2023年06月25日

現代ロシアの二・二六事件たる「ワグネルの乱」にかかる報道について

あっけない展開を見せる「ロシアの二・二六事件」たるプリゴジン氏の件。本当にこれで終わるのかなと思いつつも、現時点における情報に基づき、当ブログらしく、日本メディアの報道について取り上げたいと思います。

■不気味なまでに謙抑的だったNHKは「結果的に誤報だったときの責任を取りたくない」?
不気味なまでに謙抑的だったのがNHKでした。昨晩時点の報道については、昨日付け記事で取り上げたところですが、今日は、正午のニュースで「プーチン政権への影響」として権平恒志・モスクワ支局長が次のような内容を述べました。
プーチン政権がただちに揺らぐことはないものと見られます。きのうプーチン大統領が険しい表情で緊急の演説を行った後、政権幹部は忠誠心を競うように次々に大統領のもとでの結束を呼びかけました。(中略)ただ、欧米の軍事的な脅威から祖国を守る戦争だとするウクライナへの軍事侵攻の政権なりの大義がプリゴジン氏によって事実上否定されたことは、痛手になったと見られます。そもそも、ロシア国防省とプリゴジン氏との間で深まっていた確執をプーチン大統領が統制しきれなかったことが今回の事態を招いたとも言えます。国営メディアでは、プリゴジン氏の個人的な野心のせいで招きかねなかった悲劇を政権側が防いだと強調しています。
ニュース7では、今日も防衛省防衛研究所の兵頭慎治氏が登場。プリゴジン氏の動機を「ワグネルグループの存続を賭けた行動」とし、「処罰は避けられない」とされていたところ一転して処罰なしになった背景について「バフムト攻略の功績があったこととプリゴジン氏の政治的影響力は無視できないこと」と説明した上で、「今後への影響」として次のように解説しました。
戦況そのものへの影響はそれほど大きくないものと思われますが、ロシア国内に残した爪痕は小さくなかったのではないかと思います。今回ロシアの内紛という形でモスクワ近郊まで治安が乱れてゆく可能性がありました。治安を維持しながら人気を高めてきたプーチン大統領が十分にコントロールできなかったという意味において、プーチン政権にとって一定のダメージになったと思われます。そして、プリゴジン氏は、ロシア軍に反発する観点から、プーチン大統領のウクライナ侵攻の正統性であるNATOの脅威の対応、ロシア系住民の保護という戦争の大義を真正面から否定した、これもですね、ウクライナ戦争を行ううえでロシア国内に否定的な影響を与えて行く可能性もあるのではないか
いままで、嬉々としてロシア国防省とワグネルとの確執を針小棒大に報じ続けてきたNHK。その確執が爆発した今回の一件を受けて今まで書き溜めてきたネタを一気に大放出するのかと思えば、上記のとおり非常に慎重な論調に留まりました

NHKに限らず、多くのメディアがこのような状態に陥っています。あれだけ「ロシア国内の内紛が戦争継続を困難にしてゆく」と書き立てて来、ロシア国内の政治勢力の関係性について単純な構図化をし、大河ドラマや時代劇のような筋書きで妄想を展開してきたのに、いざホンモノの内紛が起こるや分析不能・対処不能になっているわけです。権平氏にしても兵頭氏にしても既に複数の報道機関が報じている話を取捨選択して整理しただけの内容。いままで自分たちが描いてきた構図や筋書きに則れば、曲がりなりにもそれなりの解説にはなりそうなところ、何を恐れているのか海外メディアの報道を待ち、既報をまとめるだけだったわけです

昨秋のヘルソン市からのロシア軍撤退のときと似て非なる展開です。あのときNHKは数日間沈黙を守り、海外メディアの見解がまとまったタイミングでようやく報じました。ヘルソン市からのロシア軍撤退は、軍事的視点から分析する必要がありました。当時のNHKにはそのような人材がおらず報じられなかった(取材力がなかった)可能性は大いにあります。語りたくても語ることができなかった可能性があります。

