2023年08月14日

共和国の農業戦線における国家統制の強化について

共和国でここ最近、農業戦線に関して報じられています。まず8月4日、最高人民会議常任委員会の常務会議は農業法を修正補充する政令を採択しました。
http://www.kcna.kp/jp/article/q/6fdb24c01994aa0921a262e0ae4483851cfd6beecb3161b69e582ab5b8ecfeda2292bcfc1d3efe6db2a5f050256db6f0.kcmsf
最高人民会議常任委員会常務会議

【平壌8月4日発朝鮮中央通信】朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議常任委員会の常務会議が行われた。

会議では、朝鮮民主主義人民共和国気象水文法、海洋汚染防止法、船舶登録法、農業法、価格法の修正、補足に関する問題を審議し、当該の政令を採択した。

(中略)
農業法では、農業の指導原則、生産計画の作成と生産の手配、地力向上、生産指導と企業管理の改善、独立採算制、分組管理制、作業班優待制の実施と政治的および物質的評価に関する内容、農業生産と生産物の処理秩序に違反した場合に該当する処罰の内容が修正され、価格法には指標別に応じた価格の適用と価格表の掲示などに関する内容が補足された。
8日にはキム・ドクフン内閣総理が地方の農業部門を現地視察(現地了解)しました。
http://www.kcna.kp/jp/article/q/43d53800f368d1529a7f6f01d15c3aef.kcmsf
金徳訓内閣総理が農業部門を視察

【平壌8月8日発朝鮮中央通信】朝鮮民主主義人民共和国国務委員会副委員長である金徳訓内閣総理(朝鮮労働党政治局常務委員)が、農業部門を視察した。

金徳訓総理は、載寧郡、銀川郡、黄州郡、粛川郡、文徳郡など黄海南・北道と平安南道の複数の郡で作柄を具体的に調べ、地帯的特性と収穫期の生育条件に合わせて農作物の肥培管理をより科学技術的に行って今年の穀物生産目標を必ず達成することについて述べた。

(中略)
各級農業指導機関が地域の農業生産単位に対する統一的な掌握・指揮システムを一層整然と確立し、科学的な営農指導を深化させ、営農工程別に応じた物資と農業機械の部品を先を見通して保障しなければならないと強調した。

一方、前川削岩機工場(慈江道)を訪れて実態を調べた金徳訓総理は、協議会を開いて第8回党大会と党中央総会で示された経済発展戦略に従って工場の改修・近代化目標をより将来を見通して革新的に更新する問題、科学研究機関との連携と協同を一層強化する問題、関連単位が必要な設備と資材を円滑に保障する問題などを討議し、対策を立てた。
共和国農業法の制定については、内容は判然としませんが、分組管理制や作業班優待制の実施に関連して農業生産と生産物の処理秩序に違反した場合に該当する処罰の内容が修正され」たというくだりには注目する必要がありそうです。キム・ドクフン内閣総理の現地了解については、各級農業指導機関が地域の農業生産単位に対する統一的な掌握・指揮システムを一層整然と確立」せよという発言に注目する必要がありそうです。

共和国の農業政策について客観的かつ継続的に注目されており、私も常々勉強させていただいている『rodongshinmunwatching』様では、農業法修正補充政令について「昨年来の農業協同組合の改編などの動きを反映したものとみられ、具体的内容は判然としないものの、それが農業指導体系全般に及ぶ相当包括的な改変であることをうかがわせるもの」であり、「「生産物の処理秩序」に関する罰則規定が修正されたことからは、国家による食糧統制を強化する方向に進んでいることがうかがえる」との分析をされています(「2023年8月4日 最高人民会議常任委員会常務会議で農業法などを改定」)。また、キム・ドクフン内閣総理の現地了解について、「要するに、道の農村経理委員会及び郡の農業経営委員会が傘下の農場に対する指導を強化せよということ」であり、「北朝鮮の農場改編が、農場をいわば当局傘下の国営企業所のように位置づけ、国家機関の系列に一層強く組み込むことを目指すものであることを示しているといえよう」と分析されています(「2023年8月8日 金徳訓総理の農業部門に対する「現地了解」を報道」)。要するに、以前から農業における国家統制の流れが強まっているという見立てです。

