2017年11月06日

Товарищ Едано ура!

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171106-00094313-playboyz-pol
>> 自民支持の若者票をどう取り込む? 立憲民主党・枝野代表を直撃!「まったく考えていません」
11/6(月) 6:00配信
週プレNEWS

10月の衆院選の結果、野党第一党に躍り出た立憲民主党。しかし、“自民一強”の構図は温存どころか強化された感がある。では、選挙を通して“男を上げた”と評された枝野幸男代表は今、何を考えているのか。

(中略)

―確かに民主党も民進党も、常に「考えがバラバラな議員の寄せ集め」との批判がありました。

枝野 これまでは自民党に対抗するには大きなまとまり、政党をつくらなきゃダメだといわれていましたが、実は違った。党としての主張を鮮明にしていかないと、結局自民党とどこが違うのかが、有権者にわからなかったんですね。


(中略)

―では今後、自民党支持の若者をどう取り込む?

枝野 それはまったく考えていません。

―必要ないと?

枝野 自民党支持の有権者をひっくり返すのではなく、“今回の選挙で投票に行かなかった人に、次の選挙で立憲民主党に投票してもらう”のです


(以下略) <<
■党としての主張を鮮明にした上で、その次に党組織の拡大が必要
これまでは自民党に対抗するには大きなまとまり、政党をつくらなきゃダメだといわれていましたが、実は違った。党としての主張を鮮明にしていかないと」というくだりについて、行間を「やみくもに巨大化を目指すのではなく、党としての主張を鮮明にした上で、その次に党組織の拡大が必要なんだ」といった具合に好意的に読もうとすれば、これは正しい主張だと言えるでしょう。

政治は力、力は数。後述するように、私は政治と言うものは「交渉と調整で対立する利害関係に折り合いをつけるもの」であると考えている点、数さえあれば良いというものではないと考えていますが、しかし、キチンとした交渉を展開してゆくためには、数を誇らなければ始まらないものです。まさか枝野氏ともあろう御方が、そんなことも知らないとは到底思えないので、おそらく雑誌編集者のインタビューの取り仕切りか、インタビュー内容の切り貼りが下手だったんでしょう。

■投票率が上がったからといって、相対的な勢力格差に変わりはない
しかし、「自民党支持の有権者をひっくり返すのではなく、“今回の選挙で投票に行かなかった人に、次の選挙で立憲民主党に投票してもらう”のです。つまり、投票率を上げること。」というのは、好意的に行間を読もうとしてもできない、ハチャメチャな言い分です。

今回の選挙で投票に行かなかった人に、次の選挙で立憲民主党に投票してもらう」と「投票率を上げる」は直結しないでしょう。ふつう、全体の投票率がたとえば1パーセント増えれば、自民党の得票も立憲民主党の得票も、ひとしく1パーセント分スライド的に増えるものです。投票率が上がったからといって、相対的な勢力格差に変わりはないものです。政敵から支持者を奪うくらいの勢いが必要です。

■政治の位置づけを「数の力での突破の営み」に帰着させる枝野氏のプラン――懐の深さが絶対的に足りない
それ以上に驚くべきは、「自民党支持の若者をどう取り込む」という問いに対する「それはまったく考えていません」という応答。この一言を見るだけで立憲民主党に政権獲得の意思もなければ能力もないことが明々白々になるものです。

政治というものは利害調整の営みです。対立する意見や利益について交渉して折り合いをつける営みです。その意味において、相手側の主張も取り込む懐の深さが必要です。他方、相手側の主張を取り込まず、「処女地開拓」に邁進すると宣言した枝野氏のプランは、結局、政治の位置づけを「利害調整の営み」ではなく「数の力での突破の営み」に帰着させるものです。こんな方法論を為政者が採用しようものなら事態の対立的構図の収拾がつかなくなり、失敗するでしょう。その点において、与党にはなり得ないでしょう。

■ある意味「レーニン主義的」
まあ、ロシア10月革命から明日で100年になるにもかかわらず革命的左翼勢力がまったく元気がない昨今において、「人民の意思を代表し敵対勢力を粉砕するレーニン主義的な階級闘争革命精神」を感じさせる枝野氏の「突破志向」は、近頃では貴重種であると言えるかも知れません。Товарищ Едано ура!
ラベル:政治
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2017年11月01日

これに尽きる

http://www.sankei.com/west/news/171029/wst1710290008-n1.html
>> 2017.10.29 10:00更新
【デスクから】
「投票終了」と同時にゲームオーバー…「地盤」が強い自民はやっぱり強かった


(中略)

ただ、自らの投票行動を顧みて、自民党の強さを改めて感じた。やはり人は、地元への目配りを忘れない候補に入れる。自民党が大敗してもすぐに盛り返すのは、そんな人による「地盤」がしっかりしているからだ。

 解散前、安倍晋三首相に対して「おごり」が指摘された。野党には政権政党のおごりを牽制(けんせい)できる程度には地盤を固めてほしいと思う。(地方部 飯塚隆志)
<<
■地方では相対的に固い地盤を持つ自民党
希望の党の旗上げ、民進党の分裂、立憲民主党の結党、希望の党の大失速、立憲民主党の大躍進・・・と今回の総選挙ではイベントが目白押しで、開票から1週間以上たってもアレコレと政治力学に関する考察や解説が続いています。すべてをチェックしたわけではないのですが、上掲の産経新聞記事が一番納得いくものです。

もちろん、産経新聞のことだから、自民党が積極的に「地元への目配り」に注力しているなどと言いだしかねないところなので、「離合集散を繰り返したり、そもそも地方では地盤と言えるほどの浸透力のない野党勢力に比べれば、自民党の『目配り』は相対的に勝っているに過ぎない」と指摘しておく必要はあるかと思います。

競合勢力の地盤が脆弱過ぎるがゆえに、あくまで相対的優位に立っている――あれだけ不祥事や疑惑が続出し、マスメディアが盛大にキャンペーンを張ったにもかかわらず自民党が完勝した事実を説明しようとすれば、このことに尽きると言う他ないでしょう。

■若い有権者層においても相対的に固い地盤を持つ自民党
10月12日づけの記事で私は、「この調子では、今後も若者たちは安倍自民党の「支持基盤」であり続けるだろう」と述べましたが、自民党が若い有権者層においても固い地盤を築いている事実も、同様の構図で理解できるでしょう。

20代や30代の若い有権者層は、経済生活や組織生活において弱い立場に立たされがちです。まだ若い感性が生きているのに理不尽な現実に直面し、葛藤を感じる年代です。また、特に自民党が若い有権者たちに目配りをしているという客観的な事実は勿論のこと、キャンペーンさえありません。しかし、そんな層においてこそ自民党への支持率が高めに出ています。

特段自分たちに利益供与してくれているわけでもないのに、弱い立場に置かれがちな一種の「弱者」である若い有権者層が、特に自民党を支持する傾向にあるということは、つまり、競合勢力が弱すぎるということです。20代だったらまだ「世間知らず」で片づけられるでしょうが、30代にそういうレッテルを貼るのは難しいでしょう。

■相対的優位だって立派なもの――及第点を一応は獲得できている
あくまで相対的優位に立っている」とは言えども、これはこれで立派なことであり、得難い立場です。もちろん、自力で絶対的で揺るぎのない優位性を保つような勢力と比べれば脆弱な組織体制ですが、絶対的に盤石な組織というものは現実的ではありません。そう滅多矢鱈に存在し得るものではありません。

仮に消去法的であったとしても、「選ばれる」ということは、やはり立派なことであり、得難い立場です。消去法で残った選択肢は、十分であるとは到底言えないしても、一応は及第点を獲得できているわけです。政治の世界に絶対的なものはなく、常に「よりまし」を選ばねばならないのであれば、相対的優位で十分です。

あくまで相対的優位に立っている」というと、世間一般では「実はたいしたことはないんだ」とナメてかかりがちなものです。しかし、それは致命的油断です。いろいろと、それっぽい理由を並べて「実は安倍自民党は多数派から支持されているわけではない」などと「暴露」するのも決して悪いことではないとは思いますが、そんなことよりも、自派が「消去法的でもいいから選ばれるようになる」ためにどうすればよいのかにこそ思索を深めなければなりません。

公明党が宗教政党であるにも関わらず長期低落傾向にあり、盤石な地盤を誇ってきた日本共産党が「風があれば伸びるのが共産党だが、その反面、風が吹かない時は大きく減少する」と言われるようになってきたこのご時世。相対的とはいえ、草の根的に地盤を固めている自民党はやっぱり大したものです。
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2017年10月26日

消費者にとっての利益が損なわれないかという点からもベーシックインカム論の考察を深める必要がある

http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4053/index.html
2017年10月26日(木) お金が“タダ”でもらえる!? 〜世界が注目・ベーシックインカム〜

NHK「クローズアップ現代+」。先ほどまでの放映を視聴しました。

番組の主張は何点かありましたが、私の関心に即せば、「ベーシックインカムの導入によって『生活のための仕事』という概念に根本的な変化が発生し、人々が生活の心配をすることなく創造的な活動に思いっきり打ち込むことができるようになる」といったところでした。奴隷にすべての生産労働を押し付け、自分自身は哲学や芸術に打ち込んでいた古代ギリシャの都市市民の生活を、奴隷→AIやロボット、都市市民→すべての人間に置き換えて現代に復活させるといったようなイメージだと、いちばんシックリとくるのではないでしょうか。

以前からベーシックインカム論(負の所得税論も含む)について関心を持ってきた私にとっては取り立てて新しい情報はなく、ベーシックインカム論を巡る懸念点についても明快なソリューションが提示されていたとは言い難い内容でしたが、そもそもベーシックインカム論自体、世間一般ではまったくといってよいほど広がっていないので、「入門編」として位置付けるのであれば、このレベルの情報量であっても有意義だった言えます。

