2022年04月07日

民間人疎開にかかる橋下氏の主張の正当性が証明され、さらに事実上、世論動向が橋下氏の主張に近づき始めている

ロシアのウクライナ侵攻では、戦線がキエフ攻略からドンバス攻略に移ってきたといいます。ロシア軍のどうしようもない兵站のヘボさは短期的には解決し得ないものなので、キエフ市街戦は難しいものと思われます。戦線は移動しました(※後述追記的注釈に続く)。

そして・・・戦いの傷跡残るキエフ郊外で恐れていた事態が現実のものになってしまったという報が飛び込んできています。民間人の犠牲です。組織的なものなのか戦場特有の異常な精神状況に置かれた兵士の暴走なのかはわかりませんが、ロシア軍兵士の行いであると考えるのが順当なところでありましょう。戦争の必然的帰結であると言っても過言ではない非戦闘員・民間人の死傷がウクライナの地でも再現されてしまいました。私が知る限り、数か月以上続いた戦争において民間人の犠牲がなかった戦争はありません。もちろん、今わかっていることは少ないところですが、ロシア政府が厳しく非難されるのは道理でしょう。

こうなるからこそ、非戦闘員・民間人は一刻も早く疎開しなければならないのです。マトモな人間は戦場で正気を保つことはできません。精神的におかしくなって疑心暗鬼に駆られるものです。丸腰の非戦闘員・民間人は、軍用武器を持った「狂人」からは一刻も早く離れる必要があります

この点、ウクライナ政府の戦争指導は最悪の部類に入るモノでした。過去記事でも書いたとおり、疎開させるどころか、ある年齢層の男性の出国を禁じたり民間人に火炎瓶の作り方や投擲の仕方を指南したりするという、およそマトモな軍隊はやらないようなことをやったのです。以前の記事でも書いたように、ロシア兵の疑心暗鬼を掻き立てるような非常に危険な呼びかけです。そして日本メディアを始めとする西側メディアは、これを「国民一丸となって侵略者に立ち向かうウクライナの軍民」を持て囃してきました。

率直に言ってウクライナ政府は民間人の疎開に注力しているとは言い難いものです。やっているうちに入らないように思われます。それに割くリソースが足りないのかも知れませんが、いまも、ドンバス地方で決戦が行われようとしておりウクライナ軍が精鋭部隊を配置して厳重な迎撃体制を構築しているというときに、いまだ同地方には多くの非戦闘員・民間人が取り残されているといいます。

奇しくも、橋下・グレンコ論争における橋下氏の主張の正当性が証明された形になっています。橋下氏は「自らの意志で戦闘に参加する軍人・戦闘員は尊い、しかし非戦闘員・民間人は退避すべきだ」「徹底抗戦を唱道して避難することが悪であるような空気を作るべきではない」と一貫して主張してきました。ちなみに、これに対してグレンコ氏は、退避禁止と戦闘への強制参加を混同した上で「退避禁止は、ガレキ処理などのための要員確保のためであり、無理矢理武器を持たせて戦わせている訳ではない」と抗弁していました。

世論の大勢は、グレンコ氏擁護または、グレンコ氏の主張の劣化コピーでした。こうした退避・疎開禁止ないし消極性の結果がいまの惨状です。私は過去記事で「いつまたミサイルが飛んで来るかも分からない地域に民間人を止め置くこと自体が問題」「武器を持たせて無理に戦わせてはいないから問題ないというわけではない」と述べたものです。

幸いにしてようやく日本世論においても、民間人を巻き込んでいるマウリポリの戦いが深刻化したあたりから、「戦場のど真ん中に民間人を置き去りにするのは危ないし、ロシア軍撃退のためには邪魔だな」とか「民間人を脱出させないといけないな」といった認識が広まり始めてきたように思われます。フランスによるマウリポリ救出作戦計画のニュースや、数千の民間人が辛くもマウリポリから脱出できたといったニュースが朗報扱いされています。決して「敵前逃亡だ」などという反応にはなっていません。「逃げる」とか「退避する」とかいう言葉には依然としてアレルギー反応があるものの、「脱出」に対してはそれほどは反発がないのです。

