2023年06月07日

説明になっていない「プーチンご乱心」説が開戦以来、罷り通っている:カホフカ水力発電所ダム決壊事案を巡って

https://news.yahoo.co.jp/articles/460d0af4b49482155fdca7f40f6383cf1c4e4dff
“タイミング悪い事故”可能性も? ロシア占領下のダム決壊…考えられることは
6/7(水) 5:53配信
日テレNEWS

ウクライナ南部ヘルソン州にあるダムが決壊しました。ウクライナとロシアの双方が、相手を非難しています。「映像から何が分かるのか」「誰が何の目的で実行したのか」「今後の戦況」の3つのポイントを中心に、ロシアの軍事や安全保障政策に詳しい東京大学・専任講師の小泉悠さんと共にお伝えします。

■旧ソ連有数の巨大ダム 数日前から壊れ始めていた?

(中略)
落合陽一・筑波大学准教授(「news zero」パートナー)
「素人質問ですが、ダムの破壊ってどうやってやるのでしょうか?」

小泉悠さん
「私もこういったものの専門家ではないので、なかなか分からないのですが、やはり相当の圧力を加えないとダムがここまで壊れることはないらしいです。第2次世界大戦中もダム破壊専用爆弾というものを作ったくらい頑丈な建造物になります。何か大きな力が加わった、または今回のダム破壊の前から、あちこちが壊れているということは衛星画像で確認されていました。もしかすると、時間をかけて破壊のプロセスが進んだ可能性もあると思います」

(中略)
有働キャスター
「他にはどのような可能性が考えられるのでしょうか?」

小泉悠さん
「今、言われている3つ目の可能性としては、『事故』があります。このダムはこれまでに2回攻撃を受けていて、かなりダメージが蓄積していたと言われています。また、今回の破壊の直前に大雨が降っており、貯水量がものすごく増えていたということです。さらに、数日前から一部が壊れ始める兆候が見られていました。もしかすると、ものすごく悪いタイミングで事故が起こってしまったということも指摘されていて、この可能性も排除できないと思います」

(以下略)
■「news zero」は悪くないな
ものすごく悪いタイミングで事故が起こってしまった」――この可能性がダム決壊当日の夜(日本時間)に日本テレビの看板報道番組で報じられたことは意外なことです。

この戦争が始まってから私は、プロパガンダ分析として今まで見てこなかったテレビ番組を見るようになったのですが、日本テレビ系「news zero」は、ロシアに対して厳しい基本姿勢を堅持しつつも、今回のようにロシアの弁明に理があるときには、NHKのようには頬かむりしていないという印象があります。NHKよりは遥かにマシだなというのは正直な感想です。

■今朝から迷走している国策報道機関NHK
いくつものニュース番組を持っている国策報道機関NHKは、今日は朝から迷走していました。

まず、午前4時20分放送開始の「国際報道2023」。この放送は前日夜10時にBSで放送したものの再放送なので、厳密には今朝の報道ではないのですが、本件について割いた時間はわずか6分。番組タイトルのわりに分析が甘いので、以前からこの番組の編集チームはマンパワー不足なのではないかと思ってきましたが、今回もそれを疑わせるのに十分なほどに物足りない番組内容でした。

ちなみに「国際報道2023」は、開戦以来、BSでの午後10時からの本放送に加えて、午後11時台と翌午前4時台の2回にわたって総合で再放送するという、異例なまでの力の入れようでしたが、今春から午後11時台の放送枠がドラマやドキュメンタリーの再放送枠に割り当て直され、誰が見ているのかまったく分からない翌午前4時台の再放送だけになっています。

受信料制度ゆえに視聴率に一喜一憂する必要のないNHKでさえ「午後11時台はドラマやドキュメンタリーの再放送に割り当てたほうがマシ」と判断させる番組であることが、この一件を見てもよくわかります。そして、「国際報道」を名乗る番組にこの程度のマンパワーしか割けないNHKの報道機関としての実力が如何ほどのものであるのかも、この一件が示しているように思われます。

「おはよう日本」。ダム決壊の事実およびウクライナ・ロシアの双方が互いに非難し合っている事実のみを報じました。朝のニュース番組と侮ることなかれ。朝から念入りにプロパガンダを展開するのがNHKです。空き家問題だの特別養子縁組問題だの、「国策的に重要なのは分かるけれど、それは『クローズアップ現代』や『ニュースウオッチ9』の特集コーナーでやれば?」と言いたくなるような話を朝7時20分頃から40分頃にかけて長々と報じているのが「おはよう日本」ですが、そんな「朝の国策報道番組」が、事実を手短に報じるしかなかったところにNHKの限界が見えてきます