しかし、番組の最後の最後でパトリック・ハーラン氏(パックン)が大変な大失言をしてしまいました。

ベーシックインカム論を巡っては、「無条件でカネを配ってしまうと、ちゃんと働かなくなるのではないか?」という懸念がしばしば挙げられます。「生活のための仕事」だからこそ人々に労働のインセンティブが発生する、換言すれば、「生活のための仕事」だからこそ、家族でも親類でも友人でもない赤の他人である顧客のニーズを必死に探究し、誠意をもってそれを充足させる動機が生まれると一般的には考えられています。

それゆえ、仕事が「生活のため」でなくなってしまえば、果たして人々にとっての労働の動機は何になるのか、みんながみんな「やりがい」とか「創造的動機」を自然発生的に持っているとは言えないのではないかという懸念が根強くあるわけです。

ベーシックインカム論者は、あまりこの点について多くを語りませんが、後述するように、ベーシックインカム論は、巷では「新自由経済学者」と目されるM.フリードマンが提唱した「負の所得税」と理論的には同一であり、その理論に基づけば、人々の労働意欲を削ぐことにはならないとされています。

パックンはベーシックインカム論導入に賛成だと言明しました。そして彼は、ベーシックインカム論が導入され、生活に不安がなくなった暁には「お笑い芸人」を目指したいと言いました。最近、くそマジメな番組の出演オファーが多いので、もっとお笑いの本流を行きたいと個人的に思っているそうです。お笑いも一種の芸術といってよいと私は思っていますが、ベーシックインカムの導入により「生活のための仕事」でなくなり、パックンが一種の芸術としてのお笑いに注力できるようになるとすれば、とても良いことでしょう。

しかしここでパックンは言わなくていいことを口走りました。曰く「滑っても大丈夫!」と

基本的にお笑い芸人が滑るのは好ましいことではありません。そんな詰まらないモノを聞かされる身にもなって欲しいものです。絶対に滑らないお笑い芸人など存在しませんが、滑らないに越したことはなく、可能な限り滑らないように最大限に努力を重ねるのが、笑いのプロとしてのお笑い芸人のあり方でしょう。詰まらない「お笑い」ほど苦痛なものはありません(ほんと視聴者の身にもなってね)。

それを「滑っても大丈夫!」とはどういう了見なのでしょうか「滑っても生活に響かないから、自分は大丈夫!」と言いたいのでしょうか。滑りまくっている詰まらないネタを聞かされる側のことをまったく考えていない暴言と言うほかありません。「生活のためのお笑い芸人」であれば「滑っても大丈夫」とは、冗談でも絶対に言わないでしょう。「自分のためのお笑い芸人」だからこそ「滑っても大丈夫!」などと口走ってしまうのでしょう。

すごくよい番組だったのに、最後の最後で台無し。「あー、ベーシックインカムが導入されると、こうやって『失敗しても大丈夫!』などと平気で口にするような奴が出てくるのか・・・そんなもの押し付けられる消費者の身になれよ」「やっぱり『生活のための仕事』だからこそ、消費者にとっての価値あるモノが産出されるのかもしれないな」と思い直したところです。

ベーシックインカム論においては、それが実現した暁に迎えることになる社会について、働く側(生産者)の立場から探究した考察はかなり深まってきていますが、ベーシックインカムが実現した社会を消費者の立場から探究した考察は、それほど多くないように思います。しかし、ベーシックインカム論における一つの大きな論点は、まさしくインセンティブの問題であり、消費者の必要が十分に満たされるのかという点にあります。もっと俗っぽく言えば、「ベーシックインカムの導入によって、人々の仕事が『お役所仕事』にならないだろうか」という論点が重要なのです。働く側にとっての利益だけではなく、「消費者にとっての利益が損なわれないか」という点からもベーシックインカム論の考察を深める必要があるのです。

パックンの大失言は、深い懸念を惹起するものです。

なお余談ですが、番組は、ベーシックインカムを「AIに仕事を奪われる時代」と「資本主義が上手く回らなくなってきた時代」の新しい方法論といった切り口で紹介していましたが、これは正確ではありません。AI云々はさておき、ベーシックインカム論は経済学的には、巷では「新自由主義経済学者」とされるM.フリードマンの「負の所得税」と同値であり、その点においてベーシックインカム論は資本主義的な方法論です。ベーシックインカム論からマルクス主義的・共産主義的な臭いを感じた人も少なくないかと思いますが、小さな政府や選択の自由を重視する資本主義のモデルの一つです。

もちろん、「消費者にとっての利益が損なわれないか」という点からの考察に欠けるベーシックインカム論は、消費者のニーズを捉えようしない生産者を助長させかねない点、人々が求めていない時代遅れかつ低品質の製品を延々と生産し続けたソ連・東欧経済の轍を踏むリスクがあります。理論的には資本主義のモデルの一つであるベーシックインカム論が、通俗的な意味での「共産主義」に転落する危険性はあります。このリスクは正しく認識しておくべきです。

また、ベーシックインカム論の可能性を煽る一方で、番組では財源についてはほとんど触れていなかった点、「小池百合子の思い付き政策集レベルだな」とも思った次第です。財源問題を解決しない限りベーシックインカムは不可能。まだ「内部留保収奪論」を持ち出した方が少しは現実味を帯びる番組になったでしょうが、それだとあからさまにアカいので、自重したのでしょうネ。
posted by s19171107 at 23:32| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

希望の党の敗因と遺産

衆議院選の開票結果が確定しました。本稿ではテーマを絞って@希望の党の敗因、A希望の党の遺産について論じたいと思います(それ以外には、あまり注目していなかったもので・・・)。

■「排除する」と言っておきながら排除し切れなかったのも希望の党の敗因
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171023-00000016-wordleaf-pol&p=2
>> 衆院選「大山鳴動してネズミ一匹」見透かされた希望の曖昧さ
10/23(月) 19:00配信
THE PAGE


(中略)

 結成時には大きな期待が持たれた希望の党は、選挙戦中に失速し、公示前の57議席から減らして第3党に終わった。大きな敗因は、小池代表の方針が一貫していないことだったと考えられる。「寛容な改革保守」を掲げたにもかかわらず民進党のリベラル系議員を「排除」すると発言したことは、有権者から反発を受けた。同党はベーシックインカムの導入など斬新な政策を掲げたが、その内実は曖昧であり、財源の問題など実現可能性が疑われていた。さらに「安倍1強を打破する」と言いながら自民党との連立も否定しないなど、政権との向き合い方も明確さに欠けていた。そもそも小池代表が都知事にとどまったので、希望の党には首班候補がいない状況であった。一連のこうした事態が有権者の不信を招いたのであろう。

(以下略) <<
希望の党の急失速について、「排除の論理のせい」とする指摘が人口に膾炙しています(若狭勝氏でさえ口にしているくらいです)。たしかにそういう面は多分にあったでしょう。しかし私は、それと同時に「『排除する』と言っておきながら、排除し切れなかった」点にも敗因があったのではないかと見ています。

選挙戦終盤、希望の党の失速が明白になるや否や、「蜘蛛の糸」にすがった民進党脱出組から公然と党の基軸に背を向ける発言が連続したものでした。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171017-00000056-san-pol
>> 衆院選 希望の民進系造反「9条改悪反対」「小池氏ひどい」
10/17(火) 7:55配信
産経新聞

 衆院選を前に民進党から希望の党に移籍した前職の中に、希望の党の公約と大きく異なる主張を掲げる候補が続々と出始めた。希望の党が容認する「憲法9条改正」などの“踏み絵”を踏んだはずなのに公然と異を唱え、小池百合子代表を批判する声まで上がる。希望の党の失速で焦りを募らせているようだ。


(以下略) <<
もうメチャクチャと言う他ない展開。「希望の党は急遽結党された党であり、それだけに態勢が整っておらず、政策も粗削り的な部分が多いのは仕方ない」と好意的に評価しようとしても、ここまでバラバラでは危なっかしくて支持など到底できないでしょう。旧民主党よりも酷い、初っ端から末期的状態を呈していたのが、この選挙期間中の希望の党の実態だったのです。

この手の「風見鶏」こそ排除しなければならなかったのに、排除し切れなかった点は、希望の党の敗因の一つだったと思います。

彼我を峻別し、敵を仕立て上げて斬って捨てるという「演出」は、「小泉郵政解散劇場」以来、「橋下維新劇場」でも健在だったし、最近でも「小池都議選劇場」は上手くいったわけです。彼我の峻別の最たるものである「排除の論理」が急に国民の大多数から支持されなくなったとは考えにくいものです。もともと劇場型選挙が嫌いだった人が「排除の論理」に反発したのに加えて、もともと劇場型選挙を好む人も「排除の論理」の不徹底さに不満を抱いて見限ったために、「両方から逃げられたので、誰も残らなかった」のが実態だと考えられます。

大きな敗因は、小池代表の方針が一貫していないことだったと考えられる」という分析は正しく、「「寛容な改革保守」を掲げたにもかかわらず民進党のリベラル系議員を「排除」すると発言したことは、有権者から反発を受けた」というのも否定はしません。その他、羅列されているポイントも一理あるものばかりだと思いますが、「『排除する』と言っておきながら、排除し切れなかった」という点が欠落しているので、ここに指摘させていただきたいと思います。

■希望の党が残した遺産
希望の党が残した遺産。論者によっていろいろあるとは思いますが、私の興味関心に即していえば、「内部留保活用論やベーシックインカム論といった社会政策にかかわる話題が、一応国政選挙の場で論じられる機会を作った点」を挙げたいと思います。

内部留保活用論やベーシックインカム論は、以前から社会政策界隈では盛んに論じられてきたテーマでしたが、いかんせん、社会政策界隈は「広がりに欠けている」感が否めません。ベーシックインカム論は経済学的に考察すれば、M.フリードマンの負の所得税論でもあるので、少しばかりは「幅」のある議論が展開されているものの、内部留保活用論に至っては、日本共産党が相当前から政策の柱としてきただけに、ほとんどマトモに取り上げられてこなかった議論でした。外の世界からの「新鮮な空気」が決定的に足りないのが社会政策界隈です。

