トランプを勝たせるのはアメリカで進行中の「文化戦争」■人種差別問題は日常生活で直面する問題であったとしても、BLM運動はそうではない
10/9(金) 17:41配信
ニューズウィーク日本版
<11月3日に迫る大統領選では社会的正義や人種問題をめぐる価値観、イデオロギーに基づく対立が最大の争点に。選挙の決着は同時にBLM運動への国民の評決でもある>
(中略)
9月に(リベラル派の)ルース・ベイダー・ギンズバーグ連邦最高裁判所判事が死去したことで、その後任人事をめぐる上院での攻防の結果、今回の大統領選はアメリカで進行中の文化戦争(文化的争点をめぐる価値観やイデオロギーの違いに基づく対立)に左右されることになるに違いない。全米の都市で暴動が続き、暴力と無秩序が増加しているなか、今こそBLM(ブラック・ライブズ・マター= 黒人の命は大事)運動に評決を下す時だ。これについてはドナルド・トランプ大統領はとにかくラッキーだと思う。
民主党候補のジョー・バイデン前副大統領の一番の強みは「トランプではない候補」であること。世論調査の結果もこれを裏付けがちだ。
こうした議論からバイデンは一定のメリットを引き出せるかもしれないが、現在アメリカ中に吹き荒れている街頭デモと反警察感情に関する主張ははるかに心もとない。バイデンの問題は、彼がアンティファ(反ファシスト勢力)や「警察予算削減」を求めるBLM運動を、法に従う市民にも訴えられるような明確な言葉で非難できないことである。その理由は単純で、彼以外の民主党はこうした集団と緊密に連携しているからだ。民主党の政治的な公正さへのこだわりは、バイデンに多大なダメージを与える結果になるだろう。
一方トランプは、ギンズバーグの後任にアメリカのキリスト教的価値観と法の支配を象徴する最高裁判事を指名すれば、郊外の中産階級と高齢者にアピールできるのは確実──どちらも11月の選挙結果を左右し得る有権者層だ。トランプが(保守派の)連邦高裁判事エイミー・コニー・バレットを指名したのは当然だろう。
最高裁判事(9人)の構成がこれまでの5対4から6対3とさらに保守派優位になれば、トランプの支持基盤にとってはめでたいことにアメリカの文化生活はこの先何年も安泰になる。社会的正義や人種差別に敏感なリベラル派の価値観の急速な広がりと格闘するトランプは一層勢いづくだろう。
<コロナ議論は二の次>
トランプは今後さらに愛国主義を説き、リベラル派がアメリカについて「憎むべき嘘」をまき散らしていると非難するだろう。上院で最高裁判事の指名承認公聴会が開かれるなか、こうした攻撃はトランプにとって重要性を増すはずだ。リベラル派が唱える「新理論」の実際の内容を詳しく知ったら、アメリカの誠実な一般市民は引くことだろう。
この価値観をめぐる議論に押されてコロナ関連の議論は二の次になり、それが共和党には非常に有利に働く。
(中略)
ナイジェル・ファラージュ(イギリス独立党〔UKIP〕元党首)
最終更新:10/9(金) 17:41
ニューズウィーク日本版
とても面白い記事ではありますが、どうもそういう展開にはなっていないようで・・・そもそも「イギリス独立党」という、ほとんどシングル・イシュー政党の元党首にインタビューすれば、現実がどうであれ一定の「お決まり」な答えが返ってくるであろうことは、推して知るべしといったところです。
BLM運動は「大きなうねり」として報じられているところですが、全米のいたるところで「少しで歩けば必ず出くわす」というほどのものではありません。人種差別問題は日常生活で直面する問題であったとしても、BLM運動はそうではないのです。その意味で、日常生活からは「少し距離がある」問題です。これに対して新型コロナウィルス問題は、まさに日常生活で直面する問題であります。全米有権者が最も関心を寄せている問題が新型コロナウィルス問題であるというのは、至極当然のことです。
■ニッチな政策も軽視できないアメリカ大統領選挙に特殊な選挙制度
ただ、殊にアメリカ大統領選挙は、その特殊な選挙制度ゆえにニッチな政策も決して無視できません。まだビフォー・コロナだった今年1月10日、NHKは次のような記事を公開しました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200110/k10012240991000.html
“ニッチ”な政策が大統領を決める電子たばこ規制に比べれば、BLM運動に対する判断の方がメジャーでしょうから、依然として激戦州を中心に、この問題は注目すべきなのかもしれません。
2020年1月10日 19時02分
“再選ファースト”のトランプ大統領が、ある問題をめぐり右往左往する姿を見せました。
それは経済でもなく、国境沿いの「壁」でもなく、大きな争点の隙間にあるような細かい、つまり“ニッチ”な政策、「電子タバコの規制」です。
なぜなのか…。その背景を探ってみました。(ワシントン支局記者 栗原岳史)
(中略)
