2017年10月01日

民進党内のリベラル派人士、ギリギリのところで踏み止まる

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171001-00000030-asahi-pol
>> 阿部知子氏、リベラル約10人で「火、水曜までに新党」
10/1(日) 18:57配信
朝日新聞デジタル

 神奈川12区(神奈川県藤沢市、寒川町)からの立候補を予定している民進前職の阿部知子氏は1日、民進党のリベラル系議員ら約10人で、「火、水曜(10月3、4日)までに新党を立ち上げる」と述べた。藤沢市内での街頭演説後、報道陣に語った。


(以下略) <<
社民党から旧民主党への移籍まではよいとしても、民進党から希望の党への移籍計画はさすがに変節級の鞍替え。ギリギリのところで踏み止まったようでよかった。

安倍首相の「国難突破解散」という幸福の科学みたいなネーミングセンスによる命名にはじまり、取ってつけたような与党公約、お笑いレベルの民進党の瓦解劇、予想の斜め上を行っていた小池新党の動向と、保守政治家たちの迷走ぶりが目立つ日々でしたが、民進党内のリベラル派人士たちも迷走し始めたこと、特に阿部知子氏が「原発ゼロ」という程度の一致点しかないのに、小池氏と「ぜひ一緒にやりたいと思う」と言ったのには本当にガッカリしていました。「その程度の一致点しかないのに、保守を公言している小池新党に擦り寄るとは・・・」と思っていました。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170929-00000036-asahi-pol
>> 民進・阿部氏「小池氏と原発ゼロ、ぜひ一緒にやりたい」
9/29(金) 10:56配信
朝日新聞デジタル

 民進前職の阿部知子氏(69)は29日午前7時すぎから、神奈川県藤沢市の湘南台駅前でマイクを握った。民進党の希望の党への事実上の「合流」の動きについて、「安倍政権の横暴を何としてもやめさせてほしいとの国民の期待を、二大政党、政権交代につなげるために何をすべきかの(動きの)結果」と位置づけた。

 小児科医でもあり、「子ども、女性、脱原発」を自らのテーマと位置づけて取り組んできた自負がある。希望の党の代表の小池百合子・東京都知事が「原発ゼロ」を掲げたことは歓迎し、「ぜひ一緒にやりたいと思う」。


(以下略) <<
旧民主党時代から民進党はごった煮的で、それが党の弱点でした。「いろいろな人がいる」という意味では昔の自民党もそうでしたが、旧民主党・民進党はそれ以上に「振れ幅」が大きく、なおかつ、「いろいろな人」たちを統御できるほどの実力者もいない党でした。そんな党はさっさと解散させ、リベラルが集結するのはよいことでしょう。

国会には緊張感がなければなりません。私の立場はリベラルではない(かといって保守と言うわけでもありません)のですが、リベラル勢力が弱すぎるというのが正直な感想です。共産党も含めて非保守勢力には、もう少し存在感ある程度に伸びてほしいと思っているところです(共産党は左翼であり、いわゆるリベラルではないけれど)。

ちなみに、「菅直人氏「リベラル勢力、結集するチャンス」 小池新党の「選別」うけ「うごめき」」という記事がありますが、菅直人さん、あなたは「リベラル」だとは思いますが、有権者にしてみればお呼びではありませんヨ。菅直人氏が名前を連ねるか否かが新党の命運を握っているようなものでしょう。
ラベル:政治
posted by s19171107 at 23:58| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする

2017年09月30日

棲み分けと共存

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170930-00000009-ibaraki-l08
>> ムクドリ大群 追い払いは逆効果 ふんや騒音、自治体悲鳴
9/30(土) 15:43配信
茨城新聞クロスアイ


(中略)

■適地に誘導を
根本的な解決策が見つからないムクドリ対策に、千葉県では被害が大きい市川市を中心に、周辺自治体で広域的な対策会議を計画しているという。同市自然環境課も「追い払いは拡散するだけで解決にならない。適地へムクドリを誘導したい」と打開策を探す。

越川さんは「自分の自治体から出て行けば解決したと思うが、別の場所へ行ってより事態を悪化させていることを頭に入れないといけない。ねぐらを全て排除せずどこかは残して、ムクドリとの共存の可能性を探るべき」と強調する。

茨城新聞社

最終更新:9/30(土) 16:04
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■「棲み分け」と「共存」は峻別すべき
言わんとすることには強く共感するのですが、このプランは「共存」ではなく「棲み分け」と言うべきものですね。共存というと、同じテリトリーの内部に受容し、ともに協調して生活を営むといった具合の意味合いになりますが、このプランは決して住宅地でムクドリと「お隣さん」どうしの関係で生活するというわけではなく、ムクドリの生活環境を整備し、そこで勝手にやってもらうという考え方です。共存ではありません。

棲み分けと共存は峻別すべきです。一般的に、共存と言われると「お隣さん」どうしの関係で生活するというイメージを思い浮かべるものですが、都市部の住宅地における人間生活とムクドリの生活を「お隣さん」どうしの関係に持ち込むことは困難です。ここはビジョンを明確化するためにも、「棲み分け」と正しく述べるべきです。

※ちなみに、自然界における生物種どうしの関係性を「棲み分け」の概念から説明したのは、今西錦司を中心とする「今西進化論」であり、ダーウィンの適者生存・自然淘汰による進化論とは双璧をなすものです。ダーウィニズムではどうにも説明しきれていないように思える生物多様性は、今西進化論では容易に説明可能です。地球の生態系、生物の進化は、棲み分けの視点からこそ分析すべきものだと私は考えています。

■人間の社会生活における多様性にかかる問題においても、棲み分けと共存を峻別すべき
ところで、多様性の問題や、そこから発展しての共存の問題は、自然界における生態系の問題においても重要な考え方ですが、人間社会の維持においても重要な考え方であることは論を待ちません。しかしながら、最近は「猫も杓子も多様性」「とりあえず『多様性』と言っておけば正しく見える」時代。多様性という言葉があまりにも氾濫していて、その言葉が前提としている方法論や目指すビジョンが曖昧になりがちです。

棲み分けと共存を峻別すべきは、生態系の多様性にかかる問題だけではなく、人間の社会生活における多様性にかかる問題においても当てはまるものです。当ブログでも、自由な人間関係の基礎に棲み分けの原理があるという前提から主張を展開してきました。

