2022年10月19日

啓蒙主義的個人主義とチュチェ思想との決定的な違い

https://news.yahoo.co.jp/articles/ea8718cf57c41cde30c6adb36a428221fc43f393
「プラなし生活」 1カ月の挑戦で実感したのは…
10/9(日) 10:20配信
西日本新聞

(中略)
 1カ月の挑戦で実感したのは「お金と時間がかかること」。鮮魚店や調味料の量り売り店まで地下鉄と徒歩で約40分。そうそう頻繁には行けず、食材が不足して、卵かけご飯に頼った。
(中略)
「小さなことの積み重ね」
 1カ月間、家庭ごみの量はいつもの半分以下に減った。公開した動画は22本。再生総数は約2800万回に上った。「自分も何かやってみる」「レジ袋をもらわないようにした」「1人がやっても社会は変わらない」。視聴者からさまざまな感想が寄せられたが、多くは前向きな意見だった。

 広瀬さんは今もエコバッグやシリコーン製容器を持って青果店や精肉店に通い、食器はヘチマのたわしで洗う。「僕だけで社会を変えられるとは思っていない。小さなことを積み重ねて、一人でも共感してくれる人を増やしたい」

西日本新聞
■目的志向性・目的意識性が希薄なエコロジー・環境保護運動
小さなことを積み重ねて、一人でも共感してくれる人を増や」すのなら、「お金と時間がかかる」ことを個人に強いるのではなく、啓蒙・覚醒した個々人を糾合し、行政に対して補助金制度創設を求める組織的運動を展開した方がよほど現実的でしょう。しかし、昨今の啓蒙主義的個人主義に染まったエコロジー・環境保護運動はどうしてもそういった方向に運動を展開しようとはしません

子ども向けエコロジー講座などが非常に顕著でしょうが、この手の運動は、「こんなこと本当に毎日やるの?」と疑問に思わずにはいられない現実味・生活感のないキャンペーンに終始しているように思います。

この手のエコロジー・環境保護運動が真に目的志向的・目的意識的な運動であれば、何よりも目標達成が優先されるはずですが、かなり長い年月にわたって運動が展開されているのにもかかわらず、運動の拡大は乏しく成果が上がっているとも言い難いところです。現時点においてこの手のエコロジー・環境保護運動には目的志向性・目的意識性が希薄であると言わざるを得ません。意地の悪い見方かも知れませんが、「気づきのキッカケ作り」とった関心の喚起や、あるいは、「実践難易度の高いことに敢えて挑戦している自分」に対する自画自賛的宣伝が目立っているように見受けられます。エコロジー・環境保護運動に参加することが重視・優先されており目標達成は二の次になっているように見受けられます。

実践難易度が高い「お金と時間がかかる」ことをやった方が「やった感」が高いのかもしれませんが、多くの生活者には、実践難易度の高いことにチャレンジする余裕はありません。とりわけ金銭的負担の重いことに取り組む余裕は極めて乏しいところです。ここにおいてもし環境配慮型商品の購入にかかる十分な補助金制度があれば、家計にとっての金銭的負担を軽減するので、個々人をエコロジー・環境保護運動に巻き込むにあたって非常に効果的であるはずです。幾ら高尚な理念を持っていても、それを支える社会的物質基盤:制度的担保がなければ絵に描いた餅にすぎません。にもかかわらず、実践難易度の高いことに対するチャレンジ精神の旺盛さに対して補助金制度創設に対する冷淡さが際立っています。

■社会システムは一人一人の個人に対してあまりにも巨大であり個々人はあまりにも非力
そもそも一人一人が個人レベルで個別的に善い実践をしたからといって、それが社会レベルで善い結果につながる保証はありません。個人レベルでの善行が社会レベルでの善なる結果に至るという発想は、非常に「素朴」なものです。

社会は個々人が集合することによって形成される一つの巨大なシステムであると言えます。社会システムは一人一人の個人に対してあまりにも巨大であり個々人はあまりにも非力なので、一人一人が意識を変え行動を変えるだけでは変化をもたらすことは困難です。個々人が脳味噌一個・腕二本・脚二本でなし得ることの範囲は限定的なのです。一人一人の個人に対してあまりにも巨大な社会システムにおいて提起される課題は、個人レベルの課題とは質的にまったく異なるので、当然、解決方法も異なります。啓蒙・覚醒した個々人が個人レベルで最善最適な行動をとったからといって、それで社会システム全体が最適化されるとは限らないのです。

