習近平の「(分断勢力の)体はつぶされ骨は粉々に」発言を検証する素晴らしい! 筆者の遠藤誉氏は、原文にも当たった上で習近平主席の「(分断勢力の)体はつぶされ骨は粉々に」発言が誤訳に基づく歪曲報道であることを余すことなく論じ切っています(ちなみに、「会談報道自体が中国共産党の検閲機関によって改竄されている」などと言い出すとキリがない――G.オーウェルの『1984年』の読みすぎ――ので、それはナシでね)。
遠藤誉 | 中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
10/15(火) 17:51
日本では習近平が言った「粉身碎骨」を誤訳し、おまけに「香港デモを念頭に」と習近平の心を読み取る読心術まがいの歪曲報道までがあるが、原文の文脈を読んだのだろうか?習近平の「粉身碎骨」発言を検証する。
◆習近平が「粉身碎骨」を使った文脈
習近平国家主席は10月13日、訪問先のネパールの首都カトマンズでオリ首相と会談した。その時のほぼ全文が中国共産党新聞に掲載されているので、それを詳細に見てみよう。
タイトルは「習近平、ネパールのオリ総理と会談」。
習近平は以下のような文脈で「粉身碎骨」という常套句を使っている。
――中国はネパールが「一つの中国」政策を堅持し、中国の核心的利益において中国を徹底して支持してくれていることを高く評価している。中国の如何なる地区においても分裂活動を意図する者は、最終的には「粉身碎骨」するだけだ(滅んでいくだけだ)。中国の分裂を支持する如何なる外部勢力も、中国人には妄想を抱いているとしかみなされない!
(中略)
チベット亡命政府に脱出する中国のチベット族は、「ネパールやブータンを経由して」インドに行く者が多い。
そこでオリ首相は習近平に対して以下のように応じている(上記「習近平、ネパールのオリ総理と会談」の後半)。
――ネパールは、中国の主権と領土の完全維持に関して、断固「一つの中国」原則を守っており、如何なる勢力がネパールの領土を利用して反中分裂活動に従事しようとも、それに断固反対し、また絶対にそのような活動を許さない。
つまり、習近平は、「ネパールを経由してインドに設立しているチベット亡命政府を強化する活動を許さない」と言っているのであり、その勢力は「最終的には滅んでいく」と言っているのだ。
◆日本における歪曲報道
驚いたのは、この文脈を「香港デモに関して習近平が初めて見解を述べた」という文脈でとらえていることであり、さらに「体はつぶされ骨は粉々に」と、この上なく恐ろしい言葉を用いて表現したと報道していることだ。
(中略)
1.直訳の二次資料をコピペした日本
BBCは、まず英語で発表されたBBCの報道を、日本語や中国語など各国言語に翻訳して報道する。したがってBBC記者が、たまたまなのか、中国語の「粉身碎骨」という4字熟語を知らなかったために、「体を粉のようにつぶして、骨を粉々になるまで砕いてしまう」と、文字通り「直訳」してしまったのだろう。それをさらに日本語に「直訳」した。原文に当たらない日本の一部メディアが、二次資料を三次利用して「体はつぶされ骨は粉々に」とコピペした。
2.BBCの位置づけをコピペし増幅させた日本のメディア
BBCの原文のタイトルは“Hong Kong protests: President Xi warns of 'bodies smashed'”となっている。最初から香港デモに関して習近平が'bodies smashed'(体を粉々にしてしまうぞ)と言ったと位置づけている。
そこで10月14日、日本のANNニュース<習近平「打ち砕く」 一方、香港民主派は「女神像」(19/10/14)>は、
――中国の習近平国家主席は13日、香港のデモ隊を念頭に「中国のいかなる地域であれ、分裂活動を行えば誰であろうと粉々に打ち砕かれることになる」と痛烈に批判しました。
と、習近平が頭の中で何を考えているかまで見えてしまっている「読心術」でも持ち合わせているかのような「先見的な」表現で報道するに至っているのである。
ただただ、唖然とするしかない。
それ以外にも<「体を打ち砕かれ骨は粉々に」習近平主席が中国分断を巡り警告>といった、類似の歪曲報道は続く。
◆「粉身碎骨」の意味
