キム・ジョンウン委員長個人がどうこうというよりも、「我々に対する侮辱」と受け止めることでしょう。共和国は建国以来のほとんどの時期を対米対決の中で過ごし、アメリカに対する敵対思考は既に染みわたっています。人間は、内部での対立よりも外敵との闘争の方に注意をひかれるものです。「我々vsアメリカ帝国主義」という構図を補強することでしょう。

また、前述のとおり、「アメリカが無茶を言ってきて困る」という構図・ストーリーがある程度において西側の言論空間でも承認されているように、今回の一方的な会談中止を告げる書簡は、必ずしも「アメリカに主導権が戻った」とは言えないでしょう。おそらくまたNews Week誌やBBC放送のようなメディアが「トランプもトランプでどうなのよ」「一括で解決できるような問題じゃねーだろ」「単に現体制を維持したいだけの北朝鮮に対して無理難題ばかり言って、本当に交渉を妥結する気はあるの?」という世論を醸成すると予測されるからです。

日本の言論空間では共和国が「絶対的悪役」として位置付けられていますが、諸外国ではそこまでではありません。むしろ、諸外国の言論空間では「トランプ憎し」が相当のもの。トランプ大統領を悪く書くために、相対的に共和国側の主張を取り上げたり、「トランプの稚拙な外交要求に振り回される被害者としてのノース・コリア」と言った風に描き出すこともあり得るでしょう。このことは、共和国にとって有利な条件であると言えます。

渡瀬氏はトランプ大統領側が主導権を奪還したという見立てを展開しますが、「自分たちの寛大さ」と「被害者としてのワタシ」を強調するキム・ゲグァン談話が出てきた点において、私は依然として主導権争いが展開され続けることを予想します。

■交渉術の進歩と見るべき
朝米間の緊張が緩和されるのがよっぽど面白くなかったのか、ここ数か月間、すっかりゴシップ記事量産に逃げていたコ・ヨンギ氏が久々に「復帰」し、またしても面白いことを書いてくれています。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kohyoungki/20180525-00085646/
会談中止で言ってることが支離滅裂…金正恩氏のメンタルは大丈夫か
高英起 | デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
5/25(金) 11:14

北朝鮮外務省の金桂官(キム・ゲグァン)第1次官は25日、トランプ米大統領が米朝首脳会談の中止を通告したことを受けて談話を発表。「意外であり非常に残念」「いつ、いかなる方式でも(米国と)対座して問題を解決していく用意がある」と表明した。

談話は「委任による発表」とされており、金正恩党委員長の意思を代弁したものと見られる。

驚かされるのは、その中身だ。

朝首脳会談が中止でショック!?
談話は、会談を控え米国が北朝鮮に対する要求水準を高めてきたことに反発しつつも、首脳会談を決断したトランプ氏を「心のうちで高く評価してきた」と持ち上げている。さらには「われわれの国務委員長も、トランプ大統領と会えば良いスタートを切ることができると述べて、そのための準備に努力の限りを尽くしてきた」などとして、精一杯のラブコールを並べているのだ。

そもそも、トランプ氏が24日に会談中止を通告した際、その理由として挙げたのは、北朝鮮側が崔善姫(チェ・ソニ)外務次官の談話として示した「怒りとあからさまな敵意」だった。

そして、崔次官はその談話の中で、「われわれは米国に対話を哀願しないし、米国がわれわれと対座しないというなら、あえて引き止めないであろう」と断言。ほかにも非常に強い言葉を並べ立てて、米国を非難している。


(中略)

これでは、言っていることがまるで支離滅裂である。いったい、この落差は何なのか。北朝鮮は従来、たとえ外国との交渉事がうまく行かなくとも、その責任を相手に転嫁して、強がりを言ってきた。そんな過去の姿勢と比べると、金次官の談話は「哀願」にほかならない。

これはもう、金正恩氏の「焦り」がモロに出たと考えるしかあるまい。


(以下略)
いったいどこが「支離滅裂」だと言うのでしょうか。チェ・ソニ外務次官は、この期に及んで「リビア方式」を持ち出す一部の米国高官を罵倒していただけです。そして、キム・ゲグァン氏が談話中で述べているように、共和国は「リビア方式とは異なるトランプ方式」には期待を寄せていました。だからこそ、会談1か月前になっても基本的な非核化プロセスさえも共有できていないという大変な作業遅延状態にもかかわらず、共和国側は会談の実現に向けて尽力してきたわけです。ここには何の矛盾もありません

また、かつて「老いぼれ」などと罵倒しつくしていたトランプ大統領についても、ここ最近では敢えて罵ることをしてきませんでした。その延長線上に位置するのが今回の談話における「トランプ大統領と会えば良いスタートを切ることができると述べて、そのための準備に努力の限りを尽くしてきた」です。この点も終始一貫しています。

コ氏は「金次官の談話は「哀願」にほかならない」と断じています。たしかに、今までの会談決裂時の定型句とは大きく異なるものですが、これは「金正恩氏の「焦り」」というより、「交渉術の進歩」と言った方が正確でしょう。前述のとおり、コ氏が「哀願」と認識するくだりは、敢えて抑制的な調子を採用することで「被害者としてのワタシ」という構図を描くための演技であり、そして、コ氏が「精一杯のラブコール」と認識する言いぐさは、「寛大さ」を演出しているわけです。「分からず屋のトランプ坊やを諭している」という構図さえも描いているわけです。

コ・ヨンギ氏の記事は以前から一応チェックしていますが、本当に行も行間も読めない人です。彼の分析はあまりにも底が浅すぎます。にもかかわらず、コ氏の記事がそれなりのヒット数を稼いでいるということは、コ氏レベルの認識に留まる人が一定数、存在していることを示しています。おそらく、今回の朝米首脳会談中止に関しても同様でしょう。その点において、コ氏の発言は専門的に考察するにあたっては正面から取り扱う価値のないものであるものの、世論分析にあたっては手っ取り早い手段です。

コ・ヨンギ氏らが思っている以上に、キム・ジョンウン委員長は計算高い戦略家なられています。まだまだ難しい交渉が展開されることでしょう。
posted by 管理者 at 20:41| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
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