2022年10月03日

戦争の落としどころを歴史的に考えて

https://news.yahoo.co.jp/articles/b7cd6c7ffd28d1616586ee84b8c9ec19f4300448
ロシア軍、ウクライナ東部の要衝から撤退 「併合」宣言の翌日
10/2(日) 10:08配信
CNN.co.jp

ウクライナ・キーウ(CNN) ロシア国防省は1日、ウクライナ東部ドネツク州の要衝リマンからロシア軍が撤退したと発表した。ロシアのプーチン大統領は前日に、ドネツク州を含むウクライナ4州をロシアに「併合」すると宣言したばかりだった。

国防省はSNS「テレグラム」を通し、「包囲の脅威」が生まれたことに関連して、部隊がリマンから「より有利な戦線」へ撤退したと述べた。

国営放送「ロシア24」は撤退の理由として、ウクライナ側が欧米製の兵器や北大西洋条約機構(NATO)の情報を使ったためと伝えた。
■ロシアにとって言い逃れできない政治的大打撃
併合宣言の翌日に、当の併合地に含まれる要衝から撤退を余儀なくされる・・・スペインのミリタリーサイト:revistaejercitos.comの日次レポート(Ukraine War – Day 220)によると、≪It is still unknown whether the number of Russian soldiers, Cossacks and militiamen captured or killed is high. Although according to some sources the number of defenders could be several thousand, we still believe that most of them have been able to escape≫とのこと。撤退したこと自体は軍事的観点からは正しいのでしょうが、政治的な観点から見れば大打撃なのは間違いないでしょう。

ようやくウクライナ側が政治的に意味のあるアクションを取ることができました。

先に、ロシアの4州併合宣言に対抗してウクライナ・ゼレンスキー大統領は「極めて重要な決定がなされる」と予告しました(「ゼレンスキー氏「極めて重要な決定がなされる」緊急の国防会議へ…ロシアの「条約」調印受け」9/30(金) 12:39配信 読売新聞オンライン)が、蓋を開けてみれば「NATO加盟申請」・・・「ウクライナの中立化」というロシアの要求に対する拒否回答という意味で抗戦継続の意思を改めて示したとはいえますが、しかし、ロシアにしてみれば「ならば引き続き、力づくで」となります。「極めて重要な決定」という割には、意味の薄いものでした。そして、アメリカはほとんど即座に「別の機会に検討されるべき」と返答(「ウクライナのNATO加盟申請、「別の機会に検討されるべき」 米高官」10/1(土) 17:00配信 CNN.co.jp)。

領土をむしり取られた対抗措置が「NATO様、助けて!」ではあまりにも情けないと言わざるを得ません。また、折からのハルキウ方面での大攻勢は軍事的に象徴的ではありましたが、戦争というものは政治的目標を達成するために領土を取ったり取られたりしながら進行するものなので、ハルキウでの軍事的な大攻勢が持つ政治的な意味合いはそれほど高いとは言えないものです。

今回の戦争においてロシアは「ドンバスの解放」といった「控え目」な戦争目標しか設定していなかったので、キーウ攻略失敗において典型的に見られたように、作戦が上手くいかなくても言い逃れすることができたものでした。今般の「4州併合」についても、先日の記事で述べたとおり、「ノヴォロシア連邦」の野望と比して遥かにショボい規模に留まりましたが、またしても言い逃ることができました。

これに対して今回のウクライナによるリマン自力奪還は、ロシアの勝利宣言と言い得る「4州併合」の翌日に、それも肝心要のドンバス地方で発生したという意味で、戦争目標に直接関わるロシアにとって言い逃れできない政治的大打撃です。ここまで局地的・軍事的な勝利はあっても大局的・政治的には負けっぱなしだったウクライナが文句なしの政治的な勝利を獲得したわけです。これは堂々と誇れる戦果です。

とはいえ、ロシアが「4州併合」という政治的儀式を執り行ったことの意味は動かし難いものがあります。これを帳消しにするとすれば、ゼレンスキー・ウクライナ大統領は「クリミアも取り戻す」と自らハードルを上げているので、相当の出血が必要になるでしょう。また、リマン自力奪還は対ロ大打撃であるとはいえ依然としてロシア占領地は広大であり決定的打撃とまでは言えません。ウクライナにとってはかなり痛い政治的状況にあり続けています