そうした論点について今回、希望の党が、ほとんど「思い付き」のレベルであったとはいえブチ挙げてくれたお陰で、社会政策界隈以外にもお相手していただけたことは、社会政策界隈にとっては、外の世界が自分たちの論点について現状でどう認識しているのかを知る貴重な機会になったのではないでしょうか。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171020-00531553-shincho-pol
>> 「ユリノミクス」は「ユリコのミス」… 内実を伴わない“希望の党”政策
10/20(金) 6:00配信
デイリー新潮


(中略)

「希望の党の政策は、民主党政権の政策に似ています。一言で言うと、株価の低迷を招いた、企業に厳しい『アンチビジネス』政策ですね」

 と、あるシンクタンクのエコノミストは否定的に見る。

「例えば、新たな財源として大企業の内部留保に課税することを謳(うた)っていますが、これでは企業拠点の海外移転を促進することにつながりかねず、実現可能性は乏しい。民主党政権の子ども手当が、大衆への聞こえは良いものの財源が追い付かず続かなかったことを思い出します。花粉症ゼロにいたっては木を全部伐採するのか、花粉症治療を全国民無償化するのか……」


(中略)

アゴラ研究所代表で経済学者の池田信夫氏は、希望の党のベーシックインカム(BI)政策について大いに首を捻る。

「BIは基礎年金や生活保護などを止め、その代わりに年齢に関係なく全国民に現金を支給し、格差の是正を図るものです。しかし、希望の党の政策は非現実的で、莫大な財源が必要となるBIの導入を掲げる一方で、消費増税の凍結、つまり税収を増やさないと真逆のことを言っている。仮に、人口1億2700万人に現在の国民年金と同等の年78万円を支給する場合、99兆円もの財源が必要になります。昨年度の一般会計予算は96・7兆円ですから、国家予算を吹き飛ばすくらいのお金が掛かる政策なんです」


(以下略) <<
内容は是非・正誤はさておき、世間一般は、社会政策界隈が温めてきた論点について上記のような認識を持っているのです。この事実を受け止め、さらに議論を深化させるべきでしょう。普段はほとんど相手にしてもらえないのだから、この数少ない機会を有効に活用すべきでしょう

私は以前から、「収奪者が収奪される」型の左翼的内部留保活用論は論外としても、税制度の設計による生産的投資誘導といった形での内部留保活用論は選択肢としてあり得ると考えています。その観点で今一度、有効需要論を提起したJ.M.ケインズの『雇用・利子および貨幣の一般理論』を原典で読み返さないといけないと思っているところですが、一連の希望の党批判の言説を見ていると、私と同じような観点で内部留保の活用を考えている人は決して少なくないんだなと気が付いたところです。

また、ベーシックインカム論についても、いままでは見られなかった興味深い指摘が多々寄せられたので、「福祉サービス受給者にとっての選択の自由」という観点における興味深い方法論の一つとしてベーシックインカム論の探究を更に深めたいと思ったところです。
ラベル:政治
posted by s19171107 at 23:53| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする

2017年10月22日

朝米のどちらが真に挑発的なのか

http://chosonsinbo.com/jp/2017/10/yr20171019-1/
>> 米南合同海上訓練、最大規模で実施/全民族非常対策委が声明
“予想外の時刻に、想像外の打撃”

米国と南朝鮮は、16日から、朝鮮東海・西海海上で史上最大規模の合同海上訓練を開始した。

訓練には米原子力空母ロナルド・レーガン号打撃群とミシガン号をはじめとした3隻の米原子力潜水艦、イージス艦を含む約40隻の各種戦闘艦船と戦闘機が投入された。

また、在南米空軍はソウル空港で16日、最新鋭のステルス戦闘機F22、F35Aをメディアに向け、公開。17〜22日まで同空港で開催される「ソウル国際航空宇宙及び防衛産業展示会(ソウルADEX)」では、戦略爆撃機B1Bが一般公開された。

南の鳥山空軍基地では、米国と日本の岩国基地から米空軍の戦闘爆撃機F16十数機と米海兵隊追撃襲撃機F/A18数十機が起動展開され、「北核心対象物」に対する実践打撃訓練が行われた。

23日からは、南に滞在する米国民間人を海外に退避させる「非戦闘員護送訓練(NEO訓練)」を行うなど、演習は朝鮮半島に戦争前夜を彷彿とさせる緊張状態を醸成しようとしている。

さらに米南両軍は、今回の訓練終了後、核戦略資産を南朝鮮と周辺水域に配備し、10月末、米海軍原子力空母セオドア・ルーズベルト号打撃群を追加投入した上で、再度、大規模連合海上打撃訓練を行う予定だ。


(以下略) <<
侵略意図を隠そうともしない米「韓」両軍の演習に対して、共和国側も黙ってはいられません
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20171015-00000015-jnn-int
>> 北朝鮮で弾道ミサイルの発射台が移動
10/15(日) 12:31配信

 北朝鮮をめぐる情勢が緊迫するなか、北朝鮮国内で弾道ミサイルの発射台が移動していることが確認されました。


(中略)

 アメリカ軍は、来週17日から原子力空母ロナルド・レーガンを朝鮮半島近海に展開して、韓国軍と軍事演習を行う予定です。北朝鮮は米韓演習に激しく反発しており、ミサイル発射などの軍事的挑発に警戒が強まっています。(14日22:25)

最終更新:10/15(日) 12:31
<<
朝鮮外務省のチェソンヒ北米局長は次のように説明しています。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171021-00000049-asahi-int
>> 北朝鮮局長「核兵器、米だけが標的」 国際会議で発言
10/21(土) 18:25配信
朝日新聞デジタル

 北朝鮮外務省の崔善姫(チェソンヒ)北米局長が20日、モスクワで開かれた国際会議で「米国以外は核兵器のターゲットではない」と語った。核保有に向けて国際社会の理解を求める発言だが、核保有国としての地位を手に入れることへの執念も示した。

 政府関係者や専門家が核問題を話し合う「モスクワ不拡散会議2017」に出席した崔氏は、日韓両国の高官らが見守るなか、歴代米政権による北朝鮮敵視政策を列挙。核開発は自衛の手段だと強調する一方、核不拡散の取り決めを順守する考えも示した。


(以下略) <<
■どちらが真に挑発的なのか
「シリア・アサド政権による化学兵器の使用」なる事態を受けて米軍が行った限定的攻撃とは次元がまったく異なる展開。4月に強行されたICBM「ミニットマン3」の発射実験を含めて一連の経緯を振り返れば、これでは、共和国の弾道ミサイル発射「挑発」準備に対して米「韓」両軍が牽制しているというよりも、米「韓」両軍の侵略策動に対して朝鮮人民軍が牽制のために弾道ミサイルの発射を準備しているという構図の方が、より正確なところだと言えるでしょう。

このことは、朝鮮戦争(祖国解放戦争)以来の歴史的経緯を慎重に振り返れば(休戦協定の第13節(d)を無視する挙など)見えてくることですが、そんなことせずも、今年一年の動静を振り返れば直ちに分かるほどの展開になってきました

共和国のミサイル発射について日本国内では「挑発」と表現するのが一般に定着し切っています。しかし、ここ最近の朝米両国のやり取りを見れば、「どちらが真に挑発的なのか」という論点に対して真相が見えてくるのではないでしょうか。

■社民党は正しく理解している
このことについては、社民党は早くから正しく認識していたようで、同党の又市幹事長は次のように発言しています。
http://www.sankei.com/politics/news/170921/plt1709210052-n1.html
>> 社民党の又市征治幹事長「挑発するから北朝鮮は身構えるんだ」 米韓軍事演習の中止求める

(中略)

 又市氏は朝鮮半島周辺での米韓合同軍事演習中止を首相に働きかけるよう求める考えも示した。又市氏は「挑発しておきながら、北朝鮮が身構えると『けしからん』といって追及するのは筋が通らない」と述べた。 <<
社民党が目指すビジョンと朝鮮労働党が目指すビジョンは、実は相当異なっており、チュチェ思想派として「なぜ社民党は朝鮮労働党の肩を持つのか? 意味がよく理解できない・・・」というのが正直なところですが、上掲記事の一点に限っては、「社民党は、朝鮮労働党の主張を正確に理解してくれている」と思う次第です。

■世論の顔色を窺っている日本共産党の不見識
他方、日本共産党の不見識が目につきます。いや、「世論の顔色を窺っている」というべきでしょうか?
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2017-08-30/2017083001_01_1.html
>> 2017年8月30日(水)
北朝鮮が弾道ミサイル発射
志位委員長が厳しく抗議
「対話による解決に逆行する行為を中止せよ」

 北朝鮮が29日朝、弾道ミサイルを発射したことについて、日本共産党の志位和夫委員長は同日、「北朝鮮の弾道ミサイル発射に厳しく抗議する――対話による解決に逆行する行為を中止せよ」の談話を発表しました。

 一、北朝鮮は、本日、国際社会が強く自制を求めているもとで、弾道ミサイルの発射を強行した。これは、世界と地域の平和と安定にとっての重大な脅威であり、累次の国連安保理決議などに違反する暴挙である。通告なしに日本列島の上空を飛び越える発射は、きわめて危険な行為である。日本共産党は、厳しく糾弾し、抗議する。

 とりわけ、今回の発射は、米国を含めて国際社会が対話による解決を模索しているもとで、それに逆行する性格をもつ行為であることを、強調しなければならない。


(以下略) <<
志位委員長の「通告なしに日本列島の上空を飛び越える発射は、きわめて危険な行為」というのは、まだ理解可能な主張ですが、「世界と地域の平和と安定にとっての重大な脅威」や「米国を含めて国際社会が対話による解決を模索しているもとで、それに逆行する性格をもつ行為」という主張については、「元はと言えば、この緊張状態を作り出しているのは誰なのか、朝鮮戦争休戦協定にある『外国軍の撤退』の定めを無視しているのは誰か」という点について問わねばならないでしょう。この点は、社民党又市幹事長の指摘の方が筋が通っていると言わざるを得ません。