BS午前8時台放送、総合午前10時台放送の「キャッチ!世界のトップニュース」は、「諸説ある」として事故説にも触れつつ「どちらが破壊したのかは判然としない」とし、「ダム破壊はどちらを利する?」という問題設定をすることで暗にロシア犯行説を匂わせました(同趣旨の内容が文字起こしされています――「ウクライナ南部のダム決壊に双方が非難 最大の被害者は市民」2023年6月7日 午後6:40)。ちなみに、私が見た限りでNHKが唯一、事故説に一瞬でも言及したのがこの番組でした。「キャッチ!世界のトップニュース」が一番マシという驚愕すべき事態・・・

「ニュース7」は、米シンクタンク「戦争研究所」の分析として「ウクライナ側の軍事作戦に与える影響は、限定的だという見方を示しました」としておきながら、その舌の根も乾かぬうちに兵頭慎治・防衛省防衛研究所研究幹事の分析(録画出演)として「ロシア側にとってはメリットがあると述べ、その理由として、ドニプロ川に架かる唯一の橋がダムに併設されていたが、破壊されたうえ、下流域が水没して地面がぬかるみ、ウクライナ側が戦車部隊などを進めることが難しくなったと指摘」したと報じました。また、「今後の戦況に与える影響については「ウクライナには複数のシナリオがあったと思うが、ヘルソン州の奪還作戦はやや難しくなった可能性がある。ゼレンスキー大統領が洪水対策にも注力しないといけなくなり、戦闘に集中できなくなる状況も懸念される」として」いるとのこと。(同趣旨の内容が文字起こし記事――「ウクライナのダム決壊 “数日間で被害拡大のおそれ”英国防省」2023年6月7日 19時47分)。とりあえず諸説を羅列している感が非常に強いと言わざるを得ません。

「ニュースウオッチ9」では、兵頭慎治氏がスタジオに生出演。「ニュース7」で「ヘルソン州の奪還作戦はやや難しくなった可能性」と言っていたのに、今度は「ヘルソンは陽動で本命はメリトポリ方面だから大勢に影響ないし」と主張しました。メリトポリ本命説は以前から指摘されてきたことで私もそうなんだろうと思っていますが、ではなぜ「ニュース7」では本命ではないヘルソン奪還困難化を云々したんでしょうか? ドニプロ川沿岸のヘルソン州はウクライナ軍にとって攻略優先度が低いんでしょ? ならどうでもいいじゃない。また、「ゼレンスキー大統領が洪水対策にも注力しないといけなくなり、戦闘に集中できなくなる状況も懸念される」とまで言っており、とても「大勢に影響なし」と受け取ることはできませんでした。

おそらく、今日一日迷走を続けているNHKが唯一的に一貫しているのが「ロシア犯行説」である点を鑑みるに、「ヘルソン州奪還を難しくするダム決壊をウクライナが仕掛ける動機はない」と言いたかったものと思われますが、もっと言いようがあったように思えてなりません。防衛研究所の研究幹事の分析のわりには、ずいぶんとテキトーな話だなぁという感想を禁じ得ません

■説明になっていない「プーチンご乱心」説が開戦以来、罷り通っている
NHKよりひどいのがニッポン放送の「飯田浩司のOK! Cozy up!」。この番組を直接聴いたことはないのですが、文字起こし記事は結構頻繁に目にします。いまだかつて一度たりとも参考になったことがない番組です。
https://news.yahoo.co.jp/articles/ff6ededaad42a4a98fa2facc18048e8f52185236
ウクライナの水力発電所ダム決壊 「ロシアが破壊した可能性」をBBCが指摘する根拠
6/7(水) 11:35配信
ニッポン放送

(中略)
ダムを破壊すれば、ロシアが実効支配しているクリミアに水がいかなくなってしまう 〜戦争遂行のことしか考えないプーチン大統領だが、物的証拠はない
佐々木)一方で、ダムを破壊してしまったら、ザポリージャ原発の冷却水が喪失することになりかねないし、クリミアはロシアがいま実効支配しているわけですが、クリミア自体に水がなくなってしまったら、住んでいる人は困ることになります。

飯田)クリミアに水がなくなってしまったら。

佐々木)でもプーチン大統領は、別に住民のことなど考えていないように見えるし、原発に対する危険も特に気にしないかも知れない。どちらかと言うと、「ウクライナとの戦争をいかに遂行するか」ということにしか関心がないことを考えれば、客観的に見ると、ロシアの方が実行する意味があるのではないかと思います。

