「買い占め問題」を解決する現実的な方法 週刊プレイボーイ連載(424)マスク転売禁止が法律化されたことによって、転売ヤーは「大打撃」を受けたことになっています。もちろん、3月4日づけ「「北朝鮮」にも劣る稚拙な転売規制要求を展開する日本世論の愚:真の問題である「買占めの発生」には「転売規制」ではなく「配給制の導入」で対応すべき」や3月15日づけ「やはり「転売規制政策は意味があるかないか」こそが核心だった」などで再三指摘してきたように、供給不足の物資を買い占めて私的転売することを強権的に禁じたところで、取引は地下に潜行し闇市化してゆくだけで、転売行為が根絶されるわけがありません。
2020年3月30日
(中略)
買い占めという行為は、需要に対して供給が著しく少なく、かつ定額で販売されていることから起きます。本来はとんでもなく高額なはずの商品が格安で手に入るからこそ、真冬の朝6時から並ぶひとがいるのです。高齢者の多くは手に入れたマスクを部屋にため込むだけでしょうが、この価格差を利用してネットで売ると「高額転売」になります。
ここからわかるように、マスクのような希少商品の「定価販売」は早朝から行列できる「ヒマなひと」を優遇し、さまざまな事情でそんなことはとてもできない「多忙なひと」を差別しています。それに対して転売業者は、「お金のあるひと」を優遇して「お金のないひと」を差別します。
ここで強調したいのは、「時間による差別」が「お金による差別」より道徳的だとはいえない、ということです。貧しいひとが配慮されるべきだというなら、時間のないひとも同様に扱われるべきでしょう。
もうひとつ明らかなのは、「買い占めは控えてください」と政府がいくら「お願い」してもなんの効果もないことです。行列するひとの多くは「強欲」ではなく、「マスクがないと死んでしまう」という強い不安に駆られているのですから。
(中略)
だったらどうすればいいのでしょうか。本来であればマイナンバーを利用して購入履歴を管理し、「1人1カ月20枚まで」などとルールを決めればいいのでしょうが、技術的には可能でもいまからではまったく間に合いません。
だったら、行政がマスクを買い上げて医療機関など必要なところに配布したのち、一般販売分は個数制限をつけて、それが売切れたら店頭価格を引き上げるようにしたらどうでしょう。タイムセールと同じで、最初は「(行列できる)ヒマなひと」が購入するでしょうが、価格が一定以上になると「お金のあるひと」が買えるようになります。これなら、「お金のないひと」も「時間のないひと」も平等になり、なおかつ転売業者が暴利をむさぼることもできません。
店頭価格を引き上げれば小売店は利益を手にすることになりますが、それを税金で回収して感染症対策の費用に充てればさらに一石二鳥でしょう。
【註】「お金も時間もないひとはどうするのか?」との疑問があるかもしれませんが、このひとたちはもともと(行列できないことで)マスクを入手できなかったのですから、値上げで購入できなくなっても不利益は発生しません。ただし、社会的弱者としてなんらかの救済措置を考える必要があるかもしれません。
世論は依然としてそれに気が付かず、「転売ヤーに対する必殺技を繰り出した!」と御目出度くも勘違いして次の「獲物」に取り掛かったのか、現実的効果が生まれておらず諦めて「転進」したのか、メディアが転売ヤー問題をクローズアップしなくなったので興味が無くなったのかは分かりませんが、一時の転売ヤー叩きの様相とは打って変わって明らかに言及頻度とトーンが下がっています。
その代わり、最近は、高齢者やデータイム勤労者ではない人々が薬局等の開店前に行列をなし、せっせとマスクを買って「蓄積」している(と思われる)ことに対する恨み言が展開されるようになり始めました。世論の標的は、転売ヤーから暇人に替わったわけです。
そうした状況かにおいて公開された橘氏の上掲言説。「転売問題」と「長蛇の行列問題」とが本質的に同根の問題であり、分配の偏りの問題、特定階層による一種の「買い占め」の問題であることが真相だと見抜いた秀逸な言説であります。僭越ながら、そう評価させていただきたいと思います。
金持ちが財力にモノを言わせ「金銭万能」とばかりに重要物資を買い占め、それを転売して私腹を肥やそうとすることを予防するのは、政策的に極めて重要です。しかし、そうしようとするあまり、売価を固定して転売利益を滅失させようとしたり、流通(所有権の移転)を制限したりすると、いままでは「金持ち順」に分配されていたところ、今度は「暇人順」に分配されるようになるのがオチです。そもそも物資が物理的に不足していており、「頭数ギリギリ」ないしは「全員分は無い」のだから、そうなるのは自然の成り行きなのです。
このことは、チュチェ105(2016)年12月1日づけ「コンサートチケット転売問題は極めて経済学的問題である――転売禁止という雑な配給制がもたらす効果」でも論じたところです。「金銭万能」を予防しようとするあまり「所有権の移転」そのものを規制し過ぎると、要するに「早い者勝ち」になり「暇人有利」になるのです。
上掲過去ログでも述べたとおり、事実として、一部の文化芸術イベントでは、「ダフ屋死ね」と稚拙な運営体制のために、途方もない長蛇の行列ができています。また、鉄道趣味の世界では、「特急xxラストラン、指定席券10秒で完売!」といった同様の事態がしばしば発生しています。これは、「頭数ギリギリ」ないしは「全員分は無い」ような希少な物資の分配において「暇人順」の分配がなされていることを示しています。
やはり、「金持ち順」ではなく「暇人順」でもない「配給制」の導入が必要です。
本日午後、安倍首相は「一家庭2枚の布マスク配給」を表明しました。
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20200401-00000262-nnn-pol
全世帯に布マスク2枚配布へ 首相が公表引用する価値もないので端折りますが、さっそく否定的なコメントが出ています。たしかに「十分」とは到底言えないメニューではあります。しかし、配給制の第一歩を踏み出していると捉えることが出来ます。たとえ「布マスク1家庭2枚」でも配給制導入という点で進歩なのです。そもそもマスク生産を中国に依存しきった「自立的民族経済」(자립적민족경제)の対極にある日本においては精一杯と言えるでしょう。
4/1(水) 18:49配信
日テレNEWS24
安倍首相は1日午後、新型コロナウイルス感染症対策本部で、全国すべての世帯に対し、布マスク2枚を配布することを明らかにしました。
日本郵政のシステムを使い、1つの住所あたり2枚を、感染者の多い地域から順次配布するという事で、安倍首相は速やかに取り組みたいと話しています。
戦後75年、特に高度経済成長期以来、長期的・慢性的な物資不足の経験に乏しい「豊かな日本」では、分配はもっぱら市場における自由取引に頼り切りでした。それゆえ、残念ながら物資不足が慢性化している「北朝鮮」では既に1960年代には気が付かれていた「転売規制」の無意味さを知らず、2020年の日本人は大まじめに「マスク転売禁止」を打ち出しているところです。
しかしながら、今回の新型コロナウィルス禍とそれに伴うマスク不足は、かかる現代日本人に「政策的分配」の何たるかを知らしてめています。今回の経験から多くのことを学べるでしょうし、すでに少しずつ経験を蓄積していると言えるでしょう(もちろん、いまの世界的は感染拡大は「惨禍」というほかなく、一刻も早く鎮静化することを願うばかりです)。