これに対して今回は、軍事というよりは政治でありロシアの政治力学や権力構造の視点から分析すればよい話です。この点についてはNHKをはじめとする日本メディアは開戦以来「プーチン政権崩壊近し」と繰り返してきたので、当然、一定の見識を持っているはず。内容が当たるかどうかは別として何か語ることはできるはずなのです。

「プーチン大統領の求心力の低下『か』」などと東スポの見出しのようなニュースを配信する分には、視聴者も「ふーん、そうかもねー」くらいで聞き流してくれるでしょうが、今回のような衆目を集める大事件、視聴者が確報を欲するタイミングではいつもの調子ではやれなかったのでしょう。

今回、積極的に分析して全世界に広めるのではなく既報をまとめるに終始したという事実からは、もしかするとNHKは、「取材力がない」というよりも「結果的に誤報だったときの責任を取りたくない」のかもしれません。取材力に自信がないのでしょうか?

■手のひらを返す可能性に引き続き注目
一部海外メディアは「ワグネルの今回の反乱がプーチン政権に動揺を与えた」という見方をしているようで、読売がコタツ記事を下記のとおり配信しています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/2752f49ca4ac6ef6a552e275382a3c76420059e8
ワグネル反乱でプーチン政権に動揺か、米欧各国はウクライナ情勢への影響あるとの見方
6/25(日) 20:11配信
読売新聞オンライン

(中略)
 各国は、ワグネルの今回の反乱がプーチン政権に動揺を与えたとみている。

 英国防省は「ロシアの治安部隊、特に国家親衛隊の忠誠が試される。最近のロシアにおいて、最大の試練となる」と分析。イタリアのアントニオ・タイヤーニ外相は伊紙のインタビューで、「反乱はプーチンへの結束神話を終わらせた。ロシアの前線が昨日より弱体化したのは確かだ」と述べた。

 英紙フィナンシャル・タイムズは「露内外の反プーチン勢力に希望を与え、ウクライナ軍にとって歴史的な好機となる」と指摘。独公共放送ARDは、ワグネル創設者のエフゲニー・プリゴジン氏らの処罰をしなかったことがプーチン氏への深刻な打撃になるとの見方を示した。
明日以降、NHKがまた手のひらを返す可能性も残っています

■どうしてもプーチン大統領の求心力低下に繋げたいサンケイ
https://news.yahoo.co.jp/articles/144cb9bb64a2035bd3c4a22443ba9a2521d1722f
ワグネルがモスクワ進軍停止、ベラルーシ仲介 創業者らの安全保証
6/25(日) 6:33配信
ロイター

[ロストフナドヌー/ボロネジ 25日 ロイター] - ロシアの民間軍事会社ワグネルは24日、首都モスクワへの進軍を停止し、占領していたロシア南部から撤収を始めた。創設者エフゲニー・プリゴジン氏は流血の事態を避けるためと説明しており、プーチン大統領の権力への挑戦は収束しつつある。

(以下略)
オーサーコメントを見てみましょう。
佐々木正明
大和大学社会学部教授/ジャーナリスト
プリゴジンの乱の結末は、決して台風一過の後の青空ではなく、プーチン大統領にとって、政権基盤の弱体化という爪痕を残しそうだ。
ブリゴジン氏への刑事事件も1日で取り下げられたのだが、「政権は汚職まみれ」というプリゴジン氏の主張は多くの国民の心に突き刺さったようだ。

(以下略)
さすがサンケイ新聞編集委員。こういうことを書かないと気がすまないんでしょうね。

佐々木氏の勤め先であるサンケイ新聞は次のように報じています。
https://news.yahoo.co.jp/articles/37e1d1ca2c7ea1ff87fdf656b74bab6390396ad6
プーチン氏の権威失墜 ワグネル反乱、不問の超法規的措置で決着
6/25(日) 21:32配信
産経新聞

