■「首領+集団」の指導体制になりつつある朝鮮労働党第8回党大会
今年最初の大ニュースと言えば、当ブログ的には朝鮮労働党第8回党大会以外にありません。大会でキム・ジョンウン同志が党総書記(総秘書)に就任されました。また、のちに判明したことですが、総書記を補佐する職位として第一書記職も設置されました。さらに、党中央委員会は、非常設中央検閲委員会を設置し、下部に派遣して実態を把握し、現場で働く労働者、農民、知識人党員の意見を真摯に聞く事業を展開しました。
総書記職の設置、総書記を補佐する第一書記職の設置、そして非常設中央検閲委員会による党中央自らの現状把握――この意味について私は、1月30日づけ「朝鮮労働党第8回党大会について」において、「一心団結の結束をして危機を乗り越える」ということだと分析しました。党大会の開会の辞でキム・ジョンウン同志が「人民大衆第一主義政治」について力説されていたとおり、首領と人民大衆との繋がりを強化していわゆる「三重苦」の危機を乗り越えようとする意図があると考えられます。
昨年の総括記事でも述べましたが、今年も共和国は、経済封鎖(経済制裁)・コロナ禍・台風被害の「三重苦」に対して国内の結束、特に人心を結束しつつ復旧復興作業に注力してきました。首領・党・人民大衆が三位一体を成し、同志愛と革命的義理、集団主義原理に基づく政治を行うという基本に立ち返り、特に首領と人民大衆との繋がりを強化して危機を乗り越えようとする姿勢が鮮明に見られたのです。今回の党大会の開会の辞でも、その姿勢は継続して鮮明でした。
また、当該記事で韓「国」紙『ハンギョレ』の記事を引いて述べたとおり、最高指導者を含めて統治が徐々に制度化・システム化しつつあると言えると思われます。第一書記職の設置により総書記の負担が軽減されたわけですが、このことはすなわち、総書記への権力集中が若干ながら緩和されたことを意味します。そして、キム・ジェリョン同志が党組織指導部長に専念したように、党幹部が兼任を減らして担当に集中・専念することは、これも権力集中の緩和になるものです。
共和国が「首領制」を掲げる限りは、完全なる集団指導体制になるとは考えにくいところですが、「首領+集団」の指導体制になりつつあるとは言えるのではないでしょうか?
■首領と人民大衆との繋がりを強化して危機を克服する一年:戦時統制的な経済政策を採用なさらなかった
さてつい先日、『労働新聞』が今年について「試練において建国以来最悪」と評したとおり、依然として続く新型コロナウィルス禍は共和国においても多大な悪影響をもたらしています。他方、同紙は「人民のための献身においては10年の絶頂だった」とも評しているところです。今年はまさに、首領と人民大衆との繋がりを強化して危機を克服する一年だったと言えるでしょう。
その観点から党大会以降の今年の共和国を総括すると、まず、3月6日づけ「危機克服のためにこそ社会主義企業責任管理制と社会主義競争熱風を推進する元帥様」で述べたとおり、キム・ジョンウン同志が「危機管理」と称して先代のような厳格な経済統制に乗り出さなかったことを振り返る必要があるでしょう。
12月17日づけ「キム・ジョンイル総書記逝去10年、その遺産とは」など以前から述べてきたことですが、先代のキム・ジョンイル同志も決して経済改革に無関心だったわけではありません(その根拠となる歴史的事実は当該記事に書きました)が、しかし、アメリカの「悪の枢軸」批判及びイラク侵攻をうけてキム・ジョンイル同志は徐々に進めつつあった経済改革を凍結し、戦時統制的な経済政策を採用なさったことも事実です。
これに対してキム・ジョンウン同志は、先代の頃から依然として厳しい状況にある対米関係に加え、先代の頃にはなかったコロナ禍という新たな課題にも直面しています。それでも戦時統制的な経済政策を採用なさらなかったという事実は、いくら強調してもし過ぎることはないでしょう。
■共産主義の発展的な復活
6月6日づけ「「競争を通じた共産主義の実現」を目指す朝鮮労働党の新展開」もまた、今年注目・記憶すべきこととして取り上げたいと思います。
チュチェ90年代(チュチェ90年=西暦2001年)から共和国では段階的に「共産主義」の看板が降ろされつつありました。憲法や党規約といった重要文書から「共産主義」の文言が削除され、革命歌謡の歌詞――たとえば≪천리마 달린다≫(千里馬走る)など――が変更され、キム・イルソン広場からマルクスとレーニンの肖像画が撤去されるといった具合でした。共産主義という単語が出てこない以上、それについて言及されることがほぼなくなっていました。