また、「累次の国連安保理決議などに違反する暴挙」という主張についても、共和国は以前から一貫して、アメリカの急迫不正なる侵略策動に対する正当防衛であると述べてきました。「丸腰平和主義の面目躍如」というべきでしょうか? 帝国主義との対決下にある朝鮮民主主義人民共和国ならびに朝鮮労働党は、後述するように、ここまでバカにはなれません。

■都合の良いところだけツマミ食いし、客観的事実を党利党略的に再編集する日本共産党
井上参議院議員の言説は、志位委員長の言説以上に党利党略的意図に満ちています。都合の良いところだけツマミ食いし、客観的事実を党利党略的に再編集しています。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2017-08-31/2017083101_01_1.html
>> 2017年8月31日(木)
北朝鮮問題
軍事衝突避け 対話で解決を
圧力一辺倒でいいのか 閉会中審査で 井上・赤嶺議員


(中略)

 井上氏は参院外防委で、国際社会が対話による解決を模索するなか、北朝鮮の行為は極めて重大だと指摘。国際社会と関係国は経済制裁とともに「困難はあっても対話による問題解決の道を粘り強く追求することが必要だ」と強調しました。

 井上氏は、マティス米国防長官とティラーソン同国務長官の米紙への共同寄稿で、北朝鮮がこれ以上の挑発行為を停止することを条件に「米国は北朝鮮と交渉する意思がある」と表明し、韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領も同様の発言を行っていたと指摘。「非核化の意思と行動を北朝鮮が出すまでは圧力の時」と繰り返す河野太郎外相の姿勢は「国際的な流れからしても特異な姿勢だ」と批判しました。

 「対話のための対話は意味がない」との姿勢を崩さない佐藤正久外務副大臣に対し、井上氏は「意味ある対話を引き出すための対話、緊張緩和のための対話もある」と指摘。圧力についても「北朝鮮を対話に引き出すための圧力であるべきだ」と強調しました。


(中略) <<
井上議員はマティス国防長官とティラーソン国務長官の「対話志向」の言説を取り上げていますが、彼らの上司であるアメリカ合衆国大統領・アメリカ軍最高司令官のドナルド・トランプ氏のキチガイ染みた好戦的言動は意図的に無視しています。最高指導者の言説を無視し、彼の指揮下にある部下に過ぎない人たちの言説を取り上げて「米国は北朝鮮と交渉する意思がある」などと言ってのけるのは、都合の良い断片的事実に飛びつく、およそ科学的とは言えない姿勢と言う他ありません。トランプ大統領は「狂人戦略」の使い手であるとは言え、大統領(最高指導者)なのだから、まずは彼の言説に注目すべきでしょう。上司の発言をスルーして部下に過ぎない人たちの言説を敢えて取り上げて「公式の意向」などと見なすことこそ「特異な姿勢」です。

■このタイミングでの「緊張緩和のための対話」は「軍事力を背景にしてこそ対話は成立する」ことの実例になる
緊張緩和のための対話」という主張は理解可能です。共和国も事実として、そうした意味における対話を目指してきたところです。しかし、この意味における対話は、あくまで「軍事力を背景にした対話」。アメリカの歴代政権は共和国の対話要求を頑として拒否してきたものですが、共和国が核武力を現実的なものとした今日において、アメリカ側が急転回的に対話に応じるのであれば、それは「軍事力を背景にしてこそ対話は成立する」と言うことになるでしょう

これも対話であることには違いはありませんが、果たして日本共産党が金条玉科とする「日本国憲法第9条」が目指す意味での対話なのでしょうか? 「対話」という表層的な部分に飛びついて、その深層にまでは考慮が至っていないのではないかと疑問に思わざるを得ません。

大切なことなので繰り返しますが、事実として今まで、共和国は一貫して戦争状態の終結や朝米国交正常化を求めて対話を模索してきたにも関わらず、アメリカは共和国をまったく相手にしてきませんでした。しかし、共和国が核の実力をつけて来、いよいよグアム島を攻撃射程に収め、アメリカ本土への打撃力を持つのも時間の問題だと言われるような段階で両国が話し合いのテーブルをセットするというならば、それは「軍事力を背景にした話し合い」ということになります。

武力行使によって相手国を叩き潰すような形での「平和」ではないとはいえ、依然としてこの対話は、軍事力を背景にしているわけです。このことは、決して9条が目指すところではないでしょう。これは一見して「話し合いでの解決」という9条信奉者にとっては理想的なコースに見えますが、これまでの経緯を振り返れば、9条信奉者にとっての理想とは真逆の展開であると言わざるを得ないでしょう。

■党利党略になるのも仕方ないのかもしれないが・・・
まあ、昨年の参議院選挙の期間中に、防衛予算についてうっかりと「人を殺す予算」などと口走った結果、上り調子だった党勢に水を差してしまった経緯がある以上は、日本共産党においては、世論の反発を受けかねないような主張は厳に慎まなければならないという党利党略的な狙いがあるのでしょう。その点、何を言ったところで誰にも相手にもされず、ある意味「開き直っている」社民党のように筋を通すことは出来ないという事情も、分からないでもありません。

しかし、「科学」を自称している日本共産党が事実を捻じ曲げてまで露骨に世論に阿るのは、いかがなものなのでしょうか? 歴史的経緯も直近の客観的事実も無視し、党利党略的に事実を捻じ曲げる日本共産党の姿勢、まして帝国主義者と足並みを揃えるほどに堕落した日本共産党の姿勢は、日本の左翼運動の歴史において特筆に値すべきでしょう。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2017-08-31/2017083101_07_1.html
>> 2017年8月31日(木)
共産党 北ミサイルに抗議

 北朝鮮による弾道ミサイル発射の暴挙に対し、日本共産党は30日、各地で県委員長や衆院候補、議員を先頭に、緊急の抗議宣伝を行いました。

 宣伝では、志位和夫委員長の抗議談話を掲載した「しんぶん赤旗」(同日付)を広げたり、同談話を印刷したビラを配布して、北朝鮮の弾道ミサイル発射を「対話による解決に逆行する行為」「国際社会が挑発行為をやめるように求める中でこのような暴挙は許されません」と批判。「戦争に向かう道は絶対に阻止しなければなりません。日本共産党は米朝に無条件で直接対話に踏み出すように呼びかけています」と訴えました。
<<
不気味なまでにいち早い街宣。「国際社会が挑発行為をやめるように求める中」の「国際社会」って誰のことなんでしょうか? 「共産党フィルター」で現実を見ると、こうなるのでしょうか? とんでもないフィルターですね。

■まさに「平和ボケ」
冷徹なるリアリストであり、そうであるがために今も尚、社会主義政権を維持できている朝鮮民主主義人民共和国・朝鮮労働党は、ここまでバカにはなれないでしょう。

共和国でしばしば歌唱・演奏される"우리의 총창우에 평화가 있다"(我らの銃の上に平和がある)では、次のようなくだりがあります。

평화를 진정 사랑하기에
平和を真に愛するから
우린 목숨도 바쳐가리라
我らは命も捧げて行かん
원수님 따라 천만이 뭉쳐
元帥様につづき 千万が団結し
정의의 총창 들었다
正義の銃をとった
평화가 아무리 귀중해도
平和がどんなに大切でも
절대로 구걸은 하지않으리
絶対に乞いはしない
우리의 총창우에 우리의 총창우에
我らの銃の上に 我らの銃の上に
평화가 평화가 있다
平和が 平和がある

これが帝国主義と対決するということなのです。
posted by s19171107 at 17:06| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする

2017年10月18日

キムジョンウン経済改革の歴史的に重要な一区切りとしての「配給所廃止」ニュース

https://news.yahoo.co.jp/byline/kohyoungki/20171016-00076952/
>> 金正恩氏のメンツも丸つぶれ…北朝鮮「計画経済」が名実ともに破たん
高英起 デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
10/16(月) 6:33

かつては北朝鮮全国のどこにでもあった配給所。食料品から生活必需品に至るまで、選択肢は多くなかったものの様々な物資を配給していた。しかし、1990年代に配給システムが崩壊して以降は、有名無実の存在となっていた。北朝鮮当局はこのような配給所の廃止を始めた。

両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、恵山(ヘサン)市人民委員会(市役所)は今年9月、市内の配給所を廃止するとの通達を出した。今後、特別な休日に配給する物資があれば、洞事務所(末端の行政機関)で受け取る体制に転換することにした。

配給所とは、文字通り配給を受け取る場所だ。北朝鮮は、他の旧共産圏でも類を見ない完全な配給制度を実施していた。つまり、日々の食べ物から生活必需品に至るまで、贅沢品を除いたあらゆるものを配給制にしていた。

人びとは、工場、企業所で働いた日数、労働強度、家族の数に応じて受け取った配給票と引き換えに、物資を受け取っていた。


(中略)

配給所は、曲がりなりにも社会主義計画経済が機能していた時代の遺物となった。北朝鮮の計画経済は、名実ともに破たんしたのだ。

今回、地方政府が配給所の廃止に踏み切った背景には、もはや何の機能も果たしていないことを認め、現実に合った政策に転換することで市民の支持を得ると同時に、住民の結束を図り、統制を強化しようという意図があるものと思われる。

情報筋は、今後行われる特別配給で忠誠分子と不満分子が受け取る量に差を付け、「言うことを聞けばより多くの配給がもらえる」ことを見せつけて、体制への忠誠心を引き出そうとする目論見があると分析した。


(中略)

