プーチン大統領を止めるには「暗殺するしかない」 米上院共和党議員の投稿に身内からも批判の声アメリカ上院の司法委員長が、ロシアのウクライナ侵攻を止めるためにはプーチン大統領を「暗殺するしかない」とツイートして批判を受けたといいます。
[2022年3月5日9時47分]
米上院共和党の有力議員リンゼー・グラム司法委員長(66)が3日、ウクライナ侵攻を続けるプーチン大統領を止めるには「暗殺するしかない」とツイートして物議を醸している。
グラム氏は、紀元前44年のローマでジュリアス・シーザーを暗殺した政治家マーカス・ジュニウス・ブルータスと第2次世界大戦中にナチス・ドイツを率いた独裁者ヒトラーを暗殺し損ねたことで知られるクラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐の名前を引用し、「ロシアにブルータスはいるか? ロシア軍にはシュタウフェンベルクより成功できる人がいるか? 終わらせる唯一の方法は、ロシアの誰かがこの男(プーチン大統領)を殺すことだ」とツイート。自国と世界のために多大なる貢献ができると持論を展開した。
その後も、最初の投稿に補足する形で「これを解決できるのはロシア国民だけだ。言うのは簡単だが、するのは難しい。残りの人生を暗躍の中で生きたくなければ、ひどい貧困の中で他の国から孤立したくなければ、誰かが立ち上がる必要がある」と投稿している。
(以下略)
今回の侵攻は、ロシアの地政学的位置ゆえに歴史上繰り返されてきた南下政策の一環であることは当ブログでも再三繰り返してきたところであり、条件と必要性さえ整えば、これからも繰り返されるであろう構造的なもの。それにも関わらず!
人間の意志や行動は、その人が置かれた環境や条件に強く影響されます(もちろん私はマルクス主義者ではなくチュチェ思想派なので、環境や条件に「規定される」とまでは言いませんが)。個人が何かを「思う」ということは、環境や条件によって「思うように仕向けられている」ということです。これに対してアメリカン・ドリーム的世界観にドップリ浸かり切った「個人」主義の発想は、個人の意志や行動を過大評価し、客観的条件の制約を無視しがちですが、この発想は必然的に、現象の原因を個人に帰結させるものであります。好ましい現象は英雄のおかげ、好ましくない現象は悪人のせいということになるものです。
グラム氏の発言はまさにアメリカ的世界観によるものというほかありません。歴史的に何度も繰り返されてきた南下政策の再現を不当にもプーチン大統領個人と結びつけ、その終結を彼の死に見出しています。
都合の悪い現象を特定個人の人となりや言行に結び付け、その人物を死に至らしめることで解決しようとするやり口は、まさにスターリンの手口であります。
もちろん、両者は完全には一致してはいません。ソビエトの無法者は「階級闘争激化論」に基づいていました。すなわち、連中の言い分は、ポリシェヴィキ革命によって社会制度が全面的に作り替えられたにも関わらず一部の個人や徒党が時勢に逆らって、まさに「反動」として足を引っ張っているので、それを排除して正常な歴史の流れを取り戻すというものでした。当時のソビエトメディアは、スターリンを「庭師」としていたといいます。社会主義建設という「大樹」の生命力を生かしてその成長を導くべく、「雑草」や「害虫」から庭木を守る者になぞらえたわけです。個人の意志や行動と社会現象との間に一定の線引きがあり、個人的な自己意識の直接的支配下にないものについては、調整的に関与するのが限界であり、創造主のように意のままに操ることはできないという世界観的な理解を見て取ることができます。
これに対してグラム氏の発想は、プーチン大統領がロシアを意のままに操っており、その邪悪な意志を完遂するためにウクライナを毒牙にかけたという見方をしていると言わざるを得ません。個人の意志いかんで天下国家を自在に操ることができると見ているわけです。個人の意志や行動と社会現象との間が「地続き」になっているのです。
ある意味でスターリンよりもひどいグラム氏の発言です。歴史の大きな流れを個人や少数の徒党が妨害することはあり得ますが、歴史の大きな流れを個人や少数の徒党が意のままに操ることはできません。あまりにも主観観念論的な見方です。
スターリンによる殺人は、個人よりも「革命の利益」を優先させるまさに全体主義の極致でありました。全体主義による殺人でした。これに対してグラム氏の暗殺奨励発言は、その真逆であり、個人主義の極致であると言えます。
全体主義による殺人は、我々日本人もイメージしやすいものであります。しかし、個人主義も極端の領域に行くと同じように殺人という結論に至りうること、とりわけ、冷戦終結とソ連崩壊によって全体主義に勝利したはずの「自由」で「個人が尊重される」現代アメリカに、スターリンの意志が体現されかかったことを私は記憶に留めたいと思います。
ラベル:リベラリズム批判