しかし、当該記事で述べたとおり、今年5月の1カ月間だけでも、4日、10日、11日、14日、17日、27日そして30日の各日において「共産主義」という単語が登場しています。それも、「競争」との関連で言及されているケースが複数見られます。これらの記事の趣旨は、「集団主義的競争・社会主義的競争を通して共産主義社会の実現を目指す」という宣言であり、また、朝鮮労働党は「社会主義における競争」の定式化にとどまらず「共産主義における競争」の定式化にも乗り出したということを意味しているものと思われます。
ところで、「20世紀の共産主義」において「競争」がまったく目指されていなかったわけではありません。たとえば1970年代には≪3대혁명붉은기쟁취운동≫(三大革命赤旗争取運動)という「競争」がありました。今年強調された「一人はみんなのために、みんなは一人のために!」というスローガンは昔ながらのものであり、これが今になって再登板することは、見方によっては「改革の後退」とも考え得るものです。その点、過去の競争と今回の競争との実質的違いが重要です。
その点、当該記事でも述べたとおり、4月30日の最高人民会議常任委員会第14期第14回全員会議(総会)は、「ソフトウェア保護法」の制定という興味深い決定を下しています。「著作権」という概念は基本的に、それを思いついた個人や企業の個別的な利益を保護するための制度であり、いうならば「ブルジョア的権利」というべきものです。中国やベトナムのように開放路線にかじを切った国々は、まずこの分野の法的権利保障の整備から着手したものでした。「20世紀の共産主義」と「著作権」は相容れないものです。
つまり、共和国は共産主義を復活させつつ、同時に個人や企業の個別的な利益を保護する制度の整備にも着手し始めたわけです。このことは、過去の競争と今回の競争との実質的違いであり、「20世紀の共産主義」の復活;改革の後退ではなく、共産主義の発展的な復活と言ってよいでしょう。
個人や企業の個別的な利益を保護する法制度を整備しつつ、同時的に共産主義の旗印を再度掲げ始めた共和国。社会主義企業責任管理制をはじめとする近年の経済的制度改革の実践例を見るに、これは「20世紀の共産主義」の復活;改革の後退ではなさそうに見受けられます。戦時統制的な経済政策とはまったく異なる、非常に興味深いことが今起こりつつあるのです。
■「革命家の経済」から「普通の人の経済」へ、「超人的な人たちがつくる社会主義」ではなく「普通の人たちがつくる社会主義」への移行期
7月には更に興味深い報道が見られました。7月9日の朝鮮中央テレビは、「協同農場に広がる二毛作風景 (협동벌에 펼쳐진 두벌농사풍경)」における「農場員は、作況が良く、それが自分の生活と、もちろん大きな範囲で考えれば、国の米瓶を満たすことになりますが、近い範囲で考えれば、自分の子供のための仕事、自分のための仕事だと考えました。これがうまくいってこそ、私も食べていけるし、さらには国の米瓶も満たせるので、農業に対する農場員の精神力はたいしたものです」という黄海南道アナク(安岳)郡の協同農場員の発言を放映しました。
これこそ、キム・ジョンウン同志の時代の社会主義経済、ブルジョア「自由」主義的な個人主義でもなければ大義名分の押し付け的な全体主義でもない、集団主義としての社会主義の経済を特徴づけるものであると言えるでしょう。なぜならば、かつての共和国であれば、「国の米瓶を満たす」ことが何よりも優先されるべきコトとして位置付けられたはずだからです。
現在、共和国が置かれている環境は、「苦難の行軍」に比肩するものとも指摘される危機的なものであります。「かつてのやり方」であれば、ここで一層の引き締めが行われるはず。全体利益という大義名分が踊り、「すべての人々が英雄のように生き、たたかおう」だの「我々は月給取りではない」だの「革命的ロマン」だのと、仰々しいスローガンが押し付けがましく唱えられるはずであります。
しかし、キム・ジョンウン同志はそうはなさりませんでした。「これ(増産)がうまくいってこそ、私も食べていけるし、さらには国の米瓶も満たせるので、農業に対する農場員の精神力はたいしたものです」とされたのです。それも、「私も食べていけるし」を先行させたとおり、「農場員自身の利益」をまず挙げられたのです。画期的なことなのです。
キム・ジョンウン同志の時代に入ってから、悪平等主義の清算が提唱されていますが、本件もその一環として位置付けることができるでしょう。