全国の小学生に特別配給として配られたお菓子セットは不味いと大不評で、市場で二束三文でたたき売りされた。これでは金正恩党委員長の面目丸つぶれだ。情報もモノもなかった1980年代以前とは異なり、草の根市場経済の進展で様々な商品が出回るようになった今の北朝鮮の人びとを配給で満足させるのは至難の業だろう。 <<
■経済改革が歴史的に重要な一区切りを迎えた
デイリーNKジャパンの、それも「情報筋」発の記事なので、申し訳ないが「話10分の1」くらいに聞かざるを得ないものですが(デイリーNKジャパンの「スクープ」を引用したり後追いしている記事はあまり見たことがないのですが、このニュースを信頼に足るものと見なすには、もう少し時間がかかりそうです)、事実だとすれば、これまでの一連の過程に位置付ければ、キムジョンウン経済改革が歴史的に重要な一区切りを迎えたと言い得る事象です。

キムジョンウン体制の一連の過程を振り返り「配給所廃止」を位置づける
キムジョンウン委員長の経済改革のこれまでの一連の過程を振り返った上で、今回の「配給所廃止」のニュースを位置づけたいと思います。

キムジョンイル総書記が急逝されたチュチェ100(2011)年12月17日を以って最高指導者となられたキムジョンウン委員長は、就任半年の2012年6月28日に早速「6.28方針」を提示され、市場的方法の導入を含む経済改革に着手しました。

このことは当初は「内部情報筋」発の真偽不明の話でしたが、チュチェ102(2013)年4月に朝鮮総連機関紙『朝鮮新報』が共和国系メディアとしては初めて報じたことから、確定的事実として受け止められようになりました。当ブログでも、同年4月11日づけ「経済改革」で取り上げています。

また、この経済改革の背景・動機に「すべての工場・企業所の国家管理ができなくなってきた」という事実があることを、朝鮮社会科学院のリギソン教授は、2013年10月7日発売の『週刊東洋経済』掲載インタビュー記事にて告白しました。(チュチェ102(2013)年10月7日づけ「チュチェの市場経済・ウリ式市場経済――共和国の経済改革措置に関する報道簡易まとめ」)。驚くべきほどに正直な告白で、俄かには信じがたいものでしたが、それだけに今までとは違う「何か」を感じさせるものでした。

その後しばらく、経済改革の進展については報道が乏しくなりましたが、それでも「経済改革が中止した/後退がみられる」といった類の報道も現象は見られず、むしろ、デイリーNKジャパンが「トンジュ」なる新興企業家層が育っている様子を報じていたものでした。

事態が大きく動いたのはチュチェ105(2016)年に入ってからでした。5月の朝鮮労働党第7回党大会を目前に控えた「70日戦闘」に際して、イデオロギー面で伝統的に超難題であった「個人間の競争」という課題について3月19日づけ『労働新聞』社説が「集団主義的競争」という名で解答を与えたのです。そして5月の党大会では「並進路線」の名の下に経済改革が正式に路線として位置付けられ、続く最高人民会議でも経済建設中心の内閣が組閣されたのです。当ブログでは以下の2つの記事でその模様と意義を総括しています。
チュチェ105(2016)年6月6日づけ「朝鮮労働党第7回党大会は経済改革・競争改革を漸進的に継続すると暗に宣言した画期的大会
チュチェ105(2016)年7月2日づけ「分権改革・経済改革の旗印を更に鮮明にした画期的な最高人民会議
※なお、「集団主義的競争」を位置づけた3月19日づけ『労働新聞』社説の全文和訳(拙訳で恐縮です)を上掲6月6日づけ記事にて掲載しております。

そして今年の「新年の辞」。1月2日づけ「キムジョンウン委員長の「新年の辞」で集団主義的・社会主義的競争が総括された!」でも触れたとおり、党大会によって規定された新路線と「集団主義的競争」が肯定的に回顧され、これで市場化経済改革が名実ともに路線化されたことが明白になったのです。

また、7月発表の韓国銀行の第三者的な推計によると、7月27日づけ「政策としての朝鮮民主主義人民共和国における市場経済化は着実に前進している――韓銀推計という第三者的立場の分析からも明らか」でも取り上げたとおり、キムジョンウン委員長の市場化経済改革が経済成長に寄与していることが韓国銀行の第三者的な分析からも明らかになっています。キムジョンウン委員長の経済改革は着実に前進しているのです。

そして、今回のデイリーNKジャパンの「配給所廃止」のニュース。着実に前進している市場改革によって、もはや配給所など前時代の遺物でしかなくなったことが政治的にも認められた象徴的事象です。キムジョンウン委員長は就任以来、一貫して市場経済を集団主義体制に導入し、計画経済と決別しようと努力してこられました。配給所廃止は計画経済との決別を象徴する出来事です。これを「キムジョンウン経済改革の一区切り」と言わずして何と言うべきでしょうか?

■悪く書き立てようとするあまり支離滅裂気味なコ編集長
私のように、現在の経済改革路線を支持している立場からすれば、このニュースは共和国の歴史、朝鮮革命の歴史において大きな肯定的出来事だと認識するのですが、とにかく共和国のことを悪く書き立てたいのか、それとも単に無知なのかは分からない(どっちもなんでしょうねー)のですが、コ編集長の見出しの書き方は支離滅裂気味になっています。

金正恩氏のメンツも丸つぶれ…北朝鮮「計画経済」が名実ともに破たん」というのは妙な表現です。計画経済の再建を目指していたものの再建を途中で放棄したとか、再建努力の失敗を認めたというのであれば分かりますが、キムジョンウン委員長は、就任当初から市場化を目指してきたのですから、この表現は妥当ではないでしょう。

金正恩氏のメンツも丸つぶれ」というのも、それに対応する本文中の記述が「全国の小学生に特別配給として配られたお菓子セットは不味いと大不評で、市場で二束三文でたたき売りされた。これでは金正恩党委員長の面目丸つぶれだ」であるのならば、意図的にミスリードを誘っていると考えざるを得ない書き立てっぷりです。「計画経済を復活させようとして失敗しメンツ丸つぶれ」と読めます。イデオローグであるならまだしも、ジャーナリストであるというのならば、不誠実極まりないものです。

■3世代にわたっての懸案だった「社会主義における市場の活用」への解答としての「配給所廃止」までの道のり――キムイルソン体制・キムジョンイル体制の回顧
なお、本文中の「北朝鮮は、他の旧共産圏でも類を見ない完全な配給制度を実施していた」というくだりを見るに、おそらくコ編集長はご存じないものと思われるのですが、共和国ほど配給制度を柔軟にとらえていた社会主義国は珍しいと言えると私は考えています。以前から述べており、下記でも改めて述べるように、キムジョンウン委員長の経済改革は3世代にわたっての懸案だった「社会主義における市場の活用」という思想的・政策的課題に対してようやく一定の解答が出てきたのだと考えています。

9月9日づけ「共和国における経済改革の進展――建国69年目のチャレンジの行方」でも引用しましたが、チュチェ58(1969)年3月1日発表『社会主義経済のいくつかの理論的問題について 科学・教育部門の活動家の質問にたいする回答』においてキムイルソン主席は、「我々が、まだ人民生活に必要なすべての品物、特にほうきとかパガジ(ふくべ)のようなこまごました日用品や、食肉、卵、ゴマ、エゴマのような副食物などをすべて国家で十分に供給できない条件のもとで、そういったものを個人が副業で生産し、市場にだして売るのがどうして悪いのでしょうか。それが立ち後れた方法ではあっても、すべてを先進的な方法でできないときには、後れた方法も利用しなければなりません。」と指摘されています。

また、闇市の取り締まりについても、「そんな対策では商品が一部の人たちに集中する現象をある程度調整できるだけで、それが農民市場で又売りされたり、闇取引される現象を根本的になくすことは決してできません」と鋭く指摘されています。

さらに、これはもはや「伝統的理論」に則っていると言ってよいのか分からないくらい革新的な見解ですが、「国の工業化が実現し、技術が高度に発展して、人民の要求するあらゆる消費物資が豊富にな」り、「どんな品物でも国営商店で買えるようになれば、誰も、しいてそれを農民市場へ行って買おうとはしないはずであり、また、そのような品物が農民市場で売買されることもな」くなるはずであり、そのような状況下では各商品は国内の「すべての地域で、同じ価格で実現され」るとした上で、「このように品物が豊富で、同じ価格で実現されるとき、それは供給制と変わりありません」とまで述べていらっしゃるのです。

このように、キムイルソン主席は、自生的な市場経済活動に対してかなり柔軟な見解を持っておられたのです。このことについて私は、前掲記事で次のように述べました。
>> ところで、キムジョンウン同志の経済改革は、いままで市場を廃絶しようと努力してきた共和国が、ある日突然に諦めて方向転換した結果なのでしょうか?