たとえば、チュチェ105(2016)年7月31日づけ「棲み分け原理と価値観の多様性――自由主義的な人間関係の基礎」では、「異なる価値観に干渉しないこと」と「異なる価値観を受け入れること」とは別問題であり、棲み分けの自由主義は前者は保障するが、後者までもは保障しないものであり、無理に後者を保障しようとすれば、それは「強制的同一化」にも陥りかねないものであるとしました。

また、チュチェ105(2016)年12月5日づけ「小うるさい「職人」と棲み分けできる市場経済で本当に良かった!」では、棲み分けの原理が多様性の確保につながり、そして、自由市場こそが棲み分けの原理を実現するメカニズムであると述べました。

さらに、チュチェ105(2016)年12月12日づけ「自主的に選択的に開放することこそが真の意味での共生の道――共生するためにこそ、時に棲み分けることが逆説的に必要」においては(一つの記事に色々な論点を詰め込み過ぎた故に議論が整理されていないのは自分でも分かっているのですが)、タイトルどおり、共生するためにこそ、時に棲み分けることが逆説的に必要と述べました。

棲み分けは、自然界を分析する上でも人間社会を分析する上でもキーワードとなるものです。正しい語句の位置づけが必要です。とりわけ、共存との意味の違いを確定させるべきです。
ラベル:社会
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2017年09月28日

10月10日に「挑発行為」は、あるだろうか?

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170928-00000046-reut-kr
>> 北朝鮮、10月中旬にさらなる挑発行為の可能性=韓国
9/28(木) 13:20配信
ロイター

[ソウル 28日 ロイター] - 韓国は、北朝鮮が来月10日の朝鮮労働党の創立記念日や来月18日開幕の中国の共産党大会に合わせ、さらなる挑発行為に踏み切る可能性があるとの見方を示した。

韓国の国家安保室長、鄭義溶氏は28日、文在寅大統領との会合で、北朝鮮が10月10日と18日頃に行動を起こすことが見込まれると述べた。詳細は示さなかった。


(以下略) <<
10月18日の中国共産党大会開幕はまだしも、10月10日の朝鮮労働党創建記念日に行動を起こすのは、可能性として少し考えにくいと思われます。まあ、10月10日「頃」予防線を張っているし、10月10日と10月18日は日程的に近接しているので、どちらかが当たれば「予想的中」と言い得るでしょうけどね。

先日の共和国建国記念日を巡って西側諸国は「9月9日当日に何かがあるのではないか」と大騒ぎしたものの結局当日は何もありませんでしたが、それもそのはず。そもそも共和国にとっての「記念日」は、その日までの自分たちの革命的足跡を振り返り、その成果を祝い、酔う日であります。その日に合わせて学校や職場では繰り返し繰り返し政治教育・思想宣伝が展開され、万全の「備え」で当日を祝うのです。たとえば、いつも恒例行事のように展開されている「xx日戦闘」は、国家的記念日をターゲットに期間を設定した上で、その数日前〜前日までにはキャンペーン期間を終え、国家的記念日当日は「xx日戦闘を勝利のうちに完遂させた。...の生産指標は前年同月比〜倍となり・・・」と言った具合に成果を誇っているものです。

国家記念日の朝鮮中央テレビを見たことがある人がどれほどいるかは分かりません(最近はインターネット配信されているので、誰でも見ようと思えば見られます)が、朝から「歴史を振り返って」系の番組が延々と放映されているものです(なお、「労働者の国」である共和国では平日昼間は、朝鮮中央テレビは停波しています)。その点、当日は勿論、2〜3日前に何か行動を起こしたとしても、それでは政治教育・思想宣伝を展開する時間的余裕がなさすぎるのです。

この点は、西側諸国と行動原理が大きく異なります。西側諸国の感覚では、まさに「誕生日祝い」の如く、記念日の当日に大きなアクションを起こすものだと考えがちです。しかし、すべてのアクションを政治的な教育の材料と位置づけ、フル活用しようとしている共和国においては、記念日の当日に大きなアクションを起こしているようでは遅すぎるのです。短くとも1週間程度は欲しいですよね。

中国共産党大会の開幕に合わせての挙のケースについては、中国共産党の思考原理・行動原理に照らせば、共和国国内のケースとは真逆に当日を狙っての挙の方がインパクト大と言えるでしょう。メンツ重視の中国共産党ですから、当日に自分の顔に泥を塗られるようなことは一番嫌がるはずです。このことは、共和国指導部もよく心得ていることでしょう。その点、10月18日について警戒するのは理解できます。

しかし、繰り返しになりますが、国内向けの政治教育・思想宣伝の効果を最大化するという観点から言えば、10月10日当日にアクションを起こす可能性は、低いのではないかと私は見ています。10月10日を祝うための挙であるなら、遅くとも10月4日〜6日くらいまでには「やっておきたい」ものです。

相手側の行動原理ではなく、自分たちの行動原理の延長線上での相手側の出方を推測する、自称;韓「国」の、「政府」を名乗る集団の「分析」の実態が透けて見えます。
ラベル:メディア 共和国
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2017年09月27日

弱小国が強大国と対峙する唯一の道は「刃物をもったキチガイのフリをすること」――「挑発」は合理的かつ正当防衛的自衛行動の一環

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170927-00143621-diamond-int
>> 北朝鮮の瀬戸際外交が心理学で見れば合理的な理由
9/27(水) 6:00配信
ダイヤモンド・オンライン


(中略)

● 北朝鮮の第2の戦略は 「狂犬戦略」
 筆者には、北朝鮮も、かつてのソ連のようになろうとしているように見える。力関係の差を何とか埋めようとしているのではないだろうか。頻繁に行われるミサイル発射や水爆実験や、やたらと米国を挑発するような行動は、本気で戦えば米国にダメージを与えることができるというメッセージだ。

 そうすることで「冷戦」に持ち込めれば、みな容易には手を出せなくなる。北朝鮮の狙いはそこにあるのではないだろうか。

 だが、今の北朝鮮の経済規模では、かつてのソ連がやったように、兵器開発に膨大な予算をかけることは無理だ。そこで、彼らがやろうとしているのは、「狂犬戦略」である。

 まず彼らは水爆などの、「リーサルウエポン」を開発する。それをうまく使えば、核の飛び交う第3次世界大戦を引き起こすことができる。そうなると世界は滅亡だ。滅亡に至らなくとも、現在の大国は相当なダメージを受ける。

