2020年03月10日

世論は「権力行使」がお好き

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200225-00000034-it_nlab-ent
とあるアイドルグループ、物販で来場者にマスク着用を義務化 「マスクしていない人はチェキ手数料1000円増」に賛否の声
2/25(火) 13:12配信
ねとらぼ

 女性アイドルグループ「2o Love to Sweet Bullet」(トゥラブ)が2月24日、新型コロナウイルス拡散防止のため、物販でのマスク着用を義務化。併せて、着用のない場合はチェキ撮影時に別途手数料1000円を徴集すると公式Twitterで発表し、「適切な対処だと思います」「ウイルスにお金払えば大人しく帰る訳じゃない」「対策と言う名の金儲けにしか見えない」など賛否の声があがっています。

(中略)
 感染予防対策としてマスク着用を義務化すること自体には別段異論もみられませんが、メンバーの感染のみをリスクととらえている節がある点、“手数料”という言い回しへの違和などにファンは反応。「マスクのない人は参加不能にすればいいだけ」「要は『金のためならメンバーを危険に晒しても構わない』ってことですよね?」など批判的な声が相次いで寄せられています。

ねとらぼ
売価を割り増すことで買い手に対する金銭的インセンティブを付与し、あらまほしき方向に誘導する――意思決定の科学としての経済学を応用した制度設計と評価できそうです。私なんかは「やんわりとした方法で公益実現に誘導しているなぁ」と感心したのですが、世間ではそのような評価ではないようで・・・

記事中の「マスクのない人は参加不能にすればいいだけ」、「要は『金のためならメンバーを危険に晒しても構わない』ってことですよね?」および、コメント欄の「その場で適正価格よりちょっと高めでマスク売って装着させれば周囲も安心なのに。たかが1000円の罰金払えばウイルスばら撒いていいと言ってるようなもんじゃないか!」といった意見が寄せられています。

今回の新型コロナウィルス騒動を巡っては、なかなか興味深い世論が展開されていますが、これもまたその一つであると言えそうです。ちなみに、当ブログでは下記のとおり取り上げてきました。

【関連記事】
2月10日づけ「キム・イルソン主席の闇市対策に学ぼう――マスク買占め・高額転売を「道徳」や「民度」の問題とし、「権力的取り締まり」を求める言説の低レベルさについて
2月17日づけ「公衆衛生の検討から始まる集団主義的観点の復権
2月20日づけ「新型肺炎を巡る「不安」の正体は、科学的見地が軽視されているためではなく、科学「者」が軽視されているため
2月25日づけ「伝染病に「自己責任」論は馴染むか?――「社会」意識の崩壊
3月4日づけ「「北朝鮮」にも劣る稚拙な転売規制要求を展開する日本世論の愚:真の問題である「買占めの発生」には「転売規制」ではなく「配給制の導入」で対応すべき
3月5日づけ「それを資本主義制度において実現させようとすることが、そもそも間違っている:資本主義としても中途半端、社会主義としても中途半端な日本世論

【新型コロナウィルス禍を巡って炙り出された世相 関連記事一覧】
http://rsmp.seesaa.net/tag/articles/%90V%8C%5E%83R%83%8D%83i%83E%83B%83%8B%83X%89%D0%82%F0%8F%84%82%C1%82%C4%E0t%82%E8%8Fo%82%B3%82%EA%82%BD%90%A2%91%8A

■他人に対して権力を行使するということは、実は相当に難しいこと
まず、「その場で適正価格よりちょっと高めでマスク売って装着させれば周囲も安心」という意見について検討しましょう。これは、なによりも現実性に乏しい「理想論」というべきでしょう。

現在、市場ではマスクは極めて品薄であり、イベント主催者がまとまった数のマスクを用意するのは困難です。各自で調達するほかありません。仮にイベント主催者にマスクを大量調達するツテがあったとしても、具体的にどの程度用意すべきかは見当もつかないでしょう。足りないのも困るでしょうが、有り余るほど入荷してしまうのもまた困ることでしょう。余ったマスクを、その調達作業にかかった人件費分を上乗せして再販売しようものなら、どーせまた叩く人が出てくることでしょうから・・・

また、会場で売ったり配ったりしようものなら、イベント参加者の中には会場でのマスクをアテにして事前の自分での調達を怠る可能性もあるでしょう。公衆衛生の観点から言えば、会場内だけではなく移動経路でもマスクを着用していただきたいところ。移動経路からマスクを着用してもらうには、「会場で売る・配る」のは好手とはいえないでしょう。

