フランスF2が、まだウクライナ政府統治下だった頃のリシチャンシクの親ロ派住民に対して行ったインタビューを同時翻訳しつつそのまま放送した当該番組。ロシア軍の接近をうけて住民を退避させようとウクライナ兵がシェルターを訪問したところ、親ロ派住民の鋭い敵意ゆえに緊迫した空気が流れる中で連発された「私たちを攻撃して子どもたちを殺しているのウクライナ軍」や「プーチン大統領の軍を待っている」、「ロシアは私たちの友人」、「彼らと一緒になりたい」といった発言。そして「彼らはロシア軍が街を砲撃しているとは思っていない」や「彼らはロシア軍が解放してくれることを望んでいる」というナレーション。
フランスF2をそのまま放送しただけとはいえ、日本メディアがあのようなインタビューを報じたことは極めて異例です。まずお目にかかることができない内容です。「挙国一致で侵略者と戦うウクライナの軍民」というのが開戦以来4か月間、日本人のウクライナ観として定着しきっているところです。とりわけNHKは、当ブログでも言及してきたとおり、「ウクライナ軍の反転攻勢」をうわ言のように繰り返し、些細な前進を針小棒大に報じてきました。いったいどういった風の吹き回しなのでしょうか?
ついにルガンスク州全体がロシア軍の手に落ち、次はドネツク州攻略かと目されています。ウクライナにとってはあまりにも痛い敗北です。NHKもついに現実に向き合う準備を始めたのでしょうか? 私はこの1週間、いつも以上に注意深くNHKの報道番組(キャッチ! 世界のトップニュース、正午のニュース、ニュース7、ニュースウオッチ9、国際報道2022)を録画して視聴してきました。
結論から言ってしまえば、「キャッチ! 世界のトップニュース」などがNHKの中で異端中の異端であると言えそうです。そして、同番組と比較すると他の日本国内向け放送は、分かりやすい対立構図に持ち込もうとするあまり「既定の型」に無理矢理押し込もうとして現実を上手く分析し切れていないことが浮き彫りになったように思われます。また、番組によって「分析」が矛盾しており支離滅裂になっています。各番組の編集者が別人どうしである上に、事実を事実として報じることよりも断片的事実を継ぎ接ぎして溜飲を下げることを優先しているからこその現象だと思われます。
■日本人好みの「分かりやすい対立構図化」が、むしろ現実の理解を妨げてしまっている
たとえば、問題のフランスF2のインタビューが放送された6月24日。この日はちょうど開戦4か月目の日でしたが、この日のニュース7はウクライナの民間人やウクライナ軍の損害にのみ焦点を当てて「日常は戻るのか」という構成を持ち出しました。ロシアについては「厳しい情報統制の中でも制裁への不満が燻っている」という観点からの報道にとどまりました。
一部報道によるとプーチン・ロシア大統領は国内強硬派の主戦論・好戦的言説にも頭を痛めているといいます(「高まる「タカ派」の声、プーチンが追い込まれている」)。しかし、「プーチン個人の戦争」という構図に合わないからか開戦から4か月たっても日本メディアはこのことになかなか触れようとせず、このように「制裁への不満が燻っている」と繰り返し続けています。同日のニュースウォッチ9も同様の見方を繰り返すにとどまりました。既定の型に当て嵌まる断片的事実を継ぎ接ぎするスタイルではフランスF2が取り上げたような声が報じられるはずもありません。
また、先週は一方でG7サミット及びNATO首脳会議があり、他方でプーチン・ロシア大統領が中央アジア諸国を歴訪するなど外交イベントが続く一週間でした。対立構図化を描くには好材料が豊富に転がっていました。6月27日正午のニュース及びニュース7は、プーチン大統領の中央アジア歴訪について「東側諸国の結束を強める狙いか」と「分析」しました。一体いつから中央アジアは「東側諸国」になったのでしょうか。タジキスタンやトルクメニスタンもいい迷惑でしょう。だいたい、ロシアは「孤立」していたのではなかったのか・・・
対立構図を分かりやすくするためにはキャラクターを単純明快にすることが大切ですが、そうなると話が薄っぺらくなるものです。フランスF2の報道が立体的・多角的であるのに比して、無理に対立構図に持ち込もうとするNHKの報道の平板さが際立ちます。