 当然ながら、どの国もそれは望んでいない。したがって、「北朝鮮に手を出すと、あいつら世界滅亡の引き金を引きかねない」という状況をつくることが北朝鮮にとって合理的選択になる。

 そのためにはわざと「何するかわからない」「いつ暴発するかもしれない」という印象を作る必要がある。「あいつらは狂犬だ」という印象を与えることが、実は狙いだ。

● 「何をするかわからない奴」と 思わせることで身を守る
 この考えは、ニスベットとコーエンという2人の心理学者が唱えた「名誉の文化」の考え方と同じである。名誉を重んじる人は名誉を汚されると、徹底的な報復を行う。自分にとって損になってでも行うのである。それによって、「何をするかわからない、狂犬みたいな奴」という印象を皆に与え、自分の名誉を汚されないようにプロテクトするのだ。

 ニスベットとコーエンは、アメリカ南部出身の人々が、他の地域出身の人々よりも名誉を重んじる行動をとることを、綿密な統計分析と、実験によって暴いた。北朝鮮は狂犬になることで、「名誉を重んじる人」と同じ行動をとろうとしている。

 したがって、北朝鮮が時には中国やロシアにまで挑発的なメッセージを送るのは、自分たちの国は亡びるなら、世界も一緒に亡びる、という状況を作るための、実は冷静に考えた末の戦略なのではないかと思っている。

 以上の分析が正しいかどうかは、筆者も自信があるわけではない。的外れである可能性もあるだろう。だが、たとえこの分析が間違っていたとしても、「北朝鮮は金正恩が感情に任せて支配しているだけ」という見方をするのは危険だろう。

 北朝鮮の生き残りを、世界で一番真剣に考えているのは北朝鮮自身だからだ。一見、非合理的に見える彼らの行動の背景を合理的に分析する「姿勢」はいつでも大切にすべきと筆者は考えている。

渡部 幹

最終更新:9/27(水) 6:00
ダイヤモンド・オンライン
<<
■ついにネタバレされてしまった
おい! ネタバレすんなよ! その通りなんだから!!

7月29日づけ「ICBM発射実験は安保理決議違反だが正当防衛」でも述べたように、私は、朝鮮民主主義人民共和国(共和国)の昨今におけるすべての軍事的行動は、いずれも、「アメリカの急迫不正なる直接的な軍事的脅威に対する正当防衛である」と考えています。

たしかに、ICBM発射や核実験は、国連安全保障理事会決議に反する行動です。また私も、「国際的取り決め」は極力遵守すべきだと考えています。しかし、原則には例外がつきもの。安保理決議があっても、アメリカの急迫不正なる直接的な軍事的脅威という状況下における共和国のICBM発射・核実験は、正当防衛的に違法性が阻却されるので、不法行為ではないのです。

「いや、確かにお前の言い分には一理あるとは思う。自衛の範囲での軍備を整えるのは正当な行為だという意見も理解できる。アメリカと本気で対抗するのであれば、核武装も選択肢の一つだろう。しかし、北朝鮮の場合についていえば、わざわざアメリカの独立記念日に『贈り物』などとしてミサイルを発射するなど不必要なまでに一連の軍事的行動を敢行している点において『やり過ぎ』であり、これは挑発的な域に達しているのではないか?」という言説もあるかも知れません。共和国による核実験・ミサイル試射を「挑発行為」とする言説は、いまや日本社会において常識のレベルに達しているものです。

しかし、上掲『ダイヤモンド・オンライン』配信記事は、心理学の視座から、こうした「挑発行為」が、あくまでも敵との間に歴然たる戦力差を抱えている弱小国が取り得る自衛のための心理戦の戦略であることを明快に解説しています。極めて重要な指摘です。

何が起こるか分からない状況においてこそ人間は慎重になるものですが、その心理を逆手に取ったのが「狂犬戦略」。一見して破天荒で向こう見ずな「印象」を与えることで相手を困惑させ、次の一手を読ませないことで実態以上に自分を大きく見せることが、弱者が強者に立ち向かい得る数少ない戦略なのです。

■弱小国が強大国と対峙するための唯一の道は「刃物をもったキチガイのフリをすること」
米爆撃機に大慌てだった?北朝鮮 「撃墜」発言はこけおどしなのか」という記事が出ています。米軍の戦略爆撃機に対して共和国側が迎撃する素振りも見せなかったことが書き立てられていますが、まったくを以って驚くに値しないことです。そもそも、通常兵器による国防体制ではアメリカに到底対抗し得ないから一発逆転の核開発・弾道ミサイル開発に望みを掛けているのが共和国。防空レーダー網がマトモに作動していなかったとしても何ら不思議はありません。

その核兵器や弾道ミサイルだって、まだまだ開発途上
。実際に戦争状態になれば100パーセント滅亡する共和国としては、なんとしてでも戦争を回避するのが至上命題です。

核兵器・弾道ミサイルが対米抑止力として盤石なものになるまでの間における戦争回避手段は、「アメリカをその気にさせないようにする・侵略意図を挫くないしは反らす」ことのみですが、アメリカに対して恭順を示したところで、アメリカは自国の帝国主義的利益が第一であり、その障害物に対しては決して容赦しません。となれば、残された道は唯一、「刃物をもったキチガイのフリをすること」しかないのです。それこそが、ここでいう「狂犬戦略」なのです。

第四次中東戦争開戦前夜においてイスラエルがアラブ側の欺瞞作戦にまんまと引っ掛かり、緒戦でアラブ側が大勝利を収めた歴史的事実の立役者として、朝鮮人民軍の軍事顧問団が大いに活躍したのは知る人ぞ知ることですが、心理戦における朝鮮人民軍のノウハウは相当のものです。なんたってイスラエルを騙したんですから。そして、いまこの瞬間もアメリカとギリギリの瀬戸際で駆け引きを展開している事実から見ても、そのノウハウは確実に継承されています。