■ロシア国防省自ら「撤退」と表現した意味とは
興味深いことに、リマンからの撤退をロシア国防省自ら「撤退」と表現したそうです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/d66958d48ba084fe808b592b1f0c151a24c092c7
ウクライナ、東部拠点を奪還 ロシアは原発所長拘束 弾薬不足、改めて露呈
10/2(日) 7:00配信
時事通信

 【ワルシャワ時事】ウクライナ軍は1日、ロシア軍の占領下にある東部ドネツク州リマンをほぼ包囲し、市街地に突入した。

 リマンはロシア軍の後方支援・輸送拠点。兵士5000人以上が退路を断たれたとされていたが、ロシア側がその後「撤退」を発表した。9月30日にドネツクを含むウクライナ東・南部4州併合を宣言したばかりのプーチン政権にとっては、大きな痛手となる。

 ロシア国防省のコナシェンコフ報道官は「包囲の恐れが高まったことから、部隊はより有利な戦線へ撤退した」と述べた。ただ、撤退という用語を使うのは異例。9月上旬に北東部ハリコフ州イジュムから撤退した際は「配置転換」と説明していた。

(以下略)
イジュームからの撤退時には、かつての皇軍や今春のウクライナ軍よろしく「配置転換」と言い張っていたロシアが「撤退」という言葉を使った意味合いに注目する必要があるでしょう。

4州併合の翌日に当の併合地を奪い返されるという政治的大打撃たる事態が発生したわけで、当然、ウクライナ側は士気を高めています。方やカディロフ・チェチェン首長は、リマン方面を担当していたラピン司令官を罵ったり、「小型核を使え」などと怒りに任せて言いたい放題しています(「Рамзан Кадыров обвинил в потере Лимана генерал-полковника Александра Лапина. И призвал к кардинальным мерам − вплоть до использования ядерного оружия」00:23, 2 октября 2022=2022年10月2日 00:23)。そんな最中、ロシア国防省は、いままで断固として使いたがらなかった「撤退」という弱気の言葉を使い、ウクライナの士気を益々高めることにアシストをしています。わざとアシストしているのではないかとさえ思えるものです。

このことについては、2通りの解釈が可能だと思われます。

第一には、わざと「撤退」という弱気の言葉を使うことで、「領土を脅かされている」として核の使用ハードルを下げているという可能性もあります。

この場合、更に2つの可能性がありえます。ひとつは本気の警告であるということ、もうひとつは、国内強硬派に対するガス抜きであるということです。最近は日本メディアでさえ「プーチンを突き上げるロシア国内の強硬派」の存在を無視できなくなってきています。こういった勢力への配慮として核の使用ハードルを下げているという可能性もあります。

■戦争の落としどころを探っている米欧諸国にロシアが呼応した?
真逆の解釈も可能でしょう。ウクライナの背後に控えるアメリカおよび西欧諸国が「ロシア・ウクライナ両国とも勝ち過ぎず負け過ぎず」の原則の下、戦争の落としどころを探っているのにロシアが呼応したという見方です。

ロシアは明らかに停戦を欲しています。しかし、ハルキウ方面でウクライナ側が象徴的な軍事的勝利を収めたとはいえロシアが「4州併合」という政治的儀式を行い、その戦争目標に合致した戦果を維持し続けている状況、ウクライナが「負けっぱなし」の状況では戦争を終わらせることはできません。そんなことをしてしまえば「ロシアの完全勝利」ということになってしまい、プーチン大統領及び将来のロシア指導者たちに誤った成功体験を植え付けることになるからです。

とはいえ、ロシアを追い詰めすぎるわけにも行かないとも考えているものと思われます。もし今回ロシアを完全に敗北させてしまうと、ロシアはますます米欧に対して怨念を深めるでしょう。ロシアのウクライナに対する「執着」を見るに、ロシアの「粘着質」な気風にはゾッとするものがあります。そのためか、ロシアが掲げた戦争目標のうち米欧諸国が主導的に関与できる「ウクライナの中立化」すなわち、ウクライナのNATO加盟問題については、特にアメリカがロシアに非常に配慮していると見做せる対応を取っています。

「ロシア・ウクライナ両国とも勝ち過ぎず負け過ぎず」を考えたとき、現状においてはウクライナがある程度、政治的次元で巻き返すことが戦争の落としどころであるわけです。

■ロシア・ウクライナ戦争の落としどころを第4次中東戦争の歴史と比較して考える
どのように戦争の落としどころを見出すかという難題を考えたとき、私はふと、第4次中東戦争を歴史として思い出しました