私は、決してそんなことはなく、「社会主義における市場の活用」は共和国の歴史的な思想的・政策的課題であり、それに対して最近ようやく一定の解答が出てきたのだと考えています。

(中略)
今日のキムジョンウン同志の経済改革の第一目標は、人民生活の向上です。建国の父が「人民の生活上の便宜」という観点から市場の活用について評価していた点を踏まえれば、キムジョンウン同志が人民生活の向上のために市場を活用するのには、何の障害もありませんキムジョンウン同志の方法は、キムイルソン同志の方法であるといえます
(中略)
このように、今日、キムジョンウン同志が取り組んでいる「計画部分と市場部分とを混在させる試み」は、キムイルソン同志のチュチェ58年の労作に、その原型が既に見られると私は考えています。 <<

コ編集長がいう「類を見ない完全な配給制度」とは、いったい何のことでしょうか? 偉大な首領様が直々に「農民市場があることは悪いことではなく、闇市なんて根絶できるわけがない」と事実を正面から受け止め、イデオロギー的原則性に対して柔軟に対処していたことを「完全な配給制度」と言いたいのでしょうか? コ編集長と私は、意思疎通もままならないほどに語句選択のセンスが大きく異なるようです。

キムジョンイル総書記時代についても、これもまた完全には「反市場」ではなかったと言えます。前掲9月9日づけ記事でも述べたように、チュチェ91(2002)年の「7.1経済管理改善措置」は漸進的な経済開放政策でした。また、イデオロギー面においても、キムジョンイル時代に発表された音楽作品や文学作品においては、「個人の営利追求行為」や「個人間の競争」が肯定的に描写されていたものです。

残念ながら、キムジョンイル総書記の時代は、イラク戦争勃発以降、何よりも国防が最優先となり内部引き締めが強化されることで、市場化に歯止めが掛けられてしまいました。キムジョンイル総書記は先軍政治の終結を宣言する前にこの世を去ったので、結局のところ、「反市場」的な実績ばかりが目立ってしまいます。しかし、前述のとおり、情勢がそれを許さなかったものの、ゆくゆくは慎重に慎重を重ねつつも、徐々に市場経済を取り入れる方向に向かったものと思われます

■斯くして、ついに計画経済から完全に決別し、市場経済の活用に不可逆的に舵を切った
このように、キムイルソン主席とキムジョンイル総書記は、ともに、必ずしも「反市場・統制的計画的経済」を志向していたわけではなく、むしろ、「イデオロギーだけが国家存立の基盤」という意味では似たような境遇にあった東ドイツと比べれば、はるかに柔軟な姿勢で市場メカニズムとの付き合い方を考えてこられたのです。そして、キムジョンウン委員長の時代を迎えて、ついに計画経済から完全に決別し、市場経済の活用に不可逆的に舵を切ったのです。大英断です。
posted by s19171107 at 23:44| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする

2017年10月15日

日本共産党の9条の完全実施・自衛隊解消プランは、実はごく当たり前のことを言っているだけ

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171008-00000504-san-pol
>> 安倍首相「侵略受けたらどうなる」 志位委員長「政権奪取後しばらく合憲」 共産党の自衛隊違憲論めぐり
10/8(日) 9:30配信
産経新聞

 与野党8党首が7日臨んだインターネット中継動画サイト「ニコニコ動画」の党首討論会では、自衛隊は憲法違反との立場を取る共産党の志位和夫委員長への批判が集中した。


(中略)

 志位氏が党綱領に基づき「国民の多数の合意が成熟して初めて解消に向けた措置を取ることができる」と説明すると、安倍晋三首相(自民党総裁)は「志位氏が首相になり、『自衛隊は違憲』といった瞬間に自衛隊法は違憲立法となる。この間に侵略を受けたらどうなるのか。災害出動もできない」と畳みかけた。

 さらに公明党の山口那津男代表が「立憲民主党も拒否するのに、どうやって政府を作るのか」とただすと、志位氏は党綱領に基づき「(共産党を含む)政権はすぐに自衛隊を解消する措置はとれない。(しばらく)合憲という立場を引き継ぐ」と説明した。


(中略)

 激しいやりとりを聞いていた希望の党の小池百合子代表(東京都知事)も参戦した。「『しばらくの間は合憲』といったが、平成5年の自社さ政権では、社会党が一夜にして自衛隊をめぐる立場を変えた。志位氏も同じことになるのでは」と加勢した。

 志位氏は「党として違憲という立場を変えない。憲法判断を変えるのは情勢が熟したとき」と再度言及したが、小池氏は「しばらくの間とか当面の間などは世界情勢の中で許されない。無責任だ」と批判を重ねた。これには安倍首相も「その点については小池氏とまったく同じ意見だ。しばらく合憲と認めるが、自衛隊は命をかけるというのはあまりに無責任だ」と歩調を合わせた。

 志位氏は「私たちが参加した政権が、すべての国々と平和的な友好関係を作る。日本を取り巻く平和的な環境が熟する。それをみて国民の圧倒的多数が『もう自衛隊がなくても安心だ』となったら、初めて9条の完全実施(自衛隊の解消)ということだ」と訴えたが、首相らは首をひねったままだった。


(以下略) <<
相変わらず苦しい理屈です。もっとも、「表向きはxxだけど、実際には如何ともしがたい事情により...」というのは現実世界では往々にしてあるもの。その意味では、志位氏の言い分は「まったく理解不能」というわけではありません。理屈の縛りで身動きができなくなりがちな共産主義者の割には、柔軟で現実主義的と言ってもよいでしょう。

しかし、憲法や法律というものは、理想の未来社会のビジョンを宣言するものというよりも目の前の現実的問題を解決するにあたっての実務的なものなのだから、いったん改憲して、それこそ「もう自衛隊がなくても安心だ」となった段階で初めて9条を「復活」させればいいのではないかとも思うのであります。

まあ、共産主義者は、「宣言」に基づいて目的意識的に理想を目指そうと心掛ける人たちであり、七転八起の精神で理想の旗を掲げ続けようとする人たちですから、一度掲げた理想の旗を降ろすことはできないのでしょう・・・私は日本共産党は支持していませんがチュチェ思想信奉者なので、そういう考え方はとてもよく理解できますw

それはさておき、志位氏の「(共産党を含む)政権はすぐに自衛隊を解消する措置はとれない。(しばらく)合憲という立場を引き継ぐ」という発言と「私たちが参加した政権が、すべての国々と平和的な友好関係を作る。日本を取り巻く平和的な環境が熟する。それをみて国民の圧倒的多数が『もう自衛隊がなくても安心だ』となったら、初めて9条の完全実施(自衛隊の解消)ということだ」という発言を踏まえて分析すると、日本共産党の9条の完全実施プランというのは、結局のところ、「国民が自衛隊を必要だと思う間は存続させ、必要ないと判断すれば解消する」ということに尽きるのではないでしょうか。

こんなの当たり前のことです。国民が自衛隊を必要だと思っているのに共産党政権が勝手に自衛隊を解消させれば独裁以外の何物でもないし、国民がもはや必要としていない行政組織が廃止されずに残っているとすれば、これは自衛隊に限らず行政改革の対象でしょう。

このように考えると、日本共産党の9条の完全実施プランなどというものは、特異なことを言っているように見えて、実はごく当たり前のことを言っているだけ政策として特筆すべきことは何も言っていないのです(「情勢が熟したとき」っていつ?)。

だからみんな、あんまりイジメないであげてね。結局、憲法を「理想の旗印」と考える進歩的考え方と、憲法を「現実のソリューション」と考える一般的な考え方とのギャップですから。進歩的考え方も大切だと私は思いますよ(それだけじゃ観念論に転落するけど)。いいじゃん、いつになるのかは、たぶん本人たちもまったく見当がついていないんでしょうけど、当面は自衛隊を存置させるって言っているんだから。

ただ・・・平和の問題は日本共産党にとっては「政策の柱」なのだから、政策として特筆すべきことは何も言っていない、ごく当たり前の話に終始するのは、いかがなものなのかとも思うところです。
ラベル:政治 日本共産党
posted by s19171107 at 23:32| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする

2017年10月12日

この調子では、今後も若者たちは安倍自民党の「支持基盤」であり続けるだろう

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171011-00010002-binsider-bus_all
>> 「売り手市場が続いてほしい」:20代が希望の党より自民党を支持する理由
10/11(水) 12:10配信
BUSINESS INSIDER JAPAN

民進党が事実上解党し、小池百合子代表が率いる希望の党が過半数獲得を目指すなど、自民党の大幅議席減の可能性も出てきたが、若者の自民党支持は高止まりしている。

読売新聞社が衆院解散直後の9月28日夕から29日にかけて行った緊急全国世論調査では、衆院比例選での投票先は、50代で自民党と希望の党が各25%で並ぶ中、18〜29歳では自民党が5割強、希望の党は1割と大差がついている(全体では自民党が34%、希望が19%)。

毎日新聞の世論調査でも若者の安倍政権への支持は高い。9月26、27日に行われた全国電話世論調査では、20代以下(18〜29歳)と30代の安倍内閣支持率4割台に対し、40代以上は3割台にとどまる。


(中略)

アベノミクスの“恩恵”と感じる就活状況

なぜ若者は自民党を支持するのか。

実際に若者の声を聞くと、まず聞こえてくるのは経済政策への評価だ。

都内の私立大2年の男子学生(21)はこう語る。

「自分と高校も大学も同じ2歳上の兄がいい会社に就職できているし、サークルの先輩も就活に成功している人が多い。アベノミクス以降、株高、企業の業績向上、ベースアップが実現している。このまま今の売り手市場が続いてほしい」

地元の広島県では、叔父が人材派遣会社を経営しているが、安倍政権になって以降、会社の調子がいいとよく聞く。近所の自動車部品工場でもトラックの行き来が明らかに増えている。

「民主党政権時代は大変だったと聞いています」

地方の国立大3年の女子大生(21)も、今回自民党に投票するという。「政権交代以降、売り手市場になっていて、先輩たちの就活も安定している。失敗している人はあまり聞いたことがない」と語るなど、アベノミクスへの評価は高い。

実際、9月29日に発表された平成29年版厚生労働省「労働経済の分析」によると、全ての年代で失業率は低下傾向にあるが、中でも15〜24歳の若年層の失業率は第2次安倍政権誕生以降、大きく低下している。

要因としては企業が人手不足から採用活動を活発化していることが大きいが、学生からすると「アベノミクスの恩恵」と映るのだろう。

特に、学生に大きな影響を与える内定率はかつてないほどに改善している。

大学等卒業予定者の就職内定率は2011年3月卒の91.0%を底として、2012年以降改善を続けており、2017年3月卒の就職内定率は前年同期比0.3ポイント上昇して97.6%と1997年の調査開始以降で最高の水準となっている。同様に、2013年以降平均給与は上昇を続け、初任給も上昇している。安倍政権を変えたい、という願望には結びつかないのだろう。