第四次中東戦争開戦前夜においては、共和国の軍事的序助言をうけたアラブ諸国は、実力よりもに自分たちを弱く見せることでイスラエルを油断させ、戦争を始めやすい環境を創出しました。「相手の誤解・誤認識を誘い、自分のペースに持ち込む」のは共和国の得意技。いま共和国は、核開発・弾道ミサイル開発が完成するまでの間は何としてでも戦争を回避しなければならないので、第四次中東戦争開戦前夜とは真逆の戦略をとっているものと考えられます。その点、共和国は決してホンモノの狂犬ではなく、冷徹に考え抜かれた末の演技としての「狂犬戦略」なのです。

■「挑発」は合理的かつ正当防衛的自衛行動の一環
わざわざアメリカ独立記念日に「贈り物」と称して弾道ミサイル発射実験を敢行するという「やり過ぎの挑発」に見える一連の行為も、強大国の現実的脅威に直面している弱小国が自己防衛するにあたっては、極めて切迫した状況下での必死の戦略です。前述のとおり、私は共和国のICBM発射・核実験は、アメリカの急迫不正なる直接的な軍事的脅威に対する正当防衛であると見ていますが、一連の「挑発的行為」もまた、正当防衛的対応の一環であると考えています。決して「向こう見ずな挑発」などではなく、弱小国なりの戦略なのです。

まだ「ネタバレ」には早く、もうすこし「国際社会」とやらは共和国による「計算ずくの演技としての『狂犬戦略』」に引っかかっていて欲しかったものですが、まあしょうがないですね。既に十分に利益を享受できていますから、そろそろいいでしょう。

■まんまと引っ掛かってくれた皆さんのお陰でした
ちなみに、共和国の「狂犬戦略」を日本国内で浸透させるにあたって、とりわけ大きな成果を挙げた功労者として、僭越ながら当ブログはDailyNK Japanの高英起編集長を表彰したいと思います。高編集長はまったくそんなつもり・自覚はなかったと思いますが、彼が日々量産しているゴシップ記事や「動物的なまでに衝動的な金正恩氏」といった類の一連のスキャンダラスな記事は、日本国民に「キムジョンウン=キチガイ」の印象を深く植え付けました。おかげで核武力整備・弾道ミサイル整備のための時間稼ぎに成功しました。「狂犬戦略」の浸透に多大な貢献を果たした高"동지"(同志)、고맙습니다(ありがとうございます)! もっと裏を読もうネ。
posted by s19171107 at 22:20| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする

2017年09月23日

あれ・・・マレンコフは?

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170923-00010007-afpbbnewsv-int
>> スターリン像に物議、ロシア20世紀の指導者像お披露目で
9/23(土) 14:36配信

【9月23日 AFP】ロシアの首都モスクワ(Moscow)で22日、旧ソ連の独裁者ヨシフ・スターリン(Joseph Stalin)の銅像がお披露目された。
(中略)映像は、スターリン像と並ぶウラジーミル・レーニン(Vladimir Lenin)やミハイル・ゴルバチョフ(Mikhail Gorbachev)氏ら20世紀のロシアの指導者像。 <<
レーニン、スターリンと来た隣が、どう見てもフルシチョフ。そしてその隣は、おそらくブレジネフ。あれ・・・マレンコフは?
posted by s19171107 at 23:50| Comment(0) | 日記じゃない雑記 | 更新情報をチェックする

2017年09月22日

河野外相、米コロンビア大で素人全開、馬鹿丸出しの挙に出る

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170922-00000059-asahi-pol
>> 河野外相、北朝鮮との断交訴え 講演で制裁の抜け穴非難
9/22(金) 14:43配信
朝日新聞デジタル

 「ここニューヨークにも到達可能なミサイルの技術開発を推進しているとみられます」――。国連総会のため訪米中の河野太郎外相は21日夕(日本時間22日午前)、米コロンビア大で講演し、核・ミサイル開発を強行する北朝鮮の脅威を強調。北朝鮮と国交のある160以上の国々は断交すべきだと訴えた。国際法の順守や多様性の尊重といった「3原則」も提言した。

 米国留学時に比較政治学を専攻した河野氏らしく、「迫り来る危機における外交」と題して英語で講演。北朝鮮がニューヨークにも到達可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発を推進していることを紹介し、「米国や国際社会全体に対する差し迫った脅威に直面している」と語った。


(以下略) <<
■馬鹿丸出し
「東アジア地域全体に対する差し迫った脅威」と言うのであれば、まだしも、「米国や国際社会全体に対する差し迫った脅威に直面している」とは・・・「ジャパニーズにとっての『国際社会』は東アジアだけなのか?」と思われるような偏狭な発言は控えていただきたいものです。

日本人の国際情勢に対する鈍感さは良く知られているものですが、自分たちの喉元にナイフが突きつけられたからといって一転して急に「国際社会全体に対する差し迫った脅威」と騒ぎ出すとは、本当に恥ずかしいことです。情勢を分析する能力のなさを二重に証明しているようなものです。イランやパキスタンの方がよっぽど危なっかしいものです。

まあ、現代日本人は個人レベルでも国家レベルでも、表面的に自分とは関係ないように見えようものなら「他人事」と切り捨てる、半径数メートルよりも遠くのことに興味のない、視野の狭い国民性を持っている上に、あくまで自分の考えや感性に過ぎないものなのに、世間一般も同様に感じ・考えていると思い込む国民性(日本人の常識;世界の非常識。要するに、田舎者マインド。)があるので、ある程度は仕方ないのかもしれません。とはいっても、コロンビア大学で田舎者丸出し+情勢分析能力の欠如を披露しなくても・・・恥ずかしい・・・

■日本人的「備えあれば憂いなし」こそが平和ボケの極み
「NPTの統制下にない北朝鮮が核開発に邁進することによって、核拡散のリスクが・・・」などという、「ありがちな言説」について予め申し述べておきたいと思います。そのリスクが現実化する蓋然性はどの程度のものであるのでしょうか? まさか、科学的な計算もせずに、漠然と「リスク」などと口にしているのではないでしょうね?