ロシアの民間軍事会社(PMC)「ワグネル」の武装反乱は、プリゴジン氏が首都モスクワへの進軍を中止し、隣国ベラルーシに出国することで急転直下の決着を見た。ルカシェンコ・ベラルーシ大統領の仲介により、プーチン露政権はプリゴジン氏らの行動を不問にするという超法規的措置をとった。武装反乱には一応の幕引きが図られたものの、プーチン大統領の権威失墜はもはや止められない流れとなった。

(中略)
プーチン氏は24日のビデオ演説でプリゴジン氏の行動を「裏切り」と指弾し、露軍に「断固とした措置」をとるよう命じていた。一転してワグネルを不問にしたことは、国内の不満分子から「弱さ」の表れと受け取られる可能性が高い。

ロシアにはワグネル以外にも30以上のPMCが乱立し、国家の基本原則であるはずの「暴力の独占」はすでに崩れている。今回の反乱を受けて政権はPMCの統制強化に動くとみられるが、思惑通りに進むかは不明だ。(遠藤良介)
一転してワグネルを不問にしたことは、国内の不満分子から「弱さ」の表れと受け取られる可能性が高い」という分析は、あまり日本世論には刺さらないと思います。というのも、プーチン大統領がKGB出身であることは広く知られていることですが、日本世論に広く浸透しているKGBに対するステレオタイプに照らしたとき、「裏切り」とまで言われたプリゴジン氏の行動が本当に赦されるわけがなく「利用価値があるから、まだ生かしておく」というだけの話に過ぎないと考える日本人の方が多いと思われるからです。

どうしてもプーチン大統領の求心力低下に繋げたいのでしょうが、世論動向を無視した記事は読者に刺さらないでしょう。

ロシアにはワグネル以外にも30以上のPMCが乱立し、国家の基本原則であるはずの「暴力の独占」はすでに崩れている」という表現も妙な話です。「戦争の民営化」という言葉が大きく取り沙汰されるようになり民間軍事会社にスポットライトが当たるようになったのは、軍事タブーが根強い日本では、ようやくイラク戦争の頃からだったと記憶していますが、もうあれから20年以上経っています。「暴力の独占」は既に国内に対するものと解した方がよいでしょう。

何かもう一押し書き立てたかったのでしょうが、話題が脱線しているように思えてなりません

■個々人の利害関係を捨象し過ぎている「ウクライナ軍」の反転攻勢に追い風論
ところで、国際ニュースはすっかりワグネル事件一色。ウクライナでの戦況の話はすっかり吹き飛んでいます。昨秋のポーランドの農村での流れ弾ミサイル着弾事件のときもそうでしたが、ゼレンスキー大統領の発言(ゼレンスキー大統領「反乱にロシアは混乱」6/25(日) 21:33配信 産経新聞)でさえ、あまり注目を集めていません。メディア・プロパガンダ機関の主たる関心がプーチン体制だということが改めてハッキリしたわけです。

ワグネル事件とウクライナでの戦況を結び付ける数少ない論調について取り上げておきたいと思います。
https://news.yahoo.co.jp/articles/4b952d46f4f91b6416ea831a7511def8c2ae448d
ワグネル“首都まで200km”進軍も撤退 プーチン政権に衝撃…ウクライナ軍 反転攻勢の“追い風”になるか
6/25(日) 13:32配信
FNNプライムオンライン

(中略)
ウクライナ軍反転攻勢の“追い風”になるか
ロシアが内紛で混乱する中、ウクライナ側では今回の内紛でロシアの侵攻部隊が弱体化し、反転攻勢の追い風になることに期待が高まっている。