悪平等主義の清算とは、すなわち、個人の努力に対する積極的評価づけであり、個人的な利益追求の容認に行きつかざるを得ないものであります。協同農場という従来からの社会主義的所有のうちにおいて個人の努力、個人の利益追求を新たに容認する、そして個人の利益追求が全体の利益増進にもつながるという見解を示すことで理論的な整合性をも保つ――個人的利益と全体的利益とを整合性のある形で接合した点において、このことは集団主義としての社会主義の本分に根差したものであると言えるでしょう。そしてまた、これが共産主義に繋がるものとして提唱されているわけです。チュチェ110年の共和国は、共産主義を発展的に復活させるスタートラインについたと言えるかもしれません。
「すべての人々が英雄のように生き、たたかおう」や「革命的ロマン」も理想的ですが、まずは食わねば始まらないものです。また、大多数の人々は「英雄」というよりも「月給取り」であります(だからこそ革命家と、革命家たちの組織としての党は偉大で尊敬されるべき存在なのです。私は心から党と党員の先生方を尊敬しています)。
「月給取り」だって決して卑しいことはありません。月給取りだって決して自分自身の利益しか考えていないわけではないからです。たしかに、生活のために働かざるを得ない立場ですが、月給取りだって自分の仕事には社会的な意味・意義があると考えて(信じて)働いているものです。近江商人の「三方よし」や仏教哲学の「自利利他」ほどの高い意識性はないにしてもです。それが普通の人・普通の労働者の労働観であります。
この意味において、キム・ジョンウン同志の時代とは、「革命家の経済」から「普通の人の経済」への移行期、「超人的な人たちがつくる社会主義」ではなく「普通の人たちがつくる社会主義」への移行期であると言えるでしょう。
■硬軟両面の展開が予想される今後の外交攻勢
第8期党中央委員会第3回政治局拡大会議(9月2日)及び、その後に開催された最高人民会議第14期第5回会議で決定された組織(人事)問題について振り返りたいと思います。キム・ヨジョン同志がついに国務委員に昇格しました。
その意味については、10月2日づけ「最高人民会議第14期第5回会議で決定された組織(人事)問題について;キム・ヨジョン同志昇格の意味、キム・ジェリョン同志の組織指導部長職専念の意味など」で考察しました。共和国の党・政府関係者は皆、それぞれの専門知識をもとにした「キャラクター」が与えられているところ、キム・ヨジョン同志についてはこのような「キャラクター」からの評価は困難です。かつてキム・ヨジョン同志は北南連絡事務所を爆破を主導しましたが、そうかと思えば、ムン・ジェイン韓「国」「大統領」の終戦宣言提案に対して関心を示したりもしました。その直前に共和国外務事務次官が厳しめに批判したのと比べるとかなりソフトな対応でした。キム・ヨジョン同志は他の要人とは異なり、「一人二役」を演じ分けること許されている稀有な人物です。当該記事では、それだけ事態が流動的で、硬軟の変化を示すために、いちいち担当者を交代させていられるほどは時間的な余裕がないと分析したところです。
そのような「外部からの評価」に乗っかり「外交の顔」としてキム・ヨジョン同志を登用されたと考えたとき、今後は積極的な外交攻勢が展開されるものと見てよいと思われます。今回の政府人事でミサイル開発に深く関与してきたパク・チョンチョン同志が、不正腐敗問題での降格から早くも返り咲いた点を併せて考えると、硬軟両面の展開が予想されます。
■「白頭の血統」なる理論の行き詰まりが更に明白になった
ところで、同会議でキム・ヨジョン同志が昇格したことを「白頭の血統」なる理論を以って分析する主張を、当該記事では批判的に分析しました。いつも参考にさせていただいている日本大学の川口智彦氏が運営している「北朝鮮報道で書かれないこと (dprknow.jp)」の「「朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議第14期第5回会議で」:「(第1)副部長同志」が「国務委員会委員」に、チョ・ヨンウォンも、金ドクフンが副委員長、朴ポンジュ引退、李ビョンチョル解任、崔ソンフィも解任、「(第1)副部長同志」に北南、朝米を一任か (2021年9月30日 「朝鮮中央通信」)」(9月30日づけ)の言説のことです。