日本人は「備えあれば憂いなし」という言葉をよく口にします。しかし、リスクが現実化する蓋然性の計算もせずに、ただ漠然と「危ないかもしれない」程度の認識で、際限なく対策を打とうとするのは、まったくをもって素人丸出しの行為です。ほとんどの場合、守るべき資産と防御予算に対して脅威と脆弱性は過大であり、それゆえ、リスクの蓋然性を計算した上で物事の優先順位をつけるのが通常のことだからです。アメリカや西ヨーロッパ、ロシア(旧ソ連)の振る舞いをよく見てごらんなさい。

こんな素人的発想に過ぎない戯言を「現実主義」などと自称している、ミリオタ気取りの中学生みたいな馬鹿が幅を利かせているのが現代日本。平和ボケの極みと言うほかありません。

リスク計算もせずに、ただ漠然と「備えあれば憂いなし」というのであれば、「宇宙人の地球侵略」や「ゴジラの東京上陸」にこそ、いますぐ対策を打つべきでしょう。朝鮮は、自国の利益になるのであれば交渉に応じる理性がありますが、宇宙人に交渉余地があるかは不明ですし、元は爬虫類(という設定)のゴジラに交渉が通じるとは思えません。いざ現実の事象になったとすれば、こっちのほうがよっぽど「危ない」ですよ!笑

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170922-00000034-jij-pol
>> 河野外相、北朝鮮との断交要求=160以上の国々に
9/22(金) 9:07配信
時事通信

 【ニューヨーク時事】河野太郎外相は21日、米コロンビア大学で講演し、北朝鮮の核・ミサイル開発を「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」と位置付けた上で、北朝鮮と国交のある160以上の国々に対し「外交関係・経済関係を断つよう強く要求する」と呼び掛けた。
 
 外相は「160カ国以上の国が今一番の世界の脅威である北朝鮮と国交を結んでいるという事実を信じられるだろうか」と疑問を提起。
(以下略) <<
■お前のオツムの方が信じられない
打算の法理が支配する国際関係について、一応学者出身の一国の外務大臣がこんなことを発言する事実のほうが「信じられるだろうか」という他ありません。いやほんとうに信じがたいことです。おまえ何勉強してきたんだよ。なんで外務大臣やってんだよ。

前述のとおり、半径数メートルよりも遠くのことに興味のない連中の集合体である日本国内であれば、こうした物言いも通用するでしょう(実際、馬鹿の認識によると、朝鮮と国交を結んでいる国は世界に十数か国程度らしいですヨ)が、コロンビア大学の学生相手にコレはないでしょう・・・日本の格が下がるので、河野氏のような馬鹿には外務省検閲済みのスクリプト以外は読まないようにさせるべきです(まさか外務省も同じ認識? 記事からはチェックが入っているか否か分からないからな〜)。むしろ外相辞めろ。

国の恥になるので、本当にやめてほしいものです。
posted by s19171107 at 23:52| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする

2017年09月19日

実作業に関する知識に乏しく、相場を知らない発注元企業が外注業者に「無理な発注」を控えることはできるのか?

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170919-00000089-asahi-soci
>> 無理な発注・時間外の会議「控えます」 経団連など宣言
9/19(火) 19:59配信
朝日新聞デジタル

 経団連は全国の経済団体と連名で19日、下請けいじめや深夜の労働につながる旧弊や商慣行の是正に取り組むことを内容とした「共同宣言」を発表した。今後は加盟企業に残業につながる無理な発注や勤務時間外の会議を控えるよう促していくという。

 共同宣言は、長時間労働につながる納期が短い発注や急な仕様変更を「非効率な商慣行」として問題視。労働基準法が決めたルールを守り、取引先にも違反させない配慮を経営者に求めた。短い納期や追加発注が必要になった際はサービスに見合う価格で契約することなども求めている。


(以下略) <<
業界にも依るとは思いますが、経済全体を俯瞰してみたとき、それほど成果は上がらないと思われます。

そもそも「外注」というものは、発注元企業に実作業に関する効率的ノウハウの蓄積が乏しいからこそ、あえてカネを払ってまで他の企業に仕事を代わりにやってもらう行為です。そのため、発注元企業が実作業内容、とりわけスケジュール感や費用に関する知識が乏しいということが往々にしてあるものです。

※業界の大手企業が利益効率の悪い案件を協力企業に下請けさせるケースについては、発注元大手企業は実作業内容に通暁しているでしょう。その点、すべての外注行為の発注元が実作業内容に関する知識に乏しいとは言いません。

「自主権の問題としての労働問題」というテーマで労働問題を論考している当ブログでは、以前より、長時間労働・メンタルヘルス問題の代名詞的業界として「IT業界」に的を絞って記事を執筆してきました。また、私自身、本業の人事異動のなかでIT部門と業務部門との橋渡し(板挟み?)的な役割を担った経験があります。

理論と実体験の両面から申せば、IT業界がデスマーチになりがちなのは、「誰もプロジェクトの正確な規模感が分からないから」に尽きると私は考えています。

まず、発注側の業務部門について述べましょう。業務用コンピュータ・システムの開発というものは、受託開発は言うまでもなくパッケージ製品のカスタマイズ導入程度であっても、スケジュール感やコスト計算の面において、そこそこ深いIT知識が必要になります。それゆえ、業務部門一筋の「IT素人さん」には、マトモな量感が計りかねるものです。コンピュータ・システムというものは、基本的に中身がブラックボックスであり、それゆえに素人にはボリューム感が計りかねるものです。

たとえば、Googleの検索テキストボックスにキーワードを入力し「検索」ボタンを押し、1秒にも満たない時間内に数百万件の該当ページのリストが返ってくるのは、ユーザー視点では至極当然のことですが、このとき一体どのようなシステム的処理がバックグラウンドで走っているのか説明できる人は、ほんのわずかでしょう。まして、そのプログラムを構築するのにどれほどの時間と労力(人月)がかかるのか、マトモなスキルを持ったプログラマーの時給が幾らなのかについて知っているひとは、ほとんどいないでしょう。しかし、システム構築にあたっては、こうした情報に通暁している必要があります。不可欠です。

業務部門メンバーが、こうした知識に通暁しているケースは、ほとんどありません。それゆえ、業務部門がIT部門や外注ベンダーに提出してくる要求というのは、スケジュール的にもコスト計算的にも、ムチャクチャの極みであり、素人丸出しと言わざるを得ないものになりがちです(稼働直前になってから「雑誌で読んだんだけど、この機能いいね。チョチョッと機能追加しといてよ!」と言ってくるド素人がいるものです)

他方、IT部門・外注ベンダー側について申せば、一定規模以上のステップ数を誇る業務用のコンピュータ・システムというものは、いくら緻密に設計しようともすべてのケースを頭の中で組み立てることは到底不可能です。よくあるパターンとして、テストフェーズになって初めて設計不足・考慮不足が露呈するものです。