飯田)状況証拠的には。

佐々木)ただ、現状ではそこまでわかりません。それ以上の物的証拠はないのです。

(以下略)
どちらかと言うと、「ウクライナとの戦争をいかに遂行するか」ということにしか関心がない」――この戦争の開戦以来繰り返されてきた「プーチンご乱心」説。いままでも原因不明・仕手不明事案について、論理的に考えると「ロシア犯行説」では辻褄が合わないときに出て来たものでした。「プーチンはもはやマトモな思考ができていないので、論理的には考えにくいが、ロシアの犯行である可能性は十分にある」という筋書きです。

どんなに説に飛躍があっても、まったく物証がなくても、「プーチンはご乱心だから、じゅうぶんにあり得る」が罷り通るのであれば、もはや何でもありです。こんなものは分析とは言いません。「プーチンはご乱心だから」で説明がつくのであれば、いかなる荒唐無稽・根拠薄弱な「分析」であっても成り立ってしまいます。動機があることと実際に犯行に手を染めることは決定的な違いがあります。物的証拠と動機(犯人なりのストーリーの立証)を上げることが犯人特定において肝要であります。

プーチン大統領の「歪んだ世界観」をプロファイリングして、彼独自の世界観に立ったときの合理性に照らして分析するのであれば、まだ傾聴の価値がありますが、それが欠いた状態では、まったく無意味というほかありません。その点において、上掲「分析」はもっとも酷い類いに入るものと言わざるを得ません。しかしながら、この手の報道が溢れかえっているのが日本の現状であります。ここまで酷いとは開戦前は思わなかった・・・
ラベル:メディア
posted by 管理者 at 23:34| Comment(6) | TrackBack(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
https://www.sankei.com/article/20230608-D2HGKDPDBZNIFENZ5AK7C4OJFI/
 ダムを破壊したり、原子力発電所を危機的状況に陥らせたりするのは国際人道法(戦時国際法)の柱であるジュネーブ条約の第2追加議定書に反する戦争犯罪だ。
 今回の爆破は、洪水を起こしたり、原発事故の恐れを示したりすることでウクライナ軍の反攻を退けようと、ロシア側が行った疑いが強い。
 真相を解明し、戦争犯罪の責任者を処罰しなければならない。
(引用終わり)

 産経なら予想の範囲内ですが飛ばしまくっています。
Posted by bogus-simotukare at 2023年06月08日 06:31
https://www.tokyo-np.co.jp/article/255121
 ロシア産天然ガスをドイツに送る海底パイプライン「ノルドストリーム」で昨年9月に起きたガス漏れを巡り、米紙ワシントン・ポスト電子版は6日、ウクライナ軍のダイバーによる破壊計画を米政府が事前に把握していたと報じた。米当局の機密文書に基づくとしている。破壊計画と実際の状況が酷似し、欧米がウクライナの関与を疑う根拠になっているという。
 (ボーガス注:犯行を実行した)6人は(ボーガス注:犯行後に)ウクライナ軍のザルジニー総司令官に直接報告をすることになっており、ゼレンスキー大統領が計画を把握していない可能性もあるという。
(引用終わり)

 報道したワシントンポストは勿論ロシアには批判的ですし、こうした報道は「米国政府のリーク」でしょう。
1)パイプライン破壊(一部からは満州事変的な意味でのロシア犯行説もあったが)がウクライナの犯行である可能性が否定できないと共に
2)その種のウクライナの「暴走」について、マスコミリークしてまで米国が歯止めをかけたがってることが分かると思います。
 それにしても「ザルジニー軍総司令官の了承がある」のにゼレンスキーが知らないわけがないでしょう。もしそうなら「ゼレンスキーが軍を管理できてない」という恐ろしいことになります。
 これは
1)ウクライナをかばいきれない場合でも、ザルジニーの暴走扱いしてゼレンスキーだけは守る
2)その場合、ゼレンスキーはザルジニーをかばわずに躊躇なく切って捨てろ
という米国の意思の表れでしょう。「昭和天皇を守るために東条英機元首相等を戦犯という人身御供にした」のと同じ話です。 
Posted by bogus-simotukare at 2023年06月08日 06:53
コピペ拒否設定なのでコピペできませんが
テレビ朝日
https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000302351.htm
も「ロシア、ウクライナ双方ともメリットがあると思えない」として「事故」の可能性を指摘しています。
Posted by bogus-simotukare at 2023年06月08日 19:51
一方で
TBS
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/531705?display
が「ロシア犯行説」だけを報じてるのは明らかに「偏向報道」で「不適切」でしょう。
Posted by bogus-simotukare at 2023年06月08日 19:56
テレ朝とTBSのリンクを張り間違ったようですので改めて張っておきます。どうもすみません。
https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000302351.html
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/531705?display=1
Posted by bogus-simotukare at 2023年06月08日 21:40
bogus-simotukareさん