そのような中、日経新聞の<習氏、中国分裂勢力「最後は粉々に」>は非常に良心的だ。北京の特派員・羽田野主氏が書いたようだが、こういう先見性を持たずに原文に忠実に書いている報道を見ると、礼賛したくなる。
「最後は粉々になるだけだ」という表現も、原文の意味に近い。羽田野主記者に敬意を表する。
(中略)
それを知らない英文圏の記者が「なんという恐ろしい表現!」と仰天してしまったのを、日本人が原文にも当たらずにコピペ歪曲報道をし、さらに習近平が香港デモを「念頭に」などと、読心術まで発揮するようになったのが、この報道の根本的間違いで、日本の少なからぬメディアの怠慢なのである。
(中略)
習近平の言った言葉を中国語で書くと「結果只能是粉身碎骨」で、他動詞的な「譲他」(そいつを〜してやる)という文字や「被」(〜される)という文字がない。つまり「やっつけてやる」に相当する言葉がないのだ。従って唯一日経新聞の<習氏、中国分裂勢力「最後は粉々に」>の自動詞的表現「最後は粉々に」が正しい。「被」という一文字さえあれば「徹底して叩き潰してやる」と訳すのが最も適切だが、他動詞的作用を示す文字は存在していない。
(以下略)
私も実は、後出しジャンケン的になってしまいますが、「香港のデモ隊を念頭に」という決まり文句には疑念を持っていました。というのも、「念頭に」ということはつまり、「習主席がそう明言したわけではない」ということであり、「記者がそう受け止めた・そう思った」ということです(習主席がハッキリと言明したのであれば「念頭に」などいう表現が使われることはありません)が、果たして本当にそんな文脈だったのか、記者の国語力・読解力はマトモなのかというと、これは平生の中国報道を見るに極めて「怪しい」と言わざるを得ないからです。
それにしても、「粉身碎骨」が誤訳されたメカニズムは遠藤氏の分析で理解可能ですが、「香港のデモ隊を念頭に」は一体どこから・・・?
遠藤氏の記事からは依然として、このことについての解答は得られませんが、まあさしづめ、「すべては連関している」と考えたがるジャーナリストの習性といったところではないかと勝手に推察するところです。
世の中、関係性に乏しいものがたまたま同時発生するのは決して珍しくないことですが、そういった事物同士に何らかの連関性があると「信じ」、それを追究しようとする人は一定数いるものです。その結果、怪しげな「関係性」が乱発されるわけです。アンケート等の統計的結果に怪しげな「背景」をくっつけたがる人がいるように。
まったく存在しない発言やデータを捏造すると直ちにバレて叩かれるor胡散臭がられて無視されるかですが、既に存在している事実どうしを都合よく組み合わせる場合だと、意外とオッチョコチョイさんを釣り上げることができるものです。
※ちなみに、ちょっと脱線しますが、デイリーNKジャパンのコ・ヨンギ(高英起)編集長が、あんなに熱心に活動し、YahooニュースではPVを稼ぎながらも、それ以外ではあまり相手にされていないのは、彼の報道内容が実在事実なのか否か裏を取りようがない話ばかりであるが、彼にはジャーナリストしての実績に基づく信頼や権威がないので、胡散臭がられて無視されているためでしょう。ときどき、他の報道機関等が既に報じている内容同士を組み合わせた記事も発表していますが、社会主義政治に関する基礎的知識がそもそもないのでしょう、素人丸出しのハチャメチャな分析が出てきたかと思えば、どこかで聞いたことがあるような特に目新しさのない平凡な分析に終始することもあり、Yahooニュース愛好家(眉唾だと分かっている人も少なくないと思いますけどね)以外のオッチョコチョイさんを釣り上げることさえもできていません。
それはさておき、遠藤氏には是非ともこの調子で、朝鮮半島情勢を論ずるときには、リ・ヨンファ(李英和)氏を頼りにするのではなく、朝鮮労働党機関紙『労働新聞』等の朝鮮語原文に自ら当たって判断していただきたいと切に思う次第です。
昨年6月10日づけ「朝米関係の行方を占うならば、朝鮮民主主義人民共和国とアメリカ合衆国そのものを正面から取り扱うべき」において私は、リ・ヨンファ氏提供の中途半端な情報を基に判断を下した遠藤誉氏その人について、朝鮮中央通信配信記事を基にその主張の誤りを指摘しました。韓「国」紙『ハンギョレ』が、まさに”겨레”(同胞)であるからこそ共和国側発表を十分に確認し踏まえた上で論評したことを評価したところです。