分かりやすい対立構図化は日本人そしてその親分であるアメリカ人が非常に好むものです。ことあるごとに対立構図を描いて現実を理解しようとします。そしてこのとき、善悪を対立軸に据えます。自陣営こそが善であり敵陣営が悪であることは自明の前提です。とりわけ日本人の場合は「自分は普通」という確固たる思い込みがあるので、敵陣営は悪であると同時に異常ということになります(この意味において日本人の「中流意識」と差別意識は表裏一体のものと私は考えていますが、それは別稿で)。
しかし、現実はそんなに簡単に割り切れるものではありません。6月28日の「キャッチ! 世界のトップニュース」は、ドイツZDFの放送を取り上げました。現在、米欧諸国はアフリカ諸国などを自陣営に引き込もうと外交攻勢を強めているところですが、これに対して南アフリカの外相がZDFのインタビューに次のように答えていました。
ウクライナとロシアの戦争を招いた問題は10年以上も前からグローバルな議論のテーマでもありました。しかしアフリカはこういった席には一度も招かれていません。ですから突然に、こちらの方向性あるいはもう一方の方向性のどちらかを選びなさいと言われる筋合いはないのです日本的対立構図では理解できない南ア外相発言。しかし彼・彼女らにとっては非常に率直な意見でしょう。世界は日本的な対立構図化で対応できるほど簡単にはできていないのです。
「キャッチ! 世界のトップニュース」はこの他にも6月27日に、スタジオでのNHK局員による解説として「戦争のコストの大きさが各国を追い詰め始めている」とも指摘しました。また、ウクライナからの穀物世輸出が滞っていることについて「G7以外では、この飢餓が欧米による対ロ制裁のせいだという見方が広がっている」とも指摘しました。さらに6月29日放送に至っては、新たなる対ロ制裁としての石油価格上限設定について、「そもそもそんなことができるのか制度設計が難しい」と指摘した上で「G7にしてみれば、経済制裁や戦争の影響で自分たちはかなり苦しい状況になっているのにロシアを追い詰められていないことに焦りもある」と言い切りました。
「追い詰められているのはロシア」――これがこの4か月間の日本における標準的な理解でした。日米欧も決して楽ではないがロシアほどの苦境ではないと信じ切っていました。現実は「キャッチ! 世界のトップニュース」が報じていることに近いと私は考えます。実態としては西側諸国も焦っています。このことに目をつぶりロシアが一方的に追い詰められていると強弁している事実は、現実の理解を助けるために設定したはずの対立構図化に雁字搦めになってしまい、むしろ現実の理解を妨げられてしまっていることを示しています。
■「既定の型」に無理矢理押し込もうとして現実を歪めている
さて、6月27日にロシア軍はクレメンチュクにミサイル攻撃を仕掛けました。これにより市内のショッピングセンターに大きな被害が出るに至りました。
このことについて6月29日の「キャッチ! 世界のトップニュース」ではロシア国営放送の言い訳――ウクライナ軍施設を攻撃したところ、数百メートル離れた場所にある営業していないショッピングセンターに飛び火した――をまず流した後、スタジオで検証を行いました。被害を受けたショッピングセンター付近の監視カメラ画像や航空写真を時系列的に分析すると、ウクライナ軍施設とされる工場もミサイル攻撃を受けてはいるが、まずショッピングセンターに着弾した後に工場に着弾しているし、フランスF2の現地取材によるとショッピングセンターにミサイルの破片があったので「飛び火」とは言えない、そして、ショッピングセンターが営業していなかったという弁解についても、イギリスBBCがそれを反証していると指摘していました。また、6月30日の同番組は、イギリスBBCの「イギリスの国防省は、ロシアは別の場所を狙っていた可能性はあるとしていますが、実際に攻撃を受けたのはショッピングセンター」「ロシアはその結果を受け入れざるを得ないと考えているよう」を報じました。