何からの方法でイベント参加者が各自でマスクを調達するよう仕向ける必要があります。

他人に対して一定の行動を取るよう仕向けるためには、どのような方法があるでしょうか? どんなアホにでも思いつくのが、権力的強制措置です。「xxせよ」「xxすべからず」であります。本件を巡る「マスクのない人は参加不能にすればいいだけ」といった意見は、まさに権力的強制措置に他なりません。次に、このことについて検討してみましょう。

権力的強制措置は、まさに「強制」である点において強力な方法論ではありますが、実運用のハードルが高い方法論であります。要するに、揉めやすい・イザコザが起こりやすいのです。

とりわけ「お客様は神様」と言われている現代日本の客商売においては、なかなか権力的強制措置を取りがたいのが現実です。「マスクのない人は参加不能にすればいいだけ」と軽々しく言ってくれますが、実際にマスク未着用の「お客様」に対して毅然と「マスクをしない人はお断りです!」とは言い難いのです。最近は消費者も自分が「神様」だと思っている(思いあがっている)ので、理不尽で高圧的な態度を平気で取ってきます。そんな状況下で「マスクのない人は参加不能」などと権力的に出ようものなら、揉めるのは必至です。

他人に対して当人の意思を捻じ伏せて特定の行動を強いる(政治学的に言えば「権力を行使する」)ことは、実は相当に難しいことなのです。国家が強い権力を持っているのは、警察力などの実力(暴力)を持っているからであり、究極的には絞首台(死刑台)を持っているからであります。また、国家権力はちょっとやそっとの市井での批判ではビクともしません。これに対して単なる商売人には暴力はないし、SNSが炎上すれば容易に会社存亡の危機になってしまいます。単なる商売人がお客様に対して強くでることは、現実的ではありません

■金銭的インセンティブを付与することで顧客行動を誘導する以外にない
記事によると、物販会場ではマスク着用が義務化されているとのこと。にもかかわらず、チェキ撮影時だけはマスク着用が義務ではないということは、つまるところ、チェキ撮影時にもマスクの着用を義務化しようものならファンの強い反発が予想されるということです。私はアイドルにはとくに関心がないので、ファンの心理を「実感」としては理解できないのですが、マスク姿での記念撮影を嫌がる心境は「想像」可能ではあります。

お客様相手に強くは出られない、でも本音ではチェキ撮影時もマスクをして欲しい・・・このような板挟み的状況下、権力的強制措置を実際的には取れない状況下においては、「金銭的インセンティブを付与することで顧客行動を誘導する」以外に方法はないでしょう。

(マスクの)着用のない場合はチェキ撮影時に別途手数料1000円を徴集」というのは、「マスクのない人は参加不能」という権力的強制措置に比べて柔らかい誘導行為である点において現実的だと考えられます。売価を割り増すことで買い手に対する金銭的インセンティブを付与し、あらまほしき方向に誘導するのは、「やんわりとした方法で公益実現に誘導している」と言えるのです。

しいて言えば、1000円だと気軽に払えてしまう金額なので、制度設計の効果を高めるためには、もう少し高い値段設定にした方がよいかも知れません

■権力的強制措置よりも実効的でさえある
たかが1000円の罰金払えばウイルスばら撒いていいと言ってるようなもんじゃないか!」――金銭的インセンティブ付与による誘導に対してしばしば浴びせられる典型的な言説です。かつて、地球温暖化対策としての排出権取引について、頭の固いとあるマルクス主義経済学者が「排出権取引なる制度は、カネを積めば温室効果ガスを排出してよいと言っているようなものだ! 本来、温室効果ガスは可能な限り排出しないようにすべきものであり、法的規制で対応すべきものだ!」と言っていたものです。

しかし、まさに排出権取引が温室効果ガス排出の削減に効果を上げているように、事実・ファクトに立てばこそ、金銭的インセンティブの付与というのは、人間行動を誘導するにあたって強力な方法論であります。

■世論は「権力行使」がお好き
それにしても、今回の新型コロナウィルス騒動では、「マスク転売禁止」要求など「規制」や「禁止」といった権力的強制措置の実施(権力行使)を求める声が広範から聞こえてきます。

しかし、2月10日及び3月4日の2回にわたって論じてきたとおり、権力的強制措置は、問題の現象を地下潜行させるだけで根絶はできません。また、今日述べてきたとおり、他人に対して当人の意思を捻じ伏せて特定の行動を「強いる」権力的強制措置は実運用のハードルが高いので、金銭的インセンティブの付与によって特定の行動に「誘導」する方が効果的であると言えます。

社会ではなかなか思い通りに物事が運ばず不正義と不条理が蔓延っています。世論が権力行使による世直しを渇望する気持ちは理解できます。しかし、それは願望に留めるべきであって現実にしてはならないのです。世直しをするにしても権力行使というのは、なかなか使いにくいツールなのです
posted by 管理者 at 00:33| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
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