もとより徹底抗戦と民間人の疎開は両立し得るものです。徹底抗戦するからといって戦場に民間人が残る道理はありません。しかし、徹底抗戦論は往々にして「一億火の玉」論に行きつくものです。橋下氏は一貫して、徹底抗戦と民間人の疎開は両立するという立場に立ちつつ徹底抗戦一辺倒になると「一億火の玉」的になってしまうことを懸念してきたわけです。「ウクライナは無条件降伏しろ」などとは言ってきませんでした。

現状は、民間人疎開にかかる橋下氏の主張の正当性が証明され、さらに事実上、世論動向が橋下氏の主張に近づき始めていると言えるでしょう

(※後述追記的注釈)
ここにおいて留意すべきは、プーチン大統領の開戦演説を思い起こすに、ドンバスの解放やウクライナ政府の非ナチ化などは当初から俎上に上がっていたものの、ゼレンスキー大統領の排除などは直接的には言及がなかったことです。もちろん、ゼレンスキー氏に代わって子飼いの操り人形にすげ替えられればラッキーだったのでしょうが、それは戦争目標達成においては必ずしも必要なことではありません

実際のところ、キエフ攻略・市街戦説を騒いでいたのは主に西側メディアでした。いつの間にか我々は、キエフ攻略が戦争遂行上の絶対不可欠な要素と思い込んでいたように思われます。しかし、戦争目標達成のためには必ずしもキエフを手中に収める必要はありません。戦争は目標達成のために行うモノであり、完全勝利は必ずしも必要ではないのです。

日本世論は、数十年レベルの以前から「戦略的勝利:戦争目標達成」と「戦術的勝利:完全勝利」とが混同しているように思われます。たとえば、ノモンハン事件。「日本軍よりも赤軍の被害のほうが大きかった! 空の戦いにおいては日本陸軍航空隊の97式戦闘機はソ連赤色空軍ののИ−15、И−16を圧倒した!」という抗弁が罷りとおっています。しかし、ノモンハン事件で戦争目標を達成したのはソ連でした。あるいは、冬戦争。「フィンランド民主共和国」なる傀儡政権を打ち立てた点、ソ連はフィンランドの征服を当初は視野に入れていたと思われるものの、フィンランド軍の徹底抗戦によってその願望は成就しませんでした。フィンランド軍はよく戦いました。しかし、その講和条約を見るに、冬戦争の勝者はソ連という他ありません。にもかかわらず、単なる戦術的勝敗を以って冬戦争の戦略的勝敗をフィンランドのものとみなす主張が罷り通っています。
posted by 管理者 at 19:46| Comment(4) | 時事 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
https://takase.hatenablog.jp/entry/20220506
 ウクライナでは2月24日の国民総動員令で、18歳から60歳までの男性は原則として国外に出られなくなっている。
 誰も死にたくはないから、銃を取って戦うことに拒否感を持つ人がたくさんいるのは当然だ。
 NHK国際報道で、ロシアの侵攻時、たまたまギリシャにいて今も国に戻らないウクライナ男性エフゲニーさんの苦悩を報じていた。
 ウクライナに帰国したら、もう外には出られない。ポーランドに留まって戦争が終わるのを待つという。悩んだすえ、自分も何かしら貢献したいと、カメラマンの彼は、ウクライナから非難してきた人々のドキュメントを撮影しはじめた。戦闘には参加したくないが、祖国の勝利を祈っていると語る。
(エフゲニーさんは、「戦場で死にたくありません。それは思い描いた人生ではありません」「国を愛する気持ちは強く持っているのだが」と語る。ロシアが侵攻する前の2月上旬だが、(世論調査では)「戦う」は3分の1強だけ)。
(引用終わり)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220502/k10013608431000.html
◆イリーナさん(美容師) 首都キーウから避難
2.なぜ、いま帰国するのですか?
 キーウは最近かなり静かなので帰ります。
 ここで仕事を見つけるのは本当に難しいです。
 どの国でも生きていくにはお金が必要ですが、たくさんの人がポーランドにやってきました。工場での製造の仕事もありましたが、ハードな仕事です。
 キーウでは戦時中であっても十分な仕事があります。働きたい人は誰でも、お金を稼ぐことができます。
 私たちは自分の国のことが分かっているので、ポーランドよりは楽なのです。
 もちろん、それほどよいものではありませんが。
◆アローナ・ハブリリュクさん(会計士) 北西部ジトーミル州から避難
2.なぜ、いま帰国するのですか?
 他の家庭での生活は、やはり自宅のようには生活できませんから。
 受け入れ家族には3人の子どもがいて、私たちは疲れてしまったのです。
 もしかしたら、戦争は何か月も続くかもしれないし、1年続くかもしれない。
 私たちにはここにとどまるだけのお金も時間もありません。
 それに、(ウクライナの)職場から「頼む、戻ってくれ」と電話がかかってきました。
 (ウクライナでの)仕事は辞めずにオンラインでしていましたが、もしここに長くとどまったら、おそらく(ウクライナでの仕事は首になり、今住んでいるポーランドでも)仕事はないだろうと思います。ジトーミルでは、それほど多くの爆撃はありませんでした。
 数週間なら仕事をオンラインで続けることができるかもしれません。でも、ずっとは難しいです。
 国営企業という仕事柄、書類や資料が必要なので、毎朝8時に出勤するよう言われています。
戻らなければ、この期間の給料がもらえなくなる。そうなると、私は仕事を辞めて、ポーランドで新しい仕事を見つけなければなりません。
 しかし、それにはポーランド語を学ぶなど、とても時間がかかります。
当初は依然として、危険なウクライナになぜ戻るのか疑問でしたが、話を聞かせてもらううちに、避難生活が長引く中で自宅に戻らなければならない、それぞれの悩み、葛藤があることが分かってきました。
(引用終わり)
 戦争意欲に燃えてる国民もいるのでしょうがそれが全てではないですよね。 
Posted by bogus-simotukare at 2022年05月07日 22:35
bogus-simotukareさん