コメントありがとうございます。

■サンケイのコラム
サンケイらしい通常運転ですね。「このダムをめぐっては昨年10月、ロシア軍が爆薬を仕掛けたという情報が流れていた」という情報が事実だとしても、故意の可能性と事故の可能性があります。そして、ロシアによる故意の爆破だとしたとき、爆破タイミングが早いような気がします。実際にウクライナ軍の戦車等が洪水予想地域に展開し始めたタイミングで爆破した方が「水攻め」になると思うんですよね。

「戦線整理のためにダムを爆破して洪水を起こし、ウクライナ軍が進めないエリアを人為的に作り、そこを守っていたロシア軍部隊を別の地域に配置し直す」という可能性であれば、逆に遅すぎるような気がします。春季攻勢はずいぶん前からアナウンスされてきたのに、6月に入ってからそんな作業を始めるのは遅すぎます。

「ダムに爆発物を仕掛けること自体が悪なんだ」というのであれば理解可能ですが、この決壊自体は事故の類であるような気もします。

■「ノルドストリーム」爆破事件報道について
こんな大謀略をゼレンスキー大統領が把握していなかったというのは、ウクライナのガバナンスはどうなっているんだという疑問と不安が当然出てきますが、5月13日づけ「政治指導者が自主的・主体的に決断を下さず事大主義・他力本願に走ると、取り得る選択肢が狭まってゆく」(http://rsmp.seesaa.net/article/499339113.html)でも書いたとおり、まったくあり得ない話でもないように思われます。物証が必要ですよね。

ご紹介の記事については、最近姿を見ないザルジニー総司令官が「首謀者」扱いされていることに注目したいですね。ザルジニー氏については、「活動している」とは報じられるものの、表舞台に出てきて健在ぶりをアピールはしない「池田大作状態」が続いてるところです。責任を押し付けるには打ってつけです。「大統領は知らなかった」が罷り通るのならば「総司令官も知らなかった」だってあり得るでしょう。

そして、謀略といえばブダノフ情報総局長の領分だと思うんですよね。TBSは6月3日づけで「対ロシア秘密工作を指揮するウクライナの若き将軍、ブダノフ氏とは何者か? 幻となった「モスクワ攻撃計画」」という記事(https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/522508)を公開しています。例の流出機密文書でもブダノフ氏の積極的な謀略が記されているようです。

流出機密文書が本当に「流出」したのかは疑わしいものがありますが、いずれにせよ、ブダノフ氏の積極的な謀略が世に知られたことで、以前に比べてやりづらくなったのではないでしょうか。原因不明の爆発が起こったとして「ロシアの仕業」と主張しても「ウクライナのブダノフも、やりかねないでしょ」と疑われてしまうからです。しかし、それでもブダノフ氏は積極性を失ってはいないように見受けられます。また、ブダノフ氏は、レズニコフ国防相更迭説のときに後任者として名前が挙がったくらいですから、ウクライナ政府・具体内部における確固たる地位を築いているように思われます。

アメリカとしては、対ロシア強硬派として利用価値がある一方で、その過激さは懸念材料でもあり、難しい人物であるように思われます。ブダノフ氏をコントロールしようにも、彼を名指しで牽制・批判することは彼とその取り巻きたちを刺激しすぎるので、「池田大作状態」が続くザルジニー氏に責任をかぶせてブダノフ氏を直接非難しない形で牽制しているのかもしれません。アメリカは結構本気でウクライナの強硬派のコントロールに苦労しているのかもしれませんね。

bogus-simotukareさんは「ザルジニーを切ってゼレンスキーを守る」という見方をされていますが、私は、ゼレンスキー大統領は現時点では「顔」としての有用性はあるものの、彼はもともと政治家ではないので「何としてでも守らなければならない」ような権力の核心階層ではないように思います。政府・軍隊に人脈を築いたブダノフ氏のような人物こそが権力の核心階層であり、彼らの利益こそがウクライナの国家権力が追求する利益であるように考えます。

■テレ朝とTBSの記事について
私がクリックした時点では記事が既に削除されていましたの
で、コメントのお返事を致しかねます。すみません。
Posted by 管理者 at 2023年06月12日 21:19
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