■啓蒙−決心−行動−成果が連続的な主観観念論
社会システムが一人一人の個人に対してあまりにも巨大であり個々人はあまりにも非力であることに対する無自覚は、個々人がその価値観と意志に基づき行動を自由に決定し、そうした個人の志ある行動により社会全体が変革されていくという主観観念論的社会観を提唱し、個々人に対してあまりにも巨大な社会システムが、個々人に与える客観的・構造的制約を軽視ないしは無視することにも繋がっています。実践難易度の高いことに対するチャレンジ精神の旺盛さに対して補助金制度創設に対する冷淡さの原因は、ここにも求められるかもしれません。

換言すれば、啓蒙−決心−行動−成果が連続的で「個人が改心すれば社会が変わる」と言わんばかりのビジョンは、それゆえに、啓蒙と決心との間の葛藤、決心と行動との間にある客観的・構造的制約、行動と成果との間にある因果関係に対してまともに分析を加えようとしません。また、そうであるがために、問題の所在を「決心したか否か」や「関係者が善人であるか悪人であるか」に設定してしまいます。

人間存在は社会的・経済的・制度的に規定されたものであり、社会経済制度・構造を根本から変革しない限りは社会は変革され得ません。人間行動をちょっと変えたくらいで社会が変革されると考えるのは、まさしく「観念論」と言わざるを得ません。個々人が半径数メートルの範囲内・ミクロレベルで取り組む程度の課題であれば、決心と行動との間にある客観的・構造的制約は大したものではなく、行動と成果との間にある因果関係は単純なものでしょう。啓蒙と決心との間の葛藤は軽微で済むでしょう。しかし、前述のとおり、社会システムは一人一人の個人に対してあまりにも巨大であり個々人はあまりにも非力です。個々人が半径数メートルを超えるマクロレベル・社会レベルでの課題に直面したとき、決心したからと言って容易には実践し難く、行動と成果との間にある因果関係は複雑に入り組んでおり予測困難でしょう。軽挙妄動しかねるものです。それゆえに啓蒙と決心との間の葛藤は深刻になりえるものです。

結局、個人レベルでの善行が社会レベルでの善なる結果に至るという「素朴」な発想は、ミクロレベルでの思考・方法論をマクロレベルに不適切に適用していると言えるでしょう。人間が「意識」を変え行動を変えることによって具体的にどのような経路をたどって社会システムが変わってゆくのかが曖昧で描き切れていないので、具体性のない空想・単なる観念論になってしまうのです。

■世界観的前提としての予定調和は神話・幻想
また、個人レベルでの善行が社会レベルでの善なる結果に至るという「素朴」な発想は、ある種の予定調和的な世界観を前提としたものですが、現実の世界において予定調和は神話・幻想と言わざるを得ないものです。「人間の願望の投影」といった方がよいかも知れません。個々人がそれぞれのタイミングと匙加減で、それぞれが思うところの「善行」を実践したところで、それらの歯車が上手く噛み合って社会的に有意義な結果に落ち着く保証など何処にもありません。やはり、啓蒙・覚醒した個々人が個人レベルで最善最適な行動をとったからといって、それで社会システム全体が最適化されるとは限らないのです。

■総括:啓蒙主義的個人主義とチュチェ思想との決定的な違い
「個人レベルでの善行の積み重ねで社会全体を善くする」のならば、啓蒙・覚醒した個々人を糾合して組織的な調整のうえで統一的に運動を展開する必要があります。一人一人の個人に対してあまりにも巨大であり、かつ予定調和が存在しないこの物質世界の社会システムにおいては、一人一人の個々人を糾合する組織的指導によって初めて人為的な改造行為が可能となり、社会的物質基盤:制度的担保が個々人の高尚な理念を物質化・現実化します。その結果として調和が実現されます。個々人が脳味噌一個・腕二本・脚二本でなし得ることの範囲は限定的であっても、それが組織的・有機体的に結合すれば、個々人がなし得る範囲を遥かに超える偉大な力として社会的物質基盤:制度的担保を実現させ、高尚な理念を現実のものにするのです。調和が実現するのです

チュチェ思想派として私は、一人一人の個々人を啓蒙・意識化して覚醒させることを重視することについては、啓蒙主義的個人主義と近しい立場にあります。しかし、啓蒙主義的個人主義とチュチェ思想との決定的な違いは、啓蒙主義的個人主義がミクロレベルでの思考・方法論をマクロレベルに不適切に適用していること、および無邪気な予定調和的世界観を採用していることだと私は見ています。

物価高騰のこのご時世において日々の生活に追われている多くの生活者にとってまったく参考にならない自己満足的な「プラなし生活」を1か月も続けておいて、なおも「小さなことを積み重ねて、一人でも共感してくれる人を増や」すと言ってのけるその浮世離れさ。啓蒙主義的個人主義に染まったエコロジー・環境保護運動もついにここまで来たかと思わずにはいられない記事です。
posted by 管理者 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
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