これに対して6月29日のニュース7。ゼレンスキー・ウクライナ大統領らウクライナ政府側の「テロリスト」「計算された攻撃」発言に呼応してか、「キャッチ! 世界のトップニュース」も使った同じ航空写真のうちショッピングセンター付近のみ(ウクライナ軍施設とされる工場とショッピングセンターは数百メートル離れているようです)をズームした上で「ショッピングセンター以外に目立った攻撃の痕はない」とし、あたかもロシア軍がショッピングセンターを初めから狙って攻撃したかのように報じました。まさに「切り取り」です(ただ、これはさすがに露骨すぎるのでNHK内部でも異論が出たのか、ニュースウォッチ9や国際報道2022ではこのようなシーンはありませんでした)。
このようにNHKの日本国内向け放送は、分かりやすい対立構図に持ち込もうとするあまり「既定の型」に無理矢理押し込もうとして現実を歪めています。
■それぞれの思惑で断片的事実を継ぎ接ぎしているため、番組によって「分析」が矛盾し支離滅裂になっている
続いて、番組によって「分析」が矛盾しており支離滅裂になっていることについて取り上げたいと思います。このことが典型的に現れているのが、フィンランドとスウェーデンのNATO加盟申請についてでした。NHKの番組同士が「同士討ち」を展開しています。
6月30日のニュースウォッチ9は、トルクメニスタンでのプーチン大統領の「(フィンランドとスウェーデンのNATO加盟を)望むならご自由に。しかし軍の部隊やインフラが配備される場合は我々は鏡のように対応しなければならないことを明確に理解すべきだ」というインタビュー場面を引いた上で権平恒志・モスクワ支局長に「『NATOの拡大は脅威だ』と主張しウクライナに軍事侵攻した結果として、中立の立場を保ってきた北欧の二か国がNATO加盟に動き出したのはプーチン大統領にとって皮肉な誤算」と発言させました。
これに対して6月30日深夜の国際報道2022は、同じインタビュー場面を少し前から放映しました。すなわち、「ウクライナと抱えているような問題はフィンランドとスウェーデンとはない。望むならご自由に。しかし軍の部隊やインフラが配備される場合は我々は鏡のように対応しなければならないことを明確に理解すべきだ」と。ニュースウォッチ9は、非常に重要な一言がカットしていたのです。
プーチン大統領の開戦演説に立ち戻れば、たしかにNATOの拡大はロシアにとって脅威であることは間違いないのですが、いわゆる「歴史的ロシア」にNATOが駒を進めたことを非常に問題視していることが分かります。フィンランド・スウェーデンのNATO加盟とウクライナのNATO加盟は問題の質が根本的に異なるというわけです。もとよりロシアは核保有国なのだからフィンランド・スウェーデンがNATOに加盟したところで軍事的にはそう大きく情勢が変わるものではありません。
何とかして「プーチンは藪をつついて蛇を出した」「自業自得」という構図に持ち込みたかったのでしょう。インタビュー場面を切り取って印象操作を狙うニュースウォッチ9でしたが、こともあろうに同じNHKの国際報道2022がそれと矛盾する番組を作ってしまいました。事実を事実として報じることよりもそれぞれの思惑で断片的事実を継ぎ接ぎしているため、番組によって「分析」が矛盾し支離滅裂になってしまっているわけです。
同じ現象は7月1日のニュース7と同日のニュースウォッチ9でも展開されました。ニュース7ではまたしても「一部奪還 反転攻勢に」というテロップを出しました。何事かと思えばズミイヌイ島からのロシア軍撤退のことだそうです。あまりにも小さい事象を「反転攻勢」とは呆れる話です。他方、ニュースウォッチ9では、防衛研究所の高橋杉雄氏による「ウクライナが(ズミイヌイ島を)奪回したことで黒海の制海権をめぐる情勢が大きく変わることはない」という分析を放映しました。
ニュース7とニュースウォッチ9を両方とも見た視聴者も随分といたのではないでしょうか。「さっきと言っていることが違うぞ」と気が付く人も少なくなかったでしょう。断片的事実を継ぎ接ぎしているため、同じテレビ局なのに一貫性のない支離滅裂な分析になってしまっています。