2016年参院選では18、19歳の6割弱が安倍政権の経済政策をポジティブに評価し、30歳以上の世代よりも10ポイント以上高くなっている。

民主党政権の強い負のイメージ

一方で、今の20代にとって政権交代の負のイメージは強い。

前出の女子学生は1996年生まれ。「中学生という社会に関心を持ち始めた頃にちょうど民主党への政権交代がおき、何か変わると期待したけど、途中で人が抜けたりグダグダになったイメージが強い」と話す。

同じく前出の男子学生も1996年生まれ。「民主党政権時代は他国に足元を見られて竹島や尖閣諸島に上陸されたり、対応が弱々しかった。安倍首相は周辺国からの挑発にも毅然と対応していて頼もしく感じる」と外交面での違いについて語る。

新しい動きである希望の党については、「確かに新党だけど、民進党の議員も多くて、あまり信用できない」。

若い世代には盤石な支持を誇る安倍政権だが、一党多弱による強硬な国会運営などで、森友・加計問題の報道がピークになった7月には10代・20代の内閣支持率が半減するなど、支持離れも素早い。

しかし、それを差し引いても政権交代には期待できないという声は多いのだ。


(中略)

「本当は若者や弱者を重視したリベラルな政党に投票したい。けれど日本の野党は現実的な対案を示さず、無意味な揚げ足取りも多い。二大政党制ができるべきだと思うけど、現状では自民党内で“政権交代“した方が日本にとってはいい」(27歳男性会社員)

情報源が多様化し、実績も容易に数値化されるようになった現代を生きる若者は、思想的に政党を支持してきた高齢世代に比べ、より現実的に「国民の生活を向上させ、守ってくれる」というイメージを大切にしている。

それを批判するのはたやすいが、「上の世代は一度政権交代して失敗したら戻せばいいと言うけど、私たち20代前半にとってはその数年が大きい」(21歳女子学生)の言葉は重い。
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■あったり前のこと
なぜか「新鮮さ」すら感じる記事。至極当然のことなのに、いままで報道ではほとんど取り上げられてこなかった点に、いかに日本言論界が若者の視点・立場に立っておらず、「評論家」たちが狭い視野の範囲内だけで物事を考察・論評していたのかが明々白々にあらわれていると言えます。

若者にとっての最大の関心事が「就職」。いつの時代であっても当たり前のことです。仕方のないことです。若者の視点・立場に依拠すれば、「自分の食い扶持は、いま、自分自身で確保しなければならない」わけです。就活浪人はまだまだ一般的ではありません。それゆえ、最近の大学生は、3回生(3年生)がインターンシップをするのは当然、2回生向けのインターンシップも充実しつつあり、就活を意識している1回生だって決して特異ではありません(リクナビやマイナビとか見てみましょ)。

若者にとって「大学時代最大、かつ人生の方向性を決定づける重大イベント」に関して、少しでも有利な状況を作ってくれる人物・集団(安倍自民党)に支持が集まるのは当然でしょう。まして、その人物・集団と対決している別集団(旧民主党)に致命的なまでの悪評が立っているわけです。何の不思議あもりません。むしろ、こんな当たり前のことが分からない方が理解できないと言わざるを得ません。護憲運動には前衛がいても、就活戦線に前衛はおらず自力更生しかありません。NNTになろうものなら、お先真っ暗! 若者は就活で必死であり、それは仕方のないこと、当然のことです。

■安倍自民党の就活戦線への「強力な支援砲撃」を渋々認める
その点、下記の毎日新聞記事は興味深い内容に仕上がっています。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171009-00000010-mai-soci
>> <衆院選>若者層は保守的? 内閣・自民支持多く…世論調査
10/9(月) 8:30配信
毎日新聞

 衆院選公示を10日に控え、国政選挙では、昨年夏の参院選から選挙権を得た、18歳以上の10代の若者が今回初めて衆院選に臨む。総務省によると、前回参院選で10代は40歳前後の世代と同程度の46.78%が投票し、投票意欲は決して低くはない。各党とも新たな票田として注目しているが、各種の統計や専門家の分析によると、10代から30代までの比較的若い世代で政治意識が保守化していると言われる。全国各地の10代有権者10人にその背景を聞いてみた。【大隈慎吾、水戸健一、野原寛史】


(中略)

 こうした傾向について、10代有権者の多くは「何も知らないままなら、有名な候補に」などと政治的な知識不足を背景にあげた。福岡市の男子大学生(19)は「知らないし、わからないと現状維持で問題ないと考えるからではないか」と話す。

 「関心のない人がとりあえず名前を知っているから入れている」「自分の主張がないから、支持者の多い方に流される」などと同世代に厳しい指摘もあるが、「民主党政権はマニフェストも達成できず、インターネットの発達で失敗も隠せない」「安倍(晋三)首相はリオ五輪閉会式のスーパーマリオの演出など見せ方もうまい」といった声も聞かれた。

 世代間の違いを指摘する声も出た。北海道の男子大学生(19)は「自分たちは子供のころから雇用難。安倍政権で景気や雇用が改善し、わざわざ交代させる必要もないと考えているのでは」と話す。

 大阪市の予備校生(18)は「私の祖父母は野党側の考えに近いが、若い世代は安保闘争のような大きな政治運動の経験がない。野党の政策はどこか理想主義的で、現実的な対応をしてくれそうな自民がよく見える」と解説した。

 有権者の政治意識や投票行動を研究する松本正生・埼玉大社会調査研究センター長によると、他の各種世論調査でも10代を含む若い世代で内閣や自民党の支持率が高い傾向にあり、男性が女性よりも高いという。松本さんは「安倍首相のきっぱりとした物言いや態度に若者が好感を抱き、ある程度の固定ファンがいるのではないか。大企業や正社員を中心とする雇用の売り手市場や株高の現状が続いてほしいという願望が、若い世代で強いのだろう」と話す。

最終更新:10/9(月) 8:30
毎日新聞
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「若者は無知だから安倍自民党を支持している」と言いつつ、安倍自民党の就活戦線への「強力な支援砲撃」を認めています。毎日新聞記者は、ジャーナリストとしての最低限のモラルはあったのでしょう。

■景気「回復」段階で額面賃金が上がらないのは当然
狭い視野の範囲内だけで物事を論評しているのは言論界だけではありません。上掲毎日新聞は、安倍自民党の経済的実績について渋々ながら認めていますが、一般庶民の中には「アベノミクスで景気回復だぁ? なに言ってんだ、オレの給料はあがってねえぞ!」などと言う認識に留まっている人物が決して珍しくないものです。

率直に言って、事実として就活市場は「売り手市場」になっており、このことは景気の回復基調を示す動かしがたい事実です。そりゃそうでしょう。不況時においてコストカットの必要性に迫られた経営者・資本家にとって、ノウハウを持っている既存の従業員をクビにしたり、賃金カットでトラブルの火種を作るよりも、新卒採用を絞る方が何かとカドが立たないので、やりやすいものです。「コスト低減は新卒採用を絞ることから」というのは常識です。採用を絞って既存労働力のやり繰りで商売を回す、既存労働力の労働強度調整で相対的剰余価値の搾取を狙う。資本家の定石です。

そんな「真っ先に切られる」立場の就活生たちが、今や逆に、「売り手市場」の恩恵に浴していることは、景気回復が着実であることを示しているものと言ってよいでしょう。自分の給料にしか興味ない人物には分からないかもしれませんが、経済をマクロ的視点で見ればそう言えるものです。

■非自発的失業の概念に基づくマクロ経済学的分析
「景気回復とは賃金上昇のことだろう! なにを言っているんだ!」という強弁に敢えて答えるならば、景気の「回復」段階において既に職を得ている労働者の賃金が上がらないことは、経済学的に考察すれば、不思議でも何でもないことです。

我々がこれまで直面してきた不景気は、経済学的には「非自発的失業が発生している状態」といいます。詳しい定義はWikipediaで確認していただきたいのですが、平たく言えば、かのJ.M.ケインズが提唱した「現行の賃金水準で働きたくても働き口がない」状態のことです。

こうした状態における労働市場の需要・供給関係をグラフによって概念的に把握するならば、このようになります(このグラフの縦軸(W軸)は額面賃金、横軸(N軸)は雇用数です)。労働需要(企業)側は普通の右下がりの労働需要曲線を描くものの、労働供給(労働者)側は、横軸に対して水平な部分を含む右上がりの曲線を描きます。一般的な供給曲線が、水平部分を含まない右上がりの曲線であることとは対照的です。

非自発的失業が発生している状態において景気回復が起こったと仮定しましょう。商品市場が活性化し、それに伴って労働需要が増加します。労働需要曲線は、グラフ中のD1からD2にシフトし、均衡需要需要量がE1からEfに増加したとします。このとき、図から明らかなように、非自発的失業状態では労働供給曲線が水平であるために、景気回復に伴う労働需要の増加によって就業者数はどんどん増えてゆくものの、需要曲線と供給曲線の交点に定まる均衡額面賃金は、なかなか増えて行きません

額面賃金が増える始めるのは、グラフで言うところのEf以降、経済学的に言えば「完全雇用状態」(現行の賃金水準を受容する全ての労働者が就労しており、この状態においてもなお無職である人物は、「こんな安月給では働くだけ損だ」と考えている人たちだけであるという状態)においてのことです。

景気「回復」段階というものは、非自発的失業が発生している状態から、ゴールとしての完全雇用状態に移行するプロセスと換言することができます。上述の経済学的分析に基づけば、日本経済の現況は依然として景気「回復」段階であり労働供給曲線が水平なエリアにあります。それゆえ、アベノミクスの効果によって就業者数の増加は認められるものの、額面賃金の増加にまでは至らない状態にとどまっているのです。