第1次から第3次までの中東戦争において、アラブ側はイスラエルに政治的にも軍事的にも「負けっぱなし」だったところ、第4次戦争において奇襲を成功させて一矢報いました。態勢を立て直したイスラエル軍の反撃により軍事的にはまたしてもイスラエルが勝利したものの、緒戦における奇襲成功の政治的インパクトは動かし難く、アラブ側が戦争目標を達成して終結しました。戦争前、既にイスラエルとの対決を止めたがっていたエジプトに対してアメリカのキッシンジャーは「勝者の分け前を要求してはならない」とし、アラブ側が「負けっぱなし」のままではイスラエルとの和平交渉の仲介はできないと示唆していたといいます。時は1970年代。もはや絶滅戦争の時代ではないので、キッシンジャーそして当時のアメリカ政府の見解は正しかったと言えます。

翻って現代。ロシア・ウクライナともに軍事的に相手を圧倒することはもはや困難でしょう。ロシアについては言うまでもなく苦戦が顕著です。ウクライナについて申せば、revistaejercitos.comの日次レポートには必ず記事の最後にウクライナ全図を色分けした戦況地図が掲載されるのですが、8月31日づけ記事の地図と10月2日づけ記事の地図とを比べると、ハルキウ方面ではウクライナ軍は大きく前進したものの、依然としてウクライナのかなりの土地をロシア軍は占領しつづけており、最近は都市・集落レベルでの前進にとどまっています。ウクライナ全図から見るとあまり変化が視覚的に把握できない状況にとどまっているのです。ウクライナは願望ほどは現実的に前進できていません。ウクライナの「パトロン」である米欧諸国の対ウクライナ支援は絶妙な匙加減で管理されています。

もはや絶滅戦争の時代ではないのはロシア・ウクライナ戦争も同じです。また、ロシア・ウクライナともに軍事的に相手を圧倒することはもはや困難です。以前から私はソビエト・フィンランド間の冬戦争との比較を提唱してきましたが、戦争の落としどころを見出すにあたっては、併せて第4次中東戦争の歴史を先例として比較することは無意味ではないと考えます。

■歴史の見方について
少々脱線しますが、歴史の見方について述べさせていただきたいと思います。

以前私は、「歴史的に考えるということは単に『過去にこういうことがあったら、今度もきっとこうなる』という単純な比較ではなく、過去と現在の環境の異同を踏まえたうえで予測することだ」と述べました。この意味において現代日本では、前近代社会である戦国時代や江戸幕末で活躍した偉人豪傑伝を現代資本主義社会のビジネスに生かそうといった具合のバカバカしい雑誌記事をよく見るものですが、まったく非科学的なものです。

今もその基本は変わらないのですが、最近、人間は必ずしも科学的に状況を分析して対応するものではなく「過去にこうしてこうなったから、今回もこうすればこうなるだろう」という次元、いわば「前例踏襲」で物事を考え行動に移しがちなので、「『中東戦争がこうだったからロシア・ウクライナ戦争もこうなるかも』と為政者が思い込んで、上手くいくかどうかは別として、そう実践する」という可能性はあり得るのではないかと思うようになりました。

もちろん、それが上手くいく保証などどこにもありません。中東戦争をめぐる状況とロシア・ウクライナ戦争をめぐる状況には多くの違いがあるからです。しかし、政治家は必ずしも科学に通暁はしておらず、よって政治は必ずしも科学の則って行われるわけではありません。政治家が科学者であれば、第4次中東戦争があのように終結したからといって今般のロシア・ウクライナ戦争が同じように終わるとは限らないと考えるでしょう。しかし、政治家は科学的思考ににおいて劣るところがあるので、「第4次中東戦争があのように終結したから、今回も同じように終わらせられるのでは?」と安易に考え、その方向で調整する可能性は大いにあり得るでしょう。そして、まぐれ当たり的にそうなる可能性もゼロではありません。

特にウクライナ最大の支援国であるアメリカが、以前の記事でご紹介したとおり、岡田英弘氏著『歴史とはなにか』において指摘されるような大雑把なアナロジー的理解で未来予想をしがちであることを踏まえると、ますますその可能性はあり得ると考えます。

このことは、私の従来からの持論である「過去と現在の環境の異同を踏まえたうえで予測する」は歴史科学の次元であり、「前例踏襲」は政治の次元と整理することもできるかもしれません。

