2021年06月06日

「競争を通じた共産主義の実現」を目指す朝鮮労働党の新展開

当ブログでは「集団主義と競争原理の両立」に取り組んでいらっしゃるキム・ジョンウン同志と朝鮮労働党の動向について数年来注目してきましたが、この件について最近少し動きがあったように思われるので、取り上げてみたいと思います。

■社会主義勢力が定式化に苦しんできた「競争」の概念を我がものとした朝鮮労働党
キム・ジョンウン同志は就任以来、「集団主義と競争原理の両立」に取り組まれてきました。朝鮮労働党第7回党大会に先立つチュチェ105(2016)年3月19日づけ『労働新聞』が「集団主義的競争の熱風を激しく巻き起こし、より高く、より早く飛躍しよう」という社説を掲載(当方による全訳はこちら)し、その後、毎年の「新年の辞」でも言及されてきました。「互いに成功を学びあい、助け合い、切磋琢磨してゆく」タイプの競争を集団主義的競争・社会主義的競争とし、「弱肉強食の生存競争」としての資本主義的競争との違いを定義した点において、伝統的に難題だった「集団主義と競争原理の両立」に解答を与えたのです。

この取り組みは、チュチェ108(2019)年1月29日づけ「集団的革新・社会主義的競争の旗の下に前進する社会主義朝鮮」で指摘したとおり、おととしの時点でキム・イルソン同志の時代そしてキム・ジョンイル同志の時代の政策と現在の「集団主義的競争・社会主義的競争」との連続性を定式化したことによってイデオロギー的に安定した地位を獲得し、確立されたものと言えます。歴史上、社会主義勢力が定式化に苦しんできた「競争」の概念を朝鮮労働党は我がものとしたのです。

また、単なるイデオロギーの枠内に留まるのではなく、責任管理性(社会主義企業責任管理制)と担当責任制(圃田責任担当制など)といった経済管理方法と結びつけることで実際の政策として推進されてきました。たとえばチュチェ108年11月29日づけ「「個人の能力と努力に対する評価」が積極的に位置づけられ始めた朝鮮民主主義人民共和国――こんにちの社会主義企業責任管理制と集団主義的競争・社会主義的競争の定着・発展について」で取り上げたとおり、いま共和国では「個人の能力と努力に対する評価」が積極的に位置づけられています。従来、社会主義においてどうしても切り離しがたかった「分配における悪平等」を清算する取り組みが現実的・実践的に行われているのです。

■共産主義の発展的な復活の兆候が見られている
上掲記事で私は、「キム・ジョンウン委員長におかれては、これからも、新しい方法論を慎重に試しながら社会主義そのものを進化させて行かれることでしょう」と書きましたが、ここ最近の共和国メディアでは、その進化の兆候が見えてきています。「共産主義の発展的な復活」です。

チュチェ90年代(チュチェ90年=西暦2001年)から共和国では段階的に「共産主義」の看板が降ろされつつありました。憲法や党規約といった重要文書から「共産主義」の文言が削除され、革命歌謡の歌詞――たとえば≪천리마 달린다≫(千里馬走る)など――が変更され、キム・イルソン広場からマルクスとレーニンの肖像画が撤去されるといった具合でした。共産主義という単語が出てこない以上、それについて言及されることがほぼなくなっていました。

しかし、今年5月の1カ月間だけでも、4日、10日、11日、14日、17日、27日そして30日の各日において「共産主義」という単語が登場しています(見落としたのもあるかも知れないので、もっとあるかも)。それも、「競争」との関連で言及されているケースが複数見られます。いくつか取り上げて邦訳してみましょう。
http://www.kcna.co.jp/calendar/2021/05/05-04/2021-0504-005.html
오늘 우리 당은 사회주의건설을 새로운 단계로 이행시키기 위한 총진군길에서 《하나는 전체를 위하여, 전체는 하나를 위하여!》라는 공산주의적구호를 더욱 높이 추켜들고 투쟁해나갈것을 요구하고있다.
今日、我が党は、社会主義建設を新たな段階へと移行させるための総進軍の道で「一人はみんなのために、みんなは一人のために!」という共産主義的スローガンをさらに高く掲げ、闘争していくことを求めている。
http://www.kcna.co.jp/calendar/2021/05/05-17/2021-0517-007.html
모든 사람들이 기쁨과 슬픔을 함께 나누는 공산주의미덕, 공산주의미풍이 차넘치는 인민의 리상사회인 공산주의사회를 건설하는것은 우리 인민이 내세우고있는 일관한 투쟁목표이다.
すべての人が喜びと悲しみを分かち合う共産主義美徳、共産主義美風があふれる人民の理想社会的な共産主義社会を建設することは、朝鮮人民が掲げている一貫した闘争目標である。
http://www.kcna.co.jp/calendar/2021/05/05-10/2021-0510-006.html
따라앞서기, 따라배우기, 경험교환운동은 전체 인민을 열렬한 애국자, 공산주의적인간으로 키우는데서도 커다란 의의를 가진다.