※ちなみに、多くのプロジェクトでテストフェーズに割く時間が短すぎると思います。このことについて私は、「マジメな日本人」の国民性が悪い意味で発揮されてしまっていると考えているのですが、設計段階に過大な期待を掛けすぎです。「ちゃんと設計していれば、テストフェーズなど『確認作業』に過ぎない」というのは、開発の現場を知らなさすぎる「マジメな優等生的発想」です。コンピュータ・システムというものは、生身の人間の頭脳で隅々まで緻密に設計できるものではありません。実態は「トライ・アンド・エラー」であり、テストとバグの修正にこそ時間を割くべきです(無能なPMほどテストフェーズから削ろうとするものですが・・・)。

つまり、長時間労働・メンタルヘルス問題の代名詞的業界としての「IT業界」においては、業務部門側の「素人っぷり」とIT部門・外注ベンダー側の「理性の限界」によって、「誰もプロジェクトの正確な規模感が分からない」事態に陥ってしまうのであり、それゆえに、「無理な発注」すなわちデスマーチになってしまうのです。

このことは、換言すれば、「IT業界の商材が業界全体を通して常識化・相場化・標準化されていない」ということができるでしょう。製造業や建築業のように、細かいバリエーションは多々あっても、基本的な構造では共通的であり、それゆえに一定程度の「相場」が確立している業界との大きな差です。たとえば「一軒家の建築」は、いろいろカスタマイズはあったとしても、少なくとも1週間で建つはずがないというのは、どんな素人でも「相場」として「常識」として分かるものです。しかし、IT業界はそうではないのです。

IT業界というのは、前述のとおり、そこそこ深いIT知識がなければ語り得ない業界という点で極端な例ですが、これまた前述のとおり、そもそも「外注」というものは、発注元企業に実作業に関する効率的ノウハウの蓄積が乏しいからこそ、あえてカネを払ってまで他の企業に仕事を代わりにやってもらう行為です。そのため、発注元企業が実作業内容、とりわけスケジュール感や費用に関する知識が乏しいということが往々にしてあるものです。その意味で、業界を問わず、外注を巡る事情というものは、程度の差こそあれ、IT業界を巡る事情と通底する部分があると言えます

果たして、実作業に無知であり、だからこそ外注に頼っている発注元企業は、受注企業に対して「無理な発注」を控えることができるのでしょうか? なかなか難しいでしょうね・・・
posted by s19171107 at 23:24| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする

2017年09月17日

表市場での「即日融資取りやめ」は闇市場への「商機の提供」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170915-00000596-san-bus_all
>> 「即日融資」を停止、銀行カードローン縮小へ
9/15(金) 19:40配信
産経新聞

 国内銀行が来年1月からカードローンなどの個人向けの新規貸し出しに関し、即日の融資を取りやめる見通しとなったことが15日、分かった。家族からの申し出で、新規貸し出しができないようにする「貸付自粛制度」の導入も検討する。これにより、拡大の続いたカードローン利用が縮小に向かう可能性もある。

 即日融資の取りやめは、借り手の情報を警察庁に照会する仕組みを導入して、暴力団員ら反社会的勢力との取引排除を徹底するのが狙い。運用が始まれば、融資審査には数日かかるようになるという。

 カードローンに関しては、過剰融資に対する批判も多い。全国銀行協会(全銀協)は会員行に対してカードローンに関する2回目のアンケートを10月までに実施し、対策の進(しん)捗(ちょく)状況を確認する。会員行の毎月末の融資残高も、10月からウェブサイトで公表する。


(以下略) <<
キムイルソン同志は、チュチェ58(1969)年3月1日発表の労作『社会主義経済のいくつかの理論的問題について 科学・教育部門の活動家の質問にたいする回答』において、当時、計画経済の推進にあたって問題になっていた「農民市場」を巡って、次のように述べていらっしゃいます。
>> 副業生産や農民市場が共同経営に悪影響を与え、利己主義を助長するからと、法令をもって農民市場を廃止するならば、どういう結果になるでしょうか。もちろん、市場はなくなるけれども、闇取引は依然として残るようになるでしょう。農民たちは、副業で生産した鶏や卵をもってよその家の勝手口を訪ね、裏通りを売り歩くことでしょう。そうしているうちに取り締まりを受けて罰金を払わされるか、法の追及をうけることになるでしょう。だから、農民市場を強制的になくして、解決されることはなに一つなく、かえって人民の生活に不便を与え、不必要に多くの人を罪人にしてしまうおそれがあります。

(中略)

人民の需要をみたせない商品は、たとえ国家が唯一的に価格を制定したとしても、闇取引されたり、農民市場で又売りされるということを忘れてはなりません。

(中略)

卵をいくつか又売りした人を罪人扱いにして教化所に送るわけにもいかず、ほかの方法で統制するとしても、販売量を調節するといったようないくつかの実務的対策を立てること以外に方法はありません。もちろん、こうした対策もとらなければなりませんが、そんな対策では商品が一部の人たちに集中する現象をある程度調整できるだけで、それが農民市場で又売りされたり、闇取引される現象を根本的になくすことは決してできません。 <<
即日融資が問題山積であるのは事実であり、何らかの対策が求められています。しかし、キムイルソン同志が指摘されるように、表市場において人民の需要をみたせないケースにおいては、闇市場においてその需要を満たすべく裏取引がなされるという現象が必然的に発生してしまうのです。必要だから需要が発生するのです。表の市場で満たされないからといって諦める人ばかりではなく、一部は闇市場に流れるものです。需要があれば商機があり、商機があれば供給があるものです。

いくら社会的に好ましくないとはいえ、それを単純に禁止しているだけでは、闇市・闇業者に商機を与えるだけキムイルソン同志が1960年代に既に認識されていた事実から学ぶべきです。

このままだと、多重債務者問題とも暴力団とも関係ない、本当に急にお金が必要になっただけの人物のニーズまでもが闇市場の縄張りになってしまいます。表の市場は監視監督し易いもの。必要以上に需要を地下化・闇市場化させるべきではありません。
posted by s19171107 at 14:56| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする

2017年09月16日

ベネズエラ式”社会主義”の失敗

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170916-00000031-jij-int
>> 大統領「動物たんぱくはウサギで」=食料難で計画―ベネズエラ
9/16(土) 10:24配信

 【サンパウロ時事】深刻な経済危機で食料や医薬品が不足している南米ベネズエラで、すっかり手に入りにくくなった牛や豚、鶏肉に代えて、ウサギを増産して食肉利用する計画が持ち上がっている。

 マドゥロ大統領は12日夜、国営テレビで「動物たんぱく質(欠乏)は非常に重要な問題。ウサギは繁殖力が強いので、『ウサギ計画』にゴーサインを出した」と表明。しかし「首都カラカスの複数の集落に試験的にウサギを託したが、しばらくするとリボンや名前が付けられていて驚いた」と話し、愛玩感情がネックになるとの考えを示した。

 大統領の意を受けた政府担当者は「ウサギはペットではなく、高タンパク低コレステロールの2.5キロの肉」と国民に認識させるための一大キャンペーンを展開する方針を明らかにした。


(以下略) <<
■悪化の一途
チュチェ102(2013)年3月20日づけ「「21世紀の社会主義」?」において私は、ベネズエラ・チャベス前政権の方法と方向性を「典型的な後進社会主義国」と述べました。これは、(1)せっかくの「天の恵み」(天然資源)を単に費消するだけで後に残るような使い方――つまり産業振興――をしていない点、(2)ビジネスに対する厳しい規制が、イデオロギー的なレベルにまで染み付いている点においてです。

そして、「天の創造力(天然資源)に依存するのではなく、自らの創造力(科学技術力)に依拠した主体的な経済的建設が必要」であるとし、「いまでこそ石油資源をネタに、先進工業国に対して一定の発言力を持っているベネズエラですが、エネルギー情勢が変われば一気に従属国に逆戻りするでしょう」と述べました。

この記事の末尾で私は「果たして次期大統領はどういう路線を歩むのか。チャベス路線の「継続」を表明しているとは言いますが、どの程度なのか。」と述べました。まだ、マドゥロ氏が大統領に就任する前だったからです。あれから4年半。ある意味でチャベス前政権を「継続」しており、とりわけ「民衆を扇動し操ろうとする」という点で「進化」していると言っても良いでしょう。「失敗の王道」をさらにスピードを上げて驀進しているという他ありません。

■民衆扇動で「思想改造」できるのか?
既に愛玩感情が確立しているもの、既に人々の中で位置づけが決まっているものをキャンペーンを張る程度で「思想改造」できるのでしょうか? たとえばこれが、かつてアメリカ資本がじっくりと時間をかけて日本人に「牛肉の味」を売り込んだときのように、食べる習慣がないだけの食材をキャンペーン的に売り込むのは可能でしょう。また、2〜3世代くらいかければ愛玩感情に変化が見られるかもしれません。しかし、食糧危機の解決策としてキャンペーンを張っているほどの時間的猶予はないでしょう。ベネズエラの食糧危機は待ったなしです。

ベネズエラ式”社会主義”は「民衆の扇動」によって誕生し、維持されてきたのですから、マドゥロ大統領がキャンペーン程度で、国民のウサギに対する愛玩感情を「思想改造」できると思いあがるのも無理はないのかもしれません。しかし、チャベス前政権以来の「典型的な後進社会主義国の方法論」に加え、拡大の一途をたどる闇市・闇為替レートに対して経済政策的に正攻法の対処をしようとせず、扇動を展開して国民を操れば、不都合な事実を取り繕うことができると思いあがっている点が、マドゥロ政権の失敗の大きな要点です。

まあ、もうダメでしょうね。

■ベネズエラ式”社会主義”の失敗と対照的な朝鮮式社会主義の経済改革
ところで、素人丸出しのベネズエラ式”社会主義”の失敗と比較すると、朝鮮式社会主義における経済再建の方法論が対照的に際立ちます。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170830-00186095-toyo-bus_all&p=4
>>  ところが、1998年になって北朝鮮は突然、「強盛大国」論を主張し始めた。東部と西部を結ぶ連結網が3年ぶりに復旧できたためだ。時を同じくして、韓国や米国、日本は、北朝鮮に対する支援を開始。そんな支援を、北朝鮮は単純に無償支援だと受け入れたのではなく、支援を利用して内部システムの整備を始めた。農地整理事業と物流網の整備、鉱山の生産活動の正常化、道路・通信網の再整備などを絶えず推進していった。

 ただ、日米韓の支援があったとはいえ、財源が絶対的に不足していたため、時間が長くかかり、目に見えるほどの復旧作業を行えなかった。10年余りという、長い時間をかけて進められた復旧作業の過程において、北朝鮮住民は自ら市場化を進めることになった。ここでいう市場化とは、中央集中式の計画経済システムから、地方分権的な市場経済システムへと転換したことを意味する。

 もちろん、北朝鮮当局はこのような市場化を最大限抑制しようとしたが、事実上、黙認することで一貫していた。金正恩政権が始まってからは、北朝鮮住民によって形成された、地方分権型市場システムが全面的に受け入れた。中央で管理する経済特区とは別途に、地方政府が活用できる二十数カ所の経済開発区を指定したのもこのためだ。労働者や各機関のインセンティブを刺激する、圃田担当制(農業)と社会主義企業責任管理制を導入し、市場を事実上許容する措置さえとった。
<<
「天の恵み」ならぬ「外国からの恵み」を食いつぶすのではなく社会システムの再構築に回し、また、マーケットにおけるビジネスにも柔軟な対応をとる――利用が容易な天然資源が豊富で、アメリカ帝国主義の封鎖政策もそこまで厳しくない「恵まれたベネズエラ」が大失敗の坂を今もなお転げ落ち続けているのに対して、それと比べて遥かに条件が厳しい朝鮮が徐々に力をつけてきている事実は、一方において、ベネズエラ式”社会主義”が「典型的な後進社会主義国の方法論」であることを、ますます議論の余地がないほどに示しており、他方において、朝鮮が「典型的な後進社会主義国の方法論」から脱しつつある状況を示すものであると言えるでしょう。