川口氏は、「白頭の血統」というキーワードにおける「血統」の意味を生物学的な意味・DNA鑑定でシロクロつくような意味として捉える、よくある俗流解釈でキム・ヨジョン同志の昇格を説明しています。これに対して当ブログでは以前から、「白頭の血統」というキーワードにおける「血統」の意味は、儒教思想をベースとしたチュチェ思想の社会政治的生命体論に基づく疑似的共同体としての意味であり、DNA鑑定でシロクロつくような生物学的な意味ではないと繰り返し主張してきました。分かりやすく例えれば、盃事によって結ばれる任侠集団における血縁関係のようなものだと捉えればよいでしょう。
たとえば6月17日づけ「「金王朝の変質」論を事実に即して検討すると、そもそも金「王朝」ではないということになる」及び6月20日づけ「やはり「キム王朝」は実際には「王朝」とは言い難い」。これらは、「白頭の血統」というキーワードにおける「血統」の意味を生物学的な意味・DNA鑑定でシロクロつくような意味として捉えた上で、その生物学的血縁関係者の利益の実現が「北朝鮮」の唯一無二の目標であり、この生物学的血縁関係を中心として組織人事が組まれ、国家活動が展開されているという非常に単純な見方で共和国情勢のすべてを見通そうとする、朝日新聞の牧野愛博氏による「北朝鮮分析」が行き詰まっていると指摘したものです。現実の権力構図は、俗流血統論に依って立つ牧野氏の見立てどおりになっているようには見えず、特にキム・ヨジョン同志の降格事象のように、最近は現実との乖離がますます大きくなってきています。説得力を失いつつあります。
キム・ヨジョン同志の血統は最近初めて分かったものではありません。ピョンチャン(平昌)オリンピックに派遣されるなど既に大役は何度も経験しています。もし俗流血統論が正しければ、既に立派な肩書を持っているはず。「なぜいままで国務委員でなかったのか」ということになります。もし、「キム王家の一員とはいえ実績が必要だ」というのならば、そもそも「血統」が主変数ではないということになるでしょう。
また、川口氏は「(キム・ヨジョン同志が)失敗したところで、対人民の示しを付けるための「解任」程度で済む」といいますが、これは妙な話です。失敗して解任されるようでは、扱いが「他の党・政府要人並み」であると言わざるを得ません。いわゆる「ロイヤルファミリー」は無謬であることが絶対的条件です。もし、キム・ヨジョン同志が「血統」ゆえに登用されたとすれば、担当政務に失敗したからと言って解任などあってはならないこと。日本の自民党政治家よろしく「秘書が勝手にやりました」といった具合に、自分自身だけは徹底的に責任から逃れなければならないものです。
キム・ヨンジュ同志(首領様の実弟)のように路線対立の相手方になってしまったり、キム・ソンエ同志(首領様の後妻)のように重大な越権・不正行為が明らかになると流石に排除されざるを得ないものですが、両者とも徐々に登場機会を奪われ、そして失脚後かなり長いこと隠遁生活を余儀なくされたもの。よほど深刻でどうしても排除しなければならない事態に陥らない限り、いわゆる「ロイヤルファミリー」はアンタッチャブルなものです。
ある日突然降格されたかと思えば、別の日に突然要職に復帰するような扱いは、「他の党・政府要人並み」であると言わざるを得ないのです。現にキム・ヨジョン同志は、昇格と降格を繰り返しています。いわゆる「ロイヤルファミリー」らしからぬ人事状況であり、「他の党・政府要人並み」の扱いと見た方が自然ではないでしょうか?
なお私は初めからキム「王朝」などという見方は一度も取ったことがなく、「あるときは党中心、別のときは軍中心の超中央集権国家」として捉えてき、「世襲」論については、6月17日づけ「「金王朝の変質」論を事実に即して検討すると、そもそも金「王朝」ではないということになる」で述べたとおり、次の観点から一貫して否定的に見てきました。
(1)生物学的血縁による世襲ならば、「それは宣伝としては逆効果では?」と思わずにはいられない露骨な表現でそのの生物学的血縁を讃えるはずだが、そのような事実はまったく観測されていないから。
(2)共和国政治において「血」という言葉は、生物学的な意味ではなく儒教思想をベースとした社会政治的生命体論に基づく疑似的共同体としての意味であるのが専らであるから。「儒教文化」と「科学的社会主義」という、「正統性」を何よりも重視する2大思考方法の両方を信奉している共和国政権が、思想的に重要な用語としての「血」を乱用するはずがなく、慎重に考え抜かれたタイミングで用いられているはずである。(言葉というものは、辞書的な基本の意味だけではなく文脈的に特殊な意味もありうる――国語の文章読解でやらなかった?)