なんでこんなことを書いたのかというと、時間はかなりかかるとは思うのですが、ぜひ科学的かつ主体的な歴史観を定立したいと思っているからです。チュチェ思想関連でちょっとずつ当ブログでも書いていければと思っています。

■総括
先日の記事でも述べたとおり、ロシアは「ノヴォロシア連邦」の野望と比して遥かにショボい「4州だけ併合」を急ぎました。「4州を併合した」はロシアが戦争目標を一定程度達成したことを意味しますが、ロシアの野望ベースで考えたとき「4州しか併合できなかった」わけであり、このことはロシアにとってはかなり痛い政治的挫折として位置づけることができます。ここで重要なのは、誰もロシアに4州併合を急ぐよう求めてはいなかったのにロシアは自ら4州だけを併合したということです。ロシアが挫折を自作自演したわけです。このことに注目すべきです。

また、ペスコフ・ロシア大統領府報道官は「ヘルソン(Kherson)州とザポリージャ(Zaporizhzhia)州の領土については明確にする必要があり、直ちには答えられない」とも言いました(「ロシア、併合予定のウクライナ2州の境界「明確にする必要あり」」9/30(金) 21:31配信 AFP=時事)。私は、両州の「代表」を招いて併合式典をする以上は何らかの方法でヘルソン・ザポロジエ両州全域を強奪する決意なのだろうと思っていましたが、ロシア自ら必ずしもそうではないことを示唆したわけです。このことにも注目すべきです。

そして、異例的な「撤退」発言。ロシアへの併合式典翌日に当の併合地の一部をウクライナ奪還されるという言い逃れできない政治的大打撃について、お得意の「配置転換」という言葉を使わず、ウクライナの政治的勝利の印象を高め、かつ同軍の士気の高まりをアシストするような表現を自ら選択して口にしたわけです。「いつものロシア」なら敗北に敗北を重ねるような不用意な発言は絶対にしないはずです。

前回記事で私は「4州だけ併合」は「4州で手を打つから終わりにしよう」というメッセージではないかと述べました。そして、4州の中でもヘルソン・ザポロジエ両州について必ずしも全域を強奪する決意ではないことが見えてきました。引き続きこの線に沿えば、あえて「撤退」という弱気の言葉を使うことで、「アメリカそしてNATO皆さん、ウクライナも政治的に一矢報いた体になったわけだし、第4次中東戦争のときのように、このあたりで手打ちにしましょうや」というメッセージを引き続き発しているという解釈ができそうです。

ロシアとしては完全勝利ではないが完全敗北でもない結果、ウクライナについても完全勝利ではないが完全敗北でもない結果になります。ウクライナにしてみれば「冗談じゃない!」ところでしょうが、ウクライナは米欧の支援なくして戦争を続けることはできません。血を流すのはウクライナ人ですがその決定権は米欧諸国にあります(その意味でウクライナは真の意味で自主的な国家とは言い難いでしょう・・・まあ、日本が他人様のことをとやかく言えませんが)。ロシアは当初からそのことを見抜いています。戦争を戦況レベルだけでなく政治レベルで見ること、すなわち軍事行動の政治的意味を踏まえること、そして歴史を踏まえて見ることがますます重要になってきています。
ラベル:国際「秩序」
posted by 管理者 at 23:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
https://www.sankei.com/article/20221006-Q4RXHQR5H5JRDH3MFG3K6KWDWA/
ウクライナが爆殺関与か 露思想家の娘、米当局判断
 ドゥーキン親子とプーチン政権にある種の「意見のずれ」があったことからロシア犯行説も噂されていたところ、こうした発表をした米国を「それなりに評価したい」。
 米国も「ウクライナの暴走は目に余る」と言うところでしょうか。それにしても「ロシア犯行説」を放言していた連中は謝罪などしないのでしょうね。
Posted by bogus-simotukare at 2022年10月06日 19:42
bogus-simotukareさん

コメントありがとうございます。

「とりあえずロシアのせいにしてロシアを非難しておけば、実際はそうでなくても、アメリカなどがそういうことにしてくれる」とタカをくくってロシア批判を展開していた連中が、当のアメリカ様の発表によって梯子を外され沈黙したのが印象的でした。

ゼレンスキー政権と米欧諸国の温度差はすでに指摘されて久しいところですが、日本メディアは頑として報じてきませんでした。本件は流石に報じざるを得ないのか、本件を報じるのがアメリカ様の意向なのか。後者であるように思いますが、引き続き慎重に動向を見極める必要があると思います。
Posted by 管理者 at 2022年11月23日 20:53
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