デジタル化は「後ろ向き」と批判 枝野氏、政権との違いアピール菅内閣・自公連立政権が掲げている「デジタル化」を単に「遅れを取り戻すためのもの」程度に捉えているあたり、枝野代表・立憲民主党は情勢判断ができていないようです。
9/19(土) 21:23配信
共同通信
(中略)
旧国民民主党などと合流して以降、初の地方遊説で菅政権との違いをアピールした形だ。枝野氏はデジタル化政策に関し「世界から遅れている分を追い付くだけだ。日本の未来を輝かせることはできない」と断じた。「日本を自然エネルギーで回っていく国にしよう」と強調した。
共和国歌謡≪돌파하라 최첨단을≫(突破せよ、最先端を)では、≪무엇이나 마음만 먹으면 프로그람에 따라 만드는선군시대 기계공업의 자랑 우리식 CNC기술≫(なんでもその気になればプログラムによって作ってしまう 先軍時代機械工業の誇り我々式CNC技術)と歌われ、かつ、≪지식경제시대인 오늘날 떨어지면 기술의 노예되리 첨단으로 세계향해 나가는 우리식 CNC기술≫(知識経済時代の今日、立ち遅れれば技術の奴隷になる 先端となって世界へと進み出る我々式CNC技術)とも歌われています。
情報技術化とデジタル化は同義といってよいものですが、知識経済時代の今日において情報技術化とデジタル化への「立ち遅れ」は「技術の奴隷になる」ものです。たしかにそれだけ見れば「世界から遅れている分を追い付くだけ」の「後ろ向き」なものかもしれませんが、デジタル技術は「先端となって世界へと進み出る」ための武器であり、その発展は「なんでもその気になればプログラムによって作ってしまう」点において人間の創造的能力の発展そのものです。
主体的観点から申せば、人間は、自然界(客観的な物質世界)に働きかけて自らの生存と発展に必要な衣食住等の富を産出します。これらの富を生み出す能力を「生産力」を言いますが、生産力は、科学知識や技能といった「人間の創造的能力」と「客観的・物質的条件」によって構成されます。人間はあらゆるものの主人でありすべてを決定する特殊な立場に立っているため、生産力を構成する客観的・物質的条件は人間の創造的能力によって操作・操縦されて初めて人間にとって価値のあるものを生み出します。そのため、生産力は本質的には人間の創造的能力であると言え、生産力の発展はすなわち人間の創造的能力の発展であると言えます。
21世紀のこんにちにおける産業の最先端が情報技術分野であることに異論を唱える人は、浦島太郎くらいのものでしょう。情報技術化とデジタル化はほぼ同義です。すなわち、デジタル化とはまさに人間の創造的能力を向上させることであり、未来を切り開く主動力を発展させることに他ならないのです。
哲学的・社会歴史観的バックボーンがないと斯くも貧相な発想に至るものなのかと驚きを隠し得ません。
ラベル:世界観・社会歴史観関連 チュチェ思想