ウクライナ軍は24日、SNSを通じて、東部ドネツク州の中で2014年からロシアに支配されていた、複数の地域を解放したと発表した。

ゼレンスキー大統領は、ワグネルの反乱について、「ロシアの弱さは明白だ」と主張、「悪の道を進んだものは、皆自らを滅ぼす」としてプーチン大統領を非難。

ウクライナ国防省情報局のブダノフ長官もツイッターで、ワグネルとロシア国防省との対立を「権力と金をめぐる共食いだ」と投稿。

ポドリャク大統領顧問は「プーチン体制崩壊が始まる前段階か」とツイートしている。

今回の内紛でウクライナ軍の兵士の士気が上がり、反転攻勢がより一層強まる可能性が出てきている。
ウクライナ軍の兵士の士気が上がり」と書くFNNプライムオンライン(これもサンケイ系ですね)ですが、「ウクライナ軍」と一口に言っても軍事階級によって様々な立場があるでしょう

軍事とは政治の延長線上に位置するものなので、ゼレンスキー大統領、ブダノフ国防省情報局長官、ポドリャク大統領顧問といった国家幹部層にとってはこのニュースは朗報だったことでしょう。しかし、実際に戦場で戦っている戦線指揮官や兵士たちにしてみれば、遠い敵国本土での内紛がどうなろうと、いま直面している敵の砲撃がどうにかなるわけではありません

もちろん、仮にインタビューしてみたとすれば「グッドニュースだ」と言う可能性は高いものと思われます。しかし、ロシア軍の砲撃によって次の瞬間には木っ端微塵になる可能性がある最前線のウクライナ兵たちは、インタビューが終われば直ちに現実に引き戻されることでしょう。目の前の敵を倒して自分自身は生き残るという原則には変わりありません。目の前の敵に混乱が広まり、ロシア軍の砲撃がぎこちなくなってきたのならばまだしも、そうでないなら前線のウクライナ兵の行動に変化は起こらないでしょう

この戦争の報道をウォッチしていて思う視点的問題点として、一口に「ウクライナ軍」と言い過ぎていることがあると私は考えます。「ウクライナ軍」が人間の作る組織である以上、そこには様々な考え方があるはずです。とくに軍隊というものは高度に階級化・組織化されており、命ずる側と命ぜられる側がハッキリとしています。これを一口に「ウクライナ軍」と表現するのはあまりにも粗雑で乱暴です。

個々人の利害関係を捨象し過ぎているのです。

このような粗雑で乱暴な日本の世論傾向をもっと広い視野で見たとき、現代日本社会では、こうした傾向はあまりにも一般的になっていると言わざるを得ません。外部から見たときに一つの社会的集団と見なされる集団の、内部的な利害関係が軽視されているのです。個人レベルで利害関係が必ずしも一致しない人々について、パッと見の外形的な集団単位で一緒くたにしているのです。

典型的なのが会社・企業。たとえば、A株式会社(架空の例示的存在です!)がブラック企業だったとして、A株式会社の労働者の労働意欲が低かったとき、その原因はA株式会社の使用者側の待遇にあるのが真実であるところ、消費者は「A株式会社の接客はなっていない!」と言うのが常です。これは、消費者目線からすればA株式会社はA株式会社であり、そこにおける労使の別など意識することがないからです。自分の目に見える外形的な範囲で物事を判断する傾向が現代日本社会では横行しているわけです。

※もちろん、ことあるごとに「現代日本社会」を云々している当ブログもその危険性から完全にフリーだとは言いません。「デカい主語」の問題点は私は踏まえているつもりではあります。「お前の主語はデカすぎるぞ」というご批判があれば、是非ともコメント欄にてご指摘いただければ幸いです。

ソ連崩壊によってマルクス・レーニン主義の権威が失墜して以来、利害関係に対する深い追求が弱まっているように思われてなりません。本来的には利益関係が一致しておらず、精々は「呉越同舟」に過ぎない一企業の労使ですが、彼らが一緒くたに扱われる傾向が、早くは国労のスト戦法に対する乗客の反応に現れていたところ、ますます強化されているのが現状です。

目に見えるものだけで即断するという傾向がますます強まっています。そうした全体的・底流的な世論傾向が、今回のワグネル事件でも、まんまと、ありありと見えてきていると私は考えます。
posted by 管理者 at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
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