따라앞서기, 따라배우기, 경험교환운동을 활발히 벌릴데 대한 당의 방침은 사상, 기술, 문화의 3대혁명을 힘있게 다그칠데 대한 로선과 함께 사회주의건설에서 튼튼히 틀어쥐고나가야 할 중요한 방침이다.

전사회적으로 따라앞서기, 따라배우기, 경험교환운동을 활발히 벌리면서 경쟁열풍을 세차게 일으켜야 모든 부문, 모든 단위가 침체와 답보, 자만을 모르고 더 높은 목표를 향하여 힘차게 전진해나갈수 있다.

追いかけ、見習い、経験を交換する運動は、全人民を熱烈な愛国者、共産主義的人間に育てる上でも大きな意義を持つ。

追いかけ、見習い、経験を交換する運動を活発に広げることに対する党の方針は、思想・技術・文化の三大革命を力強く展開することに対する路線と共に、社会主義建設で堅持すべき重要な方針である。

全社会的に基づいて追いかけ、見習い、経験を交換する運動を活発に広げながら競争熱風を激しく作り出せば、すべての生産部門、すべての生産単位が低迷と足踏み、自惚れを知らず、より高い目標に向かって力強く前進していくことができる。
http://www.kcna.co.jp/calendar/2021/05/05-30/2021-0530-002.html
그들은 로동계급과 직맹원들이 《하나는 전체를 위하여, 전체는 하나를 위하여!》라는 공산주의적구호를 들고 서로 돕고 이끌면서 전후복구건설시기와 천리마대고조시기의 투쟁정신을 높이 발휘할데 대하여 언급하였다.

전민과학기술인재화의 요구에 맞게 현대과학기술을 열심히 배워 직맹원들 누구나가 쟁쟁한 로동자발명가, 창의고안명수가 되며 군중문화예술과 대중체육활동을 활발히 벌려 대고조전역마다에 랑만과 정서, 전투적기상과 희열이 차넘치게 할것이라고 그들은 강조하였다.

그들은 모든 부문, 모든 단위에서 사회주의경쟁과 26호모범기대창조운동, 대중적기술혁신운동을 비롯한 대중운동을 실속있게 벌려 일터마다 새 기준, 새 기록창조로 들끓게 하고 집단적경쟁열풍을 끊임없이 고조시켜나갈데 대하여 언급하였다.

彼らは労働者階級と職業同盟員が「一人はみんなのために、みんなは一人のために!」という共産主義的スローガンを掲げ、互いに助け導きながら、戦後復興建設期と千里馬大高揚期の闘争精神を高く発揮することについて言及した。

全人民を科学技術人材化する要求に合わせて、現代の科学技術を熱心に学んび、職業同盟員の誰もが、そうそうたる労働者発明家、創意工夫の名手となり、群衆文化芸術と大衆体育活動を活発に展開し、大高潮の全域にロマンと情操、戦闘的気性と喜びがあふれるようにするのだと、彼らは強調した。

彼らはすべての生産部門、すべての生産単位で、社会主義競争と26号模範機械大創造運動、大衆的技術革新運動をはじめ大衆運動を着実に広げて職場ごとに新しい基準、新しい記録創造に沸き、集団的競争熱風を絶えず高めて行くことについて言及した。
ここで注目すべきは、特に5月10日づけ及び5月30日づけ記事です。「追いかけ、見習い、経験を交換する運動は、全人民を熱烈な愛国者、共産主義的人間に育てる上でも大きな意義を持つ」とする5月10日づけ記事ですが、この「追いかけ、見習い、経験を交換する運動」はまさに集団主義的競争・社会主義的競争そのものです。30日づけ記事の「すべての生産部門、すべての生産単位で、社会主義競争と26号模範機械大創造運動、大衆的技術革新運動をはじめ大衆運動を着実に広げ」にいたっては、はっきりと「社会主義競争」と言っています。