■総括
このようにNHKの日本国内向け放送は、分かりやすい対立構図に持ち込もうとするあまり「既定の型」に無理矢理押し込もうとして現実を上手く分析し切れていません。むしろ現実の理解を妨げてしまっています。また、事実を事実として報じることよりも断片的事実を継ぎ接ぎして溜飲を下げることを優先しているために、番組によって「分析」が矛盾しており支離滅裂になっています。
このことは単なるマスコミの編集姿勢の問題に限ったものではなく、日本人が非常に好むモノの見方・考え方に根差しているものであり、その意味で日本世論の深刻な現状を示すものであると言えると考えます。
「ウクライナ侵攻5カ月目…日本人は「戦争報道のインチキさ」今こそ検証を」(6/30(木) 6:01配信 ダイヤモンド・オンライン)という記事があります。「あの当時、マスコミが大騒ぎしていた「国際社会で孤立」や「中国とギクシャク」という話の方がインチキで、アメリカやEUの視点に基づいた「こうなったらいいのに」という願望を多分に含んだ戦争プロパガンダだった」や「「日本が世界の中心」という考えが日本人の認識をゆがめる」、「プロパガンダに乗せられやすい日本人は自ら窮地に陥る」といった非常に重要な指摘の連続です。単なるプロパガンダの問題としてではなく日本の社会意識に問題の根本があることを指摘しています。
ゼレンスキー大統領は17日、同国の情報機関である保安局(SBU)のバカノフ長官と、検察トップのベネディクトワ検事総長を更迭した。大統領府のホームページで明らかにした。両機関の職員がロシアに協力しているケースが多数あることを理由に挙げた。
ゼレンスキー氏は17日の声明で、「2人が所属する機関の職員の60人以上が、(ロシアに)占領された地域にとどまり、ウクライナに反抗して活動している」と指摘した。これらの職員がロシア側と関係を持ち、同国に協力していたことも示唆した。
(引用終わり)
正直「ホンマかいな?」ですね。
ウクライナ戦争が膠着状態で「ゼレンスキーへの不満」が国内で高まりつつある中、「俺が悪いんじゃない、裏切り者(ロシアへの協力者)がいるからだ」と不当な責任転嫁に走ってるのではないか(つまり嘘八百)。
というかこれが「北朝鮮での処罰」なら確実に「不当な責任転嫁」と言ってるでしょうねえ、日本マスコミは(苦笑)。張成沢(国防副委員長、朝鮮労働党行政部長)処刑の時に「不当な粛清」と批判してましたから。
勿論「真実」だとしてもゼレンスキーにとって全く自慢になりません。
検事総長や情報機関トップを解任しないと行けないレベルで検察や情報機関に裏切り者(ロシアへの協力者)が多数存在していたというのは、ゼレンスキーと「彼のシンパ」が今まで大宣伝していた「ウクライナ国民は皆愛国的」と完全に矛盾するからです(というか情報機関はともかく検察に裏切り者がいたとして戦況に影響するというのは意味が分かりませんが。それとも戦争犯罪追及を妨害していると言うことでしょうか?)。
どっちにしろ「ゼレンスキーが言われてるほど立派な人間ではないこと」が露呈されたと言っていいでしょう。今頃こんなことをやり出すのはよほど好意的評価をしない限り「無能の証明」でしかないでしょう。ゼレンスキーが大統領でいいのか疑問すら感じます。
1)元首相の暗殺&背景としての統一教会の霊感商法
2)コロナ第7波
という「新しいニュース」も出てきたことで、ウクライナネタもいい加減飽きられてきましたね。
コメントありがとうございます。
せっかくHIMARSが供与され、アントノフ大橋を攻撃するという戦果が出ている(とはいえ、どの程度の損害なのかはよく分からない)のに、それに飛びつくような報道が低調ですね。
ネットニュースでは幾つも記事が出ていますが、あの分量は、紙面だとたぶん、国際面のかなり小さい記事扱いのはず。NHKの国策報道番組は世論喚起を諦めたのか、ウクライナ情勢は番組中盤以降の取り扱いになってきましたね。
間違いなく関心は低下しているはずです。自分自身が被害を受けているわけではないから、ブルジョア「個人」主義社会としては残念ながら必然的な展開と言えそうです。