コメントありがとうございます。お返事が遅くなってしまい申し訳ございません。

「戦争意欲に燃えてる国民もいるのでしょうがそれが全てではない」――まさに私が申したいことそのものです!

そしてそういうウクライナ国民の声にも配慮すべきところ、ゼレンスキー政権にはそういう姿勢がまるで見られない徹底抗戦一辺倒主義であり、我が国日本は、自分たちが被害を受けているわけではないので、ますます「お気楽」な徹底抗戦一辺倒に凝り固まっているわけです。

そして、特に日本についていえば、もし仮に自分たち(日本)が、どこか他国から武力行使を受けて直接的に被害を受ける立場になれば、少しは冷静になるかといえば、「勧善懲悪・破邪顕正的な二項対立」と「生身の人間の生活を軽視し、大義や筋論などの抽象的なものを優先する傾向」ゆえに、その可能性は非常に低いでしょう。一億火の玉・一億総玉砕のメンタリティが日本においては依然として健在であることを此度のウクライナでの戦争は示しました。このことを何よりも私は懸念するものであります。
Posted by 管理者 at 2022年06月19日 19:03
https://twitter.com/takano_r/status/1539606896461549568
高野遼(朝日新聞ワシントン支局長)
「プーチン大統領との対話を目指すべきだ」と提案する、チャールズ・カプチャン教授(米ジョージタウン大)にインタビュー。ロシアに甘いとの批判も巻き起こしかねない議論だが、「これは宥和政策ではない。戦略的な慎重さだ」と説きます。持論を貫く理由を尋ねました。
[https://www.asahi.com/articles/ASQ6Q3VKLQ6MUHBI00C.html:title]
カプチャン氏
 ウクライナには、東部やクリミア半島からロシア軍を追い出すほどの能力はないと考えるからです。
(引用終わり)


 ノーコメントで紹介しておきます。
Posted by bogus-simotukare at 2022年06月23日 06:19
bogus-simotukareさん

コメント及び情報提供ありがとうございます。

このような主張が西側陣営内部においても出てきた意味合い、そしてそれが、とりわけ日本メディアにおいて報じられるようになった意味合いを注視してゆく必要があると思います。
Posted by 管理者 at 2022年06月26日 18:33
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