すなわち、これらの記事は「集団主義的競争・社会主義的競争を通して共産主義社会の実現を目指す」という宣言であり、また、朝鮮労働党は「社会主義における競争」の定式化にとどまらず「共産主義における競争」の定式化にも乗り出したということを意味しています。

ちなみに、これと関連しているか正確なところは分かりませんが、キム・ジョンウン同志の時代になってから≪인터나쇼날≫(インターナショナル)の演奏回数が増え、音源も新しくなったように思います。第8回党大会でも第6回党細胞大会でも新音源で演奏(少なくとも第8回党大会では確実に生演奏)されています。ちなみに、朝鮮音楽趣味者の間では筆頭格的な位置にいらっしゃる「朝鮮労働党万歳」様の「党細胞書記大会と合唱「インターナショナル」」では、音楽政治の観点から近年の≪인터나쇼날≫の扱いの変化について論じられています。

■「20世紀の共産主義」との違いはあるのか?
それはさておき、もちろん、「20世紀の共産主義」の時代において「競争」がまったく目指されていなかったわけではありません。たとえば1970年代には≪3대혁명붉은기쟁취운동≫(三大革命赤旗争取運動)という「競争」がありました。「一人はみんなのために、みんなは一人のために!」は昔ながらのスローガンであり、これが今になって再登板することは、見方によっては「改革の後退」とも考え得るものです。過去の競争と今回の競争との実質的違いが重要です。

その点、4月30日の最高人民会議常任委員会第14期第14回全員会議(総会)は、興味深い決定を下しています。「ソフトウェア保護法」の制定です。次のように報道されています。
http://www.kcna.co.jp/calendar/2021/05/05-02/2021-0502-002.html
쏘프트웨어보호법에는 쏘프트웨어의 등록과 리용에서 제도와 질서를 철저히 세워 쏘프트웨어저작권을 보호하며 쏘프트웨어의 개발을 장려하고 투자를 늘이도록 할데 대한 문제들과 쏘프트웨어보호사업에 대한 지도통제를 비롯하여 해당 법의 준수와 리행에서 나서는 실무적문제들이 밝혀져있다.
ソフトウェア保護法には、ソフトウェアの登録と利用において、制度と秩序を徹底的に立て、ソフトウェア著作権を保護して、ソフトウェアの開発を奨励し、投資を増やすことに対する問題と、ソフトウェア保護事業の指導統制をはじめとする、適用法の遵守と履行において生じる実務的問題が明らかにされている。
「著作権」という概念は基本的に、それを思いついた個人や企業の個別的な利益を保護するための制度であり、いうならば「ブルジョア的権利」というべきものです。中国やベトナムのように開放路線にかじを切った国々は、まずこの分野の法的権利保障の整備から着手したものでした。「20世紀の共産主義」と「著作権」は相容れないものです。

つまり、共和国は共産主義を復活させつつ、同時に個人や企業の個別的な利益を保護する制度の整備にも着手し始めたわけです。このことは、過去の競争と今回の競争との実質的違いであり、「20世紀の共産主義」の復活;改革の後退ではなく、共産主義の発展的な復活と言ってよいでしょう。

これが実践的な取り組みとして継続し得るかが重要になるわけですが、先ほども取り上げたチュチェ108年11月29日づけ「「個人の能力と努力に対する評価」が積極的に位置づけられ始めた朝鮮民主主義人民共和国――こんにちの社会主義企業責任管理制と集団主義的競争・社会主義的競争の定着・発展について」で論じたとおり、いま共和国では「個人の能力と努力に対する評価」が積極的に位置づけられています。すでに実践されている「社会主義における個人の能力と努力に対する評価」の延長線上として位置付けた場合、「共産主義における個人の能力と努力に対する評価」の展望は、それほど悲観する必要はないものと思われます。

■総括
個人や企業の個別的な利益を保護する法制度を整備しつつ、同時的に共産主義の旗印を再度掲げ始めた共和国。社会主義企業責任管理制をはじめとする近年の経済的制度改革の実践例を見るに、これは「20世紀の共産主義」の復活;改革の後退ではなさそうに見受けられます。非常に興味深いことが今まさに起こりつつあります。今後も共和国本国発の情報を注意深く見守る必要があると言えます。
posted by 管理者 at 20:08| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
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