■賃金上昇がみられるのは「景気回復期」の先にある「経済成長期」
額面賃金の増加は、ゴールとしての完全雇用状態を達成し、景気「回復」段階を脱して経済「成長」段階に至って初めて実現されるものです。まだ、日本経済はそこまでのフェーズには至っていません。景気が回復基調にあると言われるものの額面賃金が伸び悩んでいることは、経済学的に分析すれば当然のことです。景気「回復」が額面賃金の増加にまでは至らないカラクリはここにあるのです。

とりわけ、この景気回復によって就業者数は増加しているものの、正規雇用はそれほど伸びていないと言われています。このことはつまり、正規雇用労働市場は、まだまだ非自発的失業状態が深刻ということ。正規雇用労働者の額面賃金が増えないのは、ますます当然のことです。

現代日本人は自分から半径5メートルより圏外には関心がない視野の狭い人々の集まりなので、自分の賃金が増えないなどという狭い世界にしか興味がなく、その程度の卑近な事情だけで天下国家を語ろうとするのは、無理もないことなのかもしれません。しかし、あまりにも視野が狭すぎると言わざるを得ないのが正直なところです。

■この調子では、今後も若者たちは安倍自民党の「支持基盤」であり続けるだろう
就活が自分自身の問題である若者たちはシビアに現実を見ています。「若者は無知だ」と言っている言論界や、自分の賃金だけで世の中を語ろうとする視野の狭い人々を冷静に観察しています。

若者たちにとって極めて重要な論点である「就職戦線」は安倍自民党は独壇場です。この事実を直視し、安倍自民党以上に就活戦線を活性化させ得るプランを提示できない限り、若者たちは安倍自民党の「支持基盤」であり続けることでしょう
posted by s19171107 at 02:30| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする

2017年10月10日

10월입니다! 10월명절 축하합니다!

今年もやってまいりました! 10월입니다! 10월명절 축하합니다!

"사랑과 믿음의 시월입니다"(愛と信頼の10月です)や"충성과 효성의 시월입니다"(忠誠と孝誠の10月です)といった歌詞に、人間同士の愛と信頼を基礎基盤とする朝鮮式社会主義のビジョン、党が目指すところが良くあらわれている名曲"10월입니다"。

おととしから新しく"어머니생일"が10月のテーマソングになったかに見えますが、"10월입니다"の魅力は依然として衰えていません。


党創建記念日を祝して、キムジョンイル同志の発言から人間同士の愛と信頼を基礎基盤とする朝鮮式社会主義のビジョンに関わる部分を抜粋して学習したいと思います。

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運命をともにする社会的・政治的集団内における人間関係は、完全に平等な自主的関係であると同時に、互いに献身的に助け合う同志愛の関係である。

情には情をもって報いるのが、人間の美徳である。

信頼があってこそ愛があり、愛があってこそ同志的関係が結ばれる。

われわれの同志愛は、団結という基盤に咲いた愛と忠誠の花である。

同志を心から愛さず誠実に接しない者は、党と革命にも忠実ではありえない。

自分の妻子、肉親に対する愛情は、とりもなおさず祖国愛である。


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革命の目的は、人民への愛を花開かせることである。

愛国も革命も人民への愛から始まる。

人間の自主性を実現する革命こそが、人間を完成させる最大の愛だと言える。これが愛の哲学である。

社会主義社会は社会主義思想によって導かれ、社会主義思想を基本的推進力として発展する社会である。


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社会主義の変質は思想の変質から始まり、思想戦線が瓦解すれば社会主義の戦線全体が瓦解し、ついには社会主義を崩壊させる。

放縦を個性の自由とするなら、そのような自由は動物の生活と変わるところがない。

背信と変節、これは試練と難関に屈する卑劣さであり、懐柔と誘惑に傾く動揺であり、生死の節目に意志と志操を曲げる下劣さである。

われわれは、都合のよいときには兄弟となり、都合の悪いときには他人となり、得になるときには親友となり、損になるときには敵となる、といったような人間関係には憎悪を覚える。


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最後にもう一回、10월입니다! 10월명절 축하합니다!
posted by s19171107 at 00:30| Comment(0) | 日記じゃない雑記 | 更新情報をチェックする

2017年10月09日

多様性を軽視し、異文化を理解せず、不寛容な悪意的記事を書き立てる毎日新聞

どうもなかなかニュースを新鮮なままに取り上げられず、悔しいところです。遅れ馳せながら、中国国慶節について。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171001-00000031-mai-cn
>> <中国>「国慶節」で自賛報道 党大会控え権威強調
10/1(日) 17:38配信
毎日新聞

 【上海・林哲平】中国の建国記念日「国慶節」の1日、中国メディアはインターネットを活用した経済発展や国際的な影響力拡大を特集した記事を一斉に報道し、街頭にも自賛の動きが広がった。共産党大会を18日に控え、メディアを動員した国威発揚で党の権威を強調する狙いだ。


(中略)

 報道では「共産党なくして新中国なし」として党の役割を強調。「発展は大きな自信だ」(上海市の李栄さん)との歓迎が多い。一方で「大国は自らを誇らない。自賛のテレビ番組や本が多いと聞く日本同様に自信を持ちきれていない表れ」(同市の女子大学生)との冷静な声もあった。

最終更新:10/1(日) 21:58
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そりゃまあ、中国人は「正統」を重視する文化的・伝統的な考え方を持っている上に、共産主義的進歩思想は「共産党の周りに全人民が団結し、その正しい指導に従って未来社会を自ら切り開いてゆく」というビジョンを持っているのだから、なんら驚くような話ではありません。中国の御国柄を踏まえれば、ごく普通の出来事です。

日本人的感覚に照らした場合、現代日本では一国レベルで何らかの目標に結束して取り組むことはほとんどないので「共産党の周りに全人民が団結」というのはちょっと違和感を感じるかもしれませんが、同じ目的に向かって結束して取り組んでいる集団が達成した成果を振り返り、互いの努力を称えあい、「リーダーが上手く采配を振ってくれたお陰だねー」と語り合うくらいのことに読み替えれば、それほど奇怪・異常とは言えないでしょう。文化大革命時代のように、ほとんど同じような服装をしているウン十万人の群衆たちが広場に整列し、合図とともに「万岁!!」と叫び始めているのであれば分かるけど、今回はそんな展開ではありません。

中国の御国柄を踏まえれば、ごく普通の出来事であり、日本人的感覚に照らしても、それほど奇怪・異常とは言えないレベルの出来事を自賛報道」などと書き立てる毎日新聞。現代日本においては、一般的に「自賛」という語句はいい意味では使われません。とりわけ、他人の言動について「自賛」と指摘するケースは、「くだらないことを実態以上に誇大して吹聴しまわっている」といったような意味合いになります。悪意さえ感じる語句選択です。

まして、このことを「同市の女子大学生」へのインタビューという形にしているとはいえ、「自賛のテレビ番組や本が多いと聞く日本同様に自信を持ちきれていない表れ」などと、日本のバカウヨと並べるが如く書き立てるのは、輪をかけて悪意的であるとさえ言えます。

前述のとおり、中国が自国の発展の成果を誇ることは、「共産党の周りに全人民が団結し、その正しい指導に従って未来社会を自ら切り開いてゆく」というビジョンに基づくものであり、「苦労したけど頑張ったね、これからも頑張ろう」という点において、それほど奇怪・異常とは言えない言行です(少なくとも建前ではネ)。

他方、日本のバカウヨたちの言行は、自分とはまったく何の関係のない先人たちの努力の成果を何故か自分が達成したことであるかように誇る意味不明な自慢話です。共通点なんて唯一「お互いに日本人であること」だけ。自分たちのチームが挙げた努力の成果を誇っている中国に対して、バカウヨは、努力した先人たちのチームに勝手に入り込んで、自分自身は何もしていないのに他人の努力の成果を自慢し回っているに過ぎないのです。「その話は確かにすごいとは思うけど、なんでお前が鼻を高くしているの?」と言わざるを得ないのがバカウヨの言行です(こっちは建前でさえ自分の成果ではない。バカウヨはまったくをもって自分自身とは無関係のことを自慢している)。

この両者を混同する「同市の女子大学生」の不見識は甚だしいものですが、単に無知なだけかもしれません。それに対して、バカウヨ的言説のバカさ加減についてはよくご存じであろう毎日新聞記者が、一緒になって混同しているのは、文脈的に見ても悪意的な狙いを感じざるを得ないところです。

昨今の「多様性重視・異文化理解・寛容な社会」の風潮をリードしている毎日新聞が書いたとは思えないような、まるで産経新聞のような難癖。毎日新聞の普段の論調は一体どこへ行ってしまったのでしょう? 是非とも、多様性重視・異文化理解・寛容な社会の基本路線に従って、中国の御国柄を報じてほしかったものです。

中国の御国柄に沿った中国メディアの国慶節記念報道を「自賛報道」などと書き立てる毎日新聞が、永住外国人への地方参政権付与に反対する小池新党について「「寛容な党」矛盾しないか」などとするのは筋が通らない話です。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171003-00000111-mai-pol
>> <希望>踏み絵「外国人参政権」 「寛容な党」矛盾しないか
10/3(火) 22:09配信
毎日新聞

 ◇民進党からの入党希望者に、「政策協定書」署名を義務づけ

 希望の党の小池百合子代表は「寛容な保守」「ダイバーシティー(多様性)社会」を掲げている。その一方、民進党からの入党希望者には、外国人への地方参政権の付与に反対する「政策協定書」への署名を義務づけた。「寛容」「多様性」という看板と矛盾しないのだろうか。【福永方人、中村かさね】


(以下略) <<
毎日新聞が熱心に伝道を試みる「多様性重視・異文化理解・寛容な社会」とは、いったい何なのでしょうか? 「国」という単位で人々がまとまることが気にくわないのでしょうか? よくわからなくなってしまう一幕です。

【編集後記】義理もなければ意欲もないのに、なんだか中国共産党政権を弁護する形になってしまったのは、ちょっと不本意w
ラベル:メディア 中国
posted by s19171107 at 23:08| Comment(0) | 時事 | 更新情報をチェックする