マックスバリュ西日本、24時間営業中止へ 人手不足で人手不足による経営判断。企業・資本側が人権論に感化されて改心したわけではなく労組の要求を呑んだわけでもなく「できないから仕方なく24時間営業を中止した」という点に注目すべきニュースです。
3/4(月) 22:56配信
朝日新聞デジタル
中国・四国地方を中心に食品スーパーを展開するイオン系の「マックスバリュ西日本」(広島市)は4日、一部の店舗で続けてきた「24時間営業」をやめると発表した。人手不足で十分なサービスが提供できないためだという。
(以下略)
■コンビニ等小売業における年中無休・24時間営業に関する私の立場
コンビニ等小売業における年中無休・24時間営業については、当ブログでも下記のとおり取り上げてきました。私は、「全体から見れば少数かも知れないが、そのタイミングでそれを必要とする消費者・せざるを得ない消費者が社会には存在する」という点において、年中無休・24時間営業の継続を原則として支持しつつ、他方、従業員に対して多大な負担をかけていることも事実である以上は、消費者運動と労働運動が連携して「組織としては年中無休:24時間・365日営業であるが、労働者個人としては十分な休暇・休養を取ることが出来る」ようにすべく企業・資本側に要求を展開してゆくことが必要だと述べてきました。
その観点から、「無いなら無いで私は困らないから構わない」論法で年中無休・24時間営業の中止に賛同する言説について私は、「全体から見れば少数かも知れないが、そのタイミングでそれを必要とする人・せざるを得ない人が社会には存在する」ということを無視した粗雑な議論であり、ライフスタイルやワークスタイルの多様性を否定する言説、多数派の都合によって少数派の必要を無視する暴論にほかならないと述べてきました。
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本年2月23日づけ「旧型労組活動家の言説を乗り越え、24時間・365日営業を「組織として」続けていくための新しい運動へ」
■ドイツ閉店法の真実――安易な労働界隈・社会政策界隈のヨーロッパ信仰について
さて、本件記事ではコメント欄に、NPO法人ほっとプラス代表理事で聖学院大学人間福祉学部客員准教授の藤田孝典氏の投稿が寄せられています。個人に粘着しているつもりは全くないのですが、今回もまた「短いコメント文中に、よくここまで典型的なツッコミどころを詰めてきたなあ」といったところです。例によって検討してみたいと思います。まずは引用から。
藤田孝典最初に取り上げたいのは「ヨーロッパでは24時間営業する店舗など、ほぼありません。」というくだり。ドイツの閉店法を念頭にあげたものと思われます。以前にも書きましたが、日本人は「ヨーロッパ信仰」があるのか何かと「ヨーロッパでは、、、」というセリフが好きで、労働界隈・社会政策界隈はとりわけその傾向が強くみられるところですが、当のヨーロッパの内実をよく踏まえていないことが往々にして見られます。
NPOほっとプラス代表理事 聖学院大学人間福祉学部客員准教授
24時間営業をなくすことに賛同します。同業他社も続いてほしいと思います。
深夜労働、長時間労働は人の心身に甚大な影響を与えます。
うつや不眠症、精神疾患や生活習慣病に繋がりやすいと指摘されています。
労働者の犠牲のもとに成長する時代は終わったと思います。
ヨーロッパでは24時間営業する店舗など、ほぼありません。
24時間営業しないシステムであれば、消費者も営業時間内に買い物などを済ませばよいだけです。早く日本から24時間営業などという異常な働き方を無くしましょう。
ドイツの閉店法について言えば、日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部欧州課の高塚一氏のレポートによると、これはキリスト教の宗教的影響が大きい社会的習慣に根差すものだそうです。しかしながら、規制緩和の結果、近年ではベルリン市やブランデンブルク州を筆頭に多くの州で月曜日から土曜日までは24時間営業が認められています(連邦国家であるドイツにおいては州によって法定の営業許可時間がかなり異なります)。規制緩和も進んでいます。さらに、以前からガソリンスタンド等は閉店法の対象外として24時間営業が認められているので、ドイツ人にとってはガソリンスタンド等が日本人にとってのコンビニの役割を果たしていることも多いところです。
ドイツでは既にほぼ24時間営業が可能なのです。長きにわたる厳格な閉店法時代以来の、法によって半ば強制されたライフ・スタイル(法が生身の人間のライフ・スタイルを強制すべきなのでしょうか?)ゆえ、爆発的に24時間営業の利用が浸透しているわけではないようですが、前述のとおりガソリンスタンド等は閉店法の規制対象外であり、ドイツ人にとってはガソリンスタンド等が日本人にとってのコンビニの役割を果たしているところです。それ以外でも開いている所はやはり混みます。徐々に24時間営業は拡大しているようです。
さらに、『ドイツニュースダイジェスト』誌の記事によると、閉店時に買い物の必要が生じたドイツ人は、規制の緩い隣国のオランダやポーランドに遠征することもある模様。そして、アンケートとしての信頼性は何とも言えませんが、ドイツにおいても閉店法の規定に対する批判の声も小さくないようです。
藤田氏は「ヨーロッパでは24時間営業する店舗など、ほぼありません。」と言い切り、その上で「早く日本から24時間営業などという異常な働き方を無くしましょう。」としていますが、ヨーロッパの内実をよく踏まえず安易に「飛びついている」ようです。「労働界隈・社会政策界隈のヨーロッパ信仰」の典型的事例という他ありません。