トランプ大統領は、なぜいったん打ち出した方針を見直したのか。
電子たばこの規制を厳しくすることで、11月の大統領選挙で、電子たばこの愛好家がトランプ離れしてしまうのではないか、そう判断したためです。
民間の世論調査会社が去年9月に行った調査によりますと、「1週間以内に電子たばこを利用した」と回答した18歳以上のアメリカ人は8%にのぼっています。
一方で、前回の大統領選挙で、民主党のクリントン候補との票差が10ポイント以内だった17の州で、電子たばこ愛好家を対象にした別の世論調査では、83%の有権者が「電子たばこへの規制をめぐる立ち位置」の一点のみで投票先を判断すると回答しています。
いわゆる“シングルイシュー投票者”だというのです。
共和党の選挙戦略に大きな影響力を持つアメリカの保守系ロビー団体ATR=全米税制改革協議会は、こうした電子たばこの規制をめぐる政策のゆくえは、特に接戦州では選挙の勝敗を決める決定打になりかねないと分析します。
前回の大統領選挙で、トランプ大統領はミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニアの3州を制したことで勝利しました。その3州での票差は、いずれも1ポイント以内の僅差です。
そうした中、もし「電子たばこの規制」という、大きな争点の隙間にあるような細かい、ニッチな政策をめぐる“シングルイシュー投票者”が、少しでも投票行動を変えれば、3つの州の選挙結果、ひいてはアメリカ全体の選挙結果をも変えてしまう可能性があるのです。
(中略)
社会が分断され、双方がきっ抗した状態で固定化されていった結果、この数年で社会で顕在化したニッチなシングルイシューの存在感と重要性が増しています。
そして、場合によっては、選挙でのキャスティング・ボートにもなりえるのです。
民主主義の皮肉
アメリカの大統領選挙は、50の州で獲得した得票数をそのまま足し上げた、いわゆる人気投票ではなく、基本的に、各州で得票数が多かった候補者が、その州に割り当てられた「選挙人」を争奪していく方式です。
このため、一部の接戦州でのニッチなシングルイシューが全米の大統領選挙の結果を左右しかねないということは、アメリカ民主主義の皮肉としか言いようがありません。
これはアメリカが直面する分断社会の行く末なのかーー。
伝統あるアメリカ大統領選挙の仕組み、ひいては民主主義の在り方自体にも一石を投じる議論になるかもしれません。
■少数意見を議論の俎上に載せる「勝者総取り方式による選挙人制度」
ところで、NHK栗原記者は、「一部の接戦州でのニッチなシングルイシューが全米の大統領選挙の結果を左右しかねないということは、アメリカ民主主義の皮肉」などとしていますが、私は「皮肉」とは思わず、むしろ積極的な意義を見出したいと思います。なぜならば、この手のニッチな論点は、単なる多数決主義では決して議論の俎上にも載らず一顧だにされず無視されるからです。単なる多数決主義で勝つためには、万人ウケする、よく言えば「最大公約数的」悪く言えば「総花的」な政策だけをぶち上げることが勝利への近道になるからです。
勝者総取り方式による選挙人制度は、決して少数意見を大切にすることを主眼において設置されている制度ではなく、"United States"としてのアメリカ、つまり「主権を持つ各州」の連邦国家としてのアメリカであるからこその制度(主権を持つ各州ごとに連邦大統領候補を一人選ぶ)ですが、こうして少数意見が結果的に取り上げられる機会が設けられているという効果もあるわけです。
民主主義を更にアップデートさせるためには、単なる多数決主義への転落を防ぎ少数意見を積極的にクローズアップする必要があります。このことについては、異論はないでしょう。
少数意見をいかにクローズアップするかについて、しばしば博愛主義者は「知ることから始めよう、異なる立場の人の境遇に想像力を働かせよう」などといいます。報道関係者に特に多いように思います。「苦しんでいる少数派にスポットライトを当て、多くの人かまだ知らないその現実を伝えることで社会を変えるキッカケを作るんだ!」といった職業的使命感です。
高い志だとは思いますが実に甘い。ブルジョア利己主義が蔓延る現代において、異なる立場の人の境遇に想像力を働かせたところで何の得にもならないからです。要するに「他人事」。いまや「他人の不幸は蜜の味」どころか「他人の不幸は他人の不幸」というくらいまで社会的連帯感は断絶してしまっています。皆が心清らかに隣人愛に満ちた姿勢を示すはずがありません。
権力者及び多数派が少数意見に「耳を傾けざるを得ない環境」を作らなければなりません。とくに傾聴するインセンティブを付与すべく制度設計する必要があります。そのように課題を設定したとき、勝者総取り方式による選挙人制度は、「アメリカ民主主義の皮肉」どころか、むしろ、期せずしてうまいこと出来ているもんだなと感心さえできるものでしょう。
ラベル:トランプ文化大革命