『rodongshinmunwatching』様はかねてより、近年共和国において展開されている農業政策の改革を「市場経済的要素の導入」とする巷の見方に対して慎重な分析を展開されています。たとえば、コロナ禍前のチュチェ108(2019)年12月24日づけ「12月23日 「皆が社会主義愛国功労者たちのように闘争しよう!」(24日記)」では、協同農場単位あるいは作業班単位での増産取り組みに焦点をあてた労働新聞記事を取り上げることで「現在の北朝鮮指導部の農業政策が、運営の単位を分組更には個人へとどんどん細分化させる、すなわち協同農場の機能を実質的に空洞化させるような方向のものではないことは見て取れる」と分析されています(協同農場の中に作業班があり、その下に分組があり、さらに個々の甫田担当者がいるというのが協同農場の組織構成です)。また、コロナ禍以降の一昨年末に開催された党中央委員会第8期第4回総会について、「「甫田責任管理制」はもとより「分組管理制」などにも言及がない。ここでも、やはり集権的・集団主義的体制への復帰傾向がうかがえる」としつつ同時に「そうした傾向と符合する形で注目されるのが「農業部門に対する国家的投資を目的志向性をもって増大させる」との方針である」とも指摘されています。

たしかに国家関与が拡大される方向に進みつつあることは否定しえないことだと私も考えますが、このことが如何なる指向性を持ったものであるのかは依然として測りかねるものがあるとも考えます。依然として甫田担当責任制は否定されておらず、まだ微調整・匙加減の域であるように見受けられるからです。

ここで理解の補助線になると考えられるのが、朝鮮総聯機関紙『朝鮮新報』のキム・ジヨン(金志永)編集局長が自らペンを執った「〈朝鮮経済 復興のための革新 4〉世界に類のない自力自強の発展モデル」という記事です。キム編集局長は社会主義企業責任管理制について次のように指摘しています。
外部勢力の恣意的解釈
朝鮮労働党第8回大会で示された国家経済発展5カ年計画の核心テーマは、これまでと同様に自力更生・自給自足だ。5カ年計画の目的も、朝鮮経済をいかなる外的影響にも揺らぐことなく円滑に運営される正常軌道に乗せることにある。

党大会以降、朝鮮の経済革新を妨げようとする勢力は、制裁とコロナ禍、自然災害のいわゆる「3重苦」に直面する朝鮮が、「過去の失敗した政策」に回帰したと恣意的に解釈し、「対外的環境の改善」がなされて「開放」を前提とする「改革」を行わない限り、経済は好転しないと断定的に述べている。

特色ある朝鮮式社会主義の現実を無視し、資本主義の観点を一方的に適用しても、この国の未来は見通せない。

例えば、金正恩時代になって積極的に進められた「社会主義企業責任管理制」は「工場・企業所・協同団体が生産手段の社会主義的所有に基づいて実際的な経営権を担い、企業活動を主体的、創造的に行い、党と国家に対する責務を遂行し、勤労者たちが生産と管理の主人としての責任と役割を果たすようにする企業管理方法」だとされている。客観的条件よりも人間の地位と役割を重視、強調するチュチェ(主体)思想の原理を具現した社会主義企業管理方法だといえるだろう。ところが、外部の分析者、評論家は、経営活動に関する企業の自律性、裁量権の拡大を自分たちの都合に合わせて「市場経済システムの導入」と結びつけて評価し、労働党大会で経済に対する国家の統一的指導、戦略的管理を強化する問題が取り上げられると「改革」を否定するものだと勝手に批判し貶めようとしている。資本主義の論理を絶対視して復唱しているに過ぎない。社会主義に固有な原理と法則に対する観点、洞察は欠如している。

社会主義計画経済の国である朝鮮の現実において「社会主義企業責任管理制」の実効性を高めることの成否は国家経済指導機関が制度の設計と運営、指導管理をどのように行うかにかかっている。企業が経営活動を主体的、創発的に行うための条件を整えるのも国家経済指導機関の役割だ。近年、内閣では千里馬製鋼連合企業所(南浦市)をはじめとする基幹工業部門の生産単位をモデルケースとして定め「社会主義企業責任管理制」を現実に即して実施するための実証実験プロジェクトを行ってきた。この過程で培った経験を他の経済部門にも広く導入するための検討作業が党大会を機に活発に行われている。
社会主義企業責任管理制とは、「工場・企業所・協同団体が生産手段の社会主義的所有に基づいて実際的な経営権を担い、企業活動を主体的、創造的に行い、党と国家に対する責務を遂行し、勤労者たちが生産と管理の主人としての責任と役割を果たすようにする企業管理方法」であり、その実効性を高めることの成否は「国家経済指導機関が制度の設計と運営、指導管理をどのように行うかにかかっている」とするキム編集局長。つまり、生産手段の社会主義的所有の下、国家経済指導機関の指導に服することが社会主義企業責任管理制の前提であり、経営活動に関する企業の自律性・裁量権・資材交換の拡大があったからといって決して「市場経済システムの導入」などではないというわけです。

総聯機関紙編集局長の解説は本国の意向に沿って書かれているみるのが当然です。社会主義企業責任管理制の農業版が甫田責任管理制といわれているので、キム編集局長の解説を補助線とするに今般の農業戦線における一連の措置は、あくまでも現行路線からは逸脱しない微調整・匙加減であると考えます。

