24時間のコンビニが「ブラック化」する構図■多数派の都合によって少数派の必要を無視する今野晴貴氏の暴論
今野晴貴 | NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
2/22(金) 13:41
(中略)
24時間営業をストップさせるための残業代請求
24時間営業は「ブラック企業」や「ブラックバイト」の温床ともなってきた。24時間営業を縮小する動きが広がれば、労働問題は確実に減少するだろう。
今回話題になった24時間営業の問題が、より働きやすい労働環境を作ることの一歩になることが大切だ。
そもそも深夜の時間帯はほとんど利用客がおらず、利用者側からしてもほとんど影響は少ないと考えられる。
しかし、本部からすれば少しでも商品が売れれば本部の利益になるため、できるだけ長く店を開けていたいという構造がある。では、どうすればこのジレンマを解決できるのだろうか。
解決のためには、正社員やアルバイトたちが、シフトの強制を拒否することや、慢性的な長時間労働であれば残業代請求を行うといったアクションを起こすことが重要だ。
そもそもシフトとは、労働者と会社の合意・契約で決まるので、どちらかが一方的に決めることはできない。
週5日働くという契約であれば週5日より多く働く必要は当然なく、会社が週7日勤務のシフト表を勝手に作ったとしても、残りの2日は出勤の必要がない(もしそうだとすると文字通り24時間365日のシフトを勝手に作れてしまうことになる)。
こうした権利を行使し、シフトの強制を拒否することは、会社に人手不足の問題を解決するよう促す圧力となるだろう。
(中略)
したがって、従業員側が労働法の権利を行使することで、店を開けていることのコストが適正な水準になれば、営業効率の観点から24時間営業を再考せざるを得なくなるだろう。
また、残念ながらオーナーには労基法が適用されないために、本部に賃金を請求することはできないが、オーナーにも労働組合法上の交渉権は認められており、コンビニオーナー―ユニオンによる本部との改善交渉は現在も継続中だ。
実際に、ファミリーマートの一部店舗では24時間営業をしない「実験」が一部の店舗で行われているという。
まだ試行段階であるとは言え、冒頭のセブンイレブンとは対照的に労働問題に配慮した、優れた方向性であると言えよう。
ファミマ「24時間やめた」オーナーに聞く「時短営業にしてどうなった?」
こうした動きを促進するためにも、労働法が適用される「店長」やアルバイトの権利行使を勧めたい。
(以下略)
小売店等の24時間・365日営業の是非については、ここ最近俄かに注目されるようになってきました。その流れ中での労組活動家である今野晴貴氏の主張。何に驚いたかといえば、「そもそも深夜の時間帯はほとんど利用客がおらず、利用者側からしてもほとんど影響は少ないと考えられる。」という認識、「実際に、ファミリーマートの一部店舗では24時間営業をしない「実験」が一部の店舗で行われているという。まだ試行段階であるとは言え、冒頭のセブンイレブンとは対照的に労働問題に配慮した、優れた方向性であると言えよう。」のくだりです。
「無いなら無いで私は困らないから構わない」論法で24時間・365日営業の中止に賛同する言説について私は、以前から、「全体から見れば少数かも知れないが、そのタイミングでそれを必要とする人・せざるを得ない人が社会には存在する」ということを無視した粗雑な議論であり、ライフスタイルやワークスタイルの多様性を否定する言説、多数派の都合によって少数派の必要を無視する暴論にほかならないと述べてきました。
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チュチェ106(2017)年3月27日づけ「自主権の問題としての労働環境vs自主権の問題としての多様な消費行動――一方的な「あるべき」論では判断できない」
本年2月5日づけ「単なる負担の付け替えに過ぎないブルジョア的「働き方改革」の正体を見抜け!」
■24時間・365日営業を「組織として」続けていくために
もちろん、24時間・365日営業が従事者に対して多大な負担をかけていることは事実であり、何らかの調整が求められています。このことについて私は、2月5日づけ記事で、次のように述べました。
(1)働き方改革の目指すところは、労働時間の縮減等によって、労働者(従業員)のワーク・ライフ・バランスを実現させ、自らの生活を自らコントロールできるようにすること、人々が自分の生活の主人となる(自主化する)ことである。このことは必然的に「多様なライフスタイル追求」という上位命題に行き着くといえる。
(2)多様なライフスタイル追求という命題においては、「消費者の多様な消費行動の保障」を下位命題に位置付けることができる。この命題を実現させるためには、なるべく長時間、営業していた方が消費者の多様な消費行動を拾い上げることができる。
(3)つまり、多様なライフスタイル追求という命題においては、(a)労働時間縮減を目指す働き方改革と(b)労働時間の延長因子になりがちな消費者の多様な消費行動の保障という2つの相反する要請に直面する。
(4)働き方改革と消費者の多様な消費行動の保障は、権利調整の観点から慎重に取り組む必要があるといえる。年中無休24時間・365日営業を少人数で回すことも、丸一日休業も望ましいことではない。
(5)余裕のあるシフトを組むことで、「組織としては年中無休:24時間・365日営業であるが、労働者個人としては十分な休暇・休養を取ることが出来る」というのが望ましい落としどころであると考えられる。
つまり、いま求められていることは、労働運動と消費者運動とが連帯し、人員増強を企業側・資本側に要求することなのです。人員を増強し組織力を強め、個人の超人的努力ではなく組織として年中無休を実現させるべきなのです。組織と言う意味では、一店舗内で完結する必要はなく、狭いエリア内に系列店が複数ある場合には、そのうちの何店舗かを拠点化して他は深夜閉店するという手もアリでしょう。少数派の必要を無視するつもりは毛頭もありませんが、「全店舗で年中無休」は現実問題として困難であり、最小限の制限事項について受忍していただく必要があることは私も否定しません。
■労働問題への配慮になっていない可能性が浮上する今野晴貴氏のプラン
今野氏は「(労働契約における)権利を行使し、シフトの強制を拒否することは、会社に人手不足の問題を解決するよう促す圧力となるだろう。」と述べている点、人員増強要求を展望してはいるものの、「実際に、ファミリーマートの一部店舗では24時間営業をしない「実験」が一部の店舗で行われているという。まだ試行段階であるとは言え、冒頭のセブンイレブンとは対照的に労働問題に配慮した、優れた方向性であると言えよう。」というくだりを見るに、やはり彼が「労働問題にしか配慮していない」様子を見て取れます。
以前から今野氏の言説については、「労働者と使用者との対決構図しか見られず、生産者と消費者という関係性が欠落している」と指摘してきましたが、今回もまた、シフトの強制を拒否するにあたって「権利の行使」を提唱する今野氏には、働き方改革と消費者の多様な消費行動の保障との間で「権利の調整」をするという発想はないようです。労働者の権利運動の展開に第一目的があり、その範囲内で消費者の権利・利益が実現されるのは構わないが、積極的に両立を模索するという立場ではないようです。
それどころか、今野氏のプランの行く末を検討するに、労働問題への配慮になっていない可能性さえ浮かび上がってきます。
今野氏のプランはおそらく、幸楽苑や大戸屋、セイコーマート、スシロー等の例を見るに「いっそのこと閉店」に行き着くことと思われます。企業は己のブルジョア的利益の保全に走ることでしょう。「本当の意味で従業員の福利厚生を重視すると儲けにならないので、いっそ休業にすることで儲けを確保する、それによる不便・シワ寄せは消費者に転嫁する」というわけです。単なる負担の付け替えに過ぎず、その利益至上主義の魂胆はまったく変わっていません。むしろ、利益至上主義の魂胆ゆえに「いっそ閉店」するわけです。
単なる負担の付け替えに過ぎないブルジョア的「働き方改革」に知ってか知らずか乗り込む労組活動家:今野氏ですが、近々本格化する移民政策等によって人手不足が一服したり景気減速で人余りが生じたりすれば、いつか必ず再び消費者から労働者への負担の再付け替えが起こることでしょう。
市場メカニズムのお陰を以って相対的に強い立場にいる今のうちに、消費者運動との連携を構築しておいた方が戦略的には好手であると私は考えます。繰り返しになりますが、いま求められていることは、労働運動と消費者運動とが連帯し、人員増強を企業側・資本側に要求することなのです。人員を増強し組織力を強め、個人の超人的努力ではなく組織として年中無休を実現させるべきなのです。そして、この連帯が、企業側・資本側の「好き勝手」に対する綱引き的牽制にもなるのです。
■余談
ちなみに、私のように、社会的活動の究極的な目標を「自らの生活を自らコントロールできるようにすること、人々が自分の生活の主人となる(自主化する)こと」と位置付けるがゆえに労働運動(労働者の自主化)と消費者運動(消費者の自主化)とを等しく貴重に見なし調整を目指す主体的立場からすると、労働運動を至上のものとする立場の方々が、どういう目標を掲げているのか大変気になるところであります。いつたいどういう社会を目指しておられるのでしょうか・・・?