また、以前にも書きましたが、ヨーロッパでの成功事例は、ヨーロッパの文化的風土があってこそ成り立つものです。人々の考え方・価値観がヨーロピアン・スタンダードの範囲内におおむね収まっているからこそ、システムとして成り立つのです。閉店法にはキリスト教の宗教的伝統と文化的背景の裏打ちがあります。制度の表面だけ急に移植して日本で定着するのでしょうか? はなはだ疑問であります。外国の制度はまず我々の社会文化的条件に照らして適合するのか是々非々で検証する――藤田氏の主張は、主体的な立場に欠ける安易な主張です。
■「少数派は多数派に合わせろ」と言うに等しい暴論が労働界隈・社会政策界隈の人権闘士から出てきた驚きの展開
次に取り上げたいのは、「24時間営業しないシステムであれば、消費者も営業時間内に買い物などを済ませばよいだけです。」のくだり。驚きました。藤田氏は社会福祉士として社会から疎外された弱者・少数派の立場に立ち、また、労働分野にも関わることで資本の論理から人権を守る闘いに注力してこられたお方です。そんなお方が、「少数派は多数派に合わせろ」(まさに資本の論理と通底!)と言っているに等しい主張を何の留保もなく言い放つとは・・・
まさか、社会から疎外された弱者・少数派の立場に立ってきたお方が、実は多数派至上主義者であったとは流石に考えにくいところです。となると、たまたま昨今の「多数派」が「ぼくが かんがえた りそうの しゃかい」と合致する傾向があるので、これに飛びついて錦の御旗としている可能性が考えられます。その点、「『ぼくが かんがえた りそうの しゃかい』が先にあって、それに合致する範囲で社会から疎外された弱者・少数派の立場を代弁・擁護してきたのだろうか」という勘ぐりさえしてしまう衝撃的な一文です。藤田氏の口からこんな発言が飛び出してくるとは思いもしませんでした。
つい数時間前(11日21時台)、藤田氏は新しい記事を公開されました。店舗経営コンサルタントの佐藤昌司氏が11日11時に公開した「「セブンは24時間営業やめろ」と無責任に主張する人に欠けた視点」に反論する体裁の記事です。ここでも藤田氏は、コンビニの深夜営業にかかる約10年前の毎日新聞世論調査における「「賛成」47%、「反対」53%」という結果を以って「時代は24時間営業に大半がNOを突き付けている客観的な事実がある」とした上で「時代遅れの小売業として支持を失うのか、時代に先駆けて転換を図って支持を得ていくのか、セブンイレブンの対応が問われている。」としています。
上掲引用コメントはあくまでもコメントであり長文はなじまないので、いろいろ端折った可能性も捨てきれませんでしたが、長文投稿が容易な独立記事でこの調子であるということはすなわち、藤田氏は、少数派の必要を無視する立場に転落したと言わざるを得ません。
「自主」を標榜するチュチェ思想派たる私はあくまでも生身の人間の利益を第一にしたいと思っています。多数派の都合によって少数派の必要を無視するようなことはしたくありません。その立場から、「年中無休・24時間営業は存在『するべきではない』」という立場ではなく、少数派の必要を踏まえつつ、「多様な消費行動」という消費者の権利と「働き方改革」に代表される労働者の権利との間で「権利の調整」に取り組みたいと考えています。前述のとおり、消費者運動と労働運動が連携して「組織としては年中無休:24時間・365日営業であるが、労働者個人としては十分な休暇・休養を取ることが出来る」ようにすべく企業・資本側に要求を展開してゆくことが必要だと考えています。
■深夜営業すると昼間の売上高が増える不思議
ちなみに、上掲新記事で藤田氏は「セブンイレブンは24時間営業を止めてもブランド力は低下しない。むしろ向上する」などと主張し、慣れないブランド強度分析に取り組んでいますが、これが実証になっていない(さすがに失笑)。たしかに「ブランド力が「消費者の認知・好感度,イメージなど社外評価」を踏まえてスコアで示される」のは「理論上」そのとおりなんですが、「いまここのタイミングで効果を発揮するのか?」という最重要ポイントについて藤田氏は分析していません。単なる観念上の想定にすぎず、確実な根拠に基づく合理的な判断とは言い難いと思われます。
藤田氏の見立てとは逆に、加谷珪一氏が現代ビジネスで3月6日に公開した「コンビニが「24時間営業」にこだわる意外な理由」では、次のような指摘がなされています。
深夜営業すると昼間の売上高が増える理由ははっきりしていないが、いつでも開いているという心理的な安心感が作用し、顧客の来店頻度が上がることが原因と考えられている。一般的に深夜営業をやめてしまうと、全体で3割程度売上高が落ちると言われており、その多くは昼間の売上高減少分となる。
小売業界で売上高が3割落ちるというのは大変な数字であり、深刻な業績不振に陥ることは確実である。全店で一斉に深夜営業をやめた場合、ここまで大きな売上高減少につながるのかは何とも言えないが、業績が落ち込むことに対する本部の恐怖感が大きいのは間違いないだろう。
■ブルジョア的「お客様」論に接近する異常事態
ブランドだの消費者だのというのならば、真に消費者の立場に立つのであれば、やはり「全体から見れば少数かも知れないが、そのタイミングでそれを必要とする消費者・せざるを得ない消費者が社会には存在する」という観点にたつ必要があるというべきです。しかし、頑なに「少数派の必要」について触れようとせず、持論に都合のいいときだけ「消費者」を引き合いに出すのが藤田氏です。
これはまさにブルジョア的「お客様」論・資本の論理そのもの。「お客様は神様」などといいつつ、その腹の内はあくまでも「自社製品を効率よく売りさばき・営業成績をあげる上で好都合な『お客様』」のことだけを考えいるのと同じです。
一人ひとり個性をもつ人民大衆の需要を充足させることを一義的目的とする主体的社会主義の消費経済社会を目指す立場として私は、「全体から見れば少数かも知れないが、そのタイミングでそれを必要とする消費者・せざるを得ない消費者が社会には存在する」という観点は出発点であり死守すべき要塞と考えます。