(3)一部論者が長年主張してきた「あからさまに権力の世襲だと言ってしまうと人民の共感と支持が得られないので、宣伝上の戦術として控えめにしているだけだ」という主張については、将軍様偉人伝として伝えられるエピソードがどれもこれも「荒唐無稽」を通り越して「本気で信じていたら頭がおかしい」レベルである点、あんな宣伝OKで世襲の宣伝がNGとは到底考えられないので、成り立っていない。
この意味で「白頭の血統」論は、理論的にも歴史的にも既に破綻しているのです。
■新時代の首領となられたキム・ジョンウン同志の時代を政策と思想の両面からしっかりと分析してゆきたい
今年10月以降、キム・ジョンウン同志が「首領」と呼ばれる機会が増えているという報道が出てきています(「金正恩氏「首領」呼称が定着 執政10年、体制掌握に自信か【礒ア敦仁のコリア・ウオッチング】」 2021年11月29日 時事通信)。当該記事で慶大教授の礒ア敦仁氏は「金正恩委員長イコール「首領」という定式化が一過性のものである可能性も排除できなかったことから、それが定着するかどうかが問題であったが、徐々にそのような言い回しは増え、今年5月には『労働新聞』が「卓越した首領」とも述べた(中略)父親の金正日国防委員長が「首領」と呼ばれるようになったのは死後のことだから、37歳の金正恩委員長は随分と早く先代指導者に並んだことになる。経済的には困難を抱えているものの、10年間の政権運営で体制掌握に一定程度の自信を持った証拠であろう。ただし、現在の「首領」概念は、金日成時代、金正日時代のそれと同じ意味を持つのか、最近登場したといわれる「金正恩主義」と何らかの関係があるのか、金日成政権時の主席制を復活させる布石なのか、さまざまな可能性を視野に入れておくべきではある」としています。
私も、キム・ジョンウン同志のことを「首領」と呼ぶ共和国公式発表が散見されるようになってきたことは気になっていました。しかし、その意図するところの確証は得られなかったので、せいぜい、次のようなことしか言えませんでした。今年最初の記事である1月30日づけ「朝鮮労働党第8回党大会について」で述べたとおり、第8回党大会祝賀大公演「党をうたう」の報道において敢えて「朝鮮労働党第3回大会が開かれた60余年前の峻厳(しゅんげん)な年に、時代を震撼させた不滅の頌歌「金日成元帥にささげる歌」が管弦楽と歌で響き渡る」というくだりがあったことに注目した上で、私は次のように述べました。
「金日成元帥にささげる歌」を紹介するために第3回党大会に言及する意味とは何なのでしょう? 言い換えれば、「金日成元帥にささげる歌」はそんなに特殊な曲ではなく、むしろ定番的なものです。さまざまな機会によく演奏されてきました。それを敢えて今回は、第3回党大会と結びつけて紹介する意図とは何なのでしょう?私も礒ア教授同様、現時点でも依然として「さまざまな可能性を視野に入れておくべきではある」くらいに留めておきたいと思いますが、この一年間を通して変化の方向性は徐々に見えてきたようにも思われます。
朝鮮労働党第3回大会は1956年4月下旬に開催された大会ですが、この直前の2月末、ソ連共産党第20回大会で歴史的な「スターリン批判」があり、それに勢いづいた党内反対派がソ連・中国の権威を笠に着て執行部に挑戦してきたものでした。ソ連・中国もまた共和国を衛星国化しようと露骨な干渉に乗り出した時期でした。そうした厳しい環境下で、誕生したばかりの社会主義政権において工業化を推進するため、大衆運動としての色彩が濃厚であるチョルリマ(千里馬)運動が同年12月末から展開されたのでした。
総書記の職位が復活したことから冒頭でも書いたように第5回大会を連想し、それとの異同を念頭に置いてきたのですが、もしかすると第3回大会を連想し、それとの異同を念頭に置いたほうが良いのかもしれません。
今日この記事で総括してきたとおり、キム・ジョンウン同志は今年総書記になられつつ、人治主義から党組織による統治にシフトなさいました。また、今般の第8回党大会が、キム・イルソン同志による指導体制が確立した第3回党大会と関連して位置付けられているわけです。さらに、いわゆる「三重苦」に対して首領と人民大衆との繋がりを強化することで克服しようとする姿勢を示しつつ、先代のような戦時統制的な経済政策は採用なさいませんでした。他方、以前から取り組まれてきた競争概念の社会主義化をさらに拡張して共産主義にも適用なさいました。
これらを総合することで、キム・ジョンウン同志が如何なる方向に共和国を領導しよう考えておらるのかは推測できるのではないでしょうか?
来年は「キム・ジョンウン同志の時代」とはいかなるものなのかを、その政策と思想の両面からしっかりと分析してゆきたいと考えています。