経済改革真っ最中の朝鮮式社会主義を「21世紀の社会主義」とまで昇格するのはまだ拙速に過ぎるものですが、少なくともベネズエラ式ではないことは間違いなくなりました。

■ベネズエラ式”社会主義”の失敗と日本共産党
余談ですが、日本共産党が最近になってベネズエラを「社会主義を目指す国」と言わなくなり、かつて一挙手一投足を好意的に評価していたのに、それがまるで無かったことであるかのような具合に沈黙しています。おなじみの頬かむりですが、こんなキャンペーンで国民を扇動できると思い上がっている素人政権を見限るのは正しい選択でしょう。

とは言っても、これでまたしても「目指す方向性」が曖昧になってしまった日本共産党。彼らは「マルクス主義は青写真主義ではない」と強弁します。学問的に長期展望を分析する上では、こういう心構えも大切でしょうが、実際に目下の政治的問題、我々の世代の問題を取り扱うにあたって「ビジョン」や「モデル」、あるいは「参考となる歴史的実例」を提示できないのは致命的です。

「青写真」にならないのは勿論、「参考となる実例」としてすらベネズエラは位置づけられないほどに落ちぶれています。日本共産党の未来社会論は、しばらく理論的に停滞することでしょうね・・・
posted by s19171107 at 23:59| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする

2017年09月13日

石炭液化は自立的民族経済の要諦

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170913-00000071-san-kr
>> 北制裁決議 石油禁輸、効果に疑問 自前の石炭液化し代用
9/13(水) 7:55配信

■シンクタンク研究員指摘
 【ワシントン=黒瀬悦成】国連安全保障理事会が11日採択した北朝鮮に対する追加制裁決議は、北朝鮮を核放棄に向かわせる効果があるのか。有力政策研究機関「国際戦略研究所」(IISS)のピエール・ノエル上級研究員は、仮に中国が北朝鮮に対して石油の全面禁輸を断行したとしても、北朝鮮は自国で大量に産出される石炭を液化させてエネルギー源とすることができるので「効果はない」と指摘する。


(中略)

 しかしノエル氏は「北朝鮮が年間に約600万トンの石炭を液化させて石油製品の代用とすれば、毎年輸入している原油・石油製品をまかなえる」と主張する。北朝鮮は15年に約2500万トンの石炭を中国に輸出したとされるが、国連制裁で北朝鮮の石炭輸出が厳しく制限されたことから、逆に液化に回す石炭には事欠かない状態となっている。

 北朝鮮が石炭を液化させて燃料として活用する体制にただちに転換できる用意を整えているかは明確でないが、ノエル氏は北朝鮮が基礎的な液化技術を会得し、工業規模での運用を開始しているとみる。

 北朝鮮は06年以降、平安南道安州の化学工場「南興青年化学連合企業所」にある石炭ガス化プラントの拡充を進めてきた。石炭のガス化は液化の前段階で、同じ技術を使用する。

 ノエル氏は北朝鮮が核・ミサイル開発で国際社会と対決姿勢を強める中、石油禁輸対策として石炭液化技術を実用化済みの公算は極めて大きいと強調した。

最終更新:9/13(水) 8:45
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偉大な領導者;キムジョンイル同志は、不朽の古典的労作『チュチェ思想について』(チュチェ71年3月31日)で次のように指摘されています。
>>  経済は社会生活の物質的基礎です。経済的に自立してこそ、国の独立を強固にして自主的に生活し、思想における主体、政治における自主、国防における自衛をゆるぎなく保障し、人民に豊かな物質・文化生活を享受させることができます。
 経済における自立の原則を貫くためには、自立的民族経済を建設しなければなりません。
 自立的民族経済を建設するというのは、他国に従属せず独り立ちできる経済、自国人民に奉仕し、自国の資源と人民の力によって発展する経済を建設することを意味します。このような経済を建設すれば、国の天然資源を合理的かつ総合的に利用して生産力を急速に発展させ、人民生活のたえまない向上をはかり、社会主義の物質的・技術的基盤を強固にきずき、国の政治的・経済的・軍事的威力を強化することができます。また国際関係において政治的、経済的に完全な自主権と平等権を行使し、世界の反帝・自主勢力と社会主義勢力の強化に寄与することができます。
<<
完全競争的な自由交換経済の原理原則に立てば、自由交換は、売り手と買い手の双方の厚生をパレート最適化しつつも、同時に、完全競争的であるからこそ相互牽制的な関係性となり、どちから一方が支配的な地位を占めることはありません。理論空間においては、自由交換・完全競争の世界は、相互牽制的かつ厚生のパレート最適化という意味で、自主的な社会を構築するものと言えます。

しかし、現実世界の実相を振り返れば、我々が住んでいるこの世界は、スタートラインの時点で既に平等ではなく、それゆえに、支配と服従の関係が形成されがちです。完全競争のモデルは、スタートラインが同一であることを暗黙の前提としているので、これをそのまま現実に適応するのは妥当ではありません

とりわけ、共和国のような小国がアメリカ帝国と渡り合おうしても、経済的に張り合って相互牽制的関係性を取り結ぼうしても、困難極まるというほかありません。

その点において、理論的な意味としてではなく、現実問題として自主を如何にして達成すべきかという意味では、キムジョンイル同志が指摘する「自立的民族経済」の確立が最重要であるということが、この記事ひとつ取っても分かるのではないかと思います。

もちろん、経済的自立が重要だからといって、なんでもかんでも自給自足を志向し、甚だしくは鎖国すればよいというものではありません。他国に首根っこをつかまれないように、対象を絞ってピンポイントで自立を志向すべきなのです。

しかしながら、これは極めて難しい。一国の社会経済のどこが「首根っこ」なのかを的確に見極めようとすれば、一歩間違えれば、Collectivism,Constructivismに容易に転落するものです。とはいっても、少なくともエネルギー政策が「首根っこ」でないということはあり得ないでしょう。

実際のエネルギー生産は、官僚の中央統制ではなくビジネスマンの才覚に期待をかけるとしても、どこかで国策的に関与するのは、依然として必要だと思われます。

ちなみに、「支配と服従の関係」と言う意味では、資本家・経営者と労働者も同様の関係性にありますが、私が「自主権の問題としての労働問題」というテーマで幾度となく「労働者自主管理社会」の重要性を説いている理由の一つは、キムジョンイル同志の自立的民族経済論の応用という側面があります。

キムジョンイル同志が『チュチェ思想について』を発表されてから35年未だに色褪せません
posted by s19171107 at 21:17| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする