>>> 市が文科省に報告書 背景に「教員の多忙化」など教員が多忙で生徒と向きあう時間がないというのはよく聞く話ですが、いい大人なら手に余る仕事が降りかかってきたときは、即刻、救援要請しなさいよ。取り返しの付かない事態になってから「実は忙しくて…」だなんて、言い逃れの意図がミエミエ、さもなくば超ド級の無能ですね。
2013.2.6 14:50
大津市で平成23年10月、市立中学2年の男子生徒=当時(13)=が自殺した問題で、越直美市長は5日、文部科学省を6日に訪れ、自身が設置した第三者調査委員会がいじめ防止に向けた提言などをまとめた報告書を提出することを決めた。
報告書では、いじめを防止できなかった一因として「教員の多忙化」を指摘しており、子供たちの相談相手として弁護士を活用すべきだとも提言している。越市長は男子生徒の自殺の真相究明をめぐり自ら直面したとする教育委員会制度の問題点なども踏まえ、報告書の内容に基づいて今後のいじめ対策について文科省に要望するとみられる。
また越市長は、6日の訪問とは別に、遺族とともに文科省を訪問し、報告書の内容などを提言する機会についても調整している。 <<<
でもまあ、たとえ言い逃れだとしても、「弁護士を活用すべき」という言質を取れたのは一歩前進だと思いました。しかし、そうしたら今度は共産党(=全教)がこんなことを言い始めました。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2013-02-20/2013022015_01_1.html
>>> 大津市議会 いじめ防止条例可決『赤旗』の記事じゃ何で反対なのかサッパリ分からないし、全教滋賀のページを見ても分からない(というか、関連のpdfファイルが壊れているみたい)。「子どもや教職員、保護者の思いや意見を反映させることに時間をかけ、努力すべきだ」というものの、では、ところ変わって「子どもや教職員、保護者の思い」が高らかに主張されている桜宮高校はどうなっているのか。関係者が束になって自殺した男子生徒をdisるがごとき言動を繰り返し、国民の顰蹙を買っているわけです。
共産党反対 子ども追いつめる
2011年10月に大津市で市立中学2年の男子生徒が自殺した問題を受け「子どものいじめの防止に関する条例」が19日、同市議会で日本共産党以外の賛成多数で可決、成立しました。4月1日に施行されます。
条例は、子どもをいじめから守るために市が「必要な施策を総合的に講じ、必要な体制を整備」することを責務とするとともに、子どもに対し、いじめを受けたり、発見したりした場合は、家族や学校や関係機関などに「相談することができる」など子どもの役割を明記。保護者にも「いじめが許されない行為であることを子どもに十分理解させる」などの責務を負わせています。
日本共産党の塚本正弘市議団長は反対討論にたち、「内心にかかわることを条例で規定することはなじまない。子どもを追い詰める」と批判。「子どもや教職員、保護者の思いや意見を反映させることに時間をかけ、努力すべきだ」と述べました。
昨年、市議会が行ったパブリックコメント(意見募集)では拙速な条例化に反対する意見が多数寄せられました。全教滋賀教職員組合は13日、「子どもや保護者をしばるような条例制定には反対します。子どもが意見を表明できるような環境整備に力を注ぐことが議会や行政に求められている」と市議会に申し入れていました。
条例はこのほか、市長の付属機関として「大津の子どもをいじめから守る委員会」の設置を規定しています。 <<<
もはや「ムラ」の自浄作用に期待できる時期ではありません。しかし、じゃあ第三者を介入させれば万事解決かといえば、そういうわけでもありません。「狂泉」の話ではありませんが、介入してくる第三者が正しいかといえば、そうとも限らないからです。わけのわからない連中がエラそうに「指導」してくるほうが問題が複雑化する危険性すらあります。「現場任せ」はムラを形成し自己保身に走るリスクがる一方で、「中央任せ」は現実から乖離した観念的な指導が横行するリスクがあるのです。
私は、「退路」の確保が何よりも大切だと思います。人生、大抵のことはその場から退散すれば解決します。私もそう思いますし、年寄りも口をそろえてそういうので、そうなんでしょうww無理に「共存」なんてしなくていい、「棲み分け」が一番です。他人同士の集団なんて所詮、人間が必要に応じて同意に基づいて形成しているにすぎないのですから、本当にとんでもない集団であれば、いずれ需給法則と同じく「見えざる手」が働いて消滅するでしょう。消滅しないのであれば、信じがたいことかもしれませんが、一定の共感者がいることになります。しかし、悲観する必要はありません。むしろトンデモ集団が存在することによって、そういう価値観に共感する人たちを隔離することができるのです。もちろん、トンデモさんたちが仲間を増やそうとして積極的にオルグをはじめると厄介なんですけどね。そういうときはもちろん、「介入」が必要になるでしょう。でも、自然淘汰の力も軽視することはないと思います。
「棲み分け」は「逃げ」ではありません。「お互いの幸せのために袂を分かつ」ないしは「あんな奴らこっちが願い下げだ!」くらいのもんですよ。私の知る某政党関係者なんて、「今日日、流行らねーよ」といわざるを得ないレベルの勧誘トークをする端から逃げられているのに、いまだに「あいつは我々の理想のすばらしさが理解できない可哀想なやつだ」みたいなことを言って踏ん反り返っているもんですから、まわりの人たちからは「バカの標本」扱いされていますからね。
某政党関係者の話はさておき「棲み分け」の話ですが、左翼は「共存」にロマンを感じているのか、あまり「棲み分け」をヨシとしないんですよね。でも、「共存」するならするで、その分、指導部には調整力が必要なんですが、左翼ほど調整力(というか包容力だよね)に欠ける連中は居ません。『インターナショナル』を歌って理想社会建設に燃えるのはいいんですが、自分たちの力量にあわせた段階を踏んでほしいものです。千里の道も一歩から。