蓋し、ここ最近の国家関与の拡大は、農業投資を拡大し戦略的に拡大再生産を展開するためではないでしょうか。日本など西側の「専門」家たちは「農場員たちに金銭的インセンティブを与えれば農業生産は飛躍的に拡大するはずだ」と短絡的に言いますが「同志諸君、頑張ればその分収入が増えるぞ」と発破だけかけたところで、必要な投資が十分になされていない状態では生産量は拡大しないでしょう。経済学に生産関数という概念があり、通常は生産量をY、資本量をK、労働量をLとしてY=F(K,L)と表現します。労働投入ばかりでは生産は拡大しえないことが分かります(現代ニッポンでは、新自由主義的な「努力」至上主義のプロパガンダが蔓延し過ぎた結果、プロパガンダの自家中毒を起こすに至り、「努力さえすれば報われる」という観念論に転落しているのかも知れません)。

外部からの投資が望めない中で生産を正常化・拡大化させるためには、他に投資主体が存在しない以上は国家が主導する他ありません。そして、投資の結果としての産出物を拡大再生産過程に再投入するにあたっても、すでに十分に経済的に余裕があるのならば国家は介入せず各農場に決定の大部分を委ねてしまってもよいでしょうが、現状はまだそこまでには至っていないので国家の計画的かつ戦略的な役割は欠かせません農業法修正補充政令において「農業生産と生産物の処理秩序に違反した場合に該当する処罰」が盛り込まれるのも自然な展開であるように思われます。

ここ最近の国家関与の拡大は農業投資を拡大し拡大再生産するためであり、甫田責任管理制が根本的に変質しつつあるわけではないと私は考えます。農場員らにインセンティブを与えるだけでは生産は拡大せず、他に投資主体が存在しないので国家が統一的に投資を指揮するために関与を拡大させているものと考えます。国家の統一的な指導の下で各農場員たちの積極性を導き出すというのが甫田責任管理制の本質でしょう。

なお、『rodongshinmunwatching』様が以前から指摘されているように、共和国当局は「上からの押し付け」に対する生産現場の不満や反発に苦慮していることが『労働新聞』の行間から見て取ることができます。「国家の統一的な指導の枠内」とはいうものの、下からの突き上げという要素が現実として無視しえない状況があるようです。

今後、「国家の統一的な指導」が具体的にどのような水準で展開されるのかに注目が必要だと私は考えます。言い換えれば、どこまで国家介入が緩和されるのかに注目する必要があるということです。社会主義企業責任管理制や甫田責任管理制は、過去に比べれば国家介入のレベルが緩和されたものであると言えます。もし、投資に対する国家介入の度合いが過剰に緩和されると、これは資本主義と大差がなくなってしまいます。あくまでも社会主義経済の旗印を維持しつつどこまで国家介入のレベルを緩和するのかという問題は、分断国家としての朝鮮民主主義人民共和国のアイデンティティに関わってくるでしょう。

また、「生産手段の所有問題」と並んで「国家の統一的指導の存否」を社会主義経済の一つの重要な特徴としたとき、現代社会主義理論を考える上でこのことは重要な歴史的実例になるでしょう。

さらに、少々大袈裟かもしれませんがもう一点。以前にも当ブログで取り上げたことですが、経済人類学の観点から考えたとき、かつてカール・ポランニーが指摘ように、長い人類史において経済活動というものは互酬と再分配、交換が複合的に折り重なっており「社会の中に経済が組み込まれている」のが正常であるところ、19世紀以降の市場経済は交換原理のみが肥大化することで「社会が経済の付属物に成り下がっている」世界であると言えます。そして、市場経済の中でも特に資本主義経済は、本来は商品交換の対象ではない労働力と土地、貨幣をも商品化することで発足した制度であります。この点において、国家の統一的指導の体系がどの水準で行われるのかを共和国の実践から探ることは、単に現代社会主義理論の歴史的実例を得ることに留まらず、人類の経済史的な意味合いをも持つものと考えます。

ちなみに、こうなってくると「朝鮮民主主義人民共和国は単なる開発独裁に過ぎないのでは?」という疑問が出てきかねません。現にソビエト連邦など20世紀社会主義諸国を開発独裁の一種とみなす言説もあります。しかし、朝鮮式社会主義には社会政治的生命体論という核心があり、これは開発独裁とは文脈を異にしており全く無関係のものです。社会政治的生命体論については当ブログでも以前から取り上げてき、今後とも分析を深めたいと思っていますが、社会政治的生命体論の看板がある限り朝鮮民主主義人民共和国は開発独裁国家ではなく社会主義国家だと考えます。
ラベル:チュチェ思想
posted by 管理者 at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事 | 更新情報をチェックする
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